ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

著者 :
制作 : redjuice 
  • 早川書房
4.14
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本棚登録 : 1839
レビュー : 179
  • Amazon.co.jp ・本 (398ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150311667

感想・レビュー・書評

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  • 作者は世界を書きたかったのか、それとも人間を書きたかったのか。
    読みながらずっと考えていた。

    世界を書きたかったとしたら、それはかなり成功していると思う。
    清潔で安全で健康な世界。
    病気で人が死ぬことがほとんどない世界。

    生命至上主義というのだろうか。
    身体に悪いものはどんどん排除していく。
    麻薬、タバコ、アルコール、そしてカフェインの規制へと続いていく。
    怒りや悲しみだって血圧を急に上げたり、食欲を低下させたりしたならば、体内に埋め込まれた健康維持装置の指導の下、正しい数値に戻るよう精神を安定させられる。

    健康こそが絶対の善の世界は、きれい過ぎて息が詰まる…なんて人すらもう少数派。
    ガン撲滅の研究を最初にしたのは、タバコのない世の中を作ろうとしたのはナチスだった。
    絶対の善からはみ出ることを許さない世界は、選択という行為を必要としない。
    誰も考えない。
    争いも競争もない恐ろしい世界。

    この物語の主たる語り手である霧慧トァンの少女時代の友人御冷ミァハ。
    自分が自分であることを手放したくないという彼女は、大人になるとWatchMeというチップを埋め込まれ、体の内部から自分自身をモニタリングされることに反発し、「大人になるまえに一緒に死のう」とトァンと、もう一人の少女零下堂キアンを誘う。
    洗脳するかのようにこの世界の欺瞞をあげつらうミァハ。
    健康に生きながらえさせられているために、生きている手ごたえを、痛みを、苦痛を感じることのない世界の薄っぺらさ。

    ミァハの勢いにうっかり流されそうになったけど、この世界が嫌なら、少数ではあるけれどこの世界のシステムに加入していない人たちの元へ行くことはできないのか。
    中東の紛争地帯に住む人たちだけではなく、きっと太平洋に浮かぶ小島やアマゾンの流域や山の奥などに隠れ住む人たちはいるはず。

    ミァハと死のうと思ったのに生き残ってしまったトァンの後悔。
    世界にも自分の人生にも期待も希望も持てずに生き続けるトァン。
    ミァハの詩から13年後に突然自殺するキアン。

    そういう話なのだと思って読んでいたら、残り数十ページでひっくり返る世界。
    え?ミァハ?
    世界はそれでいいの?

    これがハッピーエンドだと私は思わない。
    ただ、ハッピーエンドであろうとなかろうと、この世界の先を作者はその責任において書かなければならないと思った。
    けれど、肺がんと闘いながらこの小説を書いた作者は、この世界の先を書き終えることなくこの世を去ってしまった。
    つくづく惜しまれる。

  • あまりに絶望的に描かれた調和

    本作は、故人伊藤計劃氏の遺作である。本作の所々に見られる哲学、文学、テクノロジー、医療、社会学など圧倒的な知識と理解、それらに基づき精巧に描かれた世界は、科学技術の進歩した未来の世界への明瞭な洞察を与える。

    まずは、本作の世界について説明する。世界が核による未曾有の大災害に見舞われた。放射線による病気が蔓延し、それに対処するため、「watch me」というナノマシンを開発した。watch meを体内に入れることで、あらゆる病気は治療され、健康状態を常に維持することができる。大災害から半世紀後、watch meにより平和は実現され、人々の健康を最も重んじる「生命主義社会」が出来上がった。

    腸が煮えくり返る物語

    本作を読みはじめたころ主人公(霧慧トァン)の友人であり、導き手、御冷ミァハに、激しい怒りを覚えた。

    物語は主人公の高校時代から始まる。ミァハはこの世界を憎んでいた。生命主義社会というどこまでも親切でどこまでを他人を思いやる社会を、watch meに監視され病気や怪我を一切経験することのない世界を、そして「リソース意識」、「公共的身体」つまり自分の体は自分ひとりのものではなく社会みんなの財産であるという思想に嘔吐していた。

    ミァハは卓越した知識と思考力で世界を呪い、一石を投じるために復讐を企てていた。

    そこで、私が感じたのは彼女への怒りだった。優しさ、慈しみ、思いやり、利他の精神が浸透した世界はまさに多くの人の理想の世界ではないだろうか。

    自分の居心地が悪いからと言う理由で世界を憎み、破壊思想を持つ彼女の一語一語が腹立たしくて仕方が無かった。確かに社会の型に合わない人間はいるだろう。しかし、先人が多くの人の幸せを願って築き上げたものを破壊して良いなどという道理はない。

    それは、まるで映画やゲームの主人公が多くの仲間の犠牲にし自身の命を賭してやっとの思いで手に入れた平和を、後世で愚か者がその一切を台無しにするシーンを見ているような気持ちになった。

    たしかに現代社会は万人の幸せを謳っているが、少数の幸せのために多数の幸せを奪うなどというのは戯言である。

    私は著者の人格を疑っていた。

    <以降のレビューはブログに書きました。>
    https://shumi-ame.com/harmony/

  • 完成されたユートピアは、倒立したディストピアになりうる。
    こういうSFが読みたかったし、サスペンス要素も多くて面白かった。

    そしてメインは「意識とはなにか」という哲学的なテーマ。ロジカルに展開せざるを得ないこのテーマを物語にするためには、三人称の書き方では出来ない。一人称視点にこだわって書いたからこそ、ストーリーとしても一級品になっていた。伊藤計劃のインタビューと合わせれば、何倍にもその面白さが増す。

    トァンとミァハの関係性、どこかで見たことあるなと思ったら『ファイトクラブ』だった。聞けば伊藤計劃のベスト映画の一つらしい、どうりで。

  • 最近は『ポスト伊藤計劃』みたいなわけわかんない言い方もされなくなったのでホッとしとります。
    伊藤計劃は早死したから神格化されてる部分はあるなと思いつつ、やっぱり素晴らしい才能の持ち主だったとは思う。惜しい人を亡くしました。

    病気で苦しんだ作者が、管理された健康を拒もうとするキャラを生き生きと書いたってことは、凄い。
    ラストは衝撃を受けたけど、あの結末には納得できないところもあったり……。このもやもやは、伊藤計劃が遺した宿題でしょうか。

  • ぼちぼちですね。
    設定はとても良いが話に入り込めなかった。
    リアルに感じることができる未来の設定で中盤少し盛り上がりかけましたが…。
    最後は淡々と読み終わりました。
    少し残念な感じでした。

  • 2019.6.19 図書館・読書会

    本著者初読。
    「1984年」に近い、ディストピア世界の話。
    「二分間憎悪」がそのまま使われていて、1984年に影響を受けていることがうかがえる。

    健康第一、自己と他人を慮る思想が蔓延する世界。
    「生府」(医療福祉社会)をトップに、心身共に健康であることが義務づけられる。

    主人公(トァン)のミァハに対する感情がよくわかなかった。
    前半は崇拝しているようで(無差別殺人をしたとしても)、後半は嫌悪してる。
    その心境の変化がいつおきたのかが不明。あれ、いつのまに敵に?という気持ちだった。さらに、トァハの行動の目的がよくわからず、主人公に感情移入できなかった。
    物語は1人称だが、常に俯瞰で進めた。(最後に明確になるが)

    健康第一社会は、とても良いように思った。
    病気がなく、健康を害するものは抑圧されるが、それ以外の娯楽で補えるのでは…?(音楽や絵や運動など)
    ただ、思いやり社会の偽善に疑問を持ってしまえば、生きずらいことは確かだった。
    それが自殺に値するのかは疑問。
    今の世でも不条理な社会の暗黙のルールに疑問をもつ少数派は生きづらい。
    どの世でも、社会を迎合できない人は一定数いるし、その人たちは疑問や不満を持ちながら生きていかざるをえない。
    だとしたら、健康第一、思いやり社会、いいじゃんと思う反面、私も偽善に苦しむんだろうなあという気持ち。

    →健康を突き詰めると、結局感情や行動も過剰に規制されることが判明。(目に優しい服で統一、怒りの感情を止めるなど)
    だからやっぱりちゃんとディストピアだった。

    →最後の「わたし」の章は、それまでのトァンの記録を見た人物が解説したものだった。どうしてハーモニー後にこの本が書けるの?無意識で?ともやっとした読後だったが、「わたし」前まではハーモニーが起こる直前にトァンが記したもので、最後の「わたし」は別の人間が記したことが分かり解決。

    意識がない世界に感情表現って必要なのかな?

  • 話がしっかり作り込まれてるから没頭できる

  • 前作と繋がりを感じるような舞台設定でとても興味深いものだった。
    前作もだが、決してハッピーエンドとは感じれないものが最後に強烈に植えつけられる。
    とても素晴らしい作品だった

  • 虐殺器官を経て、楽しみにしていた伊藤さんの2作目。
    虐殺器官は死や破滅や混乱の洗脳、ハーモニーは幸せや幸福の洗脳で対になるものかなと読み進めていった。
    ハーモニーは更に洗脳を超えて、意識とか存在の必要性を問うている感じ。
    システマティックな世界の中で、意志とかアイデンティティが持つ矛盾みたいなものをとてもよく表現している。
    文中のhtmlを模したものは、人間が表現を持つべき最低限のファンクションだと考えると、”悩む”とか”戸惑う”といった曖昧な感情はとても愛すべきものなんだなぁという気にもさせられる。
    相変わらずこの人の本は読みやすく、わかりやすく、ストーリを楽しみながら考えられる。
    著作が少ないのが本当に残念で、もっとこの人の世界観に触れたかったなと思う。

  • 虐殺器官を読んだほうが良い

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著者プロフィール

1974年東京都生れ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』でデビュー。『ハーモニー』発表直後の09年、34歳の若さで死去。没後、同作で日本SF大賞、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞。

「2014年 『屍者の帝国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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