同志少女よ、敵を撃て (ハヤカワ文庫JA)

  • 早川書房 (2024年12月11日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (608ページ) / ISBN・EAN: 9784150315856

作品紹介・あらすじ

激化する独ソ戦のさなか、赤軍の女性狙撃兵セラフィマが目にした真の敵とは──デビュー作で本屋大賞受賞のベストセラーを文庫化

感想・レビュー・書評

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  •  2022年の本屋大賞受賞作品でした。当時、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって数カ月の頃でしたから、かなり話題になりましたよね。

     ドイツ軍に、住んでいる村を攻撃され、近隣の人たちや母を殺されたセラフィマは、後に狙撃訓練学校の教官長となるイリーナの反撃によって、その場を救われます。でも、その時のイリーナの言葉が激しいです。「戦いたいか、死にたいか。」
     「死にたいです」と答えたセラフィマの前で、イリーナは部下にセラフィマの家を焼かせ、母の遺体を火に投げ込ませます。
     再度、戦うか死ぬかを問うイリーナに、セラフィマはこう答えるのでした。「ドイツ軍も、あんたも殺す!」

     胸にイリーナへの復讐心を抱えながら、セラフィマは、イリーナの指導を受け、着々と優秀な狙撃兵になっていきます。訓練の描写が具体的で、銃や狙撃について詳しく書かれています。人殺しの訓練をしているのですが、狙撃の技術について、興味深く読めます。

     セラフィマは、実戦に出るようになり、成果をあげていきますが、一緒に訓練をし、共に戦う女性狙撃兵たちは、戦いの度にどんどん死んでいきます。銃撃戦で撃たれた戦友の体に、さらに銃弾が当たり、顔の原形が無くなっていくといった凄惨な描写がされます。彼女たちの経歴を読んで知っている読者に、戦闘の残酷さが伝わります。

     読むのが辛くなる描写も多いのですが、なぜか「読まなければ」という使命感のようなものを感じていました。500ページほどある厚い本でしたが、読み始めると毎日、疲れ切るまで読んでしまい、数日間で読み終えました。

     救いは、戦後のセラフィマとイリーナを描いたラストシーンです。そっとしておいてあげて欲しい。そう思いながら読み終えました。

     当時、何人かの友人たちに勧めて、本を貸してあげました。

     読んだほうがいいと思います。 未読の方は、文庫化された今、ぜひに。

    • koba-book2011さん
      この本、気になっていました。読んでみようと思います。ちなみにこれも良かったらぜひ!
      https://www.amazon.co.jp/dp/...
      この本、気になっていました。読んでみようと思います。ちなみにこれも良かったらぜひ!
      https://www.amazon.co.jp/dp/4049129825/ref=sspa_mw_detail_0?ie=UTF8&psc=1&sp_csd=d2lkZ2V0TmFtZT1zcF9waG9uZV9kZXRhaWwp13NParams&dplnkId=ffb85b5c-010a-4c60-a5a4-e9a0ed081117
      2025/01/05
    • koba-book2011さん
      ↑ 「戦争は女の顔をしていない」
      ↑ 「戦争は女の顔をしていない」
      2025/01/05
    • みのりんさん
      マンガがあるのですね!
      おしらせありがとうございました。
      マンガがあるのですね!
      おしらせありがとうございました。
      2025/01/05
  • 自分はなんのためにここへ来た。
    何のために戦うか、答えろ。
    ーー私は、女性を守るために戦います。
    (略)
    同志少女よ、敵を撃て。(538p)

    本屋大賞1位コンプリートシリーズ。
    本屋さんたちは、本の売り上げを伸ばすためにこの賞をつくった。デビュー作にして直木賞候補、しかしながら関連書籍は未だ出ていない。だから爆発的な売り上げは難しいだろう。そのような本を本屋さんが1位に推して「しまった」のは、ひとえに1か月と少し前にウクライナ戦争が始まったからだ。ロシアが、独ソ戦と見紛うような、無謀で大義のない戦争を始めてしまった。この本は、80数年前に何が起きたのか、どういう人たちが生きていたのか、何が問題だったのか、どうすれば良かったのか、多くを答えている。

    本書を紐解く前に、岩波新書「独ソ戦」とアレクシェーヴィチ「戦争は女の顔をしていない」を読んでいた。どちらも本書よりもページ数は少ないが、かなりしんどい読書だった。「今回はもっとしんどくなるだろう」覚悟をしていたけど、杞憂だった。
    このしんどい内容を、こう書けばエンタメになるのだ。という見事なお手本がここにある。

    前2冊では、2700万人が死んだソ連内の悲惨な状況や、愛国心のみに囚われて戦争に突き進んだ少女たちが描かれていた。一方、本書のセラフィマは外交官を目指していた賢い少女であり、狙撃隊学校に入ったのも、母親と村を殺したドイツ兵と粗末に扱ったイリーナ教官に復讐することが動機だった。
    状況を俯瞰的に見渡す知能と、ごく私的な動機で動いていて愛国心を持たない少女だった。つまり日本人が共感しやすいキャラになっていて、とても分かり易い。

    そして場面展開があると、読者をあっという間に「現場」に連れて行く。退屈する暇がない。イワノフスカ村では、既に殲滅隊が動いていたし、スターリングラードのウラヌス作戦では、セラフィマの気付かぬ間に生死の分かれる戦場の真っ只中に連れて行かれていた。レニングラードでは、最前線に直ぐに投入された。最後の決戦の場、ケーニスブルグでは、幾つもの伏線回収がなされる。数十頁、畳み込むような描写。セラフィマのイワノフスカ村以来の課題に、決着がつく。

    そのあとは、ゆったりとラストに向かう。長編小説ならではのラストの付け方であった。これがデビュー作か?ホントか?

    作者は「文庫化によせて」で「この小説を書かなければよかった、と何度も本気で思いました」と冒頭に書いた(こういう読者を驚かす後書きの構成自体が既にエンタメ)。何故ならば(ウクライナ戦争が始まって)「最悪の形で同時代性を獲得し」たから。尤も、現代の戦争に対しても、ウクライナでもガザでも、大切なことは既に本書の中に書かれている。作者の後悔は描ききれなかったことがあったことではない。また、わたしももう一度「独ソ戦」を読まなくちゃいけない、アレクシェーヴィチを読まなくちゃいけない、と本気で思せて貰った。

    • 土瓶さん
      ちょうど逆ですね。
      私は、本書、戦争は女の顔をしていない、独ソ戦の順で読みました。
      だからどうしたということもないですが。
      戦時は人の...
      ちょうど逆ですね。
      私は、本書、戦争は女の顔をしていない、独ソ戦の順で読みました。
      だからどうしたということもないですが。
      戦時は人の値段が暴落するもんだなぁ、などと思いましたとさ。
      特にロシア。
      2025/02/12
    • yukimisakeさん
      僕も『独ソ戦』『戦争は女の〜』の次に本書を読みました。
      この二つは確かに気力いりますよね。クマさんほんまに考察が凄い…!
      僕も『独ソ戦』『戦争は女の〜』の次に本書を読みました。
      この二つは確かに気力いりますよね。クマさんほんまに考察が凄い…!
      2025/02/12
    • kuma0504さん
      マキさん、雪見酒さん、
      時々コメント欄で種明かししていますが、
      わたしのレビューの視点は、
      大抵は「自分ならばどう書くか」という
      発想です。...
      マキさん、雪見酒さん、
      時々コメント欄で種明かししていますが、
      わたしのレビューの視点は、
      大抵は「自分ならばどう書くか」という
      発想です。
      「独ソ戦」読んでなくても「面白い」と思わすにはどうすればいいか、
      すぐそっちの方に考えがいくんです。

      土瓶さん、
      ソ連は、王制から近代民主主義を経ずに、資本主義体制にならずに、社会主義になった国です。スターリンという王のもと、社会主義の理想という「絶対王政」を守るためならば、人の命は軽くなることが当たり前だっんでしょう。まぁ、戦争は人間を人間ではなくす病のようなものだから、それに輪をかけて拍車がついたんでしょうね。
      2025/02/12
  • 圧倒的な戦闘シーン、疾走感が凄い。そして何よりセオリー通り(というと失礼だが)明確なキャラ設定がある上、その個性を強調しながらストーリー展開していくので、ロシア人の名前の分かりにくさが少ない。そうした工夫を凝らした傑作。

    これを読んだ少女が「将来の夢はユーチューバー」というようなノリで、女狙撃者に憧れない事を願う。それほど、カッコ良く描けている。そもそも表紙のイラストの女性がカッコ良すぎるのだ。2003年にイラクで起きたアブグレイブ刑務所の虐待事件で、アメリカの女性兵士が満面の笑みを浮かべて虐待・拷問に加わっていた写真を見たことがあるだろうか。登場人物にはそちらのイメージを重ねて、暴力を美化しない程度に読んでも良いのかもしれない。その"美化できないもの”と、仲間意識や弱者救済などの〝美化したくなるもの”、虐待女性とイラストの女性の境界、熱情と醜悪、戦争の裏表をそのまま小説のイメージとして定めずに読み続けていく。しかし、そんな微妙な葛藤を振り切るほどの迫力なのだ。

    また、ネタバレになりそうなので、この手の感想を書くのは得意ではないのだが、「同志少女」「敵を撃て」このタイトルが非常に示唆的である。"何を同志とするか”という点がストーリーの根底にあるテーマだという気がしたからだ。村人であり、狙撃兵であり、国であり、女性である。同志ではないものが敵であり、悪魔だ。

    狙撃した人数をカウントする様は、まさに数によるステイタスを求める人生そのものである。物語が進むにつれ、アイデンティティが変質していく。撃つべき敵と、撃つべき理由。自分が何に属するのか。「射貫くための的」と「その立脚点」こそアイデンティティなのだろう。同志〝少女”。その範囲がどこに収まっていくのか。はたまた、収まらないのか。

    • きたごやたろうさん
      「いいね」ありがとうございます。

      なかなかこの作品読めないんだなぁ。
      機会とタイミングが合えば、ぜひ読みたいです!
      「いいね」ありがとうございます。

      なかなかこの作品読めないんだなぁ。
      機会とタイミングが合えば、ぜひ読みたいです!
      2025/06/04
  • 村を襲撃され、襲われ、殺される。
    そして全てを焼き払われる。
    生き残った少女はその仇を討つべく
    戦争の真っ只中の前線で狙撃兵として敵を撃つ
    撃たなければ殺される
    敵もまた同じように
    撃たなければ殺される
    この状況で人を人と思えるはずもなく
    すべての兵士は何のために戦っているのか
    それすら曖昧になり、言いなりになるしか生きる道はない

    そして、なにが残るのか?

    今でも、至る所で争いが起こっている
    やはり、撃たなければ殺される
    なにが残るのだろうか
    それを指示するトップはそれで満足なのだろうか
    なにかを残せているのだろうか

    少女の心の動きがわかる
    このような射撃の名手であったら
    自分もそうするのだろうか
    のほほんと暮らしている自分には
    知る由もないが
    今、
    なにか考えることがあるだろうか
    なにか思うことがあるだろうか
    そう思っても
    たぶんなにもできない自分がいる

    すべての戦う人もそうでない人も
    特別ではなく
    一人の人間であるということだけは
    忘れないでおきたい

    • きたごやたろうさん
      「いいね」ありがとうございます。

      この作品、ずっと気になっています。
      なかなか読むことができないです。
      積読、いっぱい笑!
      「いいね」ありがとうございます。

      この作品、ずっと気になっています。
      なかなか読むことができないです。
      積読、いっぱい笑!
      2025/06/04
  • もうすぐ今年の本屋大賞が発表されますね!!ということで2022年?の本屋大賞を読んでみました。最初はあるあるなんですけど分厚さに圧倒されて本当に読もうか迷いました。でも、読まないで損はなし!逆に読まないと損します。
    家族と村の人々を戦争で亡くしたセラフィマは女性狙撃手になることになった。すべては母たちの敵討ちをするために。戦争がテーマの本だけど日本の戦争の話ばかり読んでいたので世界に目を向けていなかったのですがこんなこともあるのだと分かりました。もっと色々語りたいけどネタバレはしたくない!とにかく読むのをおすすめします。

  •  激化する独ソ戦のさなか、セラフィマは母の復讐のため、赤軍の女性狙撃兵として最前線を戦い抜いていく。

     独ソ戦という第2次世界大戦の中では、日本人である自分からすると勉強不足で知らないことがたくさんありましたし、600ページを超える大作でしたが、夢中で読み切ってしまいました。

     血生臭い戦争の物語は、男の戦いが描かれることが多いですが、この作品では、女性だけの狙撃小隊が中心となっており、女性の視点から描かれる戦争の物語として、とても引き込まれました。

     そして、軍隊の中では、女性自体が特異であることはもちろん、狙撃という部隊も特異な存在であることが描かれており、戦争そのものが日常とはかけ離れたものであることを象徴しているようでした。

     また、第2次世界大戦では、日本軍の愚かさがクローズアップされがちですが、戦争においては、どこでも愚かなことが起き得ることを示唆しているようにも感じました。

     読んでいるときは、辛く苦しく感じることもありましたが、読み終わったときの思いは、なぜかとても清々しかったです。

     セラフィマの熱い信念にも感銘を受けました。

  • 文庫化したら読もうと思っていた作品。
    文庫化してすぐ購入していたが、心身共に余裕がある時に読もうと思い、このタイミングで手に取った。

    イワノフスカヤ村に住んでいる少女、セラフィマは若き射撃手だった。1942年、村に突如ドイツ軍が押し寄せ、母や村人を惨殺される。彼女は射殺される寸前、ソ連軍により生命を救われ、その中の一人、イリーナに「お前は戦いたいか、死にたいか」と問われ、復習のため狙撃兵になることを決意する。

    不自由のない生活を築くためには長い年月がかかるのに、生活を奪うのはほんの一瞬。
    こんなにも理不尽なことがあっていいのか、と序盤から腹立たしかった。

    優秀な狙撃兵になるにつれ、確実に失われていく何か。
    セラフィマの苦悩や葛藤…読んでいてとても胸が痛かった。

    「戦争は悪いことだ」では片付けられない戦争のリアルが描かれていたように思う。
    なぜ戦争は起きてしまうのか。
    宣戦布告をし攻める側、攻められる側、それぞれに正義があるからなのか。
    「戦争」、「復讐」について、何が正しいのか。
    そもそも正しい答えなんてあるのか。
    読んでいる間、ずっと考えていた。

    世界のあちこちで戦争が起こっている昨今。
    セラフィマたちのような思いをしている人が、世界のどこかにいるかもしれない。
    そう思うと胸が潰れそう。
    日本も近い将来、戦争に巻き込まれるかもしれない。
    その時、私たちに何ができるだろう。

    「史実を元にしたフィクション」で終わらせてはいけない、戦争から目を逸らせてはいけないと思った。

    ✎︎____________

    死を選ぼうとはするな、イリーナ。それは、自分の人生に対する裏切りだ(p.121)

    復讐を遂げるという目標によって生きる理由が生じる。そして過酷な戦闘を戦う意義が生まれる。思えば無数のソ連人民の動機もまた、復讐にある。それが国家に基づくものであれ、家族に基づくものであれ、復讐を果たすという動機が、戦争という、莫大なエネルギーを必要とする事業を成し遂げ、それを遂行する巨大国家を支えているのだ。(p.276)

    子どもが遊ばなくなったら、きっとそれは子どもとして生きることを諦めたときでしょうね(p.279)

    死に際に安らぎを与えて救われるのは、生きている自分であって彼ではなかった。(p.361)

    目の前で人々が、市民が殺されるなら、それを必ず止めてみせる。そこに味方も敵もありはしない。私は、私の信じる人道の上に立つ(p.517)

    失った命は元に戻ることはなく、代わりになる命もまた存在しない。(p.581)

  • 人は何の為に戦うのだろう?
    多くは、何かを守る為だと思う。
    その何かは、大切な家族だったり、自分の住む故郷、
    、あるいは誇りといった所だろう。

    第二次世界大戦の独ソ戦が舞台。
    主人公である少女セラフィマは愛する家族と仲良くなっての良い村人と平和に暮らしていた。セラフィマは将来は外交官を夢み、今は戦闘状態でもあるドイツとも仲良くなれる。そんな、希望を描いていたのだが、
    その希望はナチスドイツの突然の侵略に打ち壊される。両親も殺され自身の命も危うい中、自国ソ連の軍隊の登場により、急死に一生を得る。
    そして、その舞台を指揮するイリーナ。
    彼女は唯一生き残ったセラフィマに対し、優しい言葉をかける、、、という事は決してなかった。
    彼女は、傷心という言葉では、とても足りない心中のセラフィマに対して、「戦いたいか?死にたいか?」と問いかける。そして、呆然とするセラフィマの前で、
    イリーナは今しがた、亡骸になった母親や思い出の品を燃やし、セラフィマはひどく動揺させる。
    自身の大切な全てを踏み躙られたセラフィマは、目の前のイリーナ、そして、全てを奪ったナチスドイツに復讐を近い、スナイパーへの道を歩む事となる。

    といったあらすじ。
    600ページにも及ぶ作品だったが、途中退屈する暇もなく、一気に読む事ができた。登場人物も非常に魅力的であり、セラフィマと同じ部隊であるアヤに、シャルロッタ、オリガ、ヤーナにターニャ。そして、イリーナ。全員が全員個性的であり魅力的。

    そして、登場人物達の戦争という極限状態での葛藤が非常に考えさせられる。
    こういった戦争を題材にした作品では、いつも民間兵、本作ではパルチザンだが、民間人のふりもしくは、民間人そのものが襲ってくるという極限状態は、兵士としても保護する対象を敵とみなさないといけなくなり、保護対象とすべき人物が危ぶまれてしまう。
    本作では、その様な描写自体はそこまで、強烈には描かれていないのだが、そこはいつも考えさせられる。

    そして、本作の主人公達は女性のみで編成された部隊故なのか、誰かを助けるための犠牲になるケースが非常に多い。そこはやはり、女性は男性より愛情深いと考えられているなか、リアリティを感じしてしまう。

    冒頭でも書いた、何かを守る為に人は戦うと思う。セラフィマは復讐はもちろんだが、女性を守るという大義をもっている。守るものをおびやかす物を敵と呼ぶなら、「同志少女よ、敵を撃て」の敵とは、一体誰の事を指しているのだろう。

  • 自分を見失わず、普通でいることが戦争という残酷な環境の中でどれほど難しいことか。
    ソ連とドイツ、敵と味方、倒すべきなのはドイツ人だけなのか、助けるべきなのはロシア人だけなのか、読み進めるうちに線引きが難しくなり、考えさせられる。
    同志少女よ、敵を撃て。
    このタイトルに全て詰まってる。
    イリーナとの関係の変化も訓練学校時代からの仲間もレニングラードで出会った仲間もしっかり深掘りされていて、全部きれいにまとめられている。
    ただ、面白いけどどこか物足りないような、でも面白い、みたいな気持ちを繰り返しての読了だったので、なんとなく消化不良感はあるかな。

  • これは…感想書くの放棄しようかと思ったけど、一応書き留めておく。

    突然、家族と村を奪われた少女セラフィマが、狙撃兵としての訓練を受け、敵を撃っていく物語。

    今まで戦争小説は幾つか読んできたと思うけど、こんなに最前線で戦っているリアルさを感じた本は初めてかもしれない。心理的には読む手が止まりそうになりつつも、実際はページをめくる手が止まらなかった。

    戦争は人を狂わすということをわかっていても、実際にそうなっていく様子をこう身近に感じられるようにに書かれるとね。
    それぞれが自分の正しいと信じる行動をしようとするんだけど、戦争の最中では全てが歪んでしまうというか、セラフィマも正しさがわからなくなって根幹から揺るがされてる感じが伝わってくる。

    p.325の「うっ……」とp.373の「忘れるな。」が印象的だった。

    ぐるぐる掻き乱されてる。

    年内に読み終えるつもりなかったからブックリストに入れなかったけど、これは更新されるな。

  • 第二次世界大戦下の独ソ戦を女性狙撃手の視点から描いた作品。男目線の歴史の中であまり語られることのなかった主人公に焦点を当てている。
    時に映画のナレーションのように語られる戦況などに史実に基づいた絵空事でない「戦争」の姿を見せつけられる。
    とはいえ、主人公の敵兵に「化け物」「悪魔」と称される戦争スパイ映画のようなゴルゴ13顔負けの活躍には胸のすく思いをさせられるエンターテイメントでもある。
    村を焼かれ、ただ一人生き残った彼女の生きる希望である復讐は果たして…
    後半には感涙の真実も…

  • 第19回本屋大賞
    第11回アガサ・クリスティー賞
    第19回キノベス!2022 第1位
    第8回沖縄書店大賞
    第9回 高校生直木賞

    独ソ戦においてソ連に女性狙撃部隊があったことを知らなかった。そのための訓練校まであり、狙撃術の講義や訓練などの想像したことすらない世界にすごいな、、、と恐ろしく思った。
    女性狙撃手といってもそうやって特別に訓練されたものであって、元々は皆普通の少女たちなんだということがわかる。
    もちろん女性に限らず、兵士となる人は普通の人であり、戦争がなければ歩めた人生を誰もが奪われたことに猛烈に悲しみを覚えた。
    実戦がはじまってからは、戦闘の描写が多いのでおもしろいという感想はないし只々悲惨。
    そこに女性狙撃手同士の関係や、セラフィマが憎むべきイリーナ、イェーガーへの見方の変化などが物語の面白さとして加わる。
    更に、作者は戦争は人を変えてしまうという恐ろしさを伝えていてボリュームのある内容。
    兵士たちは戦後もその後の人生を変わってしまった人格で生き続けたり、PTSDに苦しみながら生涯を終える人もいる。
    戦争は終わっただけでは終わらない

  • 数々の賞を受賞した話題作が文庫(電子書籍)化されたのを契機に読み始めた。
    「戦争は女の顔をしていない」と同じく独ソ戦、主人公・登場人物が女性兵士という同様の背景で描かれた作品であるが、その作品を読み途中で止めてしまったのとは違い、一気に読み終えることが出来た。
    本作が刊行されたのはロシアによるウクライナ戦争勃発と同時期(偶然の一致だが)であることが、本作の読み手にとってもより意味深く感じられたものと思われる。今現在もウクライナ戦争は停戦の目処すらたっておらず、ウクライナに限らず戦争の悲劇は拡大し続けている。独ソ戦の戦場のひとつがウクライナであったことを思うと、プーチン政権がナチ打倒を開戦のプロパガンダに利用し声高に唱えたことの背景も私なりに理解できるような気がした。
    今でこそ自衛隊でも実戦部隊戦闘員に女性は珍しくなくなった。以前は戦争における女性の立ち位置は実戦部隊を支える非戦闘員であったり、戦争の被害者であった。しかし、何れにしても戦争に男女差はありえない、どちらも戦争犯罪者足りえるし、戦争被害者足りえる。終戦、退役後も戦争による心的障害に苦しむ兵士が多いと聞くが、その点でも性別による違いはあったとしても男女差はありえない。男女という固定観念で戦争を捉えることは間違っていると、本書を読み終えて改めて思い知らされた。
    小説としての奥深さ面白さは無論のこととして、読むことにより色々と考えさせらた作品であった。

  • タイトルから何となく敬遠していたのだが、文庫化ということで購入。

    長いが展開が早く、割と序盤に主要人物と思っていたキャラクターがあっさりと死んでしまったことにより、常に登場人物の死がよぎる緊張感でダレずに読めました。

    独ソの攻防を歴史上の出来事としては知っていたが個々の作戦迄は知らなかったし、その中で戦う個々の兵士や一般市民については中々思いを馳せることもなかったため、内容が終始興味深かった。

    後書きにて作者自身が語っていた通り、現在のウクライナ情勢と符合する現在だからこそ、今起こっていることの解像度を上げ、考える機会を貰った。当初気が進まなかったけど読んでみて良かったと思いました。

  • ソ連とドイツの戦争の中で生きた女性狙撃兵セラフィマのお話。つらい場面も多いけど、読んでよかった。史実をもとにしたフィクションだろうけど、こんなようなことが実際にあったのだと思うと恐ろしい。命の危険を感じないし、銃に撃たれる心配のない、今の日本での生活は幸せだな。

    何のために国と国は、人と人は戦争するんだろう。領土を増やすため?増やしたら、国のお金が増えて、豊かになるのかな?でも豊かになるために人が死んだり街がめちゃくちゃになったら本末転倒だよなぁ。戦争はしてはいけないと今の私は思うけど、その時の社会の状態次第ではセラフィマたちのように倫理観は変化せざるを得ないし人を多く殺すことが勲章になっていくことは怖い。
    戦いの説明の部分は難しくて理解しにくいところもあったけど、物語にしてくれることで戦争の悲惨さ、少女が人を殺せる兵士になっていくまでの心の移り変わりを見ることが出来た。歴史の話や戦争の話は苦手だけれど最後まで、読む手が止まらなかった。

  • 文庫化されたので読んで見ましたが、正直なところ好きではない描写が多々ありました。ただ、それらを含めて戦争という狂気に身を置かざるを得なくなった少女たちの気持ちの変化もよく描かれていて、読んで良かったと思いました。

    あらすじ
    ドイツの奇襲で始まった独ソ戦。その戦火は、モスクワ近郊イワノフスカヤ村に暮らす少女、セラフィマの元にも迫っていました。
    ある日、母と猟から村に帰ってきたところ、村はドイツ軍に急襲されて村人は惨殺。一緒に目撃した母も目の前で狙撃手に撃ち殺されてしまいます。自身も捕らわれて射殺される間際、赤軍がドイツ軍を追いやり救われますが、その赤軍のイリーナ上級曹長に我が家と亡き母の遺体を焼き払われて問われます「お前は戦うのか、死ぬのか」と……「殺す」……セラフィマは、母を殺したドイツの狙撃手と生まれ育った村に火を放ったイリーナに復讐を誓い、同じ境遇の少女たちと狙撃手になる訓練を重ねていきます。そんな折、やがて独ソ戦の転換点となる熾烈な市街戦が繰り広げられているスターリングラードに赴くことになります……。

    戦う理由、戦う相手、敵とはいったい何なのか?そういうことが、女性を主体に物語が書かれていて、セラフィマの心境が変化していく様もよく書かれていたかな。最初は復讐心から始まっていましたが、P135で、セラフィマがシャルロッタとの会話の後、他の女性たちを守りたいという考えが芽生えるシーンが、この小説のキーになっていると思いますね。ただ、最近のジェンダー問題に気兼ねしすぎているような気もしますが……同郷の幼馴染の件は、なんとかならなかったのかなと。ちょっとドン引きして、一度本を閉じましたが、最後まで読み切って良かったと思いました。表紙のイラストから、ノーベル賞作家のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』を読む前から想像していたのですが、上手く作中に落とし込んであったと思います。

    ところで、P567の11行目「…帝国日本もまた無条件降伏し、ソ連にとっての戦争は、そして第二次世界大戦は終わった」とありますが、知らない人が読んだら誤解を招くかもしれないですね。ソ連は、8月9日に日ソ中立条約を破棄して満州に侵攻。日本が8月15日にポツダム宣言を受諾して無条件降伏してもソ連は攻撃をやめず、各地で略奪、暴行、強姦を繰り返し、15日以前には戦場になっていない千島列島最北端の占守島に攻め入ったり、樺太でも戦闘をやめようとせず、ようやく8月22日に停戦合意にこぎつけたのに、舌の根も乾かない直後に豊原に無差別爆撃をして避難民が犠牲になったりしてますからね。また、同じ8月22日に樺太から北海道へ疎開させる女性、子供、老人を満載に乗せた三隻の疎開船が、ソ連の潜水艦に雷撃されて多くの民間人が亡くなりました。他にも樺太の恵須取町の看護婦集団自決や真岡郵便電信局の女性局員服毒自決なども起きています。そうした火事場泥棒のように攻め込まれた先々で捕虜にされた人たちは、シベリア抑留の憂き目に遭うわけで……。こんなことを書いたのは、売れている本なので、翻訳されて世界中に広く読まれるようになったとき、誤った歴史が定着する一助になってしまわないかと危惧した次第です。

    本作の後に引用文献が掲載されていましたが、西側に偏っているので仕方がないかな。ただ、セラフィマの初陣がスターリングラードという設定なんかは作者に好感が持てますね。ドイツ軍に”夜の魔女”と恐れられた、女性だけの爆撃航空隊の初陣もスターリングラードなので、女性が最前線に出ていく暗喩のようで興味深くもありました。

  • 自分は戦争の知識がほとんどなく、この本のページ数に読み切れる自信がなかった。
    ところが読み始めてみると、戦争背景がわかりやすく説明された内容で、とても読みやすかった。

    主人公セラフィマは、故郷をナチ・ドイツに襲撃され家族や仲間を亡くし、絶望する。
    その仇敵となる狙撃兵イェーガーを殺すため、狙撃兵となる物語。

    戦争下での女性の立場に考えさせられた。
    捕虜として捕まれば死ぬよりも屈辱的な辱めを受ける。
    それは、敵味方に限らず許される行為ではないが、そういう行為を仲間と一緒にすることで、連帯感が生まれる。
    性欲のためではない…。
    戦争下では何をしたって正当化される。
    これには衝撃を受けた…。

    セラフィマとその他小隊のみんなの「正しい」ことに向かって「敵を撃つ」姿勢に感動した。

  • 文庫が出たので遅れ馳せながら。

    この時世、このような物語を読むとなかなかに思うことがたくさんあるけれど。

    戦争やそれにおいての略奪、殺人もろもろが弱者にとってどれほど悲惨か。弱者とはいっても、戦場に送られる者は死ととなり合わせで、大なり小なりそれにあたるように思う。
    こういったことが実際に起こっていたこと、今も起こり続けているのだと思うと悲憤慷慨してしまう。

    あらすじは本屋大賞ということもあり多数よせられているので省かせてもらいますが、いろいろと心に残る作品でした。

  • 文庫本になったので買った。600ページあるので持ち歩くのは重い。タイトルからファンタジーなのかと思っていたら、違った。本屋大賞に選ばれるだけの作品だった。女性の在り方、人間の尊厳、何のために戦うのか?数多のテーマが投げかけられている。

    私はコミックもよく読む。狙撃手で女性というと、ワールドトリガーのチカちゃんをイメージしていた。ボブヘアだし・・・ワンピースのウソップでもない。
    まだソ連がある頃のナチスドイツとの戦いが描かれている。16歳のセラフィマは目の前で母を含めた村人全員をドイツ兵に卑劣なやり方で惨殺されるところから始まる。赤軍の女性兵士イリーナに救われるが、母の遺体への仕打ちから、イリーナに対しても復讐心を抱く。
    しかしそのイリーナは狙撃手の指導者であり、セラフィマたちは狙撃手としての腕を磨いていくことになる。この辺りから引き込まれていった。

    イリーナが言った「戦いたいか、死にたいか」、大きなテーマを投げかけている。訓練も国家間での戦う意義を問いかけられる。まるで哲学のようだ。そしてウクライナ出身というオリガの思いや正体は、ソ連の時代から侵略への抵抗で、この作品が発表される時期が遅れたのも頷けるが・・・。アヤやシャルロッタの思いも奥が深い。それぞれの問答が意味を持っている。

    第三章からは最前線に行くセラフィマ。そこで見たもの、経験したこと、それは衝撃的である。戦争における戦略は生死を分ける。そこに甘えや緩い考えは存在しない。第五章で、セラフィマはイワノフスカヤの幼馴染のミハイルに出会う。その出会いは・・・。そして最後は・・・。

    頂点を上り詰めた境地、リュドーラが語る真意が虚無感を同期させられる。それと同時に「敵を撃て」というタイトルの意味が頭の中で顕在化した。
    巻末に沼野恭子さんが記述されている通り、白か黒かではない葛藤の表現が巧みだと感じた。文庫化によせてとして作者逢坂冬馬さんがウクライナへのロシア侵攻に心を痛めたことも書いてあった。また、高橋源一郎氏はあらすじまで書いている。
    エピローグに丘の上から降りた状態が描かれている。その場面にも傷跡が残り、いたたまれなくなった。

  •  今も絶えない国同士の攻防はニュースの情報としてしかとらえていない。戦場は休む間もなく敵を殺めることを厭わない砲撃がなされているとの状況は想像のなかでしか臨場できない。目の前で一瞬の間に人が破壊される場面などは当事者でない限り直視できないであろう。最愛の人、行動を共にする仲間、身近な存在の命が最も簡単に奪われる。
     計り知れない悔いと恨みを背負った少女は鍛錬の苦痛に耐え己の目標に向けて直走る。戦場の最前線とは自分が出来ることは相手もできると考え、進退を即決出来なければ即落命。待ったがない瞬間の連続を過ごす緊張感が長時間続くなど想像だにできない。
     この作品が受賞したニュースを見た頃、ウクライナ侵攻の最中だった記憶がある。その戦況をも反映した作品と誤解をする程の時期だった。巻末に著者の苦悩が記されていて戦況の悪化と本の増版とが自身の良心を蝕む心境はいち読者にも響いた。ウクライナもガザも一刻も早く終焉を迎えてほしい。

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著者プロフィール

逢坂冬馬(あいさか・とうま)
1985年生まれ。35歳。埼玉県在住。『同志少女よ、敵を撃て』にて第11回アガサ・クリスティー賞大賞受賞。

逢坂冬馬の作品

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