ヒトはなぜヒトを食べたか: 生態人類学から見た文化の起源 (ハヤカワ文庫 NF 210)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150502102

作品紹介・あらすじ

ヒトがヒトを生贄として殺し、食べる-中米アステカ族に伝わった凄惨な食人儀礼は、初めてそれを目撃した16世紀の西欧人はおろか、現代人にとっても衝撃的で謎めいた行動以外の何物でもない。だがこんな文化様式ができあがったわけは、生態学の観点に立てば明快に説明することができるのだ…米国人類学の奇才が、食人儀礼、食物タブー、男性優位思想など広範な人類学的主題を鮮やかに読み解く、知的刺激あふれる名著。

感想・レビュー・書評

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  • キッチン。深夜一時半。

    葉月は、残業帰りの足で蛹の家を訪ねた。勝手に上がり込んで冷蔵庫を開け、4枚入りのハムのパックを開けてつまみ始める。
    そして、2枚目を口に入れたところで、シンク横に無造作に置かれている本に気付いた。読み終わったところでぽいと置いて、それきり忘れていたのだろう。
    「カニバですか」
    「……カニバじゃなかった」
    キッチンの入り口に、家主である蛹が立っている。仕事から帰ってそのままベッドに潜り込んだという風の、シワだらけのシャツを着ていた。物音に気付いて、起き出してきたらしい。
    「起こしました?」
    「どうせ眠れないんだ、気にしなくていいよ」

    「で、これ、何の本なんですか?」
    「狩猟から農耕にシフトした理由、戦争の起源、産業革命と資本主義の起源、イスラム教が豚食を禁じヒンズー教が牛食を禁じたのはなぜか、ヨーロッパ人が人肉を食べずインカ帝国人が人肉を食べたのはなぜか、そんなとこ」
    「カニバじゃないですか」
    「そこだけ抜き出すの? いや、普通に面白かったけど」
    「食料と社会構造、みたいな話ですか?」
    だいたいそんなとこ、と蛹は答える。眠れないでいたところに、ちょうどいい話相手が来たと思っているのかもしれない。
    「人口が、それを養える食料生産力の限界を超過しようとしたときに、まず」
    「人を食べればいいんですね?」
    「そうなんだけどさ、ちょっと待って。あのさ、人口と食料の均衡をとる方法は2つあるだろ」
    「人口を抑制するか、食料生産を増やす」
    「そう。人口抑制は、簡単だ。人を生ませないという方法は昔はなかったから、生まれた人間を殺すしかない。そして人口増加率は女性の数によって決まる。若年において女子が明らかに男子よりも少なかった地域や時代は、意図的に女子を減らし人口の抑制を図っていた可能性が高い。その中には、18世紀のヨーロッパなんかも含まれる」
    「男尊女卑の起源も、そこにぶっこんじゃっていいですか」
    「そう言うと思った」
    蛹は苦笑し、続ける。
    「一方食料生産は、事情が少し複雑になる。たんぱく質源としての動物を育てるのに穀物を使えば、それだけ養える人間が減る。肉食を制限する文化の背景には、そういう事情があると筆者は指摘している」
    現に、先進国が家畜を養うのに使っているトウモロコシで途上国の何人が飢餓から救われるとか、救われないとか、そういう話はある。現実的かどうかはともかく。
    「で、カニバ?」
    「結果としてそういう方法を取った地域もある、という話だよ」
    「文化はタンパク質が作った、的な?」
    そうかもね、と蛹は適当に同意する。
    そして、あくびひとつ。
    「ねえ、居間のソファ使っていいから、そろそろ寝たらどうかな。俺もようやく眠れそうだから」

  • 人類学の視点からかかれているので、学術書の感じ。
    内容がカニバリズムからフロイトから民俗学までひろがっている。意見の違うところも多くあるがもちろんそんなものと思って読んだ。古代民族ノ儀礼などは推定でしかないと思いつつ、斜めに読むのにちょうどいい本

  • 「イスラム教で豚肉が禁忌なのは豚肉に寄生虫がいるため」というのは間違い、というのをツイッターで見かけて、そのソースとして挙げられていた本。

    タイトルだけだとホラーっぽいが、食料調達と人口の再生産を軸に狩猟時代から現代までの文化の発達を読み解く内容で非常に興味深かった。

  • 今年のディズニー・アニメで「リメンバ ミー」というのが ありました が、舞台はメキシコの「死者の日」でした。
    これは、骸骨やドクロの人形を かざる、日本で言うと お盆にあたる お祭りをモチーフに してます。
    表向きは、祖先の骸骨を身近に置く習慣が、キリスト教化しても続いてる と言われてます が、ぼくには なんだか異なる意味があるような気が してます。
    というのも、このメキシコ シティは、日本の戦国時代に、スペインのフェルディナンド・コルテスが侵略するまでは、アステカ王国の都手のチテトタンが あり、13万個のガイコツが飾られてた ので、その習俗を ついだもの でしょう。
    さて、なぜ そんなにもガイコツがあったのか?
    この本によれば
    彼らの神に生贄として毎日少なくとも3人多ければ300人以上のが殺されてたからだそうで。
    なぜ、その神々が、そんなにも血に飢えていたのか?というと、
    彼らの、主なタンパク源は、生贄の死骸だったから。

    人間を生贄に して、その肉がごちそうと なる習慣は、アメリカ合衆国 南部のイロコイ族などにもあり、おばあちゃんの大好物だった。とか。

    はたして、なぜアステカの人たちの神がそんなにも血に飢えていたのかを、比較人類学の立場で説明したのがこの本で、
    世界の王権の成立と、その後の資本主義革命までの「ビッグ・マン」たちのメカニムズを、生態学的に比較説明します。

    有史以前、農耕が本格化するまでは、肉を沢山得ることができたのに、農耕によって、激減する。という史観は、去年の「サピエンス全史」で一般常識化されましたが、2000年代にも「鉄病原菌銃」でジャレド・ダイアモンドが、1990年代にも京大類人猿・アフリカ文化研系の日本人学者も書いてましたが、

    なんと、この本が書かれたのは1977年。40年前ですよ奥さん!

    この本が警告する人類の未来へは、まだ到達していませんが、今こそが正念場。という気がします。

    おすすめ。

  • 原題にも「食人」を意味する言葉が入っているので、翻訳書での
    このタイトルも仕方ないんだろう。でも、これでは私のように
    カニバリズムのお話か?と手に取る人が多いと思う。

    内容を考えると副題の方がしっくりする。

    人間は自分たちが生きるためにどのようにして社会を形成して
    きたかというのがテーマなんだろうな。確かにカニバリズムに
    ついても書かれているんだが、それはほんの少し。

    宗教による食のタブーについては「本当か?」と感じる部分もあった
    が、狩猟採集民が農耕民族より劣っているとの説を覆している話は
    興味深かった。

    ショッキングだったのは人口増加を抑制する為に女児が間引きされて
    いたことや、古代でも妊娠期間中に意図した中絶が行われていたこと。

    そりゃ人口が増えれば増えただけ、資源の消費が減るからなんだろう
    が…う~ん。

    ほぼ学術論文という内容なので「アンデスの聖餐」あたりの話かと
    思って読むと肩透かしだ。

    ほんの少し触れられている食人行為に関しては「単なる動物性たんぱく質
    の不足」としているのだが、本当にそれだけかなって感じ。

  • 食人の部分は1~2章ぐらいだが面白かった
    精神性というわけのわからんものではなくコストと利益で文化の形が決まったという観点はなるほどと思った

  • 読書録「ヒトはなぜヒトを食べたか」5

    著者 マーヴィン・ハリス
    訳 鈴木洋一
    出版 早川書房

    p298より引用
    “運と技とで結果が決まるすべてのゲームと
    同様、人生においても、歩の悪い状況への合
    理的な対応とは、もっと懸命にやってみるこ
    となのである。”

    目次から抜粋引用
    “文化と自然
     農耕の起源
     戦争の起源
     食人王国
     水力利用の落とし穴”

     人類学者である著者による、人類の文化と
    その発生について書かれた一冊。
     生産強化と資源枯渇についてから技術革新
    と生活水準向上についてまで、多くの文献を
    元に緻密に書かれています。

     上記の引用は、本文最後の一文。
    どんなに複雑な計画を立てても、最終的には
    目の前の出来事を1つずつしっかりとこなす
    のが、なによりも大切なのかもしれませんね。
    しかし、時々、目指す場所を確認しないと、
    間違った方向に進んでしまうかもしれません。
     翻訳書のため、参考文献や出典の多くが
    未訳の海外文献となっているので、語学が堪
    能な人でないと、ここからたどって文献を読
    み深めるのは難しそうです。
    この一冊だけでも、かなりギュウギュウに詰
    めて書かれているので、お腹いっぱいになる
    のではないかと思いますが。

    ーーーーー

  •  本書は、世界史上の特徴的な文化の変遷を経済的下部構造と結びつけて鮮やかに説明する。時代も旧石器時代から資本主義まで、地域もユーラシアにとどまらず新大陸についても幅広く取り上げており、理論の適用範囲の広さをこれでもかと見せつけられる。本当に鮮やかすぎて、かえって疑わしいくらいだ。
     そして、著者は周到に、ありうべき批判に対して事前に答えている。例えば、文化は下部構造のみによって規定されるとは限らず、文化それ自体が文化に規定されて自己目的化して行くことを認めているし、法則は絶対不変のものではなく、反対に法則を見出すことでその法則に反する変化を生じさせることができると強力に主張している。人間の歴史が暴力と飢餓と差別と腐敗に満ちているとはいえ、その全てが下部構造の直接的影響によるものとは断言せず、そして正しい認識と意志によって変革は可能であると信じているのである。
     そこで疑問となるのが、著者は実際に人々がどこまで損益計算を行った上で行動していると想定しているのかということである。本書では、国家の形成において、人々はその本質的な変化に気づいていないとの記述があるが、それ以外では文化の担い手である人々の主観が見えてこない。意識的に行動する合理的人間と無意識に行動する人間の両方が存在して織り成される社会の複雑さには、本書の理論は立ち入ることができないのであろうか。そもそもそうしたことは問題とならず、社会法則を客観的に見出すという方法論なのかもしれず、そのことは著者にとって自明であったために明確な立場の表明がなされなかったのかもしれない。したがって、この点は著者に対する批判とはならない。
     本書の提示する理論は非常に簡潔でいて、しかもその導く帰結はあまりに強固である。人間の活動の拡大とそれによる資源の枯渇、生産性の向上による対処と食料確保による人口増加による社会的軋轢、人口を減少させるための戦争と消極的な嬰児殺し、男性優位の社会、対外的拡大のための一時的な母系社会と男系社会の復活、治水社会と封建社会の発展と衰退、資本主義による再生産圧力の解消、そして別系との文化としての人食社会の成立。全てが綺麗につながる。さて、こうした法則が見出された今、我々は資源を枯渇させて緩やかな衰退を迎えるのであろうか。著者の信頼はとても厚いが、どうも暗い将来ばかりがちらつく。

  • 『食人なんて野蛮な民族がすることだ』多くの人が疑問を抱かずそう思考停止してしまうが、なぜ一部地域には食人文化が残り、西欧文明では早々に禁止されたのか。そこに人命を尊重する文化の影響などかけらも関係ないことは、"発達した"文明下での戦争や宗教裁判での死者数を見れば明らかだし、無法無秩序が理由でないことは、食人習慣が宗教的儀礼の下で統制されていたことからわかる。

    本書によればその答えは、人口増加に伴う再生産の圧力に対して、コスト=ベネフィットの計算の結果、どのような戦略が取り得たのかの違いだ。国家を形成する以前の初期段階において、権力者は首長となるべく村人に晩餐を提供する義務があり、キリスト教圏ではヒツジ・ヤギが、ヒンズー教圏ではウシが、イスラム教圏ではブタが供物として扱われていた。しかし、大型哺乳類どころか農耕に適した土地すらなかったメソアメリカ他一部地域では、人肉しか提供できるものがなかった。やがて人口増加の驚異的な加速度ゆえ、キリスト教でのヒツジ・ヤギがパンとワインに代わり、ヒンズー教では貴重な農耕動物であるウシが神聖化され、イスラム教では飼育コストが高いブタ食が禁止されるに至り、それぞれ不足した栄養価を効率よく栽培できるようになった穀物で補っていたが、やはり何もなかったメソアメリカでは、人肉を提供しつづけるしか取りうる戦略は存在しなかった。

    かように人類の歴史は常に、増え続ける人口をカバーするための戦い、いや、抵抗だった。歴史の授業では大型河川を中心に発達したエジプト、メソポタミア、インド、中国の四大文明を教えられるが、なぜこれらの先史文明でなく、出遅れた西欧文明で現代世界を支配する資本主義と議会制民主主義が生まれたのか。これについては、河川流域はその限られた流域面積により、拡大する人口を養うだけの生産物資を際限なく確保することができず、治水による生産性の拡大→人口密度の稠密化→資源の不足→貧困社会における支配者層の腐敗→周辺部族または内乱による体制の崩壊→人口の減少→新体制での中央集権政府による治水事業の修復というサイクルを繰り返すしかなかった。対して、西欧においては大河はなくても肥沃な大地と気候があったため、各種文明が到達した中央集権国家の象徴ともいえる大規模建設事業に莫大なコストを費やすことなく、分散国家による協力と競争のもとで発展を繰り返すに至った。

    人類の敵はいつでも人類だった。しかもそれは食料を奪い合う敵でなく、食料を分け合う敵だ。本書の序章では、以下の二文に選択すべき未来が示唆されている。『平和、平等、豊かさという困難な目標を達成するために自由意志をはたらかせるのを妨げる目下最大の障害のひとつは、戦争、不平等、貧困が広く見られることを説明する物質的進化過程を認識していない点にある。』『文化進化を引き起こす要因について無知であったり、望ましい結果に対する困難を無視するといった態度を、道徳的に不誠実であると考えている。』ここには、歴史研究なしに理想の社会を語れない真髄がある。

  • カニバリズムおよび犯罪の本かと思って間違えて買いましたすいません。でも、人類学ってそもそもこういうものだったのか〜と再発見があってよかったです。学生のころから、ただの西洋人による異文化蒐集趣味学問、みたいな余計な先入観があったので…勘違いでもなければ読まなかったろうなと。
    俯瞰してみるとカニバリズムについても理解の深まった一冊でした。歴史・歴史以前・民俗学を通じ、要因が外的にもあることにはっとさせられたり。ほんと、勉強不足がことが世の中にはたくさんありすぎて、読書くらいが関の山です。はい。

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