火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫 NF 251)
- 早川書房 (2001年4月15日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (409ページ)
- / ISBN・EAN: 9784150502515
作品紹介・あらすじ
すべてが白黒に見える全色盲に陥った画家、激しいチックを起こすトゥレット症候群の外科医、「わたしは火星の人類学者のようだ」と漏らす自閉症の動物学者…脳神経科医サックスは、患者たちが抱える脳の病を単なる障害としては見ない。それらは揺るぎないアイデンティティと類まれな創造力の源なのだ。往診=交流を通じて、不可思議な人生を歩む彼らの姿を描か出し、人間存在の可能性を謳った驚きと感動の医学エッセイ。
感想・レビュー・書評
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どんなテーマパークより、人間の存在のほうがはるかにワンダーでファンタスティックなのだ、ということを、サックスの本はいつも教えてくれる。<BR>
脳の損傷がもたらす信じがたい症状と、そこから生まれるさまざまな悲喜は心をひきつけてやまない。<BR>
一見SFめいたタイトルは、ある自閉症の女性が言った言葉。その意味を知ったとき、たまらなくせつなくなった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
少々長いなと思うようなところもあったが、まあ結論言いますと、みんな違ってみんないい、十人十色、につきますな。画家が色盲になってからの過程から、どんな悲劇、驚くようなことがあっても、物事をどう捉えるかによって世界は大きく変わるんだなと、深く再認識。単純なことだけどそれがなかなかできないんだよね。でも少し、変えてみただけで、マイナスで暗い世界が少しずつ明るくなっていく、素晴らしい。自分の短所と言われる部分がきっと武器になるんだろうなと、願いたい。
以下抜粋
さまざまな偏りのある能力と性格をもったあなたであり、わたしである。その意味では人間は誰もが奇妙な存在だ。健康とか健常という言葉は、実はむなしいのではないか。それよりも、ひとりひとりが自分の偏りを自覚し、それを大切な自分だといとこしむこと、そして他人の偏りも含めてその人だと受け入れることの方がよほど重要なのではないか。 -
オリバー・サックスのこれまでの著書の中で最も素晴らしかった。世の中には「杉山なお(著) / 精神病棟ゆるふわ観察日記」のような心療内科患者・生理学的障害を持つ患者を動物園のように「観察」する書籍もあれば、この著者のように限界まで「一人一人としての人間」を理解しようと試みる本気が伝わってくる著書もあるのですね。やはり一番印象的だったのは映画にも成った表題「火星の人類学者 テンプル・グランディン」さんのお話でしょう。日本人なら誰もが「村田沙耶香 / コンビニ人間」「同 / 地球星人」を連想したのではないでしょうか。後者は正に「私達は地球星人ではなかったのだ」という視点で書かれています。本書は一冊通してあまりにも考えさせられる事が多く、感想が一言でまとめられません。
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この本に登場する人たちは、周囲と違うことで孤独を得たけど、その孤独は想像したこともないような、あざやかな世界を見せてくれるんだ、と思った。
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「図書館には不死が存在すると読んだことがあります。
わたしが死んだらわたしの考えも消えてしまうと思いたくない。
権力や大金には興味がありません。
なにかを残したいのです。
自分の人生に意味があったと納得したい。
今、わたしは自分の存在の根本的なことをお話しているのです。」 -
病気を患っていても、悲観せずにむしろそこを生かすような人生を送っていてかっこいい。自分を真っ当から肯定する姿勢はすごいと思う。
"生まれながらの盲人が、手で立方体と球体を識別することを学んだとする。その人が視力を取り戻して、触らずにどちらかを識別することは可能だろうか"
色失った芸術家
記憶を保持できないグレッグ
トゥレット症候群の外科医
触覚で生きる人々
当たり前の五感がない世界はどう見えるのだろうか。 -
とりわけ印象に残ったのは『最後のヒッピー』。
人生最高の1日を翌朝には忘れてしまうことについてしばらく考えてしまった。 -
ヒトのふりをするのは疲れたと最近思う。過去には火星の人類学者テンプル氏のライブラリ構築のようなことをしたことがある。(あそこまで大規模なわけでも、圧倒的な記憶力を持つわけでもないが)。ヒト擬態をエコモードに移行させたら、当然のように反感を買った。心が全く理解できないわけではないから火星とまではいかないが、北極くらいの立ち位置にいるような気がする。「感情に支配されている」人間界は疲れる。どうにか疲れない方法が見つからなければ、わたしという個人はわたしになれずヒトモドキとして一生を終えるだろう。見つかれば、本書のような「個人」として人生を送れるかもしれない。