偶然の科学 (ハヤカワ文庫 NF 400 〈数理を愉しむ〉シリーズ)

制作 : Duncan Watts 
  • 早川書房
3.75
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本棚登録 : 566
レビュー : 25
  • Amazon.co.jp ・本 (406ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150504007

作品紹介・あらすじ

ネットワーク科学の革命児が解き明かす、「偶然」で動く社会と経済のメカニズム。

感想・レビュー・書評

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  • 著者は1971年生まれだから私より2歳下だ。最初物理学を学んだようだが、複雑系の系譜を継ぐ「スモールワールド」だかいう学説を提唱し、ネットワーク理論に基づいた社会学者といった立場にあるようだ。
    この本は一般読者向けに非常に易しく書かれており、何も難しい話ではないが、新たな視角をもたらしてくれる、実に面白い読み物だった。
    「まえがき」で「アメリカ人のおよそ90%は自分が平均より車の運転が上手いとおもっている」という統計を明らかにする。日本人も、おそらく男性では似たような結果になるのではないだろうか。
    この例のような自己に関する「錯覚された優秀性」、そして「常識」全般が、人々の認識・判断を絶えず誤らせている。「思い込み」の間違いを、著者ワッツは執拗に指摘してくる。こちらも身に覚えのあることが多く、反省を迫られる。
    複雑系で有名な「バタフライ効果」の話、人々のあいだの相互影響作用、インターネットを活用した大規模なリサーチと「実験」。結局だれもただしく結果を「推測」することはできないこと。偶然の条件が重なってできごとが起こり、そのもろもろの影響からさかのぼって、もっぱら論議されること。
    かなり刺激的な内容で、読んでいてとても楽しい。
    著者はYahooリサーチに携わっていたので、マーケティングの話も後半出てくる。
    複雑系に基づくネットワーク社会学、もう少し本格的な本も読んでみたいと思った。

  • 良著でした!
    原題は"Everything Is Obvious (Once You Know the Answer)"
    『全ての未来は明白だ(答えを見た後ならば)』と言うと当たり前だが、知らず知らずのうちにこんなことにも気づかず、物事を理解した気になっていることがある。

    同じ状況を何度も試せるならいいが、現実世界の多くの場合は一度きり。
    予測することは本来不可能であることを認めなければいけないんじゃなかろうか。

    ナシーム・ニコラス・タレブの『ブラック・スワン』や、ダン・アリエリーの著作に似たものを感じる社会派な一作。


    ---

    Memo:

    p79
    「Xが起こったのは人々がそれを望んだからだ。人々がXを望んだとなぜわかるかというと、Xが起こったからだ」

    p138
    これらは結果そのものがわかってからはじめて組み立てられる主張なので、ほんとうに説明になっているのか、それとも単に事実を述べているだけなのかけっしてわからない。

    p141
    現実には同じ実験を二回以上おこなうことはけっしてできない。

    p143
    あと知恵バイアス

    p144
    サンプリングバイアス

    p221
    しかし、予測モデルの批判者がよく指摘しているとおり、われわれが重視する結果の多くは、通常時でないからこそわれわれの興味を引く。

    p237
    経営理論家のヘンリー・ミンツバーグは、従来の戦略計画では、計画者はどうしても未来の予測を立てなければならず、誤りを犯しやすくなるという問題を熟考し、計画者は長期的な戦略動向を予測することよりも、現場の変化に迅速に対応することを優先すべきだとすすめた。

    p248
    「予測とコントロール」から「測定と対応」への変化は、テクノロジーのみにかかわるのではなく心理にもかかわっている。未来を予測する自分たちの能力はあてにならないと認めてはじめて、わえわれは未来を見いだす方法を受け入れられる。

    しかしながら、測定能力を向上させるだけでは、必要な情報が得られない状況も多い。
    (測定だけで終わらせるな、実験せよ)

    p253
    重要になってくる唯一の広告は、境界線上の消費者、つまり製品を買ったが、広告を見ていなければ買わなかった人を動かす広告である。この効果を見極めるには、広告を見る人と見ない人を無作為に決めた実験をおこなうしかない。

    p258
    学者や研究者が因果関係の細かな点を論じ合うのは結構だが、政治家やビジネスリーダーはしばしば確実性が欠けた状態で行動しなければならない。

    p269
    自分の心臓を止めることができないのと同じで、常識に基づく直観を抑えることはできない。しかしながら、常識にあまり頼らず、測定可能なものにもっと頼らなければならないと覚えておくことならできる。

    p277
    ハロー効果(後光効果)

    p280
    問題は、結果から過程を評価するのがまちがっているということではない。たった一度の結果から過程を評価するのはあてにならないということである。

    p287
    金持ちはさらに金持ちになり、貧乏人はさらに貧乏になる

    p318
    いったいなぜ、そのすべてが説明可能な一連のるーるを書き出せるなどとおこがましくも考える者がいるのだろうか。

    p329
    実社会はそのような法則におそらく支配されていない

  • 世の中は予測可能な事象と不可能な事象がある。

    物理学や数学は誰からみても同じ普遍的な法則があって、予測可能な事象ですが実社会は予測不可能な事象で、常識と思っていることでも偶然の結果が殆ど。

    したがって現実社会を扱う社会科学系の学問は、普遍的法則を追っかけるのではなく、中範囲の法則や測定と迅速な対応による戦略によって法則を導き出すべきと提言した著作。

  • 裏付けのない経験則としての常識を予測・判断に用いる危険性と,予測不可能な世界でどのようにして戦略を立てるべきかを扱った一冊.成功と失敗を分ける要因は偶発的なものであり,もっともらしく見える理由は後からつけられるものに過ぎず,予め何かが成功する理由や要素を知ることは,構造的に不可能である.一方,インターネットの普及により,現時点で何が起こっているか・過去に何が起きたかを,それまででは考えられなかった緻密さで把握したり,あるいは膨大な数の人について,行動や思考の傾向を把握したりすることは可能になってきており,従ってうまい戦略を立てるためには,そのようなツールを利用して現状を正しく把握することが肝要であるとする.

  • 「世界の人々から選んだ任意の二人の距離は実はそう遠くはない」というスモール・ワールド理論を提唱した社会学者ダンカン・ワッツが、様々な場面における「常識」の持つ不確かさを説く。

    邦題の「偶然の科学」というタイトルは少しわかりにくいと思うが、原題はこうなっている。「Everything is Obvious-Once You Know the Answer」、直訳すれば、全ては明白である-いったん正解を知ってしまえば。この原題のタイトルの方が遥かにわかりやすい。つまり我々は日常生活において、何かしらの判断を毎日行っていくが、その判断を後から振り返る-正解を知っている状態-と、あたかもその判断が自明のことであったかのように錯覚してしまう。このような人間の思考パターンは様々な種類があるが、そうした思考パターンの持つ危険性をダンカン・ワッツは明らかにする。

    本書が扱う人間の思考パターンの癖は様々な種類に及んでおり、世界に対する新たな視点を与えてくれる。なおかつ、語り口は極めて平易でユーモアにあふれており、一級の知的興奮を与えてくれる充実した一冊。

  • 内容はそれなりに面白いのだけど、文章が読みにくくてなかなか頭に入ってこない。読むのにとても難儀した。私はこの手の本が大好きで、『予想通りに不合理』も『明日の幸せを科学する』もガツガツ喰いつきながらよんだというのに、本書はページをめくる指が重かった。というわけで読み終わるまでに一月近くかかってしまった。
    青木さんが翻訳したのにおかしいな、、、と思っていたら青木さん違いで、こちらは青木創、あちらは青木薫。な〜んだ。改めて青木薫さんを素晴らしいと思った。

    やっと本の中味の話し。
    著者は物理学者から転身した社会学者というユニークな立場。「社会科学が科学的であるとはどういうことか」についてとても丁寧に向き合い、それが本書の重要なテーマでもある「認知や判断の根拠としての常識」に見事につながっている。
    事前には常識で考えるから間違うのに、事後には常識で考えればそれしかないと思えること。邦訳はあまりよくない。原題の方が著者のテーマを伝えてくれる:
    "Everything is obvious, once you know the answer"
    「そんなのはじめからわかってたさ(タネ明かしを聞いた後だけど)」。
    人工知能の研究からわかったのは、ヒトの認知や判断というは、ものすごく膨大な暗黙のインプットをものすごく大胆に省略しながら処理しているということ。その剪定の仕方にはくせがあって、それが私たちの「常識」を形成しているということ。ふむふむ。そこから抜け出すにはかなり意識的に「反常識(非常識)」を取り入れる必要があるということ。
    などなど、読みにくくて大変ですが、ヒトという奇妙な存在の面白さに出会える本でした。

  • 偶然の科学とあったので読んだが社会学の本でございました.なので「偶然とはなんぞ?」ってな事はあまり探求されておらず,社会学が物理学のような法則を得られないのはこれこれこういう理由ですよってのが綴られておりました.まぁでもフレーム問題とマクロとミクロの絡みなんかは勉強したら楽しいだろうなと思わせてくれたので良しとします.

  • 宗教の反対陣営に立たされるのは科学であることが多いが、科学者であっても、宇宙の誕生や人体の神秘、素粒子の振る舞いに神の姿を見る者は少なくない。信仰心が奇跡の原因を説明するために産まれるものとするならば、宗教に反駁できるのは"科学"ではなく"偶然"だ。なぜなら、多くの人間には"奇跡"と"偶然"の見分けが付かないのは勿論、"偶然"と"常識"の区別さえ付かないのだから。

    『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4822246663" target="_blank">なぜビジネス書は間違うのか</a>』で示されたように、成功した企業について語るとき、経済学者のみならず一般人も、その企業の何かを取り上げては褒めそやす。「トップの判断力が優れていた」「商品開発力が違った」「組織運営が革新的だった」。しかし一年後、企業の株価が暴落したときは異口同音に短所を見つけて袋叩きにする。「自分にはこの結果はわかっていた。」という枕詞を添えて。
    もちろん、冷静に分析を試みることが出来る人もいる。「どうすればこの結果を予測することができただろうか」と。そうして一応は納得できるような"ストーリー"を構築するが、果たして翌年、逆転した結果が現れた場合は同じ事象を別の角度からみただけの"ストーリー"を延々と構築し続けるしかない。そう、『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/auth1/%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%AC%E3%83%96/?st=regdate" target="_blank">ブラック・スワン</a>』や『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4150503583" target="_blank">歴史は「べき乗則」で動く</a>』で示されたように、類稀な事象というのは、極小の事象が連鎖して関係し合った上で引き起こされる出来事なのであり、地球上で発生する全てを網羅しない限り、いや、『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4062879484" target="_blank">理性の限界</a>』が述べる通り、完全に予測することは素粒子物理学的に不可能だ。だのに人々は、自分が納得するためだけに理由を求め『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4163736700" target="_blank">物語の錯覚</a>』を起こす。

    そうして物語を求めるのは、何も未来予測に限ったことではない。例えば織田信長の桶狭間や長篠の戦いについては、その戦略の先進性ゆえの勝利であったと広く一般に認識されているが、相手の陣営と比べて本当に評価されるべきなのか。ただただ「勝ったから優れていたに決まっている」という"物語"のみが残り、「劣っていたが偶然によって勝利した」というよく考えれば当たり前の視点は失われている。

    そんな過去も未来も当然の物語として構築してしまうような思想の下でたてられる計画に、意味はあるのだろうか。
    『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?stg=title&word=%E3%83%A4%E3%83%90%E3%81%84%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6&st=regdate" target="_blank">ヤバい経済学</a>』では人間の行動はインセンティブで"説明"することができると示されたが、膨大に関係しあう個人の事由を考慮した上でのインセンティブに基づいた計画は策定可能だろうか?『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4314010479" target="_blank">経済は感情で動く</a>』ではイスの位置で売上が向上した例とその理由が挙げられるが、別の店舗では逆に売上が低下するかもしれない事を事前に予測可能だろうか?『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4334961886" target="_blank">第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい</a>』では(年老いた)とか(ひ弱な)という文字を見た後は歩行速度がゆっくりになったり、ランダムで見せられた数字が大きいほど、入札に積極的になったりすることが示されたが、このように世の中の全てのものに影響される人間の行動の全てをインセンティブ計画に組み込めるだろうか?

    ベテラン作家が10年かけて制作した素晴らしい作品がコケることもあれば、高校生が片手間にケータイで作った駄作にしか思えない作品がヒットすることもある。では、なぜ出版社は道行く人に声をかけて小説を書かせるのではなく、応募と選考によって作家を発掘するのか。そのほうが"確率"が高いからだ。
    例えば広告のやれることとは「認知を増やして売上を伸ばすこと」ではなく、「認知を増やして売上を伸ばす"確率"を上げること」である。
    微妙な差異と思われるかもしれないが、これを意識できているかどうかの差は大きい。90%の確率が外れたとき「当たって当然のはずなのに、何故外れたのだろうか」と驚きをもって原因を追求しようとしてしまう人は多いが、その時間はまったくの無駄だ。
    また、自分の人生を語るとき、それが優れた過程による結果なのか、偶然の結果なのかを正しく判別することが出来る人は少ないゆえ、巷には訳知り顔で成功論を語る新書と、書いたままの他人の"物語"を信じられる人で溢れかえっている。

    一度だけの結果を見ても、それが偶然によるものなのかは判別がつかない。そんな状況で出来る事は、複数回の結果から統計的に評価することと、過程を評価することだけだ。
    自分より何の努力もしていない人間が驚くような成功をすることもある。万難を排してたてた計画が脆くも崩れさることもある。何も悪いことをしていないのに不幸な災難が降りかかることもあるだろう。それでも挑み続けるしかない。
    確率と、"偶然"と勝負し続けるのが人生なのだから。

  • 色々引用したくなる場所が多い本。そして「あー、いるいるそんな人」と言いたくなる本。
    未来の予想はできないし、結果に対して後付で理由はいくらでもつけることはできる、と言うことでしょうか。端折り過ぎですが。
    「私は分かっている」「私は理解している」と考えている人や、そのようにツイートしている人にこそ読んでもらいたい本。

  • 選択の科学とはまた違った角度だが、社会学が物理学のような華麗な発展を遂げられていない中、近年、インターネット、ソーシャルネットワークの普及により、徐々に実験環境を有効化できそうで有る事がわかる。偶然を科学するには、人的要素における社会学を追求する必要がある。社会学を学ぶのは、面白いかもしれない。

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