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Amazon.co.jp ・本 (416ページ) / ISBN・EAN: 9784150504007
作品紹介・あらすじ
ネットワーク科学の革命児が解き明かす、「偶然」で動く社会と経済のメカニズム。
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
偶然のメカニズムを科学的に分析し、私たちの判断や思考パターンの不確かさを明らかにする内容が魅力的です。著者は、歴史的な出来事や社会の変化がどのように評価されるのか、その評価が事後的であることを示し、人...
感想・レビュー・書評
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偶然の科学
著:ダンカン・ワッツ
訳:青木 創
ハヤカワ文庫 NF400
ネットワーク科学の世界的権威が放つ、複雑系社会学の決定版とある
題は「偶然の科学」であるが、意味するところは、違う
原題 Everything is Obvious. "Once you know the Answer"
「すべては明白だ、いったん、答えがわかれば」 でいいでしょうか
偶然とは、いきあたりばったりで、対応をしてしまう人間の行動を科学しようということであって、確率論に支配される偶然を解明するための科学ではない。あくまでも、社会科学的、社会学的な偶然を扱うことが目的である。
社会科学の歴史の大半にわたって、社会現象の要素を測定するのは不可能であり、物理現象や生物現象の要素を測定するのとはわけがちがったからである。
最近では、長きにわたる社会科学のこの制約が解かれるかもしれない方向へと世界は変化しはじめている。
Eメールや携帯電話、インスタントメッセージなどの通信技術は、数十億人の個人の社会的ネットワークと情報の流れを暗黙のうちに追跡している
高度な情報システムが、社会科学を自然科学に近づける日は近いのかもしれない。それは予測であり、全数測定である
気になったのは以下です
・常識とは何か
しょっちゅう引き合いに出されるわりには、常識とは何かを明確にすることは驚くほど難しい
・けっして「常」識ではない
常識をうんぬんする際に忘れてはならないことのひとつは、それが時代や文化によって大きく変わってくることである
・常識への濫用
常識は統一性と一貫性に欠けるし、自己矛盾する面さえあるが、これは、われわれの日常生活ではまず問題にならない
なぜなら、日常生活はいくつもの小さな問題に分かれていて、それぞれ個別に対処できる非常に具体的な場面が基盤となっているからだ
・常識への過信
悪いことが起こるのはわれわれが常識の用い方を忘れたときではなく、常識が日常生活の問題を解決するのに恐ろしく有効だからといって、それに過大な信頼を置いてしまうときである
・人々は自分のすでに知っていることを補強しやすい形で新しい情報を消化する
つまり、自分の信念に一致する情報ばかりに注目し、一致しない情報には疑いの目を向ける
・一般に人々は、損失が予想されるときはそれによってこうむる痛みを大げさに見積もり、利益が予想されるときにはそれによって得られる喜びも大げさに見積もるがつねである
・バタフライ効果
ちいさいランダムな変動が次第に大きくなり、長い目でみると極めて大きな相違をもたらしうるという傾向がある
・誰かが何かをダウンロードしたかについての情報があると、人々はたしかにそれから影響を受ける
・世界での人と人とのつながり
世界中のだれもが、アメリカ大統領から握手6つ分しか離れていない
・過去を思い出せない者は、それを繰り返す運命にある
・予測ができる対象とは
複雑な社会システムで起こる出来事には、なんらかの安定した過去のパターンに一致するものと、そうでないものの2種類があり、信頼性のある予測を立てられるのは前者だけである
・なにも信じてはいけない、とくに自分は
専門家も素人と同じくらい具体的な予測を立てるのが下手だし、素人に劣るときさえある
・未来の衝撃
予測法には例外なく深刻な限界がある。それは、過去に起こったのと同種のできごとが平均頻度以上で未来に起こる場合には信頼できない。ということである
・戦略のパラドックス
戦略計画の最優良事例を体現しているように見える組織、たとえば、非常に明確な展望を持ち、果断な行動をとる組織が最も計画の誤りを犯しやすい組織になる場合がる
・戦略的柔軟性
戦略のパラドックスを解決するためには、予測に限界があることを素直に認め、この限界を念頭に置いた計画法を開発しなければならない
・予測と尺度
ZARAは客の次のシーズンに買うものを予測しようとせず、むしろそんなものは検討もつかないと認めているに近い。そのかわり、いわば「測定―対応」戦略を用いている
・測定で終わらせるな、実験せよ
測定能力を向上するだけでは、必要な情報が得られない状況も多い
・計画の失敗
計画者が直感と経験のみに基づいて計画を練り上げるといううぬぼれを捨てなければならない
計画が失敗するのは計画者が常識を無視したときではなく、みずからの常識に頼って自分と異なる人々の行動を推論した時である
・ハロー効果
相手のある特徴についての評価が高い場合、その特徴とは必ずしも関係のないほかの特徴まで優れていると思い込むことである
・才能対運
憤慨の原因は銀行員に大金が支払われていたことではなく、その仕事ぶりがとてつもなくひどかったにもかかわらず、大金が支払われていたことである
・マタイ効果:持っている人はさらに与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる
・同類志向原理:類は友を呼ぶ
友人や配偶者、同僚や知人は、あらゆる特質、つまり人種、年齢、性別、収入、教育などの点から見て、他人同士よりも互いに似ており、考え方も似ていることを発見していた
・実社会は、物理世界よりずっと扱いにくく、学べば学ぶほどなおさらに扱いにくく思える
目次
まえがき ある社会学者の謝罪
第1部 常識
1 常識という神話
2 考えるということを考える
3 群衆の知恵(と狂気)
4 特別な人々
5 気まぐれな教師としての歴史
6 予測という夢
第2部 反常識
7 よく練られた計画
8 万物の尺度
9 公正と正義
10 人間の正しい研究課題
謝辞
原注
参考文献
ISBN:9784150504007
出版社:早川書房
判型:文庫
ページ数:406ページ
定価:860円(本体)
2014年01月15日発行詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「偶然」って、たまたま起こることやと思うので、それを科学的な目線で分析してるのかな?と思い思わずジャケ買い
結構難しい内容で、半分くらいしか理解できなかったですがなかなか面白かった
「モナリザ」はなぜ世界的に有名な絵画になったのか
そうなった理由を語る専門家は幾多いるけれど、結局そうなってからしか評価されることはなく、そうなっていない時から同じ評価、分析が果たしてされていたか、その答えは同じ状況を作って実験しないとわからない、でもそんなことは不可能、という話が印象に残りました
それから、人生は選択の連続だけれど、その結果の良否も分析不可、なぜならその後に歩む人生に終わりはなくて、その時その時で、よかったなぁと思う時もあるだろうし、あかんかったなぁと思う時もあるから、人生の終わりは死ぬ時なので、最後までわからない、という話も面白かったです
このほか、歴史は物語でしかない話(人生と違ってどこかで話を終わらせるから歴史になる)や、歴史的転換点といわれるような大きな出来事は、それがまさに起こっている時点ではわからない話、社会学は物理学と違って定量的に予測することは難しかったけど、インターネットやSNSの発達で夢ではなくなってきた話など、「偶然」もここまで深く科学的にまとめることができるんだととても驚かされました
300ページ越で、なかなかのボリュームです
(追記)
読了後、他の方の感想を読んでいると、邦題より原題の方がしっくりくるとあり、確かにその通りだと思いました。 -
著者は1971年生まれだから私より2歳下だ。最初物理学を学んだようだが、複雑系の系譜を継ぐ「スモールワールド」だかいう学説を提唱し、ネットワーク理論に基づいた社会学者といった立場にあるようだ。
この本は一般読者向けに非常に易しく書かれており、何も難しい話ではないが、新たな視角をもたらしてくれる、実に面白い読み物だった。
「まえがき」で「アメリカ人のおよそ90%は自分が平均より車の運転が上手いとおもっている」という統計を明らかにする。日本人も、おそらく男性では似たような結果になるのではないだろうか。
この例のような自己に関する「錯覚された優秀性」、そして「常識」全般が、人々の認識・判断を絶えず誤らせている。「思い込み」の間違いを、著者ワッツは執拗に指摘してくる。こちらも身に覚えのあることが多く、反省を迫られる。
複雑系で有名な「バタフライ効果」の話、人々のあいだの相互影響作用、インターネットを活用した大規模なリサーチと「実験」。結局だれもただしく結果を「推測」することはできないこと。偶然の条件が重なってできごとが起こり、そのもろもろの影響からさかのぼって、もっぱら論議されること。
かなり刺激的な内容で、読んでいてとても楽しい。
著者はYahooリサーチに携わっていたので、マーケティングの話も後半出てくる。
複雑系に基づくネットワーク社会学、もう少し本格的な本も読んでみたいと思った。 -
良著でした!
原題は"Everything Is Obvious (Once You Know the Answer)"
『全ての未来は明白だ(答えを見た後ならば)』と言うと当たり前だが、知らず知らずのうちにこんなことにも気づかず、物事を理解した気になっていることがある。
同じ状況を何度も試せるならいいが、現実世界の多くの場合は一度きり。
予測することは本来不可能であることを認めなければいけないんじゃなかろうか。
ナシーム・ニコラス・タレブの『ブラック・スワン』や、ダン・アリエリーの著作に似たものを感じる社会派な一作。
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Memo:
p79
「Xが起こったのは人々がそれを望んだからだ。人々がXを望んだとなぜわかるかというと、Xが起こったからだ」
p138
これらは結果そのものがわかってからはじめて組み立てられる主張なので、ほんとうに説明になっているのか、それとも単に事実を述べているだけなのかけっしてわからない。
p141
現実には同じ実験を二回以上おこなうことはけっしてできない。
p143
あと知恵バイアス
p144
サンプリングバイアス
p221
しかし、予測モデルの批判者がよく指摘しているとおり、われわれが重視する結果の多くは、通常時でないからこそわれわれの興味を引く。
p237
経営理論家のヘンリー・ミンツバーグは、従来の戦略計画では、計画者はどうしても未来の予測を立てなければならず、誤りを犯しやすくなるという問題を熟考し、計画者は長期的な戦略動向を予測することよりも、現場の変化に迅速に対応することを優先すべきだとすすめた。
p248
「予測とコントロール」から「測定と対応」への変化は、テクノロジーのみにかかわるのではなく心理にもかかわっている。未来を予測する自分たちの能力はあてにならないと認めてはじめて、わえわれは未来を見いだす方法を受け入れられる。
しかしながら、測定能力を向上させるだけでは、必要な情報が得られない状況も多い。
(測定だけで終わらせるな、実験せよ)
p253
重要になってくる唯一の広告は、境界線上の消費者、つまり製品を買ったが、広告を見ていなければ買わなかった人を動かす広告である。この効果を見極めるには、広告を見る人と見ない人を無作為に決めた実験をおこなうしかない。
p258
学者や研究者が因果関係の細かな点を論じ合うのは結構だが、政治家やビジネスリーダーはしばしば確実性が欠けた状態で行動しなければならない。
p269
自分の心臓を止めることができないのと同じで、常識に基づく直観を抑えることはできない。しかしながら、常識にあまり頼らず、測定可能なものにもっと頼らなければならないと覚えておくことならできる。
p277
ハロー効果(後光効果)
p280
問題は、結果から過程を評価するのがまちがっているということではない。たった一度の結果から過程を評価するのはあてにならないということである。
p287
金持ちはさらに金持ちになり、貧乏人はさらに貧乏になる
p318
いったいなぜ、そのすべてが説明可能な一連のルールを書き出せるなどとおこがましくも考える者がいるのだろうか。
p329
実社会はそのような法則におそらく支配されていない -
「世界の人々から選んだ任意の二人の距離は実はそう遠くはない」というスモール・ワールド理論を提唱した社会学者ダンカン・ワッツが、様々な場面における「常識」の持つ不確かさを説く。
邦題の「偶然の科学」というタイトルは少しわかりにくいと思うが、原題はこうなっている。「Everything is Obvious-Once You Know the Answer」、直訳すれば、全ては明白である-いったん正解を知ってしまえば。この原題のタイトルの方が遥かにわかりやすい。つまり我々は日常生活において、何かしらの判断を毎日行っていくが、その判断を後から振り返る-正解を知っている状態-と、あたかもその判断が自明のことであったかのように錯覚してしまう。このような人間の思考パターンは様々な種類があるが、そうした思考パターンの持つ危険性をダンカン・ワッツは明らかにする。
本書が扱う人間の思考パターンの癖は様々な種類に及んでおり、世界に対する新たな視点を与えてくれる。なおかつ、語り口は極めて平易でユーモアにあふれており、一級の知的興奮を与えてくれる充実した一冊。 -
内容はそれなりに面白いのだけど、文章が読みにくくてなかなか頭に入ってこない。読むのにとても難儀した。私はこの手の本が大好きで、『予想通りに不合理』も『明日の幸せを科学する』もガツガツ喰いつきながらよんだというのに、本書はページをめくる指が重かった。というわけで読み終わるまでに一月近くかかってしまった。
青木さんが翻訳したのにおかしいな、、、と思っていたら青木さん違いで、こちらは青木創、あちらは青木薫。な〜んだ。改めて青木薫さんを素晴らしいと思った。
やっと本の中味の話し。
著者は物理学者から転身した社会学者というユニークな立場。「社会科学が科学的であるとはどういうことか」についてとても丁寧に向き合い、それが本書の重要なテーマでもある「認知や判断の根拠としての常識」に見事につながっている。
事前には常識で考えるから間違うのに、事後には常識で考えればそれしかないと思えること。邦訳はあまりよくない。原題の方が著者のテーマを伝えてくれる:
"Everything is obvious, once you know the answer"
「そんなのはじめからわかってたさ(タネ明かしを聞いた後だけど)」。
人工知能の研究からわかったのは、ヒトの認知や判断というは、ものすごく膨大な暗黙のインプットをものすごく大胆に省略しながら処理しているということ。その剪定の仕方にはくせがあって、それが私たちの「常識」を形成しているということ。ふむふむ。そこから抜け出すにはかなり意識的に「反常識(非常識)」を取り入れる必要があるということ。
などなど、読みにくくて大変ですが、ヒトという奇妙な存在の面白さに出会える本でした。 -
世の中は予測可能な事象と不可能な事象がある。
物理学や数学は誰からみても同じ普遍的な法則があって、予測可能な事象ですが実社会は予測不可能な事象で、常識と思っていることでも偶然の結果が殆ど。
したがって現実社会を扱う社会科学系の学問は、普遍的法則を追っかけるのではなく、中範囲の法則や測定と迅速な対応による戦略によって法則を導き出すべきと提言した著作。 -
裏付けのない経験則としての常識を予測・判断に用いる危険性と,予測不可能な世界でどのようにして戦略を立てるべきかを扱った一冊.成功と失敗を分ける要因は偶発的なものであり,もっともらしく見える理由は後からつけられるものに過ぎず,予め何かが成功する理由や要素を知ることは,構造的に不可能である.一方,インターネットの普及により,現時点で何が起こっているか・過去に何が起きたかを,それまででは考えられなかった緻密さで把握したり,あるいは膨大な数の人について,行動や思考の傾向を把握したりすることは可能になってきており,従ってうまい戦略を立てるためには,そのようなツールを利用して現状を正しく把握することが肝要であるとする.
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偶然の科学とあったので読んだが社会学の本でございました.なので「偶然とはなんぞ?」ってな事はあまり探求されておらず,社会学が物理学のような法則を得られないのはこれこれこういう理由ですよってのが綴られておりました.まぁでもフレーム問題とマクロとミクロの絡みなんかは勉強したら楽しいだろうなと思わせてくれたので良しとします.
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宗教の反対陣営に立たされるのは科学であることが多いが、科学者であっても、宇宙の誕生や人体の神秘、素粒子の振る舞いに神の姿を見る者は少なくない。信仰心が奇跡の原因を説明するために産まれるものとするならば、宗教に反駁できるのは"科学"ではなく"偶然"だ。なぜなら、多くの人間には"奇跡"と"偶然"の見分けが付かないのは勿論、"偶然"と"常識"の区別さえ付かないのだから。
『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4822246663" target="_blank">なぜビジネス書は間違うのか</a>』で示されたように、成功した企業について語るとき、経済学者のみならず一般人も、その企業の何かを取り上げては褒めそやす。「トップの判断力が優れていた」「商品開発力が違った」「組織運営が革新的だった」。しかし一年後、企業の株価が暴落したときは異口同音に短所を見つけて袋叩きにする。「自分にはこの結果はわかっていた。」という枕詞を添えて。
もちろん、冷静に分析を試みることが出来る人もいる。「どうすればこの結果を予測することができただろうか」と。そうして一応は納得できるような"ストーリー"を構築するが、果たして翌年、逆転した結果が現れた場合は同じ事象を別の角度からみただけの"ストーリー"を延々と構築し続けるしかない。そう、『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/auth1/%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%AC%E3%83%96/?st=regdate" target="_blank">ブラック・スワン</a>』や『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4150503583" target="_blank">歴史は「べき乗則」で動く</a>』で示されたように、類稀な事象というのは、極小の事象が連鎖して関係し合った上で引き起こされる出来事なのであり、地球上で発生する全てを網羅しない限り、いや、『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4062879484" target="_blank">理性の限界</a>』が述べる通り、完全に予測することは素粒子物理学的に不可能だ。だのに人々は、自分が納得するためだけに理由を求め『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4163736700" target="_blank">物語の錯覚</a>』を起こす。
そうして物語を求めるのは、何も未来予測に限ったことではない。例えば織田信長の桶狭間や長篠の戦いについては、その戦略の先進性ゆえの勝利であったと広く一般に認識されているが、相手の陣営と比べて本当に評価されるべきなのか。ただただ「勝ったから優れていたに決まっている」という"物語"のみが残り、「劣っていたが偶然によって勝利した」というよく考えれば当たり前の視点は失われている。
そんな過去も未来も当然の物語として構築してしまうような思想の下でたてられる計画に、意味はあるのだろうか。
『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?stg=title&word=%E3%83%A4%E3%83%90%E3%81%84%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6&st=regdate" target="_blank">ヤバい経済学</a>』では人間の行動はインセンティブで"説明"することができると示されたが、膨大に関係しあう個人の事由を考慮した上でのインセンティブに基づいた計画は策定可能だろうか?『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4314010479" target="_blank">経済は感情で動く</a>』ではイスの位置で売上が向上した例とその理由が挙げられるが、別の店舗では逆に売上が低下するかもしれない事を事前に予測可能だろうか?『<a href="http://mediamarker.net/u/akasen/?asin=4334961886" target="_blank">第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい</a>』では(年老いた)とか(ひ弱な)という文字を見た後は歩行速度がゆっくりになったり、ランダムで見せられた数字が大きいほど、入札に積極的になったりすることが示されたが、このように世の中の全てのものに影響される人間の行動の全てをインセンティブ計画に組み込めるだろうか?
ベテラン作家が10年かけて制作した素晴らしい作品がコケることもあれば、高校生が片手間にケータイで作った駄作にしか思えない作品がヒットすることもある。では、なぜ出版社は道行く人に声をかけて小説を書かせるのではなく、応募と選考によって作家を発掘するのか。そのほうが"確率"が高いからだ。
例えば広告のやれることとは「認知を増やして売上を伸ばすこと」ではなく、「認知を増やして売上を伸ばす"確率"を上げること」である。
微妙な差異と思われるかもしれないが、これを意識できているかどうかの差は大きい。90%の確率が外れたとき「当たって当然のはずなのに、何故外れたのだろうか」と驚きをもって原因を追求しようとしてしまう人は多いが、その時間はまったくの無駄だ。
また、自分の人生を語るとき、それが優れた過程による結果なのか、偶然の結果なのかを正しく判別することが出来る人は少ないゆえ、巷には訳知り顔で成功論を語る新書と、書いたままの他人の"物語"を信じられる人で溢れかえっている。
一度だけの結果を見ても、それが偶然によるものなのかは判別がつかない。そんな状況で出来る事は、複数回の結果から統計的に評価することと、過程を評価することだけだ。
自分より何の努力もしていない人間が驚くような成功をすることもある。万難を排してたてた計画が脆くも崩れさることもある。何も悪いことをしていないのに不幸な災難が降りかかることもあるだろう。それでも挑み続けるしかない。
確率と、"偶然"と勝負し続けるのが人生なのだから。 -
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色々引用したくなる場所が多い本。そして「あー、いるいるそんな人」と言いたくなる本。
未来の予想はできないし、結果に対して後付で理由はいくらでもつけることはできる、と言うことでしょうか。端折り過ぎですが。
「私は分かっている」「私は理解している」と考えている人や、そのようにツイートしている人にこそ読んでもらいたい本。 -
選択の科学とはまた違った角度だが、社会学が物理学のような華麗な発展を遂げられていない中、近年、インターネット、ソーシャルネットワークの普及により、徐々に実験環境を有効化できそうで有る事がわかる。偶然を科学するには、人的要素における社会学を追求する必要がある。社会学を学ぶのは、面白いかもしれない。
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本書「偶然の科学」を、数ある「常識を疑え系」の一冊として読むことは当然可能だ。そう読んだとしても本書の元は確かにとれる。
オビより
アップルの復活劇は、ジョブズが偉大だったこととは必ずしも関係がない。
VHS対ベータ戦争で敗れたのも、MDの失敗も、ソニーの戦略ミスではない。
給料を上げても、社員の生産性はかならずしも上がらない。
JFK暗殺も9・11も、可能性が多すぎて、事前の予測は不可能。
歴史は繰り返さない。したがって歴史から教訓を得ることはできない。
フェイスブックやツイッターの大流行は、人々のプライバシー観が変わったからではない。
ヒット商品に不可欠とされる「インフルエンサー」は、偶然に決まるため特定できないし、実のところ彼らの影響力も未知数である。
売れ行き予測を立てないアパレルブランド、ZARA。その成功の秘訣とは?
偶然による過失をめぐる倫理的難問。司法はどう裁くべきか?
しかしそれでは本書を読んだことにはならない。それでは著者は読者に詫びなければならないことになる。それはあまりにも忍びない。
まえがき
社会学者の考え方を学ぶのは、物事の仕組みについてのおのれの直感そのものを疑い、場合によってはそれらを完全に捨ててしまうことを学ぶに等しい。だから、この本を読んでも、皆さんが世界についてもう知っていることを再確認する役にしか経たなかったのなら。お詫びする。わたしは自分のつとめを果たせなかったのだから。
本書の原題は"Everything is Obvious* Once You Know the Answer" 「全ては自明--あらかじめ答えを知っているなら」というのは、対偶をとれば "Till you know the answer, nothing is obvious" 、「答えが分からぬうちは、自明なものなどなにもない」となる。
それでは自明ならざるものとはなにか。
人間、つまり社会である。
それを明らかにしていこと、つまり"Science"は、"Social Science"、「社会科学」と呼ぶほかない。
著者はその状況を、まずまえがきで詫びている。
まえがき - ある社会学者の謝罪
社会科学の有用性に疑いの目を向けている人は、少なくない。私も物理学者から社会学者に転身してからというもの、聡明な人物が頭を働かせても解明できなかった世界の問題について社会学は何を語ってくれるのかと、好奇心あふれる部外者から何度も尋ねられた。
しかし、すごいのはここからだ。
だが悲しむべきことに、われわれは経済を運営したりふたつの企業を合併させたり本の売れ行きを予測してたりするよりも、惑星間ロケットの航路を計画するほうがはるかにうまい。それならどうして、ロケット科学はむずかしすぎるように見え、それよりずっとむずかしいと言ってもいい、人間にかかわる問題は単なる常識の問題であるかのように見えるのか。
著者は行間で檄を飛ばしているのである。
「自然科学者達よ、おまえらこそ自分たちにどうにか解ける問題だけ選んで解いているだけの、真に解くべき問題から目を背ける常識の虜囚ではないか」、と。
オビにあるのは、その例題にすぎない。
「社会科学を科学(笑)から本物の科学」にしてみせるという、「社会学党宣言」こそ、本書のコアなのだ。
「はじめに」にあるように、著者は物理学者から社会学に入った。著者を「科学者のなりそこない」ということはこの点で出来ない。そして著者は物理学的に社会を観測することによって、スモールワールド現象を解明した。でもそれはほんのはじまりにすぎない。社会科学が自然科学と同等の科学として常識されるには。
しかしそのためには、社会科学が自然科学と同等に役に立つところを見せなければならない。それが著者を突き動かす力。どうしてニュートン力学で乗物を設計するように、社会という乗物を我々は設計できないのか。
しかしニュートンは社会も何もないところから登場したわけではない。そこに至る前にティコ・ブラーエがいて、コペルニクスがいて、ケプラーがいたのだ。
そう。観測。社会科学に決定的に欠けていたのは、自然科学における最初の一歩だった。だから「たまたま」その学者が目にした現象を「たまたま」その学者が持っている「常識と偏見で料理したもの」が「学説」として流通する。そんな連中をソーカルのように揶揄するのは安価で愉快なことだけど、そろそろそんなことより観測-仮説-立証サイクルを回そうぜ、インターネットのおかげで観測が可能になったのだから。著者はそうシャウトしつつ本書を〆ている。
あとがき
なぜ都市部の貧困や経済発展や公教育といった社会問題の理解に必要な科学が、注目に値しないことになるのか。もっと注目に値するはずだ。必要なツールがないと言い張ることももうできない。望遠鏡の発明が天空の研究に革命をもたらしたように、携帯電話やウェブやインターネットを介したコミュニケーションなどの技術革命も、測定不能なものを測定可能にすることで、われわれの自分自身についての理解や交流の仕方革命をもたらす力がある。
マートンのことばは正しい。社会科学はいまだに自分たちのケプラーを見いだしていない。しかし、アレグザンダー・ポープが人間の適切な研究課題は天上ではなくわれわれの中にあると説いてから三〇〇年後、われわれはようやく自分たちの望遠鏡を手に入れたのである。
「さあ、革命をはじめるとしよう…」。革命家ならぬ一読書家として、せめて本書をおすすめする次第。 -
2025年3月1日、丸善 丸の内本店で見つけた。3階スタート。
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経営戦略全史より
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『未来は予測不能で、過去の実績は未来の成功を保証しない』
響きました。 -
人々の行動について思ったより多くが偶然によると説明する本
行動経済学的な感じがある。それよりちょっと説明が多く、実験の話が少ない。なんか読みにくい
現状の結果はかなり偶然に左右されているので、それを見越した行動が大事
常識は偏る、意味付けは得意だが理解は苦手、悩むことから開放、もっともらしい物語によるごまかし
常識の物語が歪められる、デフォルト、プライミング、アンカリング、確認バイアス、
常識も合理的理論と同じく人々の行動に理由をつける、情報があれば前もってわかったのにとあとづけする
成功の理由は成功したからという循環論法。
似たような集団も少しの偶然で大きく違う行動を取る、そして違う理由の説明は簡単に行われる。
大きなインフルエンサーより、小さなインフルエンサー多数のほうが買い得である
現実になったものは当然として扱われる。単純なシステム:値を予測可能、複雑なシステム:発生確率を予測可能
予測するべきものを予測するのが難しい
できることの限界近くまでは簡単、情報の収穫逓減
効率的な集団は大失敗か大成功かになる、戦略的不確実性、予測から対応へ
未来に役立つものを予測するより、現在役立っているものを知る能力の向上
「予測とコントロール」から「測定と対応」
ブライトスポットアプローチ、成功例に学ぶ
ハロー効果とマタイ効果と偶然の影響 -
私は元々、物事はほぼ外部要因で決まると考えるたちである。この本は、物事は偶然で決まると書いている。外部要因と偶然、似たようなものではないかと思った一方、私が外部要因で決まると考えるとき、外部要因で「必然的に」決まると考えがちなことに気づく。
ーーー以下、引用ーーー
こうした新しい力が社会科学を導く先はわからない。だが、たぶんコントやパーソンズなどの社会理論家が夢見たような純然たる普遍法則ではないだろうし、そうなるはずもない。理由は簡単で、実社会はそのような法則におそらく支配されていないからだ。 いつでもどこでも同じように働く重力とは異なり、同類志向原理は心理的選好から生じる部分と構造的制約から生じる部分がある。明白に定義される質量や加速度と異なり、影響は集中したり分散したりするし、成功は個人の選択と社会の制約と偶然が複雑に混ざり合ったものから生まれる。全体としての作用を整然と計算できる物理学の力と異なり、仕事ぶりは外的なインセンティブと内的な動機の複雑な相互作用によって決まる。p322 -
ネットワーク理論、スモールワールド、複雑系の権威として知られるダンカン・ワッツさん。2000年代にネットワーク理論関連の本がたくさん出たが2005年あたりからパタリと出版がなくなった。ブクログを始める前なので本棚に並べてないが、当時は随分読み漁った。ダンカン・ワッツさんは「偶然を科学する」という方面に向かってたんだ。「システム思考の極み」みたいな分野で通常「偶然にしか見えない事象を科学する」なんて人智を超える領域にしか思えない。
本棚登録 :
感想 :
