音楽嗜好症(ミュージコフィリア) 脳神経科医と音楽に憑かれた人々 (ハヤカワ文庫NF)

  • 早川書房 (2014年8月22日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (544ページ) / ISBN・EAN: 9784150504144

作品紹介・あらすじ

ピアノを弾く認知症患者、雷に打たれた音楽偏愛者など、音楽と脳の関係を医学的に解明

みんなの感想まとめ

音楽と脳の関係を深く探求する本書は、音楽がもたらす多様な影響を医学的視点から解明しています。著者は、臨床経験を基にした具体的な事例を通じて、音楽がどのように記憶や感情、身体機能に作用するのかを描写し、...

感想・レビュー・書評

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  • オリバー・サックスは私が好きな脳神経医であり、医学エッセイニスト。学生時代からサックス先生の本を読んできた。
    今年(2025)は「脳機能と音楽」を学習テーマにする決めて数冊本を読もうと目標を立てた。その一冊目はサックス先生の本にした。臨床中、いつも「リズム」の存在に驚く。うまくいかないとき、大体リズムやテンポが合っていないのだ。課題転換のタイミングや歩行・言語・呼吸のリズム…相手とマッチしないのは私のリズムが皆さんと合っていない時。
    本書にも「パーキンソン病と音楽」や「失語症と音楽」「記憶障害と音楽」など多くのテーマについて先生が対面・体験した患者さんの様子が愛を持って書かれている。先生のこの対象者に対する愛情と優しさが感じられるところが好き。論文とは違うエッセイの良さがある。
    一般の方には読み進めるのが難しいかもしれない。それは普段見聞きしたことがない単語や様子の記述が多いから。でも少しずつ読んでみると不思議な脳の世界、特異的な脳と音楽の世界に少し触れられると思う。

  • 面白かった。この本ほど「自分にとっての音楽とは何か?」を真剣に考えさせられた本はありません。また、これほどまでに音楽的才能というのが解剖学的遺伝(つまり生まれつき)からの影響に支えられている事に驚き、自分には自分が生まれつき持っている手札で鍛錬していくことしか出来ないのだという事実と、自分には自分が生まれつき持っている手札を存分に使って良いのだと選択肢を貰いました。私と貴方が聴いている音楽への認識に、例えどれほどまでに違いが合ってもそれはそれで良いのだ。名著。

  • レナードの朝を見て作者を知りました。
    偶然友人がこの本を持っており、興味が止まらず購入。難しい内容かと思いきや、わかりやすく、自分に当てはまる内容もあったりしてスラスラと読めました。
    音楽と医療についての内容だけど、音楽を別のモノに当てはめても納得できる事が多くて、色んな嗜好を持った人が共感出来るなと思いました。

    良かったです。

  • 難しかった!また読んでみる!

  • 早川のKindle50%オフセール、毎回舐めるように見ているはずなのだがそれでも毎回何かしら買っている笑。今回はオリバー・サックスのミュージコフィリアを買ったのだが、個人として音楽が好きなのもそうだけれど、自分自身が周りから音楽が聞こえるってどういうこと?といった音楽にまつわる種々の体験があるので(目覚める時によく音楽が頭の中で再生される)、何かヒントになるのではないかと思って早速読んだ。音楽幻聴の一種だと言うことがわかった。

    好きなワーグナーがちょこちょこ登場するのも楽しかった笑

    第1部 音楽に憑かれて
    音楽幻聴を含めたさまざまな幻覚は、感覚器官と脳の知覚システムに刺激が少なすぎるときにも起こりえる…いつもドヴォルザークとワーグナーのゆっくりした楽節です…タンホイザーの<巡礼の合唱>を…

    第2部 さまざまな音楽の才能
    …しかし本物の音痴がおそらく全人口の五パーセントは存在し、そのような失音楽症の人は、気づかないうちに音程がはずれていることや、ほかの人が調子はずれに歌っているのを認識できないことがある。
    弟がいわゆる音痴なのでこのくだりも非常に興味深く読んだ

    …音楽と言語は起源が共通であり、ある種の原始音楽と原始言語の結びついたものがネアンデルタールの知力の特徴だった
    音楽と言語の起源についてはしっかり学びたい

    …盲目の音楽家や盲目の詩人という言葉には、まるで神様が奪った感覚の埋め合わせに音楽や詩の才能を与えたかのような、神話に近い響きがある。多くの文化で、盲目の音楽家と吟遊詩人は、放浪の楽士、宮廷の演奏家、教会の聖歌隊長といった、特別な役割を演じている
    これは琵琶法師による平家物語も一緒だな

    第3部 記憶、行動、そして音楽
    …私たちがメロディーを「思い出す」とき、それは頭のなかで鳴る。新たに生き返るのだ。過去の出来事や場面を再現したり思い出したりしようとするときのように、呼び起こし、想像し、組み立て、整理しなおし、つくりなおすプロセスはない。私たちは一度に一つの音を呼び起こし、それぞれの音が意識を完全に満たすが、それと同時に、その音は全体と結びついている。それは歩いたり走ったり泳いだりするのに似ている。
    ヴェイユみたい笑

    あらゆる社会において、音楽の基本機能は結集と親交、つまり人々をまとめて団結させることだと強調している。どんな文化でも人々はともに歌い、ともに踊り、人類が一〇万年前に最初の火を囲んでそうしていたことを彷彿させる。
    …直前読んでいた岡本太郎の沖縄文化論にも同じような描写が。

    そしてドイツのロマン派作家であるノヴァーリスの金言を思い出した。「あらゆる病気は音楽的な問題であり、あらゆる治療は音楽による解決である

    ニーチェは小論「ニーチェ対ワーグナー」のなかで、ワーグナーの後期の音楽を、「リズム感の衰え」と「とめどないメロディー……音楽のポリープ」への傾向が目立つ、典型的な「音楽の病理」だとしている。ワーグナーの後期の曲にはリズミカルな体系がないので、パーキンソン病患者にとってはほとんど役に立たない。
    読みたいね

    第4部 感情、アイデンティティ、そして音楽
    第23章 目覚めと眠りー音楽の夢
    ここがまさしく私の音楽幻聴と同じことを論じている部分だった。
    私が聞こえる目覚めの音楽、夢の中で見る音楽は、半分は意味がわかるもの(前日に聞いたり見たりしたものに直接的に影響を受けているか、その時の心理状態を表すもの、とある人と一夜を過ごした後になった音楽はサロメの最後のシーンで流れるみ〜れ〜ど〜そだった(それがいかなる心理状態かは別にして))であり、それはある意味、サックスが体験した「きみの頭のなかで鳴っているのはマーラーの『亡き子をしのぶ歌』だ」と彼は言った。と友人に指摘された経験と似ている。

    夢のなかの要素はほぼすべて歪曲され、(フロイトが正しいなら)変装していて、そのために夢には(たいていとても難しい)解釈が必要なのに、なぜ音楽の夢はそのような影響を受けないのだろうか、とマッセイは問いかけている。なぜ音楽の夢はそんなに現実に忠実なのだろうか。
    そしてこの指摘は本当にその通りで、あまりにも「まんま」なことが多いので、解釈などはほとんど発生することがない。サロメもある意味では恋の成就という風に捉えられるのではないだろうか?

  • プロの音楽家の脳は一瞬のためらいもなく見分けることができるらしい……他の芸術家、作家、数学者とかの脳は、ほとんど不可能なのに。それくらい、音楽家の脳梁は肥大しているし、運動野、聴覚野、視覚空間野(?)、小脳も発達しているんだって。あと、音楽に定期的に触れることで、脳の音楽を聞いたり演奏したりするために協調しないといけない部位の発達が刺激されるから、音楽は読み書きと同じように教育上重要なんだとか。私も音楽したくなった。自分の子どもにも経験させてあげたくなった。

  • 文字通り“雷に打たれて”以来、ピアノを弾くことに取り憑かれてしまった医師。隣人の家から大音量で流れるレコードプレーヤーの音楽のような幻聴。聴覚は機能しているのに脳が音楽を構成する要素をうまく感知できず、無感動になってしまう失音楽症。反対に、言語に不自由を抱えている人たちが音楽の力によって、コミュニケーション手段やアイデンティティを取り戻す過程。脳神経科医の著者が出会い、あるいは送られてきた手紙や時に自身の体験談から、音楽とヒトの脳の関係を語ったノンフィクション。


    私が本書で一番興味深かったのは絶対音感にまつわるくだり。ニューヨークと北京の音楽学校で行った調査で、4歳から5歳のあいだに音楽の訓練を始めた生徒のうち、中国人生徒は約60%が絶対音感の基準を満たしていたが、英語話者の生徒は約14%しか基準を満たしていなかったという。この差は中国語が言葉の意味を区別するのに音の高低パターンを用いる「声調言語」であることに関わっている。幼児期において言語能力の発達はふつう絶対音感の保持を妨げるのだが、声調言語はそれ自体音感を必要とするために、絶対音感も保たれるということらしい。
    これは同時に乳幼児はみな絶対音感の潜在能力を持っているのだが、言語を習得するため、あるいは聴覚情報を総合的に処理できるようになるために抑制されていくものだということも表している。話はさらにネアンデルタール人の時代へ飛び、原始の人類は音楽でコミュニケーションをとっていたはずなのだが、言語の発達により大部分の人間は絶対音感を失くし音楽能力が縮小した、というスティーヴン・ミズンの仮説を紹介している。
    まるで「文字禍」。他の章では古代ギリシャ人が膨大な「イーリアス」や「オデュッセイア」を覚えていられたのは叙事詩に節がついていたからだ、という当然の指摘もあり、ネアンデルタール人と比べて音感が退化してからも人びとは音楽で記憶をつなぎとめていたとわかる。言葉と文字が音楽をコミュニケーションの中心から追いやってしまったのだろうか。
    もちろん音楽は今でも人間の記憶と感情を喚起させる力を失ってしまったわけではない。本書第3部、第4部で紹介された音楽療法で救われたさまざまな人たち、特にチック症状に悩むトゥレットの患者たちがドラムを叩くことで解放されていく姿にはとても感動した。視覚・聴覚・知覚に障害を抱える人みなに音楽が作用するのはそれが〈振動〉に他ならないからではないかとも思い、コロナ禍の今、現場で音楽を共有することの意味をまたもう一度考えることになった。
    音楽に救われた人だけでなく、音楽に苦しめられた人びとも紹介されている。その多くは耳をよく使う音楽家だ。蝸牛管の衰えによって大脳皮質における音のマッピングが歪んでしまい、音感がズレてしまった作曲家の「自分がもっている耳で仕事をするんですよ。自分がほしい耳ではなくてね」という言葉には胸が痛んだ。聴覚が変調をきたすと、その空白を補うために脳が幻聴を聞かせることもある。ヒトの脳は〈意味〉を求め、〈意味〉をつくりだすことから逃れられないのだ。

  • 音楽『嗜好』症というタイトルだけあって、29章すべてで音楽をKEYとして、様々な脳機能上の欠損(事故、病気、先天性、手術)を原因として起きる様々な症例が扱われる。

    異常に音楽が好きになった、音楽が嫌いになった、楽しめなくなった…そして音楽に救われた、等の話が様々な症例とともに詳細に紹介される。

    どれもこれも人間の脳機能の不可思議さに驚くばかりだが、こうなることが誰にでもありうると思うと怖くなる。

    音楽(主にクラシック)の素養があるともっと理解が深まるかもしれないが、さほど素養が無い私の様な読者でもYouTubeなどで動画を見ながら読むとより一層楽しめた。

  • 音楽嗜好症: 脳神経科医と音楽に憑かれた人々 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

  • 音楽の話と思うと外れかも。精神医学の視点で、まさに音楽に関する病気になった人の本。

  • 自分に音楽の感覚・知識がないのと、オリバーサックスの直接の患者ではなく手紙による報告によるものが多いので、他の作品よりもエピソードに精彩を欠くように感じた。
    あと、長い。オリバーサックスに限らず、グールドやドーキンスにしても、欧米の科学啓蒙本ってなんでこんな分厚いんだろう。

    それはそうと、オリバーサックスは2015年8末に亡くなったそうです。
    R.I.P.

  •  難しい本だった・・・。時間かけすぎたかもしれない。色々な症例をもとに、医学的、哲学的、工学的にその分析をする。分析結果がどうつながるのかは分かるものもあればわからないものもある。と、目的を掴むのに苦労する内容に思えた。こういう例があるので、応用すると何らかの音楽的才能が開ける、とかいう話ではなかった(少しその辺に期待してしまった)。

  • 雷に打たれ命を取り留めた替わりにいきなり音楽に取り憑かれた男、金管楽器の低音に反応しててんかん発作を起こす船乗りと言った様々な症例を紹介するオリバー・サックスは「レナードの朝」の原作で有名な神経学者だ。

    歌手がよく音楽の力を口にするがどうも一定の条件では本当に力を持つ。言葉を話せなくなった失語症の患者が音楽にのせると会話ができるようになる事がある。なんと話しかけても「オイ、ヴェイ、ヴェイ。・・・」を繰り返す自動症の患者に音楽に乗せて問いかけると答えが帰ってくるようになった。「コーヒー、それとも紅茶?」「コーヒー」・・・「デイヴィッドは治っている!」彼の食事を持って帰りこう告げた。「デイヴィッド、朝食だよ」「オイ、ヴェイ、ヴェイ。・・・」

    絶対音感を持つ者がいれば、音楽を認識できない人もいる。4~5歳で音楽の訓練を始めた場合ちなみに中国人の6割は絶対音感の基準を満たしたのに対し、普通のアメリカ人の場合わずか14%に留まった。声の高低を使う声調言語が音感を鍛える様なのだ。絶対音感のある音楽家の脳は側頭平面の大きさが、左右で大きく違っており、赤ん坊の方が絶対音感に頼るところが大きいことから「大部分の人間は絶対音感をなくし、音楽能力が縮小した」のかも知れない。とは言え絶対音感と美しい音楽を作る能力は別物だ。

    生まれつきの視力障害の場合に聴力が発達するのは使われない視神経を聴覚に割り当てるからで、感覚神経は融通が効くものらしい。音色や言葉や数字に色を感じる共感覚はなんだか電話が混戦しているような話だ。特定の才能だけが飛び抜けている知的障害のサヴァン、「なぜ私たちみんなにサヴァンの才能がないのだろうか?」、胎児や乳幼児で弱い左脳が損傷を受けた場合、右脳が対照的に過剰発達をしてしまうのか。左脳が発達すると右脳機能の一部を抑制したり阻止したりするのだが左脳の損傷で変則的に右脳優位になる場合がある。

    脳神経に起きているのはおそらく物理的な現象だがそれにしてもいろんなことが起こる。オリバー・サックスの新作は「見てしまう人々 幻覚の脳科学」すでにiPadの中で積ん読状態でこちらも楽しみだ。

  • 以前からこの本のハードカバー単行本を書店で見かけ、気にはしていたのだが、突然文庫化されたので早速買ってみた。
    著者は「レナードの朝」で有名な脳神経科の臨床医で、ここでは音楽にまつわる様々な脳現象(音楽が頭から離れない神経症的状況とか、脳の損傷の結果音楽が意味あるものとして把捉できなくなるといった症例とか)を豊富に列挙しており、音楽現象の一面として、興味深い。
    ただし、著者は臨床医としての誠実さから、「わからない」ことはわかったように書かないため、諸事象の根本的な理由、その解釈が、読者には呈示されない。
    その辺は興味本位で読んでいる我々にとってはちょっと不満である。解釈のほどこされない諸現象が列挙され、私たちは不安になってしまう。もちろん、これは自然科学の限界をよくわきまえた、極めて適切な書き方なのだが。

  • オリヴァー・サックスは、ぼくが脳神経学に興味を持つきっかけになった「妻を帽子とまちがえた男」の著者。
    一般的には、「レナードの朝」で有名。

    本書では、脳に障害を抱えた人たちを音楽の視点からみている。

    脳の障害が様々な困難を引き起こすにもかかわらず、音楽的な能力は損なわれず、むしろ、向上するケースがあることを具体的な患者との関わりを挙げながら、説明していく。

    いつものかんじではあるけれど、ぼくに音楽の知識がないせいか、するすると読み進めることができなかった。

  • 「見てしまう人びと」と言う「幻覚のアンソロジー」も出るそうです。。。

    早川書房のPR
    http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/90414.html
    (単行本)
    http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/117245.html

  • 2014年9月14日読了。
    素晴らしかった・・・!医療エッセイはほとんど読まないので、何の予備知識もなく、店頭で吸い寄せられるようにして手に取ってたのだけれども、間違いなく、それだけのパワーがあった本だと思う!

  • 「言語の発明、言葉の形成、思考の分析が邪魔をしなければ、人の霊魂と霊魂は交信していたかもしれない。その手段の例としてただ一つ挙げられるのが、音楽なのではないだろうか。しかし可能性は無に帰したようで、人類は別の方向に進化したのだ。」(『失われた時を求めて』)

    というわけで、しばしば人にとり憑くそんな音楽の幽霊を脳神経科医が探求する。果たしてその正体は?

  • 脳神経外科医である著者による、音楽と様々な病気に関する医学エッセイ。
    専門的な内容もあるが、決して難解ではなく、基本的には気軽な読み物。
    脳の機能については解っていないことも多く、事故や病気で一部の機能を失った患者がどのような症状を訴えるかも様々だが、本書では何らかの形で『音楽』が関わっている症例が纏められている。
    誰にでも経験があるだろうが、『頭の中でひとつのフレーズが繰り返し再生される』あの現象についてもしっかり書いてあったw 何かツボにハマると繰り返されるよねえ……ヨドバシカメラとかジャパネットとかww

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