紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている: 再生・日本製紙石巻工場 (ハヤカワ文庫 NF 486)

著者 :
  • 早川書房
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感想 : 81
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150504861

作品紹介・あらすじ

地元のため、そして本を待つ読者のために!津波で壊滅的被害を受けた製紙工場の復興の軌跡を徹底取材した、傑作ノンフィクション

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    普段紙の本にお世話になっているが、その紙質を気にしたことはない。ましてや、その紙がどこで作られているかまで考えを巡らせたことは無かった。
    私は電子書籍でも紙の本でもどちらでも構わない派だが、紙には紙の良さがあることは間違いない。ページを物理的にめくる感覚、新刊ならではの香り、もうこんなに読んでしまったのかという達成感など、触感と見た目が織りなす相乗効果が作品をより際立たせ、その世界観により一層のめりこませてくれる。

    そうした紙の本が、東日本大震災により消滅の危機にあっていた。日本製紙石巻工場が津波により壊滅的な被害を受けたためだ。
    本書はその工場の復興プロジェクトを綴ったノンフィクションである。同時に、日本製紙の従業員たちにスポットライトを当てたヒューマンドラマでもある。社長、東京本部、工場長、総務課、電気課、設備課、さらには日本製紙石巻野球部員といった多種多様な人々が、工場長倉田の掲げた「半年復興」を目標に全力で前に進んでいく。

    この「半年復興」の中身であるが、端的に言えば壮絶なデスマーチだ。そもそも震災で周辺地域が壊滅している以上、どう考えてもインフラが間に合わない。各マシンや工場内の電気系統、タービンといったピンポイントの故障ならまだしも、石巻の沿岸地域全体が瓦礫に埋もれた今、それを動かすための電気や道路、水道といった基礎インフラの復旧から着手せねばならない。紙を元通り刷ることなんてそのいくつも後だし、期限に無理があるのではと思ってしまう(実際倉田以外はそう感じていた)のだが、なんとこれをやり遂げてしまう。
    例えば、海水に浸かった7000台弱のモーター。塩にやられているためそのままでは使えないが、かといって代替品を用意できるほどの猶予はない。これを復活させるために、なんと巨大な釜の中で煮て塩を除去し、絶縁処理をして再利用することを試みる。電気部品を釜茹でするなんて無茶苦茶すぎると思えるのだが、これが功を奏して見事期限内の通電までこぎつける。一度覚悟を決めた人間たちの成せる技か、と感心してしまった。

    本書は石巻工場の従業員だけでなく、その周辺で働いていた人、また被災して不自由を余儀なくされている町の人々の様子も描いている。震災は石巻に深刻な打撃を与えたが、暗いことばかりではなかった。住人と従業員誰しもが、日本製紙の復活=石巻の復興の第一歩と信じ、一丸となって前に進み続ける。絶望の中でも希望を忘れない石巻の人の力強さにとても勇気をもらえる、そんな一冊だった。

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    1 出版業界の危機 
    日本製紙はこの国の出版用紙の約4割を担っている。『多崎つくる』をはじめとした、多くの単行本の本文用紙は、東日本大震災で壊滅的な被害にあいながらも、奇跡的な復興を遂げた石巻工場の8号抄紙機、通称「8マシン」で作られている。
    日本製紙抄造一課の係長、佐藤憲昭はこう言った。
    「8号が止まる時は、この国の出版が倒れるときです」

    3.11で被災した石巻工場は、一階部分がすべて泥水の中に埋まり、その上に周辺地域から流入してきた瓦礫が2メートルは積もっていた。電気が通っていない建屋内は真っ暗で、何が流入しているのか、そしていつになれば復旧できるか、まるで予測がつかなかった。


    2 紙の本
    紙の本の最たる魅力は、何といってもその手触りにある。針葉樹から作られるNBKP(針葉樹化学パルプ)、広葉樹から作られるLBKP(広葉樹化学パルプ)、そして丸太をすりつぶして作られるGP(グラウンドウッドパルプ、古紙から作られるDIP(古紙パルプ)は、それぞれ繊維の柔らかさが異なっている。その原料の組み合わせにより、用途に合わせた紙が製造されている。雑誌には雑誌の、辞書には辞書の、文芸の書籍には文芸の書籍の印刷用紙が使われ、作品の世界観を作り出していく。
    そして、我々はめくることによって、読書を体験していき、本にはその痕跡が残るのである。

    石巻工場は間違いなく日本製紙の心臓部であり、出版用紙の供給責任を大きく負っている。しかし紙の市場が、電子化と少子化などの影響で年々縮んでいることは間違いない。特に出版用紙については、この傾向が顕著であり、今後も石巻工場が必要とされるかは保証の限りではない。再生させるのか、それとも閉鎖するのか。その決断が日本製紙の命運を左右する。


    3 復興への決断
    3月下旬。課長たちが社宅の一室で対策会議を開いていた。
    工場長の倉田は、課長たちを前にして、社員のモチベーションを保つために復興に区切りをつけることを提案する。
    完全な復興ではなく、たった一台動かす。それに「半年」という期限を設けた。無謀という他ない工期設定だ。
    倉田はこう続ける。
    「1年半、2年じゃ遅すぎる。工場を復興させるぞというモチベーションはもってせいぜい半年。客も今は同情で待ってくれるだろうが、あちらも商売だ。いつまでも待ってくれるはずがない。たった一台。一台動かせばいい」
    これは会社の存亡をかけたデッドラインであり、同時に、明るい話題のない被災地で、彼らがすがりつくことのできる、唯一具体的な希望だった。

    「N6マシンさえ無事なら、あの工場には希望が残されている」。社長の芳賀はそう考えていた。
    N6抄紙機は、幅が9450ミリメートル、抄造スピードが毎分1800メートル、一日の生産量が1000トンを超える世界最大級の超大型設備であり、日本製紙が約630億円かけて導入した最新鋭マシンである。このマシンの完成によって石巻工場は、世界有数の競争力を持つ基幹工場の地位をゆるぎないものにした。N6一台の生産量は、小さな製紙工場の生産量を凌駕するほどの驚異的なものだった。この最新鋭の機械で造る紙の品質を担保するのは、無名の技術者たちの技である。紙にこだわる出版社に絶大な信頼を寄せられる職人たちのノウハウの集積もまた、目に見えない工場の財産だ。この工場には、日本製紙の基幹工場としてのプライドがあった。

    芳賀は現地入りし、工場の被災状況を確認する。N6の建屋の一階は泥に浸かっていたものの、マシン自体は無事だった。
    「これから日本製紙が全力をあげて石巻工場を立て直す!」そう芳賀は宣言した。


    4 まずは8号
    N6の復旧に向け動き出した現場だったが、出版社は8号マシンの紙を待っていた。日本製紙の他工場、更には王子製紙などの他社にも協力を仰ぎ、出版用紙を最優先で作ることを決断する。
    文庫本はヒットすればあっと言う間に何百万部になる世界だ。そうなったら、どんなことがあっても紙を切らすことができない。それは製紙会社と出版社との信頼関係の上に成り立っている。そして出版社との約束を守るのは、やっぱり石巻にしかできない。
    石巻の従業員には、自分たちが出版を支えているという自負があったのだ。


    5 復興のリレー
    抄紙機を動かすための最優先事項は、ボイラーとタービンだ。そしてボイラーを立ち上げるためには、電気設備を復旧させる必要がある。
    工場の外壁に沿うようにして強り流らされた6万6000ボルトの特別高圧ケーブルは、ラックごとなぎ倒されて、流されてしまっていた。ケーブルは被災地のいたるところで必要とされ、入手困難な状況だった。本社は海外にまで手配を広げケーブルの確保に励む。また、工事のための足場を組むのも、業者に無理を言い突貫工事で行っていった。

    問題は、塩水に浸かった7000弱のモーターだった。とても代替品を用意できるほどの猶予はない。これを復活させるために、巨大な釜の中に入れて煮出し塩を除去した。錆などの問題はあったが、応急処置としては効果抜群である。
    こうした粘り強い地道な努力によって、震災発生後4ヶ月という驚くような速さで、6号ボイラーに電気が通る。電気の復旧作業と並行して瓦礫の撤去が全力で進められ、半年復興まであと一ヶ月のところで、ようやく6号ボイラーに火が入れられた。

    震災から半年後の9月14日。8号マシンの初稼働の日がやってきた。抄紙機には何箇所か、オペレーターの操作によってシートを渡さなければならない箇所がある。グースネック(ガチョウの首)と呼ばれる、エアーの出る細長いアームが現れて、紙をリールに抑え込んで巻きつけていく。それを補助するように、オペレーターたちが、ホースのついた細長いノズルを紙に向けて、エアーを吹き付け、薄く繊細な紙の向きを調整しつつガイドしていくのだ。これにはタイミングと経験が必要とされ、オペレーターたちの力量が大きく左右する。これらの作業を経て、最後のリールに巻きつくまでを「通紙」、あるいは「紙をつなぐ」という。これは熟練のオペレーターであっても、一度ではなかなか通らないものだ。
    しかしこの日の8号は違った。今までにないスムーズさで紙が通り、どんなに速くても1時間かかるところを、28分の新記録で成し遂げたのだ。

    憲昭は作業着の袖で涙をぬぐうと、やがてありったけの大きな声で叫んだ。「バンザーイ!」「バンザーイ!」「バンザーイ!」彼の声に合わせて、大きく手が上がる。倉田も、福島も、オペレーターたちもみな、目を赤くしていた。

    この日、東日本大震災から半年。倉田の当初の目標通り、石巻工場は息を吹き返したのだった。

    その後N6号抄紙機も、震災から一年という節目の時期に、無事操業を開始した。

    日本製紙石巻工場は、家族や知人、同僚たちを亡くし、家や思い出を流された従業員たちが、意地で立ち上げた工場だ。だが、読者は誰が紙を作っているかを知らない。紙には生産者のサインはない。彼らにとって品質こそが、何より雄弁なサインであり、彼らの存在証明なのである。

  • ノンフィクションの迫力に圧倒されたというのが、正直な読後感。筆者の綿密な取材とその筆力によるのが大だろうが。
    3.11で被災し、従業員たちの死に物狂いの働きによって再生した日本製紙石巻工場の物語。
    日本の製紙業の盛衰は自分たちの工場にかかっているのだとの誇りを持って、是が非でも立ち直らせようとする男たちの熱い思いが行間から伝わる。
    津波の被害により泥水の中に埋もれ瓦礫の堆積した工場、誰もが復興に不安な気持ちでいるときに、工場長が、復興を宣言する。
    「そこで、期限を切る。半年。期限は半年だ」と。
    期限を切って社運を託された彼らが、必死になって立て直す様は、感涙もの。
    彼らが何故、これほど必死になって石巻工場を立て直すのだろうか、との答えとして著者は、我々の手元にやってくる本のため、と記す。
    工場長が明かす。「とにかく良い本、良い紙をと、お互い一生懸命でした」。
    取材で、各出版社によって文庫の色の違いも示される。
    「講談社が若干黄色、角川が赤くて、新潮社がめっちゃ赤。普段はざっくり白というイメージしかないかもしれないけど、出版社は文庫の色に『これが俺たちの色だ』っていう強い誇りを持っているんです」
    思わず各文庫を取り出して比べてしまった。
    その他、本の装丁や彼らの仕事に対するこだわり、出版不況の現状等が数々綴られている。
    我々が当たり前のように手にする本が、彼らの巧まざる努力で造られていることを、ノンフィクションライター=佐々涼子氏によって明らかにされた。
    製紙工場の人たちの仕事のおかげで、読書が楽しめることに改めて感謝したい。

  • 国内の出版用紙の約4割を担う日本製紙の主力、石巻工場。
    東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻工場が、復興するまでのノンフィクション。

    ダ・ヴィンチ(エッセイ・ノンフィクションランキング)「BOOK OF THE YEAR 2014」第1位。

    読み応えがあった。

    津波、数えきれないほどの死。
    震災の過酷な現実をつきつけられるドキュメンタリーで、何度も泣けた。

    絶望的な状況から、驚異的な短期間で、どのように復旧作業を行ってきたのか。
    上層部の決断も、現場の粘り強い活動も、なかなかできるものではない。

    紙の製造にまつわるあれこれも、勉強になる。

    単なる美談のまとめにせず、震災にまつわるマイナス面も取り上げていたのも、よかった。

    今、当たり前のように本が読めるのも、製紙工場あってのこと。
    そのありがたみを、改めて感じた。

  • 東日本大震災で被災した日本製紙石巻工場の復興ドラマ。企業のBCPのあり方、製紙過程、そこで働く者たちの熱き想い...。また、被災地の裏側も丹念に紹介。う~ん、この筆致には脱帽。著者の作品は今後も手に取っていきたい。

  • 佐々涼子『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』ハヤカワノンフィクション文庫。あの東日本大震災から6年余り経過しての、やっとの文庫化。決して、美談だけで終わらせず、被災地の現実をも描き切った傑作ノンフィクション。東日本大震災をテーマにしたノンフィクションでは石井光太の『遺体 震災、津波の果てに』と肩を並べる傑作だと思う。

    日本製紙石巻工場が所在する石巻市をはじめ、当時の三陸沿岸はまさに地獄絵図、津波により壊滅的な被害を受けた。石巻市には震災前から何度か足を運び、その独特の街の雰囲気と地元ならではの美味しい食べ物などを楽しんだものだ。

    製紙工場は設備集約型の生産工場であるが故に、ダメージを受けた設備の復旧には多大な費用と、多くの人びとの並々ならぬ知恵と努力が必要であったことがうかがえる。しかも、沿岸部のインフラ被害は並大抵のものではなく、電力、水道、通信が復旧するのに数ヵ月を必要としたことから、従業員が生活する上でも相当な苦労があったはずだ。そうした状況下で、紙をつなぐという使命を持ち、どん底から這い上がった従業員たちの努力には感服する。

  • メモパットのインスタライブで知った本。b7バルキーという紙。b7は紙を作った人が好きなギターコードでバルキーは嵩高の意味だと言っていた。本当かどうかは知らんけど。紙についての説明も見逃せないノンフィクション。東日本大震災の悲惨さ。製紙工場存続の危機。出版業界との信頼関係。この人たちがいたから紙の本がつながったんだなあ。この作者の別のノンフィクションも読みたくなった。

  • 涙なくしては読めない。

    紙の本が好きなら絶対に読むべき一冊。

    本の紙を作ってくれている方々
    ありがとう。。

  • 人は極限で試される。
    どんな酷い状況だろうとどう生きるかは自分次第だ。
    失意の中で目標のあった人達は幸いだったのかもしれない。
    ほんの数ミリ数秒の違いで。
    やはり私達は生きているのでは無く生かされているのだ。

  • 津波で壊滅的な被害を受けた日本製紙石巻工場の再生の様子を追ったノンフィクション。
    発売当時から気になっていたのだが、読む機会がないまま、12月3日に石巻に行き、見事復興を遂げた石巻工場の様子を見て、すぐに手に取った。
    この本を読んでから、石巻に行きたかったが、実際には行った後に読んだ方が、地理や地区名も頭に浮かび、当時の状況が鮮明に想像出来る。
    普段、本を読んでいて、出版社ごとに紙が違うことはもちろん気がついていたが、こだわりがあることは初めて知った。そして、その4割が石巻工場で作られていることも。
    出版不況と言われる世の中。しかし、震災に打ち勝った強い精神で、石巻工場の方々にはこれからも頑張っていただき、本と言う形の紙を届け続けて欲しい。

  • 3.11で崩れかけた出版業界を人知れず救っていた日本製紙石巻工場、その再生のお話。フィクションであってほしいと願わずにいられない紛れもない現実に立ち向かった社員たちのノンフィクション。確かに本書を読むまでは普段当たり前に読んでいる本の著者や出版社、編集者までは遡っても、その紙がどこで、誰が、どのように、何を材料に作っているかまでは考えたことがなかった。この事実を知るだけでもこの本を読む価値はある。感情ごちゃ混ぜで色々と思うところはあっても、1人の読者という立ち位置から言えるのは「ありがとう」の言葉だけだ。

    • チモシーさん
      いいねありがとうございます、この本知らなかったのですが、本好きなら知っておきたいお話ですね
      フォローさせていただきますよろしくお願いします
      いいねありがとうございます、この本知らなかったのですが、本好きなら知っておきたいお話ですね
      フォローさせていただきますよろしくお願いします
      2023/01/25
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著者プロフィール

ノンフィクション作家。著書に『エンジェルフライト』『紙つなげ!』など。

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