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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784150505714
作品紹介・あらすじ
2020年のノーベル化学賞がゲノム編集技術に授与され、いま最注目の「遺伝子」。その研究全史をピュリッツァー賞受賞の医師が語る
みんなの感想まとめ
生命の神秘を解き明かす遺伝子の歴史を描いた本書は、科学の発展と人間の自己探求が交差する壮大な物語です。著者は、メンデルやダーウィンから始まり、数々の科学者たちの業績や彼らの人間的な側面を丁寧に掘り下げ...
感想・レビュー・書評
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生物学に対する根源的な知的好奇心がこれでもかというほど満たされて震えるほど面白かった。
遺伝は、生命現象の神秘さと自らを形作る最小単位という身近さを併せ持っている。本書は、遺伝の解明の歴史書であるが、単なる科学史ではなく人類が自分の起源を語ろうとする壮大な物語である。遺伝の解明は科学の発展であるとともに、人間とは何かという自己の追求であり高揚感が抑えられなかった。
メンデルやダーウィンから始まり、ゴールトンやモーガンやワトソンやクリック、フランクリン、サンガーなどの科学的な偉業だけでなく、背景や野心、失敗、迷いなど人間的な面も余さず書かれていて良かった。
遺伝学の発展は、病気の解明や治療など多大な恩恵をもたらす一方で、優生思想の暴走や遺伝子操作など越えてはならない危うさを孕んでおり、遺伝子を探るのではなく使う段階に来たとき、恐怖も覚えた。
重要な転換点で思わず鳥肌が立つほど面白くて、下巻を楽しみにすると共に、「がん 4000年の歴史」も読みたいと思った。 -
プロローグから、著者に関わるかなりショッキングな事情が語られる。著者の伯父2人と従兄が精神疾患の病にかかっていて、祖母はその一生を通して彼らを守り続け、父は身近に彼らの姿を見て苦しんできた。そのため、遺伝、病気、正常、家族、アイデンティティといったテーマが、著者の家族の会話の中に繰り返されていたという。そのような個人的事情をも抱えた著者が、「遺伝子」の誕生と、成長、そして未来について、物語ったのが本書である。
上巻の第一部から第二部では、メンデルのエンドウ実験による遺伝法則の発見とダーウィン進化論との交差、ゴールトンによる優生学の提唱、アメリカにおける断種手術、そしてナチスによる民族浄化へ。これらの歴史的流れについては他の本でも読んだことがあり、比較的知っていることが多かった。
ナチスのユダヤ人等の大量殺戮について現在その措置が肯定されることはないだろうが、劣等な人間に子孫を残させないようにすることは良いことだという優生学の考え方自体については、結構な数の当時の著名人が賛同していた訳で、下巻になるが、新優生学のことを考えると、今は違うと必ずしも言えないことが恐ろしい。
また第二部では、これまた有名な話である、ワトソンとクリックによるDNA二重らせん構造の解明、遺伝子の調節、複製、組み換えの機能等の解明について語られる。
第三部では、遺伝子クローニングによって、”人間”に大きな影響を与える可能性が出てきたことが説明される。
ある発見がきっかけとなって、次から次へと新しい発見がなされ、未知の領域が解明されていくところはとてもスリリングだし、また病気の治療にも役立つようになってくると、莫大な金銭の問題が絡むことになるなど、綺麗事では済まない生々しいことも率直に語られている。 -
遺伝子、生命をめぐる壮大な歴史と発見をなぞる本。形質がどのように遺伝して、発現するのかを解き明かした科学者たちの歴史。
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いやぁ面白いわ。
目から鱗が落ちまくりだし、腑にも落ちまくった。
遺伝子の歴史は、生命の謎を解き明かすための問いと、その問いに対する答え、そしてその答えがまた新たな問いを生むというプロセスの連続だった。
まさに著者の言う「新たな発見は新たな疑問を生む。古い疑問は新しい疑問に取って代わられる」という言葉通りの展開。
まず、最も根源的な謎として存在したのは、「遺伝とは何か」という問いだった。
親から子へ形質がどのように伝わるのか、なぜ子は親に似るのか、そしてなぜ違いも生まれるのか。
古代ギリシャの時代からピタゴラスやアリストテレスもこの謎に取り組んだ。
特にダーウィンの進化論が登場し、自然選択による生物の多様化と適応のメカニズムが提唱されると、その理論が機能するためには、形質が受け継がれるメカニズム、すなわち遺伝のメカニズムそのものが不可欠な要素となる。
ダーウィン自身も遺伝のメカニズムに悩み、自身のジェミュール説を提唱したが、当時の「融合遺伝」という考え方では、有利な変異体が世代を経るごとに薄まって消えてしまうという問題を説明できなかった。
この「融合遺伝」の謎を解決し、遺伝理論に決定的な洞察をもたらしたのが、ご存知メンデルの実験だった。
メンデルはエンドウマメを用いた緻密な交配実験によって、形質が混ざり合うのではなく、独立した分割不可能な「粒子」によって遺伝することを数学的なパターンとして見出した。
これにより、ダーウィンが求めていた遺伝の基本法則が明らかになる。
遺伝は連続的なものではなく、不連続な「単位」(遺伝子)によるものであり、これが多様性を生み出す基盤となったのだ。
次の大きな謎は、この「粒子」や「単位」の物質的な正体は何なのかという疑問。
細胞の核に含まれるクロマチンがタンパク質と核酸でできていることは知られていたが、生物学者はその多様性と機能の豊富さから、遺伝情報を運ぶのはタンパク質である可能性が高いと考えていた。
DNAは単純すぎて「情報の運び手には向いていない」と考えられていたというのだから意外。
しかし、グリフィスの形質転換実験によって、遺伝情報が化学物質として細菌から細菌へ移動できることが示され、マラーはX線を使って遺伝子に変異を起こせることを発見し、遺伝子が物理的な実体であり、操作可能であることが示される。
これらの発見により、遺伝子が物質的なものであり、化学物質の性質を持つことがわかった。
そして最終的に、遺伝情報を運ぶ本体がDNAであることが明らかになり、さらにワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の解明は、遺伝情報がどのように保存され、複製されるかというメカニズムに物理的な根拠を与えることになる。
DNAの構造が明らかになったことで、遺伝子がどのような「設計図」なのかが分かり始めた一方で、新たな謎も生まれることに。
「遺伝子は何をしているのか」という機能に関する問いだ。
ビードルとテータムの「一遺伝子一酵素説」は、遺伝子がタンパク質をコードしていることを示し、遺伝子と生化学的な機能を結びつける。
タンパク質は細胞内の多様な化学反応を制御する「スイッチ」のようなものであり、生物の機能の中心を担っていたのだ。
さらに、すべての細胞が同じDNAを持っているにもかかわらず、なぜ異なる機能を持つ細胞(例えば赤血球と肝細胞)が存在するのか、なぜイモムシがチョウに変態できるのか、といった遺伝子の「調節」に関する謎が登場する。
ジャコブとモノーはオペロン説を提唱し、遺伝子にはいつ、どこで、どのようにつくられるかという情報(調節配列)も含まれており、特定の遺伝子群が協調的にオン・オフされるメカニズムを発見した。
これにより、遺伝子は単なるタンパク質の設計図だけでなく、プログラムとして実行されるための「文脈」を持っていることが明らかになる。
遺伝子調節の理解は、発生生物学における長年の謎、すなわち「単一の受精卵がどのようにして複雑な多細胞生物へと発達するのか」という問いに光を当てることに。
遺伝子のオン・オフの連鎖が、胚の基本的なボディープランや各器官の形成を指示していることが明らかになる。
発生は、マスター遺伝子や体節遺伝子などが、他の遺伝子を順次制御していく過程として理解されるようになった。
また、発生は遺伝子からの「内因性」の指示だけでなく、細胞間の相互作用といった「外因性」のシグナルにも影響されるという複雑さも明らかになる。
個々の遺伝子は単純な機能しか持たなくても、それらが階層的に組織化され相互作用することで、途方もない複雑さが生み出されるのだ。
こうして生物学者は「遺伝子とは何か」という問いから、「遺伝子を使って考える」という段階へと移行していく。
これを可能にしたのが、組み換えDNA技術である。
この技術は、異なる生物種の遺伝子を組み合わせたり、特定の遺伝子を大量にコピー(クローニング)したりすることを可能にした。
遺伝子はもはやゲノムに固定された抽象的な存在ではなくなり、「種から種へと移動し、増幅され、精製され、延長され、短縮され、改変され、練り直され、変異させられ、混ぜ合わされ、組み合わされ、切断され、貼りつけられ、編集される」研究の道具となったのだ。
この技術により、科学者たちは遺伝子の機能を意図的に操作し、その効果を測定するという、それまで不可能だった実験を行えるようになる。
特に、組み換えDNA技術を用いて、特定のタンパク質を大量に生産できるようになったことは、医療技術の歴史において決定的な移行を果たした。
タンパク質は生命現象の中心であり、多くの薬がこれらのタンパク質を標的にしている。
従来の医療技術が主に、低分子化合物や間接的な化学的介入に頼っていたのに対し、組み換えDNA技術はヒトのタンパク質を薬として供給することを可能にし、生命の基本要素である遺伝情報とその産物(タンパク質)を直接利用する道を開いた。
これにより、体内での生化学反応により特異的に介入できるようになり、従来の化学合成薬では難しかった標的分子薬や、個々の患者の遺伝的特性に基づいた新しいタイプの治療法(生物学的製剤など)の開発が可能になった。
単に特定のタンパク質を薬にする世界から、遺伝子技術により新薬を生み出す世界へと移行したというわけだ。
このように振り返ると、遺伝の謎から始まり、メンデルによる遺伝単位の発見、DNAの構造解明による物質的基盤の確立、遺伝子機能と調節の理解、そして発生のメカニズムの解明へと進む科学的な発見の歴史は、最終的に組み換えDNA技術という強力なツールを生み出した。
このツールは、生命を遺伝子レベルで操作することを可能にし、「遺伝子を使って考える」という新たな研究パラダイムを確立すると同時に、特にタンパク質の大量生産を通じて、医療技術と製薬の世界に根本的な変革をもたらした。
本書は遺伝という概念がどのように発見され、発展し、そして科学だけでなく社会や政治にまで大きな影響を与えてきたのかをわかりやすく解説してくれる。
本書の前半では、遺伝の根本原理として、親から子へと受け渡される「個別の情報の粒子」で説明されるというメンデルの発見が非常に重要だったことがよくわかる。
エンドウマメを用いた彼の実験から、形質が融合するのではなく、優性形質と劣性形質として分離・再出現するという事実が明らかになったことは画期的だった。
しかし、この粒子的な遺伝が、身長や体重、知能といった生物の滑らかで連続的な多様性をどう生み出すのかという問題は、初期の遺伝学における大きな課題だった。
生物の成長や多様性が見かけ上は非常に滑らかであることと、遺伝子が粒子であることとの間には、埋めるべき大きなギャップがあった。
個々の遺伝子はどれも、とりたてて賢いわけではない。
だが、それらが組織的に構成され、かつ相互作用を行ない、さらに濃度勾配や時間・空間次元を加えることで、生物は極めて複雑な構造や生理機能を身につけることができる。
これは「遺伝の単位はなぜ、困惑させられるほどの複雑さを生物につくり出すことができるのか」という深い謎を解き明かすものだった。
遺伝学が生物学の中心的な分野として認識されるのが遅れたため、他の主要分野と後から統合されていったという歴史的な流れも興味深い。
著者は世界を根本から揺るがす3つの科学的概念の一つとして遺伝子を挙げている。
原子、バイト(ビット)と並び、遺伝子もより大きな全体を構成する基本的な最小限の単位であるという点で共通しており、「全体を理解するにはその最小の部分を理解することが不可欠」だからだ。
「より大きな全体を構成する基礎的要素(最小単位)を理解することが、全体を理解するために不可欠である」という原則は、物質(原子)やデジタルデータ(バイト/ビット)、そして生物学(遺伝子)といった階層構造を持つシステムに共通して当てはまる。
言語の比喩を用いれば、文の意味を完全に理解するには、単語一つ一つを理解する必要があるが、文は単語の総和以上の意味を持ちうる。
19世紀の科学者が「錬金術はその基本単位が発見されないかぎり化学にはなりえない」と書いたように、物質の振る舞いを説明するには、その基本単位である原子の性質を引き合いに出す必要がある。
さらに、デジタル情報の構造を十分に理解しなければ、アルゴリズムの性質や、データの記憶や破壊といったコンピューティングの複雑性を理解することはできない。
これと同様に、生物や細胞の生物学や病理学、さらには行動、気質、病気、人種、アイデンティティ、運命といったものを理解するためには、まず遺伝子という概念を念頭に置くことが不可欠である。
遺伝子とは、遺伝の基礎単位であり、あらゆる生物情報の基本単位だからだ。
生物学は本質的に階層構造であり、全体である個体を理解するには、まずその最小の部分である遺伝子を理解しなければならない。
「遺伝子とは何か」という探求の歴史は、まさにこの「最小単位」である遺伝子を探し、その正体と機能を理解しようとするプロセスだった。
遺伝子の操作可能性もこうしてみるといかに画期的であったか。
マラーは放射線を使ってショウジョウバエの突然変異率を上げる実験から、遺伝子が物質でできており、エネルギーによって変化することが可能であり、ゲノムが「完全なる可鍛性」を持つことに気づく。
彼は遺伝子の変化を人為的に誘導できるなら、それはもはや神だけの特権ではないと考えた。
遺伝子クローニング、特に組み換えDNA技術は、さらに決定的な変化をもたらす。
これはとんでもなくシンプルな技術であり、アマチュアでもハイブリッドDNAを研究室で作れるほどだった。
異なる個体の遺伝情報を混ぜ合わせる、組み合わせる。
そしてハイブリッドDNAを細菌に導入し、増殖に伴って大量の同じコピーを作る。
あるいは、特定の遺伝子を持つ細菌を選択的に生存・増殖させる。
遺伝子はゲノムから解放され、種から種へ移動し、増幅、精製、改変、編集できるようになった。
遺伝子を操作し、クローニングし、その情報がどのように機能するかを解読する技術は、生物学にまさに革命をもたらした。
組み換えDNAは、遺伝学を「科学の領域から技術の領域へ」と押し出した。
遺伝子はもはや抽象概念ではなく、単なる研究テーマではなく、研究の道具になったのだ。
当然、研究のアプローチにも変化が生まれる。
それまで生化学者が、濃度を頼りに目的のタンパク質を抽出するアプローチをとっていたのに対し、これからは異なる細胞のデータベースの違いから遺伝子をクローニング・増やすアプローチをとることができるようになった。
例えば、T細胞にしかないT細胞受容体タンパク質について、生化学的には精製が困難だったものが、T細胞に特異的に存在するRNAカタログを他の細胞と比較することで遺伝子をクローニングし、研究することが可能になったのだ。
生物学者は何十年もかけて遺伝子の性質を探究してきたが、今では遺伝子を生物学を探究するのに使うようになり、「遺伝子について考える段階を卒業し、遺伝子を使って考える段階へと進んだ」のである。これは遺伝学の変容そのものを意味し、生物学全体を変容させた。
これは医療技術の歴史においても決定的な移行を果たす。
なぜなら従来の医療技術が主に症状の緩和や、体の化学反応を間接的に操作する低分子化合物(古典的な薬)に依存していたのに対し、この技術は生命現象の根幹である遺伝情報とその産物であるタンパク質を直接操作・利用する道を開いたからだ。
特に、ヒトのタンパク質を大量に生産できるようになったことで、体内で本来作られるべきタンパク質を補充したり、病気の原因となるタンパク質の機能を特異的に阻害したり、免疫応答を調節したりするなど、より根本的かつ特異的な治療法が可能になった。
医療技術は従来の化学的なアプローチから、遺伝子やタンパク質という生命の基本要素を直接扱う、より精密な分子レベルのアプローチへと決定的に移行した。
この変化は、特定の遺伝子に関連する病気の理解、診断、そして治療法開発に革命をもたらし、新薬の世界、すなわち生物学的製剤や遺伝子治療といった、これまでにないタイプの医薬品開発への道を開いたのだ。
もちろん遺伝子の歴史は光の面ばかりではなく、優生思想の隆盛と失敗といった負の側面も併せ持つ。
真っ先に思い浮かぶのがナチスの思想だが、著者は下記のような印象的な文章で総括している。
「ナチスは大量虐殺という自らの政策を実行に移し、正当化し、維持するために、遺伝子と遺伝学の語彙を用いたのだ。遺伝的な差別用語はすぐに民族根絶の用語となった。精神障害者と身体障害者を非人間化(「彼らはわれわれのようには考えられないし、行動できない」)するのはユダヤ人を非人間化(「彼らはわれわれのようには考えないし、行動しない」)するためのウォーミングアップのようなものだった。歴史上かつて例がないほどに、かつてないほどの悪意とともに、遺伝子はなんの苦もなくアイデンティティと融合し、アイデンティティは障害と融合し、障害は虐殺と融合した」
一番驚いたのは、ソ連が遺伝子の概念をどのように悪用していったかという歴史事実だった。
ナチスもソ連も、遺伝について正反対の考え方に基づいていたにもかかわらず、その活動には目を見張るほどの類似点があった。
ナチスは、「ユダヤ人はユダヤ人だ」というように、「遺伝形質は絶対に消せない」という信念を持っていった。
そのため彼らは、集団の遺伝的な構成を変えるために優生学に頼ったのだ。
ナチスがアイデンティティの不変性に取り憑かれていたのに対し、ソ連はアイデンティティの完全なる柔軟性に取り憑かれていた。
つまり「遺伝形質は完全に消去できる」という信念を持っていたわけだ。
スターリンとその同志は、ショック療法を通じて「遺伝の影響を『打ち砕き』、『再教育』する」というやり方が、イデオロギー的に満足のいくものであると考えた。
ルイセンコが植物を再教育して環境への依存から解放したように、ソ連の党員も反体制主義者を再教育しようとした。
誰もがどんな人間にもなれるという信念のもと、遺伝は完全に再プログラムできると信じていた。
なぜなら、あらゆる差異を消すことによって完全な集合的利益をもたらすことができると考えたから。
ナチスとソ連は、遺伝についての根本的な考えが逆だったもののその危険性において類似していた。
どちらも、国家主導の浄化メカニズムを支えるために科学を意図的に歪めていたという点において違いがなく、「人間のアイデンティティについてのひとつの概念をつくりあげるために遺伝理論を利用し、そしてその概念を政治目標のために歪曲していた」のである。 -
遺伝子はもともと得体のしれない科学であった。進化の研究が進むにつれて、遺伝子の存在が明らかになり、そこから遺伝子を利用した研究へと切り替わっていった。遺伝は父と母から半分ずつ受け取り、それが発現するかはわからない。時たまおきる突然変異が進化へと繋がっていく。遺伝子によってタンパク質が作られる。プラスミドに入れて、他の生物に注入できるようになって、遺伝子を改変することが可能になり、くすりなどかつくられるよになった。
遺伝を明らかにしたのはメンデルなどの細かい実験の賜物であった。遺伝子を完全に操ることは他のどの科学よりも生物の根源に関わってくるのだと感じた。 -
上下巻。ダーウィンやメンデルに始まって、最新の分子遺伝学までを総括しようという、読み応えのある大著だった。著者自身は研究者のようだが、科学的な詳細より遺伝の発見からその研究がどのように進んできたか、またそれが世界にどのような影響を及ぼしたかに力点が置かれている。遺伝子研究のもたらした知の地平線の拡大と病気治療への応用などの良い面ばかりではなく、優生学思想やその先にあったナチスのホロコーストのような悲惨な例や、遺伝子操作のもたらす倫理的な問題点などの負の面についてもかなりの紙数を割いていて、考えさせられる。
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私たちは何者か――その問いに遺伝子の歴史が応える。シッダールタ・ムカジー『遺伝子 親密なる人類史』は生命の設計図をめぐる壮大な物語だ。メンデルの豆から始まり、DNAの二重らせん、遺伝病の闘い、ゲノム編集へと科学は進化してきた。だがそこには希望だけでなく差別や優生思想の影もあった。遺伝子は未来を拓く鍵であると同時に私たちに謙虚さを求める鏡でもある。人類の歩みと向き合い命の深さを見つめたい。
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知のバトンリレー
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人間が遺伝子を見つけ、遺伝子を解析して、遺伝子を創造するまでの物語。非常に面白く、職業柄プログラミングとの接点もあり楽しく読めた。
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かなり質の良い本。上巻はメンデルから優性学を経由してクローニングまで。
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プロローグが読み物として非常に魅力的で、引き込まれる。
その後もたまに本編の間に挿入される、著者の家族のエピソードに惹かれる。
本編は、面白いけど、ところどころ難しい。
遺伝子というものの発見・理解・活用の歴史だけど、後半の科学者の競争の部分はヒューマンドラマで、それを理解するために、何が争点になってどんな微妙な競争だったかは、科学的な説明がないと判らないので、その解説は不可欠だろうけど、そこが難しくて斜め読みになり、結局よく判らないという。
下巻がどんな内容か気になるけど、この先はさらに難しい話になるのでは?と思うとやや腰が引ける。 -
まだ遺伝子という概念が存在していなかったダーウィンの時代から、1900年代後半に至るまでの遺伝学の通史。メンデルのエンドウの研究やワトソン・クリックのDNA二重らせんモデルなど、これまでポツンポツンと理解していたエピソードが、線として繋がり語られていく。上質な講義を聴いているかのようだった。
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シッダールタ・ムカジー/田中 文/仲野 徹
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遺伝子を巡る物語
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壮大なる総説
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下巻に記載
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本書は遺伝子の発見から現代の遺伝子編集技術に至るまでの歴史的な旅を描いている画期的な作品です。遺伝子の複雑な科学的知見を、誰にでも理解できる言葉で解説する筆致は抜群です。特に、遺伝子操作の倫理的な側面についての議論は、未来の科学と人類の方向性についての重要な問題提起となっています。未来の科学と人類の運命についての理解を深めたい方にお勧めの作品です。
植沢芳広
https://kensaku.my-pharm.ac.jp/opac/volume/273161
著者プロフィール
シッダールタ・ムカジーの作品
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感想 :

新書おすきなようでしたら,丸善サイエンスパレット,東海大学出版部Toka...
新書おすきなようでしたら,丸善サイエンスパレット,東海大学出版部TokaiLiblaryとフィールドの生物学,共立スマートセレクション(自分の感想書けておりませんが個人的に『生物多様性の多様性』は白眉でした),岩波科学ライブラリ(分子進化の中立説に関する『歌うカタツムリ』もはじめこのなかの一冊でした),化学同人のDOJIN選書などは名著好著の叢書シリーズですね.ご存知かもしれません.
『動物園にできること』の川端裕人さんなんかも感じ入るところあるかもしれません.
余計なお世話かさねて失礼いたしました.ご感想の素敵な想いと端整さに力強さをかんじました.
とりとめないおすすめで喜んでいただけたとしたのなら僥倖です.
またご感想をたのしみにお待ち申し上げております.
P.S.フォローありがとうございました.わたしもフォローさせていただきました.