- 早川書房 (2023年9月11日発売)
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感想 : 47件
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Amazon.co.jp ・本 (480ページ) / ISBN・EAN: 9784150506025
作品紹介・あらすじ
成功を決めるのは努力か環境か? ハーバード随一の人気教授が「能力主義」の是非を問い日本中に議論を巻き起こしたベストセラー
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
成功を決定づける要因について考え直させられる一冊で、能力主義が抱える矛盾や偏見に鋭く迫ります。多くの読者が、努力や教育機会の拡充が公平性をもたらすと信じてきた中で、成功できなかった人への偏見を助長して...
感想・レビュー・書評
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如何に自分がtechnocrat的な,meritocracy的な思考の上に「平等」を思考していたのかを思い知らされる事になった.読み始めた当初,オバマやヒラリークリントンに対する批判の一部が分かったようで分からなかった.トランプを支持する人々が奪われてきたモノに対する理解も,言葉の上では理解していたけど,「消費する側の倫理」「生産する側の倫理」という言い回しに,ハッとさせられた.そういうことか,実体経済を回している人々が蔑ろにされ,金勘定で漂ってる奴らが富を掠め取っていく…この違和感や怒りは,この「裏表」にあったのか,と.
筆者は高学歴エリートの「価値」のあり方を批判こそすれ,能力そのものを批判するでもなく,出る杭を打つことを目標としているのでもない.ただ能力も「運」なのだという,至極当たり前で,ある意味で厳しくも残酷な事実に光を当てているに過ぎない.これはエリートの思い上がりを斬り,返す刀で「能力に恵まれない人たち」も斬ってしまいかねない現実なんだけど,そこに「労働=貢献」に価値を置くことで見事に昇華している.価値ある一冊にたどり着けたのもまた「運」ではあるのだけど,手に取った自分を褒めてあげたい笑
それにしても,かつてちょっとだけ関わってしまった啓発系セミナーの教えは「貢献」を価値にしつつ,その貢献は「消費する側の倫理」であったのだな,と今納得.あの違和感は,労働…を通しての人間そのものに対する敬意のなさに起因していたのだと今改めて.
あんなmeritocracyの権化から距離を置いて,本当に良かった,と心から.
どうしてもどうしても頭の中でつながらなかった「社会貢献と富」「労働の本質と価値」といったものがようやく整理され始めた.
もう少し,他の本も読んでみたい.詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
当たり前だと思ってきた「能力主義」というものを根本から考え直させられました。
努力すれば報われる、教育機会を広げれば公平になる…リベラルな考えに比較的共感してきて、これまで善意だと思っていた考えが、実は「成功できなかった人は失敗者」という偏見を助長しているのではないか、と気づいて少し衝撃を受けました。
私たちは生まれてから受験、就活、昇進とずっと選別され続けています。何かしらの基準で「優れている」「劣っている」とラベルを貼られるのが当たり前になっていて、達成した人は驕り、達成できなかった人は自分を責めてしまう。
でも本当に大事なのは、そうした基準を超えて、どんな立場の人も尊厳をもって生きられることなのだと思います。
サンデルの提案する改善策は正直まだ現実味が薄い部分もあると思いますが、それでも「この社会の常識を一度立ち止まって疑う」きっかけを与えてくれる一冊でした。 -
入試にくじびきを導入することを提案することが有名なサルデルのメルトクラシー Meritcracy に関する著書。本書のテーマである能力主義やアメリカンドリームといった一見もっともらしいものと、いわゆる公共善との間の矛盾を鋭く、というより丁寧に指摘している。
私は、このような観点について公平か平等か、といったよくある議論どまりの視点しかもっていなかったが、平等というもののロールズやハイエクの主張が無批判にいわば常識として自分に刷り込まれていたことに気付かされた。 -
B361サ
難しいー -
能力は、神の恩寵でなく努力の賜物である。だから能力が重視されるのである。そのためには能力を評価するための平等な仕組みは必要であり、社会は (学歴や労働の面で) 平等と思われる仕組み作りに奔走してきた。能力があるものが社会やコミュニティへの貢献度が高い。だから富や権力を得るのは当然であり、それが社会を発展に導く。
と、皆思っている (思わされている) がそうではない、が著者の主張。
能力 (とりわけ知的な) は努力だけでは測れない要因 (広く言えば諸々の環境) が多々ある上、厳密に平等を実現するのは困難である。平等を突き詰めれば、より明確な勝者と (言い訳のできない) 敗者が生まれ、敗者はその烙印に耐えられず社会は疲弊していく。大事なのは (一生の間だけでなく世代間含めた) 流動性であり、適度なランダム性や1次元の評価軸でない多様な価値観 (共通善への貢献尺度) が必要 (具体は6章、7章) 。強者は自身の能力に奢らず (もちろんサーカスばりの努力もある) 、自信の立場があるのはコミュニティからの恩恵/他者からの貢献を授かった上で成り立っていることを謙虚に受け止め恩返し、熟議すべしと。
哲学者らしい道徳的な視点から歴史的な経緯、昨今の事情 (特にアメリカの) を交えて滾々と訴えている。アメリカンドリームを標榜する米が実際には先進他国と比べても流動性が低いのは意外であり象徴的。現在の暴力的な格差を是正するのは並大抵ではないが、土台が揺らげば社会が傾き何かしらフィードバックは掛かるのかな。
「これから「正義」の話をしよう」含め、著者の本は考えさせられることが多く楽しい。ただ、この本はちょっと冗長な感じでくどい感じはする。 -
「それをお金で買いますか」がよかったのと、メリトクラシーに興味があり読んでみたが、個人的には退屈なパートが多かった。(アメリカの政治の話とか)
250ページくらいで、図書館の返却期限となった。
自説に対する批判が皆無で、ダラダラと自説を展開するため、説得力が低い。。
それでも一部は「おっ」と感じる部分があったため、星3つ。
(読みながら考えたこと)
メリトクラシーは人の「幸せになりたい」という願望から来ている気がする。
幸せとは、コントロール出来ること。(こう考えること自体がメリトクラシーに毒されているのかも)
アンコントローラブルなものに、一度しかない自分の幸せを左右されると認めたくないということか。
ーーー以下抜粋ーーー
・有名大学の学位は、栄達を求める人々の目には出世の主要な手段だと、快適な階級に居座りたいと願う人々の目には下降に対する最も確実な防壁だと映るようになった。
・われわれは自分自身を自力で作り上げるのだし、自分のことは自分で出来るという考え方が強くなればなるほど、感謝の気持ちや謙虚さを身につけるのはますます難しくなる
・能力主義の倫理は、勝者のあいだには驕りを、敗者のあいだには屈辱と怒りを生み出す。
・運命の偶然性を実感することは、一定の謙虚さをもたらす。
(中略)ところが、完全な能力主義は恵みとか恩寵といった感覚をすべて追い払ってしまう。
・道徳的に行動する責任を負わせることと、われわれ一人ひとりが自分の運命に全責任を負っていると想定することは全く別である。
・能力主義の理想は不平等の解決ではない。不平等の正当化なのだ。
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米国に蔓延する「能力主義」に対する批判。
第一次トランプ政権の誕生のきっかけになった「分断」の原因が「能力主義」にあるとしている。そして、その「能力主義」を蔓延させるきっかけとなった、グローバルな自由市場を受け入れ続けてきた今迄の政権にあると批判している。
そもそもなぜ能力主義は分断を生み出すのか?結論を言えば、格差が固定化されてしまっているから。
アメリカでは、機会の均等があれば、誰でもアメリカンドリームを手にできる。その地位は、自らの能力に起因するものである。これが能力主義の社会である。しかし、現実には、格差は固定化されている。成功者は自らの地位を確固たるものとするし、貧困なものは貧困から上がれない。人々は能力主義の社会を信頼しているからこそ、そこから上がれないことによる不満で分断が生み出されている。さらには、差別が禁止される中で、能力主義を前提とした見下しは、唯一許されている差別ともいえる。その代表が、学歴による差別。
結果として能力主義は勝者におごりをもたらすし、敗者には屈辱と怒りをもたらす。さらに、エリートたちには能力主義がもたらすおごりを理解することは難しい。エリートたちにとっては、今の自分の地位は「自分」の力で得たものだから。
さらに分断を加速化させたのが、政府を運営するエリートたちの政策。機会の平等を説き、それにより国民を鼓舞すると同時に、大きな政府を目指し、貧困層を補助しようとしている。しかしそれは根本的な解決にはならない。
具体的には以下のとおりである。
機会の平等による完全な平等は実現し得ないし、そもそも機会の平等な社会は本当に善い社会とは限らない。政府を運営するエリートたちは、機会の平等を説くことで国民を鼓舞していた。不平等への回答として、グローバル経済に立ち向かうために、労働者が高度な教育を受け、それに適応することを提唱した。しかしそもそも、機会の平等、能力主義は不平等の正当化である。だからこそ、努力をすればいいだろう、と反論するものもいるかもしれないが。しかし、成功は努力と才能の合成物であり、その絡まりを解くのは容易いことではない。
また、大きな政府による貧困層の補助も、能力主義を確固たるものにしてしまう。貧困に陥った人を救う場合、無責任というレッテルを貼った人々は一切援助せず、生まれつき劣っているというレッテルを貼った人々のみ助けることになる。したがって、政府による援助は、「生まれつき劣っている」という証明をさせ屈辱的な援助を与えてしまい、結果として能力主義を補完する方向に動いてしまうからである。
経済が成長していれば道徳的に賛否両論ある問題について議論を戦わせる必要がないというのも理由の一つかもしれない。だからこそ、エリート層は無批判にグローバル市場を受け入れることを前提にしているのである。それが分断を生み出す現実から目をそらしながら。逆にトランプは能力主義について一切触れない。支持層に対しては、国家の主権、アイデンティティ、威信の再主張を説いている。
こうした社会でこそ、筆者が注目するのが、「労働の尊厳」の回復である。
グローバリズムでGDPを最大化し、それを分配しても前述のとおり、労働者の怒りは回復しないのは自明。そもそも、経済的報酬を賞賛、功績、手柄と結び付けてしまうような社会自体が善ではないのである。麻薬の密売人と教師、儲けているのは前者だが、善なのは後者なのは明らか。だからこそ、賞賛、功績、手柄、「労働の尊厳」を人々が得られる社会を作るべきである。
そして、その解決策として挙げられるのが、低賃金労働者への賃金補助。
経済において我々が演じる最も重要な役割は、消費者ではなく生産者としての役割である。生産者として必要な財とサービスを供給する能力を発揮して社会的評価を得ることで、人々に「労働の尊厳を与える」。低所得労働者が十分な市場賃金を支払われる技能を欠いていてもまともな暮らしができるようにするのである。
また、複雑な金融システムを抑えることも提唱している。具体的には、給与税を下げ、消費や投機に対して税をかける。金融そのものは生産的ではない、確かに経済の潤滑油たり得るが、過度に複雑化しすぎて、関係者にしか利益をもたらさない。もはやギャンブル化している。
以下、思うこと。
① 生産者と消費者について
筆者は、過度な消費社会に警鐘を鳴らし、重要なのは「生産者」として尊厳を得られることと提唱している。我々は、消費者であると同時に、生産者であることに気づかなければならないのである。この概念は、過去に読んだ「柔らかい個人主義の誕生」でもあったな、と思い返した。
単なる消費者ではなく、消費することを楽しむ消費。それによりアイデンティティを保つ。
モノを消費する主体であるだけでは、精神が擦り減ってしまうのだろうと思う。
② 資本主義社会の絶望について
⇒「経済的報酬を賞賛、功績、手柄と結び付けてしまうような社会自体が善ではない。」と筆者は主張しているが、そもそも賞賛、功績、手柄では食っていけない。資本主義社会であるからこそ、資本の多寡は生き死にに直結する。だからこそ、人々は経済的報酬を欲するし、それが地位に直結してしまう。いくら経済的報酬の代わりに賞賛を得られたとしても、それはキレイごとに過ぎないのではないかと思う。
③ 自国第一主義との紙一重
⇒筆者は、政府を運営するエリートたちを批判している。そして、「労働の尊厳」を回復させることを提唱しているが、やはり、分かりにくい概念。グローバル経済によって生み出される格差を批判し、生産者である人々を尊重するのであれば、グローバル経済に対抗し関税をかけて生産者を保護することが一番分かりやすい論理。そうなってしまっているのが現状だと思われる。 -
『それをお金で買いますか』と合わせ読み。
普段、正義に反するなぁとボンヤリ考えていることを、正面から論じている。
いまとなっては教授の指摘が先にあって、私の思考があとからついてきたのか、私の頭のなかの思考を、この本が言語化したのか分からなくなっているけれど、論理と言語で整理することは大切。 -
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サンデル先生を知ったのは『これからの「正義」の話をしよう』が最初ですが、そちらは読んでいません。何となく読もうと思ったのはこちら。一応読んだとは言えるが、アメリカの社会状況を理解していない部分があるのと、少々議論が長すぎて端折って読んだ部分もありで私は十分理解したと言えるかどうか。
親ガチャという言葉ができたのはいつ頃だっただろうか。そのひとことで語れるものではないが、この本の特に第4章の内容はその親ガチャという言葉の内容とかなり重なる。学力によらず入学を認めるようになっている大学が日本でも上から下まである。体育系以外の領域へのスポーツ推薦入学。女性優遇枠。在籍年月の分の学費を払えばよしとして学歴付与、つまり学歴を金で買うような低レベルの大学。経営資金のためにあるような大量の留学生枠。学歴による偏見の度合いは拡大しているのに容認されているのは日本でも同じ。トランプも学歴はあるが金で買ったようなものだろう。そしてこの本全体が、日本に向けて書かれているのではないにもかかわらず、日本の状況と重なる。この本の内容とは関係ないが移民問題も、日本には存在しなかったはずなのに問題化しつつある。日本以上にアメリカの後追いをしている国はないのではないだろうか。
最後の入試をくじ引きで決める件、興味深いが机上の空論でしかない。と思うが、スポーツ推薦枠や寄付金(学費)で入学可否が決まるなら、くじ引き枠があるのはむしろ機会の平等に寄与するのではないだろうか。
読んだのは文庫版だが、文庫版のための解説が当初の単行本の解説者により追記されている。この文庫本が出版されたのは2023年。文庫版のための解説ではトランプに代わってバイデンが大統領になったところで、「置き去りにされた人々」によるトランプ支持は一応の区切りがついたと書かれているが、トランプは再選された。この内容も、原著は2020年出版のようだが、現在も継続中だ。サンデル先生の洞察はそんなに浅いものではなかった…というか、長く言語化されてなかったものがサンデル先生によって言語化されたということだろう。
この問題は今後どうなるのか。ここで取り上げられている問題を問題視しない人も多いだろうね。学力によらず高評価の大学の学歴を得ている人は特に。だが小学校から大学まで、教育のありかたは国のあらゆる面に影響する。変わるのは簡単ではなく数十年の年月が必要だろう。 -
思い上がらず優しくなれる。競争より協働できる。
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厚くて読みづらいが、第一次トランプ政権の頃の話しがそっくりそのまま今になっていて、アメリカ社会の理解が深まる
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昨今の世の中の混乱を西洋におけるプロテスタント倫理の崩壊と言う意見を聞くようになりました。
本書でもそのあたりを『自らの健康とささやかな成功を神に感謝する考えから、健康で成功するためにきちんとできる人間である事は神に愛されている証と言う考えに変わり、健康で成功するために努力する事が神に愛される原因と考えるようになり、健康で成功するための努力そのものが個人の選択と能力により獲得できるものと考えるようになり、ついには自分の運命は自分が握るものと言う考えに至った』とページを割いて説明しています。
自分の運命は自分で切り拓くものと言う考えは実に人間本位の考え方だと思います。
多分ですが、今の私があるのは私一人の手柄ではなく、親や友人や先生や他の誰や神様や運命が私に与えてくれたものと考える事が第一歩なんだと思います。
一度こう言う考えに立ち返る事で、私たちの価値や能力は本来は他の誰かとの関係性の中でしか評価できないものと気付けるのかもしれません。
人間には社会生活に積極的かつ生産的に参加したいと言う要素があり、これが満たされる事、つまり他人を承認し他人から承認される事を抜きにしては、分配だろうと流動性の向上だろうと、小手先のテクニカルな政治的な対処ではもはや意味を持たない事も良く理解できました。 -
250ページ読んでもうムリでした。今年初めての挫折図書。難解過ぎて何も頭に残らない。
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驕り高ぶるな
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行き過ぎた学歴主義・能力主義がもたらす弊害を広く概観し、能力≒報酬を受けるに値するという発想に根拠がないことを論じ尽くす。日本の社会学者立岩真也にも近いものがあるよね。
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我々の幸福の大前提である「人間の尊厳」そして誰もが従う「正義」に照らして「能力主義」は人間の尊厳を踏み躙る平等主義の間違った理想であり、正義ではない、という話。
能力ですべてを決める。能力はその人の努力の賜物である。そうすると、努力しても社会が認める能力を持てない人には自信の喪失、屈辱と敗北感、そして貧困が待っている。すべての子供に教育の機会を与えるというACジャパンのCMや、高校の授業料無料といった施策が善とされる。しかし、お金や機会の問題ではなく勉強ができない人は逃げ場がなくなる。成功した者は「機会の平等」を与えれば解決すると思い込んでるが、それは平等ではなく能力を基準とした不平等の再配分でしかないということです。
サンデル教授は、アメリカで民主党が貧しい人や有色人種たちにリベラルな立場として「機会の平等」ばかり与えてきたが、成功できなかった人たちを蔑ろにして不評を買った。本来白人や既得権益を守る共和党だがトランプは逆にアメリカを再び偉大にすると呼びかけ、成功できなかった人にも夢を与えた。そしてインテリたちは有色人種やLGBTの人権は声高に叫ぶが、成功できなかった人たちは怠け者の落伍者として無視する。この恐ろしさ。
子供の頃は「職業に貴賎はない」と親からも学校でも習ったけれど、進学や就職が近づくにつれて、子供の夢や志望を全否定することを散々言われたことを思い出す。当時は大人は汚いと思ったけれど、世界中が能力主義に向かう過渡期だったのですね。究極の幸福は金持ちになることという考え方が全人類を不幸にしてるのです。そして「やればできる」とか「あなたには無限の可能性がある」とかいう言葉も同様に間違ってるのです。
こういう話は社会の常識を打ち破る話なので簡単なことではない。サンデル教授は一人ひとりが神か偶然か運命がなかったら自分もああなっていた、と考える謙虚さが社会の絆を生み、怨みや憎しみのない社会をつくる、と締めくくります。映画「知らないカノジョ」で中島健人が思い知らされるのと似たような謙虚さですね。あれを2人の間だけでなく全人類に対して抱く必要があるんですね。
とはいえ、どういう仕組みを作っても平等にはならないでしょう。平等かどうかではなく、一人でも多くの人が総じて言えば幸せと感じる社会になってほしいものです。
著者プロフィール
マイケル・サンデルの作品
