『百年の孤独』を代わりに読む (ハヤカワ文庫NF)

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  • 早川書房 (2024年7月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (360ページ) / ISBN・EAN: 9784150506100

作品紹介・あらすじ

ガルシア=マルケス『百年の孤独』を読者の代わりに読む「私」。ところがすぐに脱線し始めて……話題を呼んだ自主制作本を文庫化

感想・レビュー・書評

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  • 「百年の孤独」を読んだ後だったので
    なんだか楽しく読めた
    「百年の孤独」
    がなんだか愛おしく思えてきた
    もう一度読んでみたい
    いや、何度でも読んでみたくなった

  • すごく面白い試みだと思う。「百年の孤独」読むにあたって、この本を携えて、一章ずつ交互に読んだ。
    各章の最後に、
    「先が気になる人はぜひ本屋さんへ走ってください」と書かれているのも好感が持てた。

    で、結果から言うと、「百年の孤独」が面白くなりすぎて、この本は途中から必要無くなった笑
    友田さんの世界観は、ガルシア・マルケスとはスケールが違いすぎて、同時には読めなくなってしまった。
    せっかくの試みなのに、腐してしまうようで申し訳ないのだが。日本のサブカルチャーの連想ゲームとマジックリアリズムの同時並行は無理でありました…。しかも、友田さんの嗜好は男性的なサブカルの世界なので、(最初の方はそうでもなかったので、女性かと思っていた)私の嗜好とは少しずれていたかも。

  • 『百年の孤独』を代わりに読む | 代わりに読む人
    https://www.kawariniyomuhito.com/kawariniyomu/

    『百年の孤独』を代わりに読む | 種類,ハヤカワ文庫NF | ハヤカワ・オンライン
    https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000015873/

  • 代りに読むということには成功しているゆおには思えなかったが(本を読むというのは私・個人的なことなので土台無理ではないのか)、以前に(今回は少し前に)読んだ本を思い出させてくれることにはなった。文化化された『族長の空』も読みたいと思わせてくれました。

  • 題名通り、著者が『『百年の孤独』を代わりに読む』ことに挑んでくれるのですが。ひたすらに脱線。脱線につぐ脱線に翻弄されます。
    著者の私、なのか、脱線話の中の私、なのか、マコンドの私、なのか、半分寝ぼけながら読んだら悪夢でもみそうなくらい脱線に振り回されます。
    それでもって、本体の『百年の孤独』自体の登場人物が、せめてマコンド相関図もしくは家系図がペロペロっとした付録でついていたならまだ……というくらい同じ名前だらけで混乱します。

    そして代わりに読んでもらえたか、といえば……

    今作を読んでしまって、ああもういいや。になるか、ちょいちょいちょい!で結局なんなのさ?!オリジナルを読まなきゃスッキリしない!!!になるかは、やはり各人次第。悩ましい…。



    こんなものがあるみたい。
    携えてオリジナルに挑戦しようか。

    新潮文庫
    ガブリエル・ガルシア=マルケス
    『百年の孤独』
    読み解き支援キット
    池澤夏樹制作
    https://www.shinchosha.co.jp/special/205212/

  • 「代わりに読む」とはどういうことなのか?って言われても「知らんがな」でしかないのだが、著者としては読みながら心に浮かんだ様々な連想をそのまま写し取ることで「読んだ」経験を移植できないか、ということらしい。連想としてでてくるのは往年のドラマや映画、個人的な経験であり、そもそもその経験すら共有できるはずもなく、「代わりに読む」試みの実現可能性がぐらついてくる。
    この間読んだばかりの『百年の孤独』だが、すでに記憶があやふやになっていることに気付かされた。それが発見と言えば発見であった。

  • マコンドの記憶が鮮やかなうちに。

    『百年の孤独』のストーリーを辿りながら、「誰かの代わりに本を読む」ということができるかどうかを模索する1冊。
    読者は『百年の孤独』を読む著者の頭の中で何が起こっているかを覗く形になります。
    『百年の孤独』を起点に、ドラマや映画、ドリフにドラクエ、Yahoo!知恵袋やミスドでの個人的な思い出…などなど著者の思考はあちらへこちらへ。
    そうしながらも著者は考え続けます。「代わりに読む」とはどういうことなのかを。

    著者が終始真面目にふざけている感じがおかしくて、くすくす笑いながら読みました。
    読書という個人的な行為を、本書のような切り口でとことん考えるのは新鮮でおもしろかったです。
    著者が辿り着いた結論は、あたりまえだと言ってしまえばそれまでだけど、長い時間をかけて「代わりに読む」ことと向き合った人がこの結論に達したということ自体が、やはり希望なのだと思いました。

  • 自分は百年の孤独の原作を読んでから本書を読んだ。今まで読んだことがないジャンルの本。
    本書は脱線しすぎてたまに文章の意味が分からず、展開が全く読めないが、それこそ、百年の孤独の原作を読んでいた時のはちゃめちゃな感じの追体験のような感じがした。これがマジックリアリズムか(違う?)各章ごとにざっくりとあらすじをまとめてくれているため、確かにこんなことあったなと読書を追体験できた。著者が前代未聞、誰も成し遂げてなかった「代わりに読む」という行為に戸惑いながらも脱線する様子は、こちらにも著者の困惑がよく伝わってきた。ニューヨークのガイドブックで京都を旅したことがあるか、の章ではたしかにニューヨークのガイドブックを片手に京都を旅すれば、ニューヨークに詳しい人が京都に旅行に来ている気分を追体験できるという言説を読んでなるほど?と思った。自分にはない視点だった。
    大阪関西万博には本書を百年の孤独の代わりに持っていき、ガルシア・マルケスのタイプライターの隣で頭に本書を載せて記念撮影した。思い出の本。

  • 百年の孤独を手に取ってみた。作者が言うには、自分でも矛盾が多いと感じている作品のようで。いざ、読んでみようとなると、誰が誰なのかとごっちゃごちゃ。家系図を見ながらも、同じ名前の人が居るもんですから、「もう、ダメだ…」ってなりました。おわつ。
    なので、この本のタイトルの用に代わりに読んでもらうことになりました。いろんな話に脱線しながらも、家系図を見ながら、なんとか読み終わることができましたね。
    いや、脱線しすぎーーーーー!!!
    ってなった時が何回も、、、でも、楽しめたので良かったですね。代わりに読んでもらってそんな頭を使わずに読めたので、ポケーッってしながら読みたい方にはお勧め。あ、あと寄り道したい人にもお勧め。
    とりあえず、疲れた。

  • 話題の『百年の孤独』。
    書店で手に取ってみたけど無理だな、と思った。
    けど、どんな内容なのか気になるから検索してたらこの「代わりに読む」に出会った。
    脱線が面白くてクスクス。でもこの脱線のネタは世代によって通じないんじゃ?でも面白さは伝わるか、とも思ったり。
    登場人物の名前が同じのばっかりでやっぱり無理。
    代わりに読んでくれてありがとう。読破した気分になれた(笑)。

  • 友田さんが「百年の孤独」を読みつつ脱線しつつ代わりに読んでくれる話。きっと百年の孤独、読めなさそうやからこれでふんわりと読めた感得られて良かった。脱線の内容の方が残ってるから百年の孤独読むの難易度高そうでしかない。だってまず名前で躓きそう

  • 文庫版「百年の孤独」とセットで買ったものの、やっぱり最初は自分ひとりの力で読みたいと思い、「百年の孤独」読了後にこちらを読みはじめた。

    「代わりに読む」とは何なのか、書きながら著者は考えていく。
    同時に「百年の孤独」のシーンについてツッコミを入れつつ、そういえば……という感じで昔見たドラマや映画などの話にそれて、ときにはそれらのエピソードと「百年の孤独」の物語が併走していく。

    著者と年齢的には近いけど、ドラマや映画などを熱心に観てこなかった私は、その部分についてはよくわからなかった。
    わかる人ならもっと楽しめると思う。

    「百年の孤独」を読了後にこちらを読んだせいもあり、代わりに読んでもらった!とは思えなかったけど、一緒に読み進めている感覚はあった。

    それはそれで面白かったし、評論や解説本の一方通行な受け取り方とは違って、「友だちと同じ本を読みながらゆるく雑談してる」みたいな、双方向な感覚があった(実際にはもちろん一方通行だけど、あくまでも感覚的に)。

    真面目な評論や解説本、謎解き本もいいけど、この本のように気楽に読めて楽しめる併走本が古典などの読みにくい作品の隣にあったら、もっと読書のハードルが下がると思う。

  • 『百年の孤独』とともに挫折

  • 「百年の孤独」は、もう読んでしまっているのだけど、代わりに読むとはどのようなことなのかと思い、代わりに読んでもらおうと思って、代わりに読むを読みました。代わりに読んでもらうという体験を本当にしたのかはよくわからなかったけれど、ほかの人はどんな読み方をしているのかを知って大変面白かった。小説を読んでると、読み進めるうちに、そういえばあの映画で似たような話があったよな、とか、この人はまだ生きていたのか、とか、この話は実際にあったことなのかな、とか、この言葉の意味はどういうこと、とか、引っかかって脱線して、考え込んだり、グーグルさんに教えてもらったりして、そうこうしているうちに話の筋がわからなくなって、前に戻らざるをえなくなって、戻ったはいいが余計にわからなくなったりしながら読んでいるけど、同じだよね。読み終えるまでの過程が面白い。小泉今日子のドラマ、ミスドの闘いなど作者自身によるエピソードが面白かったな。読後に、この本をきっかけに出版社を立ち上げ雑誌を創刊していることを知り、少し注目してます。

  • 2024/7/7読了。
    これはある種の冗談として書かれたエッセイなので、この本を読んで『百年の孤独』を読んだ気になってはいけない。「代わりに読む」という何の役にも立たないことを大真面目に追究した結果、何の役に立つかは分からないが、初めから役に立つと分かっていることなどよりも遥かに役に立つポテンシャルを秘めた概念に到達した知的冗談本だ。類書は一冊ぐらいしか思いつかない。ノリが合わなければ、あるいは脱線先として度々引かれるコンテンツ群についての世代的なコンテキストを共有していなければ、「面白くない」「何が書かれているのか分からない」になる本だと思った。これはこの本の著者が書いたエッセイだ。

    2024/9/8再読了。
    本書を読んで、これで『百年の孤独』を読んだつもりになってはいけないと思い、実際にマルケスの『百年の孤独』を読んでみた。麻薬的な魅力を持つ文章に引かれて立て続けに二度も通読した。
    その上で、本書も再読してみたのである。果たして本書において、少なくとも僕に関して、著者は『百年の孤独』を代わりに読んでくれていたのかどうかを確かめたくて。
    「けっこう代わりに読んでくれてたじゃん」「ぜんぜん代わりに読んでくれてなかったじゃん」という相反する感想を同時に抱く結果となった。これは、本書を読んだ上で読んでみたマルケスの『百年の孤独』の読後感が、本書を読んで思い描いた通りの本でもあり、まったく予期に反する本でもあった、ということでもある。
    しかし、僕はマルケスの『百年の孤独』を感覚的には二回半ぐらい読んだように感じているのだ。つまり〇・五回分は本書を読むことによって予め得られていた読後感ということになる。あるいは僕自身が『百年の孤独』を読んでいる間、本書の著者が掘り起こしたコンテキストを無意識にうっすらと感じていたためにブーストされた〇・五回分とも言えるかもしれない。
    「半分くらいは代わりに読んでくれていた」という評価にしておこう。「半分くらいしか代わりには読んでもらえなかった」と言ってもいい。だから本書の著者が僕の代わりに読んでくれていたとしても、僕が自分で読まなくてもいいというわけではなかった、ということになる。これは本書の著者が望んだ結果と言えるのではないだろうか。

  • あの読むのが大変で有名な「百年の孤独」を代わりに読んでくれるなんて、ラッキーと思いきや、話は脱線に脱線を繰り返し、何なら百年の孤独と著者の思い出が混ざり合い、でももしかして百年の孤独って実際に読んだらこんな気分になるんじゃないか、「『百年の孤独』と同様の効果があります」なんじゃないか、と期待しかけていたら著者が「『代わりに読む』とは…???」と言い出して、うんまあ無理なんですけどね…?という気持ちになる、そんな本でした。

  • 「百年の孤独」を買うかわりに
    こちらを先に購入した。これで
    原作が気になるけど、どうするか
    本作品を読みながら考えたい

  • 百年の孤独を先に、読んだけど破天荒な内容で、今一つ理解できなかったところで、この本を見つけました。なんとなくわかったような気分になったので、もう一回挑戦してみます。

  • 待望の文庫化が話題になった『百年の孤独』。
    この世界的名著を『代わりに読む』という奇書。
    しかし、著者にそれを動機付けた『百年の孤独』は、それ以上の奇書カモしれないと読後思うなど。
    (勿論、底本は未だ未読です)

  • noteに書いていたエッセイをまとめた本。

    百年の孤独のあらすじを書きつつ、それから連想される他の映画やドラマや漫画などに触れ、自分のリアルの生活も並行して書き、「代わりに読む」とは何か?考えた本。
    最終的な結論は「代わりに読むことはできない」という事なんだけれども、それは試みが失敗したってことではなく、やはりそれぞれがそれぞれの本を読まなくてはいけないということ、この名作は誰かが読んだから自分は読まなくていいとはならないということ、自分がこの本を読む時間をとってもいいのだということ
    これが希望でなくてなんなのだ?

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著者プロフィール

作家・編集者。ナンセンスな問いを立て日常や文学に可笑しさを見つける文章を書く。出版社・ 代わりに読む人代表。京都市出身、博士(理学)。2018年に刊行した自主制作書籍『『百年の孤独』を代わりに読む』をたずさえて、全国を行商し、本屋さんへ営業したのをきっかけに、ひとり出版社・代わりに読む人を立ち上げる。自著『パリの ガイドブックで東京の町を闊歩する1・2』のほか、『うろん紀行』(わかしょ文庫 著)、『アドルムコ会全史』(佐川恭一 著)、文芸雑誌『代わりに読む人』を編集・刊行。 著書に『ナンセンスな問い』(エイチアンドエスカンパニー 刊)、『ふたりのアフタースクール ZINEを作って届けて、楽しく巻き込む』(共著・太田靖久、双子のライオン堂 刊)。敬愛する作家は、ガルシア=マルケス、後藤明生。

「2024年 『先人は遅れてくる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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