リトル・シスター (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-13)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (454ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150704636

感想・レビュー・書評

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  • カンサスから来た田舎娘、オーファメイから失踪した兄を探してほしいと依頼された私立探偵のフィリップ・マーロウ。
    マーロウは彼女の言動のちくはぐさに興味を抱き、彼女の差し出した虎の子の20ドルで特別に依頼を受ける。
    ところが、事件は見かけほど単純ではなかった。
    兄が住んでいたアパートを訪ねるが部屋にいたのは別人で、さらに管理人は首をアイスピックで刺されて殺されていた。
    あるホテルに呼び出されたマーロウはそこでサングラスで顔を隠した女に襲撃され、彼を呼び出したチンピラの男がまたもやアイスピックで殺されていたのだ。
    マーロウの行く先々に死体が転がり、事件はすべてハリウッドの映画界との繋がりが…。
    金と愛欲にまみれた映画の都を舞台に孤軍奮闘するマーロウの活躍を描いた1949年発表のシリーズ第五作目。
    清水俊二訳で長年親しまれた「かわいい女」を村上春樹がタイトルも新たに新訳。


    いやぁ~、実に四半世紀ぶりにチャンドラー熱がぶりかえした。
    それもこれも村上春樹の魅力的な新訳のおかげだ。
    それにしてもチャンドラーが紡ぐ文章の味わい深さとその抗えない吸引力はほとんど麻薬のよう。
    一度その魅力にハマると
    次から次へと際限なくその味わいを欲してしまう。

    チャンドラーの長編は冒頭の書き出しとラストの締め方が
    どの作品も秀逸なのだけど、本作も然り。
    なけなしの20ドルで兄を救って欲しいと
    「リトル・シスター」であるオーファメイという若い女性の切実な依頼に
    報酬を問題とせず引き受ける
    気概あるマーロウが実にカッコいい。
    (手塚治虫の「ブラックジャック」の原型はもしやフィリップ・マーロウなのかも笑)

    一旦小説家を辞め、ハリウッドでシナリオ作家に転身した経験をフィードバックして書かれた本作は
    以前の作品と比べ映画的なカメラ視点が効果的に取り入れられ、
    映画の都、ハリウッドを舞台にしたショウ・ビジネスの裏側を硬質な文体で暴いていく。

    依頼を受け、早速調査を開始するマーロウだったが、たった二日の間に
    ホテルで謎の女に銃を突き付けられ、死体を発見し、
    麻薬入りの煙草を吸わされ、死体にアイスピックで殺されかけ、
    女優に強請られ、依頼人に罵声を浴びせられ、警察に尋問をかけられ疲労困憊する。

    それにしても本作はチャンドラー自らが失敗作だと語るように
    正直何度読んでもストーリーが分かりずらい(笑)
    複雑に入り組むプロットに惑わされ、読み終えた今も犯人や動機の点でいまいち腑に落ちない。
    原文に忠実でいて現代の日本語にスマートに翻訳することに定評のある村上春樹の腕をもってしても、そこは改善されていなかった。

    普通の探偵小説やミステリーは
    本筋の事件が最初から設定されていて、それを探偵役が紐解いていく構造だ。
    しかしチャンドラーの小説はもともと
    本筋の事件など最初から設定されていないのである。
    最初にマーロウが係わり合う事件は殆どが横道の事件の連続であり、いくつかの派生的な事件に引きずられていくうちに、隠された真の事件にぶつかる。
    つまり本筋がどこにあるのか、一見して分からない構造こそがチャンドラーの小説のカラーであり、
    王道ミステリーに慣れた人にとっては読みにくさを感じる要因なのだと思う。

    しかし、村上春樹の解説にもあるように、
    だからといって本作が読むに値しない駄作だとは僕には思えない。

    何度となくレビューで書いてきたように
    チャンドラーの小説の魅力は 
    プロットよりも豊潤な文体にあり、
    生き生きとした個性豊かな登場人物たちと主人公マーロウとの会話文や
    シニカルなマーロウの一人語りにこそあるのだ。

    本作で言えば、田舎娘オーファメイのミステリアスで掴みどころのなさが
    旧タイトルである「かわいい女」に繋がったのは間違いないし、
    (実際マーロウが世話を焼きたくなるほど、放ってはおけない妹的魅力を撒き散らしてるし、実は裏のある人物なのにどこかチャーミングに思えてしまう不思議な魅力を放っている)

    下層階級から栄光を夢見てハリウッドを這い上がってきた
    メイヴィス・ウェルドとドロレス・ゴンザレスの二人の女優たちの哀切さと
    罪は罪として憎みながらも
    どこかで彼女たちにシンパシーを覚え、赦す姿勢を見せるマーロウの葛藤こそが、本作の読みどころだろう。
    (そう、いつもいつも金にならない仕事を引き受け、信じた女性に裏切られ続ける哀れなマーロウ…)


    最後に、
    本作には映画の街、ロサンジェルスの光と影が
    チャンドラーの他の作品よりも色濃く感じる。
    無計画な都市開発のため悪徳と荒廃が進行する新興都市ロサンジェルスを
    『何でもあるが、ことごとく下らない』と、
    ことあるごとに皮肉めいた口調でこき下ろしてきたマーロウだが、
    その言葉の裏には必ず
    慣れ親しんだロサンジェルスやカリフォルニアへの愛や未練があり、
    愛憎半ばする心情が溶け込んでいるのが分かる。

    『私は夜の空気の中に足を踏み出した。今のところまだ誰も、夜の空気を商品登録するところまでは至っていない。しかしおそらく多数の人間が試みているはずだ。そのうちになんらかの方策を見出すことだろう』

    という何気ない描写にも
    「我が街」ロサンジェルスの夜の空気だけは
    誰にも変えられたくないというマーロウの複雑な心情が垣間見えて切なくなる。

    ということで村上春樹のマーロウシリーズの長編、新訳版も
    あと残り二冊。
    次は最もミステリー色の濃い「湖中の女」かな。


    ちなみに1969年に製作された映画版『かわいい女 Marlowe』では、
    スティールグレーブが差し向けた殺し屋役で
    まだブレイク前の若きブルース・リーがちょこっと出演していて、
    事件から手を引けとマーロウの事務所を容赦なく破壊しまくる(笑)。
    時間は短いもののかなりインパクトのあるシーンなので
    興味のある人は小説と併せてどうぞ。
    (マーロウに扮するはジェームズ・ガーナー)


    ★あの怪鳥音もハイキックも見応えあります!
    『かわいい女 Marlowe』ブルース・リー出演シーン↓
    https://www.youtube.com/watch?v=xeWwMLH654Q&feature=youtube_gdata_player

    • kwosaさん
      円軌道の外さん

      お元気ですか。久しぶりにコメントしてみました。またお話ができると嬉しいです。
      円軌道の外さん

      お元気ですか。久しぶりにコメントしてみました。またお話ができると嬉しいです。
      2017/02/05
  • 普通なら一行にも満たないような何気ない一場面が、ここまで(くどい程に)表現できるのか、というくらい描かれていて、それが優雅に流れるように読めるのは、著者の力に村上春樹の翻訳の力があるからでしょうか。 内容的にすぱっとした明瞭さが無いのだけど、急がず、ゆっくり味わうミステリーとして堪能しました。女性陣も皆、我が儘なのにそこがとても魅力的です。

  • 兄を探して欲しいという女の言動に「あれ?」と思ったマーロウ。結果として、それは正しかった訳だが。
    絡んで複雑になっていく話に、どんどんのめり込んでいった。プロットが素晴らしいなこれは。シリーズで一番ミステリ色が強かったのは、水底の女だと思うが、これは女たちの心情が一番素晴らしかったと思う。

    ここで漸く気付いたのだが…シリーズを通して、どんな形にせよ、女の愛がどの作品にも色濃く漂っていて、それが事件に大きな関わりを持っているのが、とても面白い。殺してしまえば、永遠に自分のものになるとか、愛した男でも自分の過去を知っていれば、口封じに殺してしまうとか、愛とは…

    そして、美しいと思える表現の数々。私が、所謂"村上主義者"だと言うことを差し引いても、読む価値はあると思う。

  • チャンドラー長編も4作目。これまた話が複雑だし、人間関係が込み入っていてわからない。ただやっぱり情景描写は細かいし、刑事との会話とか、俺は38歳にもなってなんでこんなことしてんだ、みたいな思わず心情を吐露するとこなんて、マーロウの人間性を余すところとなく伝わる。どんなピンチにおいても気の利いたジョーク(へらず口?)が飛び出すタフなマーロウ、最高です。

  • マーロウ節が終始堪能でき、読み終わったあとしばらく言動がタフになりがち。

  • ほのめかしと洒落た言い回しで進んでいく上にこの本はプロットが特別複雑で、読み終わっても事件の内容は全然掴めてないんだけど、チャンドラーはいつも魅力的なんだよなぁ。
    途中にはオーファメイ・クエスト=実はお姉さんで、化けてるんじゃないかと疑いました(笑)

  •  解説で春樹が書いているとおり、話のつじつまが合わなかったり、分かりづらかったりするけれど、マーロウ節はいつものとおり。皮肉とか、人をちゃかしたおしゃべりは読んでいて楽しい。(笑 性格悪い人みたい…)
     でも、おはなしはなんとなく地味なかんじだったかな?

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「なんとなく地味なかんじ」
      雰囲気を楽しんで気分に浸ってください。

      それから話し変って、早く「大いなる眠り」文庫にならないかなぁ~(単行本...
      「なんとなく地味なかんじ」
      雰囲気を楽しんで気分に浸ってください。

      それから話し変って、早く「大いなる眠り」文庫にならないかなぁ~(単行本は2012.12.7発売予定です)
      2012/11/30
    • ᑦᑋªᐢLeaさん
      例えば、ただただ日常のことをつらつら綴るような一見「地味なおはなし」もスキなのですが、フィリップ・マーロウには、それは求めなかった〜(>_<...
      例えば、ただただ日常のことをつらつら綴るような一見「地味なおはなし」もスキなのですが、フィリップ・マーロウには、それは求めなかった〜(>_<)という感想でした。

      「大いなる眠り」、楽しみですね。文庫化待ち遠しい〜☆
      2012/12/05
  • オーファメイが兄を思う気持ち、20ドル分をマーロウに託す・・例の様にもっさりと引き受けた感じで始まるドラマ。
    簡単なようで、のっけからの走り出しがとてつもない。
    あれよあれよという間に謎めく女やら、死体やら、ヤク入りの煙草やら。。。
    何れにもアイスピックが。

    原題「かわいい女」を「リトルシスター」としたハルキ氏の想いが何となく伝わった・・後書きでの解説がないとちょっとプロットの細かな点の疑問が理解し辛く、結構読了まで時間がかかった。
    田舎でのパッとしない、それでいて向こうっ気の強いオーファメイ(後半で判明していく複雑なクエスト家の構成)兄オリンとオーファメイの間に存するリーラの立ち位置が見えて、何となくストンといった。

    執筆は第二次大戦終結後すぐ、食うためにハリウッドでの下積みを必死に生きるメイヴィスとドロレス。
    日本で言えば小股の切れ上がった姐さんに様な感じだろうけど・・やっぱりマーロウは温かい視線。
    動きや気持ちが1行で済むところを、どうかするとくだくだしいまでの表現があちこちにあり、うっかりうとうとすると、読み手が置いて行かれる感じがあちこちに。

    そこをハルキ氏が更なる巧みな言葉の駆使でよどみない流れに変えていく・・絶品です。

    最初から最後まで何となくけだるい感触が漂うなと思ったのは他の方のレヴューにもあって納得。
    いささか疲弊気味のチャンドラーに事情があったようで・・また意を決し、ハリウッドの脚本に熱い気持ちで取り組んでいったのは頷ける。20世紀真ん中、ほどなくこの世を去ることになった・・ロスを斜めに見た感じの作品だった。

  • 行方のわからない兄をさがしてほしいという妹からの依頼を受けた私立探偵のフィリップ・マーロウ。
    捜索を始めた途端にアイスピックで刺殺された遺体を発見してしまい、その後ホテルでも別の遺体と遭遇する。匿名で通報したマーロウは警察に目をつけられてしまう。

    どんどん増えていく死体。いつのまにか現れたハリウッド女優の姉。警察に絞られて落ち込み気味のマーロウ。
    ギャング、医師、女優たち、そしてクエスト兄妹の思惑が絡み合って、うまく説明できないほど複雑な状況のまま物語はおわる。

    -----------------------------------------------

    不意打ちで女に銃を突きつけられて、三秒で後ろを向いて首の後ろで手を組め、と言われたときも、
    「一分にしてもらえないかな。もう少し君を見ていたいんだ」とマーロウは言い放つ。
    どんなときでも冗談を言えるタフな私立探偵だけれど、警察からプレッシャーをかけられたときはさすがにまいっていたようだった。38歳だし、マーロウも寝不足はきつい。


    リーラ=メイヴィス・ウェルドってことが理解できなくて、途中物語についていけなくなりそうだった。
    けれど、訳者あとがきで村上春樹さんもそのあたりのプロットの甘さを指摘してるし、物語は大筋でわかればOKで、フィリップ・マーロウのかっこよさを味わうべきってことなんだと思う。タフでいるならそういう許容力も必要だろう。

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    一日20ドルでマーロウは依頼を受けるけど、当時の1ドルってどのくらいの価値だったんだろう。
    お金のレートが気になってしかたがない。(きっとお金のことを気にするようなやつはタフとはいえない)

  • 登場人物のつながりが最後までなかなかわからなかった。
    さらに、一気に読めなかったため、登場人物の名前が分からなくなり、最後の方はよくわからないまま読み終えてしまった。
    一気に読むか、何回か読まないと理解できないのがチャンドラーなのだろう。
    次はどうかな?

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著者プロフィール

Raymond Chandler
1888年シカゴ生まれの小説家・脚本家。
12歳で英国に渡り帰化。24歳で米国に戻る。作品は多彩なスラングが特徴の一つであるが、彼自身はアメリカン・イングリッシュを外国語のように学んだ、スラングなどを作品に使う場合慎重に吟味なければならなかった、と語っている。なお、米国籍に戻ったのは本作『ザ・ロング・グッドバイ』を発表した後のこと。
1933年にパルプ・マガジン『ブラック・マスク』に「脅迫者は撃たない」を寄稿して作家デビュー。1939年には長編『大いなる眠り』を発表し、私立探偵フィリップ・マーロウを生み出す。翌年には『さらば愛しき女よ』、1942年に『高い窓』、1943年に『湖中の女』、1949年に『かわいい女』、そして、1953年に『ザ・ロング・グッドバイ』を発表する。1958 年刊行の『プレイバック』を含め、長編は全て日本で翻訳されている。1959年、死去。

「2024年 『プレイバック』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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