- Amazon.co.jp ・本 (386ページ)
- / ISBN・EAN: 9784150704643
作品紹介・あらすじ
NHKドラマ化で話題の探偵フィリップ・マーロウ・シリーズの第一作がハヤカワ文庫に初登場! アメリカ「タイム」誌、仏「ル・モンド」紙の名著百冊に選出された傑作小説
感想・レビュー・書評
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私立探偵フィリップ・マーロウは、莫大な資産家であるスターンウッド将軍の娘が脅迫されている事件の依頼を受け、脅迫状の差出人で怪しい書店を経営するガイガーの家を訪ねる。
がマーロウが周囲を調べている間に、屋敷の中で三発の銃声が轟いた。銃声を聞いてマーロウが部屋に飛び込むと、そこはヌード写真の撮影現場で、ガイガーの死体と裸身で放心状態の将軍の末娘カーメンの姿が…。
孤高の騎士フィリップ・マーロウを主役にしたシリーズの第一作であり、
チャンドラーにとっても記念すべき長編第一作の村上春樹による新訳版。
アメリカ 『タイム』誌「百冊の最も優れた小説(1923~2005)」や仏「ル・モンド」紙「20世紀の名著百冊」にも選出。
いやぁ~、20数年ぶりに読み返したけど
村上春樹の新訳が妙に馴染んで新鮮な気持ちで最後まで読めた。
当時は1956年に出版された双葉十三郎の訳しかなく、
高校生の僕には言葉遣いや文章のあり方が古臭くて、殆ど頭に入ってこず、
傑作と名高いその魅力を十分に堪能できないのが本当に悔しく思っていた。
そんな経緯から、
村上春樹が「長いお別れ」を翻訳することになった時に
僕が一番に読んでみたいと思ったのが
このフィリップ・マーロウシリーズの第一作「大いなる眠り」だった。
それだけに読了後は感慨もひとしお。
陰鬱な雨の描写と哀しき悪女たち、人を殺めてしまったマーロウの心の揺れ、キザ一歩手前のロマンティックなラブシーン、お約束の(笑)殴られ痛めつけられるマーロウ、そして意外な真相とラストで分かるタイトルの意味など読みどころは沢山あるが、
個人的には冒頭スターンウッド家に初めて訪問するマーロウのくだりが粋で面白かった。
豪奢な扉にはめ込まれた、
騎士が縛られた女性を助けようとしているステンドグラスを見て
自分ならこうするとマーロウが心情を重ねるシーンは、
お節介でお人好しのマーロウが
これからやっかいな事件に巻き込まれていく暗示ととれて、思わずニヤリとしてしまった。
今回再読して一番に感じたのは、
村上春樹の指摘にもあるように
デビュー作とは思えないほど
すでにこの時点でチャンドラーの唯一無二の文体が完成されていたことだ。
マーロウの目と感覚を通して捉えられた一人称の語り。
絢爛たる比喩表現を駆使した詩的でストイックな文体。
腐敗したロサンジェルスを舞台に
社会批判を盛り込んだ深い文学性。
小気味いい会話の妙味と
主要キャラから脇役にいたるまで忘れがたく記憶に残る登場人物たち。
あふれるリリシズムと
散りばめられた宝石のような名言の数々。
酒とコーヒーとキャメルのタバコとチェスを愛し、
シニカルでいて、他人の気に障る冗談を好んで口にし、
どんなに痛めつけられても『痩せ我慢の美学』を貫き、警察や権力に屈しない、
孤高の騎士・ 私立探偵フィリップ・マーロウのキャラクター造形も
すでにこのデビュー作から1mmのブレもない。
(ただマーロウもまだこの時点では33歳の若僧なので、「長いお別れ」や「プレイバック」と比べるとヤンチャさが目立つところは御愛嬌)
チャンドラーの小説は犯人探しや本筋のストーリー展開以上に
キャラクターの魅力と会話や文体を味わうためのものなので(笑)、
ミステリーとしての驚きを期待して読むと弱さは否めない。
(コナン・ドイルやアガサ・クリスティーやダシール・ハメットと比べると物語の筋立てやプロットが弱いという弱点がある)
中でもこのデビュー作は
シリーズ中、もっともストーリーが二転三転し、実にややこしい。
なのでチャンドラー入門編にはオススメしないけれど、
「ロング・グッバイ」「さよなら、愛しい人」「リトル・シスター」と翻訳を続け、チャンドラーの文体が染み込み
同化してきた感のある村上春樹の魅力的な文章により、
紆余曲折を経て真実にたどり着くマーロウの姿は鮮烈に胸を打つし、
小説家としてのチャンドラーの魅力は充分過ぎるほど伝わる傑作だということをあらためて知らしめてくれた。
(チャンドラーの村上訳を読むと、いかに村上春樹がチャンドラーの文体に影響を受けているかが如実に分かるのも面白い)
それにしても今作が後のハードボイルド小説に与えた影響は計り知れないし、
ハードボイルドに限らず幾多の作家がチャンドラーのスタイルを模倣してきた。
村上春樹の初期の作品も本人が公言するようにチャンドラーの影響を受け、ハードボイルド小説の構造をとってきたのは周知の事実だ。
僕のようにかなり昔にチャンドラーにハマり、久々に読み返してみたいと思った人にも、
村上春樹の作品のカラーが好きな人にも、
いろいろと新しい発見に出会える意義のある新訳シリーズだと思う。
(毎作ごとに巻末に書かれたチャンドラー愛溢れる村上春樹の解説がまた素晴らしい!)
なお余談だが、名匠ハワード・ホークス監督が映画化し、
「マルタの鷹」でサム・スペードを演じたハンフリー・ボガートが、今度はフィリップ・マーロウに扮した
本作の映画版「三つ数えろ」も見応えある傑作!
(ボギーは確かにカッコいいが男っぽさが過ぎるし背が低いし、マーロウのイメージではないだろう。チャンドラー自身はケーリー・グラントがイメージに近いと言っていたらしいが…)
★ローレン・バコールが美しい!
映画『三つ数えろ the big sleep』予告編↓
https://www.youtube.com/watch?v=0uaNG3xd9gs&feature=youtube_gdata_player詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
私立探偵フィリップ・マーロウシリーズの第一作目。訳者村上春樹のあとがきにもあるとおり、シリーズ一作目にしては、こなれた文章であり完成度が高い作品である。それもそのはず。仏誌にて『二十世紀の名著百冊』にも選出されている。危険を顧みず強引に突破する主人公のフィリップ・マーロウにはいつもヒヤヒヤさせられるが、その無謀さこそが彼の魅力の一つである。また、どんなに命の危険が迫っていても、臆することなく冗談をかますユーモアな一面が何より見どころであろう。
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群れない、媚びない、欲得で動かない。そんなフィリップ・マーロウに、惚れてまうやろ!な私です。真剣の刃の上を渡るような応酬! ミステリとしてロジックが??なところがあるけれど、気にしない!
スターンウッド将軍は、何をマーロウに守ってほしかったのでしょう。悲しい人です。 -
名誉をも守るための工作
権力のある人物は自分の「名誉」を護るため、自分ではなくある組織を頼り実行させる。その実行とは本人には危害が全く及ぼされない「法に触れるやり方を選ぶ」となる。現実政治家等に見られる起訴事件などは多くがこの種の行動であり、最後は「一才無関係」と交わす手だ。 -
昔読んだはずだけど、ほとんど筋を覚えていない。
マーロウ以外の登場人物も。
今回あらためて読んで、それも無理はないと思った。
謎らしい謎もなく、マーロウ以外の人物も魅力に乏しい。魅力的なのは探偵だけ。
それでも、その文体と独特なナラティブは驚嘆に値すると思う。チャンドラーは、本当にユニークな作家だとあらためて思った。 -
フィリップ・マーロウは、
他の男の人がみんなダメに見えてくるほど、完璧である笑。
優しい
女になびかない
女にいくときは自分からいく
女の魅力を分からない冷血漢ではなく、
意思でそうしている
自由を愛していて
孤独で
曲がらないし
自分の弱さを知っている
生きることに妥協していない
おいおい。
男に生まれてたら、こんな風になりたかったぜ、俺はよ。
ともかく完璧である。
レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウのシリーズを読むときは、マーロウに会いたいときだ。
マーロウに会いたくて、本を開く。
筋がどうとか、それももちろん大事だけど、
一番はこの男に会うために読んでるんだ。
というわけで、店頭で久々に知らないシリーズに出会って、久しぶりに会いたくなったので読みました。
またいつものマーロウに会えた。
にしても、
アメリカ人の器のでかさは、
どの状況までアメリカンジョークで対応できるかが
ものさしなんじゃないかと思う。 -
チャンドラー作品を読むのは四作目。本作が長編一作目らしい。マーロウの荒っぽい行動と冷静な分析力は相変わらず。村上氏もあとがきに書いていたが、細かい整合が取れているかは考えず、マーロウの動きに身をゆだねて読むくらいが一番楽しく読めると思う。
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『落書きのある壁の陰になった角には、青白いゴムの避妊リングが落ちていた。それを片付けるものもいない。実に心温まるビルディングだ』
チャンドラーを読んでいたのは二十代。三十年程前のこと。シニカルな言い回しに惹かれていた。あの頃はミステリーマガジンも読んでいた。もっともエンゲル係数の高い生活をしていたので日比谷図書館には随分と世話になった。
シニカルには二通りある。何に対しても否定的な態度で返すやり方。これは誰にでも真似ができる。思春期の子供にでも。もう一つは思っていることと反対のこというやり方。これは比喩が冴えていなければ芯を捉えることは出来ない。往々にして言った方にも言葉の持つ力の反作用で負荷が掛かる。目の周りの青黒い痣と冴えた頭が無ければ決まらない。「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」。
チャンドラーの言い回しはどれも冴えている。しかしそれが活きるのは都市という背景の中だけ。それも決して表通りではない。ブリキのゴミ箱が転がる薄暗い裏通り、雨が降っていれば尚よい。そこでずぶ濡れとなって頼まれ仕事をこなす。マーロウに魅せられはするが、そんな風に「撃たれる覚悟」は自分にはない。それが妙に苦しくてミステリーから遠ざかっていった。今、再び手に取るのは村上春樹の翻訳だからということもある。だがそれ以上に人生の、少なくとも宮仕えの終わりを意識するようになったことと関係しているのだろう。
シャーロック・ホームズに本格的な推理がないように、フィリップ・マーロウにあるのも二転三転する推理の面白さではない。両者に共通するのは、ひょっとすると日本人が遠山左衛門尉に、あるいは水戸黄門に感じる爽快感と似たものだ。ジェームズ・ティプトリー・ジュニア(と言っても男性ではない)ではないけれど、それがマーロウの「たった一つの冴えたやりかた」であるから人は惹かれるのだ。何故なら皆解っているから。「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」、と。 -
名著!