時の娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫 51-1)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (290ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150727017

感想・レビュー・書評

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  • 犯罪が絡むわけでもなく、日常の中に不可思議なことが起こったわけでもない。それでも時に人は無や常識から疑問を見いだし、謎を設定し、そして真実を見つけようとする。研究なんかもそうですが、こうやって謎や疑問を自ら定め、そして自分の興味を第一の理由にそれに挑むのが、ある意味最も純粋な謎解きではないか、と思います。

    そんな謎解きに挑むのが、足を骨折し病院で暇を持て余すグラント警部。警部はふとしたきっかけから、歴史上では悪人と名高いリチャード三世に対し疑問を抱き、様々な文献をあたり、彼が本当に大悪人だったのか推理を始めます。

    推理の過程が非常に面白い! 史実に対し頼りになるのは、文献や当時の記録のみなのですが、グラント警部はその文献の記録の妥当性や公正性すらも考慮に入れます。例えば、その文献の著者は、当時の関係者なのかだとか、立場であるとか、伝聞のみで文章を書いたのではないか、だとか。

    こうやって考えてみると、グラント警部は探偵としても優秀なんですが、情報リテラシーの鏡でもあるよなあ。ネットはもちろん、マスコミや新聞だって100パーセント中立はあり得ないわけで、必ず編集する側の意思は入ります。それも考慮して、日々の情報を読み解くことが大事なのですが、グラント警部はぜひニュースの解説員にもなってほしい(笑)

    当時の歴史上の人物の行動と、その行動を取った意味と妥当性、そして利益。グラント警部はイメージに彩られた歴史の通説を排し、純粋にそうした観点のみで、歴史に思いを馳せ推理、考察していきます。この観点は非情に単純なのに、それだけで歴史の意味が変わってくるのは面白い!

    そして、この本で何より楽しいのは、グラント警部と、話の途中から警部に協力する研究生のブレントが新たな発見や、推理を純粋に楽しみ興奮しているのが、伝わってくることでもあります。

    上記したように、巻き込まれた・持ち込まれた謎ではなく、自ら謎を設定し、具体的な被害も無く、興味だけで推理を進めていく物語だから、より純粋に”謎”それ自体を楽しんでいる感覚が、伝わってくるような気がします。なのでリチャード三世もイギリス史も全く詳しくない自分も、彼らと同じように純粋な謎解きを楽しめたのだと思います。

    小説の中で様々な文献の名前が出てくるのだけど、これもそれぞれ面白そうで、これが架空の作品なのか、実際の作品なのかも気になるなあ。そして、そうした文献に対するグラント警部の辛辣な評価(レビュー)も、なかなか面白い。

    ニュースの解説員はさっき書いたけど、書評家にもなってほしい。でも流行小説に対する評価は手厳しいので、出版社からは煙たがられるかも(笑)

    本編とは関係ないのですが、ブレントを”むくむく仔羊ちゃん”とたとえてるのも印象的。どんな見た目だったんだろう。

  • 1951年に出版された歴史ミステリ。探偵小説評論家アンソニー・バウチャーはこの作品を年間第一位とし、さらに全探偵小説のベストの一つと激賞。江戸川乱歩氏も同感だそうです。

    『リチャード三世がロンドン塔の王子たちを殺害したのか?』

    安楽椅子探偵アラン・グラントとアメリカの歴史好き青年ブレント・キャラダインがその謎に挑みます。

    「(トニイパンディとボストン事件について)現場に居合わせた一人一人がみんな、この話は作り話だと知っていながら、しかもそれを否定していない。今となってはもうとり返しがつかん。この話は嘘だと知っている連中が黙って見ているあいだに、そのまったく嘘っぱちが伝説になるまでにふくれ上がってしまったんだ。」
    「そうですね。じつに面白い、じつに。歴史はこうして作られるんですね。」

    「真実は物語にはなく、家計簿にあり。本当の歴史は歴史として書かれたもののなかにはありません。衣装代の計算書のなかに、皇室内廷費のなかに、個人の手紙のなかに、財産目録のなかにあるんです。」

    この本の最初のほうに話題にのぼる「ルイ17世」は、2000年にDNA鑑定がなされ、2004年に解決しました。この小説の登場人物におしえてあげたいです。
    そして、2012年には「リチャード三世」の骨が見つかり、確認できました。
    >調査チームはリチャード3世の姉の子孫であるカナダ生まれの家具職人を探し出し、DNA鑑定を実施した。http://www.47news.jp/CN/201302/CN2013020401002216.html
    おそるべし、ミトコンドリアDNA。

  • 入院中の刑事グラントは、ふとしたことから一幅の肖像画を目にする。思慮深そうなその人物はしかし、悪名高きリチャード3世その人であった。

    な、なんだこれは・・・! 私の好みにどストライクの本ではないか・・・!!
    本編の1ページ目から心臓を鷲づかみにされてしまった。理知的で抑揚の効いた文章。それでいてウィットに富んだ、軽妙な語り口。主人公の警部が入院中とあって、舞台は病室から一歩も外に出ないのに、全く窮屈さを感じさせない展開。
    話の発端も素敵だ。肖像画だけを見て、これはいったいどういう人間だろうと想像する。主人公のグラント警部による、人間の顔談議も非常に説得力があって、人間の顔に対する興味をかき立てられ、面白い。
    そして、文献からの理論的かつ客観性に優れた推理。常識として世間に知れ渡ったことを、病室のベットの上で覆してしまうというワクワク感。
    何もかもが、私の好みにドンピシャである。こんなミステリーを待っていた!

    というわけで、非常に楽しませてもらった本であった。今年最後の締めくくりに、この本が読めて幸せ!
    ・・・しかし、題材が英国王室の歴史というだけあって、とにかく歴史上の人名が覚えられず、それには泣きそうであった。巻頭のほうに家系図は掲載させているものの、この家系図には載っていない人物も大勢出てきて、そのたびに「この人は誰だったっけ?」と前のページを捲る羽目になった。
    また、私はリチャード3世についても全く予備知識がなく、お芝居にも疎遠なため、自分の知識が覆される快感を十二分に味わうことができなかったであろうことが、少々もったいない気がした。

    でも! それでもこの本が持つ魅力は、十二分に伝わってきたと思う!
    知的好奇心を満たす読み物として、ミステリーに私が求めるものが、理想的な形で体現したのがこの本だったのだ。
    一度読めばおしまい、なアトラクションのようなエンターテイメントではなく、何度でも繰り返し読みたい素敵なミステリーであった。
    とはいえ、次に読むときは、もっと英国王室の歴史について勉強しておいたほうがいいかもしれない(^^;)。

    • 抽斗さん
      >kumakuma10さん
      レビューを見て読んでくださったなんて、私もとても嬉しいです。こちらこそありがとうございます!
      はい、文章が素...
      >kumakuma10さん
      レビューを見て読んでくださったなんて、私もとても嬉しいです。こちらこそありがとうございます!
      はい、文章が素晴らしいですね。ただ謎を解くだけでなく、説得力のある考察がされていて、ぐいぐい引き付けられました。私も読み終わるのがさみしかったです。

      この度はこのようなご縁を、どうもありがとうございました(^^)。
      2012/07/22
  • ロンドン塔の王子たちを殺害したのは本当にリチャード三世なのか?ベッド探偵が真実に迫る歴史ミステリの傑作。

    シェイクスピアの戯曲では清々しいまでの極悪非道の人物として描かれていたリチャード三世。そのイメージが広く流布したまま時は流れ、本書が発表された20世紀半ばに至っても彼の悪名は依然として世間に轟いていた。退屈な入院生活中にふとその肖像画を目にすることになったグラント警部は、人間の顔分析についての職業上の経験と独自の見解から、「この人物は本当に悪人だったのか?」と疑問を抱く。退院までベッドで暇を持て余す警部は、歴史的人物の真相に迫るべく文献の調査と推理に乗り出していくのだった。

    英国の歴史とか、薔薇戦争とかおぼろげな知識すらないレベルだったけれど、直前にシェイクスピアの『リチャード三世』を読んでいたおかげですんなり入り込めた。あの悪王のイメージと、表紙にある神経質そうな彼の肖像画とは、確かにイメージが合わない。加えてグラント警部の鋭すぎる「人間の顔」分析が面白く、警部がこの肖像画とその人物伝とのギャップに抱く疑問に読者としても俄然興味がわき、冒頭から引き込まれた。

    焦点となるのはリチャード三世が殺害したとされるロンドン塔の二人の甥についての真相。文献と友人たちの調査から推理を重ね、次第に見えてくる、「歴史」とはまったく異なるリチャード三世の人物像に驚愕する。なぜ真実はゆがめられたのか?グラント警部は、とある人物の思惑につきあたる……。

    もし、リチャード三世がボズワースの戦いに勝利していれば、歴史と彼の評価はまったく異なるものになっていただろうという「歴史のIF」について分析するところも面白い。本作の中で一つの結論にたどり着くが、この点について調べると、リチャード三世を擁護する説そのものは古くからあり、現在でも評価は分かれるようだ。ただ本書の面白さは知的好奇心を刺激する歴史の謎を題材としながらも、推理を重ねる「ミステリー」の部分が主体であり、どちらの説を取るかということよりも、その過程にこそ魅力があるのだと思う。最初から最後まで興味が尽きない、引力のある傑作だった。

  • 斬新!安楽椅子探偵がまさか時代を遡って推理をするなんて。そして、回想や再現VTRではなくあくまで思考を書き連ねてるのに飽きさせない。正直歴史の知識不足も多々あるので、混乱することもあったけど、楽しめました

  • 史実は歴史書と違う場合がある
    史実を如何に読み解くか。歴史は勝者の物と言われるくらい勝者の史実として作っていることだ。イギリスの王位継承権での争いも「裏切り・利権・名誉」等において、次期王が前王に全ての悪名を被せ裏工作を淡々と成し遂げた「汚い」歴史だ。だが、この小説では史実を掘り下げだけではなく時代に登場する人物に「得する人間vs損する人間」を警察官の様に検視する目を持つ事だと感じた。

  • ミステリの名作だと思うが読了するのに苦労した。

    そもそもイギリスの歴史を知らなくて、名前が全然頭に入ってこない。複雑な王室の系図を結局最後までしっかりと理解できないまま読み終わった。本作を楽しむには、最低限のイギリスのこの時代の知識が必要かも知れない。

    歴史上の事実として認められているものを覆すエンタメは、それなりに数もあると思うが、学会において、その本を契機に定説が変わったことってあるのかな。

  • こんな本を今まで知らなかったなんて恥ずかしい。ミステリだからと思って敬遠しちゃってたのかな? ハヤカワ文庫だけど、私が借りたのは表紙が(よく見ると)ロンドン塔の絵のもの。
    ハヤカワ・ミステリに入ってるけど、そして実際ミステリの形式を取って刑事さんと助手が調査をしているけど、これは歴史書、あるいは歴史についてのある考察書なのだと思う。
    怪我療養中のアームチェアーどころかベッド探偵たる刑事のペダンティックさはちょっと鼻につくけど、彼らの発見はとても興味深かった――というか、興奮した。
    そうなのか、私もてっきりリチャード3世って悪い人だったんだと思ってた。強力な通説だし、何百年もそれで通ってきたから、実際覆すのは大変なことだけど、今年レスターで遺骨も発見されたかもしれないそうだし(DNA鑑定ではっきりするらしい)、もしかしたら一気に名誉回復のチャンスかも? そうなったら面白いんだけど。

  • さすがに歴史ミステリの名作といわれるだけあって、面白かった! ただ歴史ものなので、多少の前知識がないと分かりにくそうだった。予習としてシェイクスピアの「リチャード三世」を読んでいて良かった。
    調べたところ、タイトルの「時の娘」はフランシス・ベーコンの言葉「真理は時の娘であり、権威の娘ではない」に由来するようだ。真実は隠されていても時の経過によって明らかになり、権威によって明かされるものではない、という意味らしい。まさにぴったりのタイトル!

  • ミステリーの古典的な作品。負傷療養中のヤードの敏腕警部がベッド上で、リチャード3世の悪行と言われた数々を覆して行く、と言うもの。看護師や彼に代わり調べ事を請け負う青年など、リアル登場人物との会話も生き生きしていて、歴史上のモノ言わぬ人との対比も良かった。ロンドン塔で謀殺されたとされる金髪の美形の兄弟の話が有名なのでホッとした。肖像画見ながら読むのも楽しかった。

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著者プロフィール

Josephine Tey

「2006年 『列のなかの男 グラント警部最初の事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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