アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫 1)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (485ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151101014

作品紹介・あらすじ

32歳になっても幼児の知能しかないパン屋の店員チャーリイ・ゴードン。そんな彼に、夢のような話が舞いこんだ。大学の偉い先生が頭をよくしてくれるというのだ。この申し出にとびついた彼は、白ネズミのアルジャーノンを競争相手に、連日検査を受けることに。やがて手術により、チャーリイは天才に変貌したが…超知能を手に入れた青年の愛と憎しみ、喜びと孤独を通して人間の心の真実に迫り、全世界が涙した現代の聖書(バイブル)。

感想・レビュー・書評

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  • とても素敵な小説でしたが、エンターテイメント的な面白さとは違う枠にある小説だと思います。正直非常に読みにくいので万人にオススメするのは難しい気がしますが、それでも人を選んでオススメしたい、そんな風に思いました。
    この本は最初から最後まで主人公チャーリイ・ゴードンが書いた記録を読むような形式で進行していきます。
    はじめは知的障害があり文章を書くのすらままならない時期の記録、その次はとある手術後に周囲を圧倒する天才となった時期の記録、最後は手術の効果を失い再度知的障害と似た水準までIQが下がった時期の記録、となっており、1人の同じ人間が書いたとは到底思えない記録たちを読むこととなります。それぞれの時期の間もグラデーションで読むことができ、これを文章だけで表現できていることに少し恐怖すら感じました。
    読み終わるとなんだか悲しい虚しい気持ちを覚えつつも、どこかこの終わり方で良かったとも思う、不思議な気持ちになります。
    そして何より1番の驚きはこの本が翻訳本であることです。あとがきを読むとその背景が少し見えますが、並大抵のパワーではこの日本語版はできないのではないかなと思います。
    日本語で読めていることに感謝です。

  • 初めて読んだのは中学生の頃だったと思う。久しぶりに再読。改めて胸に訴えられる。

    精神遅滞の32歳青年チャーリイ・ゴードンが、脳手術を受け、急速に天才へと変貌するお話。

    難解な迷路を楽々クリアする天才ねずみアルジャーノンは彼に施されたのと同じ手術を受けており、彼の今後を予期させる運命共同体だ。

    チャーリイはその障害ゆえにそれまで無能と罵られ、理不尽な扱いを受けてきた。それでも他人を疑うことを知らず、彼を嘲笑う同僚たちさえも憎まない無垢で優しいチャーリイ。

    施術前60台だった彼のIQは180を超え、数十カ国語を操る天才となるのだが…

    頭が良くなるにつれ、怒りや疑うことを知るチャーリイ。雲の上の存在のように感じていた教授たちですら、もう彼に敵わない。チャーリイは次第に寛容さを失い、尊大になっていく…

    チャーリイの障害を受け止められず激しく拒絶する母親ローズや、障害を持つ兄を嫌う妹ノーマ。彼を嘲笑うパン屋のギンピイやジョウ・カープ。論文で名を上げることに躍起になるニーマー教授。

    彼らの言動には堪え難いものがあるが、私の中にも彼らと同じ部分がないとは言えない。古典的フェニルケトン尿症という病気が実在することも初めて知った。

    知能が高い人には憧れるが、IQが高い=素晴らしい人間という訳ではない。自分よりIQが低い人を見下し、人間として見ないニーマー教授が、天才になったチャーリイに屈辱を感じるシーン。天才になったのに幸せになれないチャーリイとアルジャーノン。

    丈夫な身体と優しい心があればいいなんて綺麗事だと思う。高い身体能力、見た目の美しさ、頭の良さ、才能。上を見ればきりがない。でも、そんなものがなくたって人間は人間だし、その全てを手にしても他者を思いやれないのならきっと愛されはしない。

    読み終えて改めてタイトルの美しさに気づく。

  • 悲しみを希望で割ったカクテルのような小説。

    なんて残酷な!
    でもね、チャーリイ。良い友達をたくさん作るんだろう。また前を向いて歩いて行くんだろう。
    これ以上、言葉では言い表すことができないよ。これは。

    「アルジャーノンに花束を」
    そんな名前のカクテルを飲んだ気がした。
    少しの間、私は酔っていた気がする。

    以下、ネタバレ有り。(備忘録)

    チャーリイの経過報告を通じて物語を読んでゆく。
    知的障がい者であるチャーリイは、とある実験における手術によって、急速に知能を得ることになった。彼は自分の進化に気づき、喜びの中に、これまで自分が置かれていた世界の暗さを見た。もう誰も彼を笑わない。高度な知能によって人が一生涯掛けて得る知識を超えるものをも手にしていた。それと同じくして周囲がチャーリイを恐れた。誰もがチャーリイを天才だと認めた。同時に実験材料のように見られていると感じた。沢山の思惑があったに違いない。

    実験には欠陥があった。科学は何を得たか。チャーリイは何を残したか。急速に後退を始める彼の知能に彼は狼狽し、神に祈った。

    読了。

  • Flowers for Algernon(1959年、米)。
    精神遅滞の青年が、最新治療で天才的な知能を手に入れる話。

    主人公の手記という形で一人称で書かれる物語は、ひらがなばかりの稚拙な文章で始まる。主人公の知能の発達に従い、次第に文章も洗練されていき、遂には天才ゆえの狂気すらにじませるようになる。子供のように純真だった主人公が、自分を取り巻く世界の事情を知るにつれて、傷つき自暴自棄になっていくさまが痛々しい。さらに終盤、治療効果の消退により、その悲劇性はピークに達する。

    …ここまででも十分にドラマティックな物語である。しかし、ここで物語が終わっていたなら、この小説は単なるSFとして扱われ、ここまで多くの人に愛される名作にはならなかっただろう。この作品の真価は、ここから先である。

    否認、怒り、抑うつ、自暴自棄…。長い苦悩の果てに、主人公は失われていく自己をありのままに見つめられるようになる。自分を捨てた母、名誉欲に走る医師、去っていった恋人。全ての事情を理解したうえで、それでも彼は世界を否定はしない。全てを見つめながら、最後には慈愛さえ込めて、「それでも、世界を見ることができてよかった」と言い残し、静かに舞台を降りてゆく。

    この物語が時代をこえて人々に愛される理由は、終盤のこの受容のプロセスにあると思う。何も知らぬままに無垢でいることはたやすい。よごれた世界に触れてなお、ピュアな心を失わなかった主人公だからこそ、私達は愛しく思い、祈りにも似た気分で本を閉じることができるのだろう。大人のための童話だと思う。

  • チャーリーの孤独、それは宇宙空間から地球を眺めるときに味わうようなものかもしれない。そう、宇宙空間に漂うなんてことは、だれも経験したことがない。チャーリーがひとりぼっちだということは、だれにも理解されないんだ。

    幼児の知能しかないチャーリーが、実験的手術で急激に高知能を得てから、急降下するように元に戻る様子、その絶望、恐怖、自暴自棄。その描写は凄まじく痛々しいほど伝わってくる。自分を捨てた母に会いにいくところは、もうこれ以上ないくらい切なかった。チャーリーが、自分の頭を良くしたいと人一倍願ったのは、母に愛されたいという願いからだったのだろう。チャーリーが求めていたのは知能ではなく、愛とか人間としての尊厳とか、そんなシンプルなものだったのに。

    脳と心は、メビウスの輪のようにねじれてつながる宇宙空間みたいで、
    いかなる人間もコントロールできずそこに漂うしかないのだなぁ。

    日々大切に生きよう。
    私もアルジャーノンを忘れないようにしよう。





  • 幼子ほどの知能しかない32才のチャーリイ。手術を経てチャーリイのIQは急激に上昇するが、同時に周りの反応も大きな変化を見せ、辛い現実が視界に入ってくる。チャーリイ自身が日々の出来事をつづる“経過報告書”でストーリーは進行する。

    最後の一行がこの本で伝えたかった全て、の意図が最後まで読んで分かり、納得した。
    虚栄や嘘で塗り固めず、素直に物事を捉え、純粋な心を持つことが人間の豊かさであること。IQの高さと人間性の豊かさ、IQの高さと幸福度の高さは全く別の次元であるということ。

    そしてどうしても翻訳者に触れたい。
    高まるIQに比例してその言語力も上がり、経過報告書はみるみるレベルの高いものへとなっていく。その変化の過程を見事に表現した翻訳者・小尾芙佐さんには頭が下がるばかり。チャーリイの知能レベルを文章で表したこの作品を日本語で表現することは、相当骨が折れる作業だったろうと思う。翻訳小説は普段は苦手ですが、苦労なくその世界に没頭できたのは翻訳者の手腕に助けられた部分も大きい。

    幸か不幸かを他人の尺度で測っていないか。自分の現状を素直に受け入れて、特に幸せな部分に満足して日々に向かっていこうと思えた。
    切なさは残るけれど、大切なことに気付かせてくれる作品。

  • 32歳の知的障害者チャーリーが最先端の治療を受けて天才になっていく話。

    以前のチャーリーは記憶力が悪く、文章を書くことも苦手であったが、治療後数週間で様々な学問や言語などを瞬時に理解できる知能を持つようになる。
    しかし急速な知能の上昇がチャーリーの精神面に影響を与えてしまい、彼は人を疑い批判するようになってしまう。

    ・チャーリーはどうすれば救われるのか
    ・知的障害者にとっての幸福とは何か
    ・知的障害者はどのようにして支えていけば良いか
    ・知的障害者を支える人達の心情

    これらのことについて考えさせられた。

  • 賢さに憧れている知的障がいを持つ主人公が手術を機に洗練された知性を持っていくが周囲の欺瞞に気がつき猜疑心を募らせ、術前の温かな人間関係を失っていく苦悩を描いた心理描写が素晴らしかった。

    人間らしい温かさや優しさを伴わない知識や地位、名誉とはなんだろう?
    将来自分が認知症を発症したら主人公チャーリイのような経過を辿るのだろうか?
    など色々考えさせられる作品だった。

  • 氷室京介のDEAR ALGERNONって歌を聞いて読んでみたくなった一冊。

    有名な話だって事は知っていたし、なんとなく内容も知ってたけど細かい内容は知らないから読んでみた。

    悲しいというか切ないというか・・そうゆう話だって事はわかるが

    ただ、物語の最初と最後が読みにくく、中間くらいは難しい言葉がでてきて、あと精神の状態を表す表現が幻想的な感じで主人公に感情移入できなかった。

    読むには早すぎたというか自分には合わなかった小説でした。

  •  知的障害をもつチャーリイ・ゴードンは、手術を受けることで天才へと変貌することに成功するが……

     まずすごいな、と思ったのが手術を受ける前の知的水準の低いチャーリイと、手術後の天才へと変貌したチャーリイの内面を見事に描き切っているということ。チャーリイの経過報告という手記形式で進められる本編は、手術前はひらがなだけで書かれていて、非常に読みにくいのですが、手術の結果が表れてくるに当たり、漢字を使うということはもちろんのこと、思考や概念すらも徐々に変わっていった、ということをしっかりと分かるようになっています。原文も素晴らしいのでしょうけど、翻訳も素晴らしい出来なんだろうなあ、と思います。

     そして天才となったチャーリイは徐々に以前では考えることのなかったこと、気づくはずのなかったことについて知ってしまいます。

     たとえば人間が本質的に持ってしまう、自分と異なるものを排斥しようとする思考、善意も悪意も持ち合わせる人の本質、そして自我……、読んでいくうちに自分がいつの間にかあまり考えなくなってしまったことについて思いを巡らせました。

     チャーリーがこうした考えを持つようになったのは、急速に脳が成長していくのに対し、精神面はそれに追い付かないため。一歩一歩成長していくことの大切さ、難しさというものを考えました。

     そして終盤はチャーリイは天才になってからの自分と手術を受ける前の自分についていやが応にも考えることになります。

     チャーリイの物語は悲運の男の話としても読むことができるようにも思えますが、個人的には初めて社会や自己の世界へ冒険に出かけた人間が、また自分の居場所に帰ってくる物語のように思えました。静かに閉じられるラストが、その冒険の終焉をこれ以上ないくらい表しているような気がしてなりません。現代の聖書(バイブル)と呼ばれるのも納得のいく物語でした。

    ネビュラ賞受賞作


     

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