日の名残り (ハヤカワepi文庫)

制作 : Kazuo Ishiguro  土屋 政雄 
  • 早川書房
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レビュー : 685
  • Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200038

感想・レビュー・書評

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  • 舞台は1956年のイギリス。
    主人公は大きなお邸の有能な執事として働いてきた初老のスティーブンスである。
    世は変わり、現在の主人はアメリカ人富豪だ。
    主人の好意で短い休暇をもらったスティーブンスは、かつてともに働いていたミセス・ベンを訪ねる旅に出る。人手の足りないお邸にもう一度勤めてはくれないかという淡い期待があってのことだったが、それはただの事務的な思いだけではなかった。
    車での旅の途中、スティーブンスはお邸の華やかなりし頃を思い出す。
    ミセス・ベンの住むコーンウォールへの旅は、彼の過去への旅でもあった。

    彼が長年仕えた英国貴族のダーリントン卿は、紳士の中の紳士だった。優れた名士に仕えることをスティーブンスは誇りに思ってきた。最高の執事に何より必要なのは「品格」だと信じ、その道を極めるために日々、勤めに励んでいた。
    けれどもダーリントン卿は、ナチスへの協力者として、戦後、批判にさらされ、失意のうちに世を去る。
    スティーブンスの一生とは、ある意味、まがい物に身を捧げたがために、身近にいた女性の好意に応えることもなく、ささやかな家庭的幸せも逃してしまった人生だったのだ。

    この物語は本質的に、身を捧げたものに裏切られる悲劇である。
    だがそれを、英国の美しい風景と、シニカルだがなお温かいジョークに包んだところに、イシグロの「優しさ」を見る。
    朴念仁のミスター・スティーブンスに、ミス・ケントン(あるいはミセス・ベン)が魅かれた理由は、案外、職業上の完璧さに滲む、「哀しいかわいらしさ」にあったのかもしれない。執事としての自分を崩すことはできない。けれども時折、人としての芯が覗くのだ。

    「品格」とは何か。作中でスティーブンス自身も論じているが、これはなかなか難しい。
    「信じたもの」に身を奉じること自体の崇高さ。それこそが「品格」であるのかもしれない。あるいはそれが虚像に過ぎなかったとしても。
    スティーブンスが追い求めた理想は、いささか「時代遅れ」であったのだろう。だが残光の中できらめくその輝きは忘れがたい印象を残す。

    イシグロはふわりと比喩で語る作家ではないかと思う。
    彼が書く「執事」的なるものは、実は多くの人が抱えるものなのではないか。理想に燃え、それに身を投じる。だがそれはどれほど確固たるものなのか。一度は信じたものに、ひとは時に裏切られる。輝かしいはずの理想のメッキは、時に剥げる。そうなったときに、ひとはどうするか。
    それでもなお保てる「品格」はそこにあるか。

    お邸の輝く日々は戻らない。自らの青春もまた戻らない。旅の終わりにスティーブンスは痛いほどそのことを知る。
    だが彼は執事であることをやめない。
    それどころか、新しい主人に沿うべく、「アメリカンジョーク」を学ぼうとするのだ。絶望的にセンスがないにも関わらず。
    その真摯さの哀しいおかしさ。それでいてはっとするような強さ。

    日の暮れ方、光が闇に呑まれる前のほんのひととき。それは作中人物が言うように、1日でいちばんの時間なのかもしれない。あまりに短い、あまりにはかないひととき。
    だがそのはかなさのゆえに、それは美しいのかもしれない

  • 5月の連休中の読書です。
    カズオ・イシグロが昨年ノーベル文学賞を受賞した時に買ったまま、本棚にしまっていたのを引っ張り出して。

    1950年代のイギリスを舞台に、年老いた執事・スティーブンスが成年期に過ごした日々を一人称で回想する本書。
    1930年代のイギリス、というのがピンとこなくて、ネットで世界史の年表にあたる。
    ふむふむ、世界恐慌を受けて各国が保護主義貿易を強める中、ファシスト政権が台頭し、第二次世界大戦に向けて緊張感が日に日に増していた頃、と。

    ちょうど本書を読み終わったばかりのタイミングで、公開されていた映画『ウィンストン・チャーチル:ヒトラーから世界を救った男』(原題はDarkest Hour)を観たのですが、比較できて面白かったです。
    『ウィンストン・チャーチル』は、政治を動かす中心にいる上流階級の、それに対し、本書は上流階級に仕える周辺の人間の、それぞれ対照的な目線でこの時代のイギリスの苦境を描いています。

    そして、このスティーブンス氏が、なんともツッコミどころ満載の人物で。
    決して悪人ではない、むしろ、職業意識の高い真面目な人物なのですが、どうにも不器用すぎる。
    特に、かつて同僚として働く中で恋が芽生えたミス・ケントンへの態度は、ちょっと都合が良すぎると思いました。
    でも、忙しい仕事の合間にこっそりロマンス小説を読むことを楽しみにしていたり、色々おっちょこちょいで、憎めない。

    そんなスティーブンスが、第二次世界大戦や、ナチスの台頭と敗北に巻き込まれ、彼が信じて身を捧げてきた全てが過去になった時、口にする言葉が良かったです。
    時の流れの中で、自分も周りも変わってしまったときに、どう物事を受け止めるか。
    過去は過去、とさっぱり切り替える考え方もありだとは思うんですが、個人的には、ちょっとさみしすぎるなと。
    歴史のうねりの中で成す術がなかったとしても、振り返ってみれば以前とった行動が愚かに思えたとしても。
    必死に生きてきた自分を静かに肯定するスティーブンスの言葉は、時代も政治体制も異なる国を生きる私にも、響きました。
    本書の中で、しばしばスティーブンスが「品格」とは何か、ということについて考察をするのですが、良い部分も悪い部分も含めて自分を肯定し、先へ進もうとする姿こそ、もしかしたら「品格」なんじゃないか。
    そうだったらいいなと思います。

    翻訳であることをほとんど感じさせない土屋政雄の訳、この小説の成り立ちを鮮やかに描写する丸谷才一の解説も素晴らしくて、本編と一体となって一冊を完成させています。

  • 古き良き時代のイギリスが舞台。英国執事とその主人、そして女中頭の物語です。
    尊敬する主人に仕え続けた執事が、晩年初めて旅をしながら自分自身の人生を振り返ります。

    「品格」を体現した生真面目な執事が語る主人との催事や会議がすばらしくてときめきました。
    執事の役割もそうなのですけど英国貴族の役割もね。とてもよかったです。

    それから、抑制されつくした口ぶりで語る女中頭との恋愛模様も、つつましやかすぎて愛おしくて、少し切ないけどなんとなくほっこりするような。これも生真面目で偏屈な執事ならではの語りが効いていてときめきます。

    また、翻訳が上手で、全く違和感のない、それどころか美しい日本語が物語の雰囲気にぴったりでした。
    上質な作品。

  • ノーベル文学賞作家、ガルシア=マルケスの代表作「百年の孤独」をかつて苦心して読みました。
    同著者の「族長の秋」に至っては、4~5ページ読んだところで、「とても歯が立たない」と投げ出しました。
    ですから、今回、ノーベル文学賞受賞の報に接し、カズオ・イシグロの著書を初めて手に取った瞬間、こう思いました。
    「自分には高尚過ぎる内容かな、難しいのかな」
    とんでもない誤りでした。
    読後の感想は、読みやすい、そして面白い。
    いや、こんなにリーダブルな小説だとは思いもよりませんでした。
    内容も興味深い。
    英国の老執事が過去を回想する物語。
    タイトルの「日の名残り」というのは、人生の黄昏時に入った執事のことを意味しているのでしょう。
    そして、恐らくダブルミーニングなのではありますまいか(主人公の執事の口調を真似てみました)。
    それは、かつては世界に冠たる大帝国だった英国の没落という意味です。
    主人公の執事が、以前は国際的にも影響力のある名家の英紳士に仕え、現在は米国人の大富豪に仕えているということが、それを象徴的に表しています。
    しかし、本書の大テーマでもある、「品格」ということになると、英国紳士に軍配が上がるでしょう。
    あるジョークを思い出しました。
    米国人が英国に行って、素晴らしい芝生を見ました。
    「こんな見事な芝生は見たことがない。いくらかかりました?」
    相手は一言、「500年」。
    米国はしょせんカネだけがモノを言う国、英国には格式と伝統があるという英国人の心意気が伝わるジョークです。
    さて、未読の方でこれから本書を読むという方は、これ以降読まない方が賢明かもしれません(ネタバレとか謎解きとか、そういう類の本ではないのですが…)
    主人公の執事に恋焦がれる女性がいます。
    名家の英紳士に、ともに仕えた女中頭です。
    女中頭は、外で知り合った男性から求婚され、やがて屋敷を離れることになります。
    主人公は、現在仕えている米国人の大富豪から勧められ、英国中を自動車旅行しながら、この女中頭の元へ向かいます。
    そして、最後に女中頭から、好きだったことをほのめかされます。
    ここはジンと来る場面です。
    人生は取り返しのつかないものなのだ、ということが伝わってきます。
    静かに深く、人生の何たるかを教えてくれる、大変にいい作品でした。
    たくまざるユーモアもあります。
    客人の息子に「生命の神秘」(セックスのことですね)を教えようとする場面などは、実にユーモラスです。
    最後は、主人公の老執事がジョークの大切さを痛感して終わります。
    このラストも実に爽やか。
    「もっと肩の力を抜いて行こうよ」という著者のメッセージのように思いました。
    ところで、カズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞の後、「なぜハルキじゃない?」という、本質とは全く違う報道がメディアを覆いました。
    そんな些末な話に矮小化しない方がいいのではないかと、読後、思ったことでございます。

  • 品格とかなにか。
    理想とは何か。

    それを追い求めるあまり、それ以外のことは何も目に入らなくなってしまった人。

    英国紳士、英国執事のプロフェッショナルを描いてますが、日本人でも通じるものがありますよね。武士道といいましょうか。清く正しく美しく。品格ですね。
    でも、純粋すぎるゆえ、それに囚われてしまい、大切なことを見落としてしまった。

    大きく道を踏み外してしまった執事が、
    人生の夕暮れ時に半生を振り替えって、
    ようやく過ちを認める。

    自分を振り替えるまでにここまで時間が掛かってしまった。

    構成が本当におもしろかった。

    そして訳文が美しかった。


    人生の真っ昼間、35歳で読んで、すでに後悔するものがあるのに、老後にこんな思いをしたくないと思いました。品格は大事。そしてもっと大事にしたいもの。

    この本からいろんなことを考えさせられます。

  • 映画を2度もみているので、読み始めるとアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンの顔を思い浮かべながら読むが、違和感は無い。映画は原作の世界をほぼ忠実に描き出したものだったのが分かったが、映画では分からなかった心の動きが文字になっていて、さらにドライブ旅行の1日目-夜ソールズベリ、6日目-夜ウェイマスにて、と時間と場所が書かれていて、その上で現在と過去を行ったり来たりするので分かりやすかった。また場所も地図で確認しながら読んだのでより物語世界を味わえた。第二次世界大戦の前と後という設定においては、「遠い山なみの光」や「浮世の画家」のイギリス版なのだなあと感じる。

    仕事が楽しくなるかどうかは上司を人間的に好感を持てるかどうかが鍵である。その点スティーブンスは過去も現在も恵まれていたと思う。歴史的に業績を否認されようとも渦中においては霧の中だ。新しいご主人へのジョークの技術の取得に向けて、スティーブンスの顔は未来への道に向いている、そんな1956年の空気を感じて読み終わった。

  • 「私を~」もなんか残る作品だったけど、こちらはまた、前半ちょっと辟易するほどの「ザ・英国紳士」感が後半に物凄く効いてきて読後に染み入る事半端ないわ。じわじわと来る。

  • 読み終わると、静かな余韻が残ります。
    この著者の人物の作りこみ方はやはり見事。
    この人ならそうするだろう、という納得がどの行動からも損なわれることはありません。
    決して胸躍るような展開はありませんが、夢中でページを進めてしまう魅力があります。
    「日の名残り」というタイトルが、この小説にとても良く合っており、極めて良い邦題のように思えました。

  • 過ぎ去った日々に思いをはせる、夢をもう一度見る。イギリスの執事を取り上げている。伝統があるが、現代にはそぐわない感じもする。また、今の時代にどのようにして仕事を続けていくのか?本書では「品格」という言葉で表現している。時代は大戦の前後、旧貴族の生活が大きく変化をした時代背景。ダーリントンホール。卿の裏方としての活躍、世界にどれだけ影響を与えたかは良く分からず。ミスター・スティーブンスの執事として使命は主人に尽くすこと、それが品格であると語られる。屋敷を切り盛り、維持すること、主人の命令には忠実であること。執事として、自分を出してはいけない。感情というものを持たない。父に対しては尊敬、死にもあえず。ミス・ケントン、女中頭、仕事は有能である。感情はある。執事に対して、愛情を持つと思われる。30を境にして、結婚することを選ぶ。旧家屋敷をアメリカ人が購入。主人が米国に帰国する時、執事は1週間、休暇を取り、ミス・ケントン(ミセス・ベン)を尋ねる旅行をする。旅行時の回想で、日々が語られる。1人称の語りであるが、ミス・ケントンの愛が感じられる。執事は、この愛を感じ取っていたのだろうか?愛を感じつつも、品格を優先したと考えるべきか?それは最後に示されている。執事はダーリントンホールとともに役目を終えた。品格を伝統を紳士を守るために、愛することをしなかった。そして今は、家敷と伝統を米国人に買われた。自由を重んじる国に売られた。自分を見ていた。それは過ぎ去りし日々の自分であった。後悔はしない、名残なのだ。

    書かれた時代背景で、イギリスの斜陽時代か?
    男と女の対比であるが、仕事に生きるか生活に生きるかの対比としても受け取れる。それは性の違いとしても描かれる。
    名残、自分を許すこと?

  • 題名が素敵だと思う。
    スティーブンスの執事としてのプロフェッショナルさ。
    人ってどんな選択をしていようと、ああだったらとか後悔したりすると思うけど、そのときの自分に自分が誇りをもてているのなら素敵なことだと思う。
    誰もが年老いていくわけで、でもそれを受け止めるからこその悟りもあるのかな。

著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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