日の名残り (ハヤカワepi文庫 イ 1-1)

  • 早川書房
4.08
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  • Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200038

感想・レビュー・書評

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  • 終始、表紙のイラストのような哀愁漂う雰囲気のお話です。
    自分の執事としての人生を誇らしく思う一方で、徐々に明かされていくある一つの後悔。自分の人生が無価値だったのではないかと思い知らされたくない。そんな思いで隠されている真実を、主人公が少しずつ受け入れていきます。この絶妙で複雑に入り組んだ心情描写がカズオ•イシグロさんの好きなところです。
    その心情をゆっくりと辿っていくことで物語の世界に没入していく感覚が好きです。
    自分が欲しかったもう一つの人生。旅の終わりにそこに辿り着きます。しかし、やっとの思いで辿り着いたそこは既に手遅れの状態でした。
    何もかもが完璧に手に入る人生なんてないと思います。選択した先に起こる後悔も自分の人生の一部。
    その美しさがこの小説の醍醐味だと思います。

  • 面白かった。
    スティーブンスが後悔している内容の話も多くて、過去の話自体はどこか後ろ向きな感じなのに、前向きに考えたり生きていけるためのヒントみたいなものが沢山散りばめられている気がした。
    正解が何かは正直分からないけど、尊敬の念を抱いてこの人に遣えたいと思える人に出会えたスティーブンスの人生はとても幸せだなって思った。

  • 夕方は一日の終わりで後ろ向きな印象、前を向くなら日の出の朝がいい気がした。スティーブンスはこれから前向きになれるのか。ジョークを学ぼうとしてるから、前向きではあるのかな。

  • AIのような、私情を挟まない完璧な執事スティーブンスが、かつての女中頭のミス・ケントンに屋敷への復帰を打診するために旅をする話。回想形式の部分が多いが、品格ある真の執事を目指して滑稽なまでに淡々と執事業をこなすスティーブンスと周囲との微妙なズレにクスッとさせられる。
    スティーブンスは品格ある執事を目指すあまり、主人ダーリントン卿を盲信して、自分で考えて行動することがなかった。そのうちにダーリントン卿はナチスに取り込まれ、無自覚のうちにナチスのイギリスにおける傀儡として利用されてしまっているのだが、周りからどんなにそれを指摘されても、そうとしか思えない指示をされても、スティーブンスはそれに気づかない。最終的にはダーリントン卿はそれを新聞で糾弾されて、名誉を失い人生を終えていく。また、ミス・ケントンはスティーブンスを愛しているのに、それにも気づかず二人のやりとりは空回りとすれ違いばかりでもどかしい。他の人と結婚して、もう今はその夫と共に生きる覚悟をして孫まで生まれようとしているミス・ケントンが奥ゆかしくその頃の思いをほのめかす場面が美しかった。スティーブンスは、敬愛するダーリントン卿も失い、無自覚ではあったかもしれないが愛していたミス・ケントンも失い、自分は自分の判断で行動していたわけではなく主人を信じていただけの品格を欠いた人間であったことに気づき、夕日に向かって涙する。
    夕方が一番美しいんだ、と見知らぬ男から言われる最後の場面は、そんな人生の絶望を優しく勇気づけてくれる言葉に思われた。ミス・ケントンに会う直前の「四日目午後」まではかなり長く、というかこの作品の8割くらいを占めるのに、その後記述が再開されるのが「六日目夜」だから、それだけ打ちひしがれていたんだろうなと思うが、最後に見知らぬ人々がジョークを言いながら親交を深めているのを見て、ジョークの練習をしようと改めて思うスティーブンスで締めくくられているのが前向きでよい。

  • 古くも美しい。イギリスの情景描写も良かった。

  • 初カズオ・イシグロ
    ドラマで観た「私を離さないで」が重くて暗かったので、なんとなく遠ざけていた。この「日の名残り」は静かだが暗くはない。謹厳実直な執事には可笑しみさえある。日の名残りの頃「夕日が一日でいちばんいい時間なんだ」と教えてくれた。今まさに人生のその時間辺りにいる私にはタイムリーな作品だった。

  • スティーブンスは父を偉大な執事だったと言う。そう思う理由の一つに、兄を無駄死にさせた将校を完璧にもてなしたエピソードを挙げる。そして自分が仕えたダーリントン卿が外交の深みにはまって溺れかけそうになっていた最悪の瞬間に、自分は執事として最高の車輪の中にいると感じて、幸福感ではなく「勝利感」を得る。正しいことをしたからだとは言わず、品格を保ち続けられたからだと言う。スティーブンスは、主人が間違っていることを知っていたかもしれない。だから、ベンチに座って「ご自分が過ちをおかしたと……言うことが〝おできになりました〟」と泣いたのではと思う。だが、主人に忠告することは「わきまえた」ことではないし、執事としての品格も保てたものではない。主人を信じてはいたけれども、結果として見捨てたとも言える。自分の品格を保つために「正しい」ことをしてきた人生だったのだと思う。当然、女中頭との駆け落ちなどあり得るわけがない。アメリカ人の主人に仕える今になってベンチで泣くことさえ、「執事」としての品格を保った結果だと思う。この悲しさが美しいのだと思っていることも大いにあり得そうである。だが「人生、楽しまなくっちゃ」とアドバイスをもらったのも確かである。楽しい人生だった、でいいのだろうと思う。

  • 書評にもあったが時間経過の表現が巧みで、すぐ本の世界に浸れた。そしてこんなに自然で読みやすい翻訳は初めてでは、と感激した。

    旅を続け、栄光と衰退の過去と向き合うスティーブンスはどこか寂しそうにみえた。自分の半分を失ったことで、どこに心を置いていいのか分からなくなったんだろうな、と。

    だからこそ海辺のシーンが輝いてみえて、少しホッとした。自分の役割を達成することが仕事だと改めて気づいたスティーブンスには明かりが灯ったようで、それが未来を照らしているように感じた。
    気品溢れるステキな本だった。

  • 自分の役割に全力集合して生きる。
    響いた。まずは自分の役割を模索する。

  • 過去の出来事を回顧しながら物語が進んでいくが、最後の最後になって、自分の過ちを見つめることになり、取り返すことのできない時間が静かに押し寄せてくる。どれだけ悔やんでも、取り戻すことのできない時間が。

    誇りに思っていた執事としての"品格"。
    しかし、信じていた主人は歴史から見ると誤った判断をしていて、さらに自分が拘る品格を保つためにミスケントンとの関係を蔑ろにしていた。

    人生って…と考えてしまう。
    読後はものすごい寂寥感が。

著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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