青い眼がほしい (ハヤカワepi文庫)

制作 : Toni Morrison  大社 淑子 
  • 早川書房
3.57
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本棚登録 : 489
レビュー : 38
  • Amazon.co.jp ・本 (323ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200069

作品紹介・あらすじ

誰よりも青い眼にしてください、と黒人の少女ピコーラは祈った。そうしたら、みんなが私を愛してくれるかもしれないから。白い肌やブロンドの髪の毛、そして青い眼。美や人間の価値は白人の世界にのみ見出され、そこに属さない黒人には存在意義すら認められない。自らの価値に気づかず、無邪気にあこがれを抱くだけのピコーラに悲劇は起きた-白人が定めた価値観を痛烈に問いただす、ノーベル賞作家の鮮烈なデビュー作。

感想・レビュー・書評

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  • 大学の授業のために読みました。
    黒人の少女が白人に憧れ、その結果黒人の少女が狂ってしまう話。
    読んでいてかなり辛い描写が多かったです。
    アメリカ中西部が舞台になっているだけあって、
    その当時のアメリカを色濃く映しているなと感じました。
    今となっては、差別はダメだという考え方が一般的で常識になっていますが、
    そうでなかった時代もある、今があるのはこういう差別を受けた方々の努力があってこそだということを理解できる作品だと思います。

    本書の一文にある、
    「白人の眼のなかに嫌悪でふちどられた空白を創りだしたもの、その原因となるものは、彼女が黒人だという事実だった。」
    なんて悲しくて、恐ろしくて、辛い事実なんだろうと、
    ただ肌の色が違うだけで存在も認められないなんて、
    と。
    この作品は、
    黒人差別をした白人を責めるようなことはかいておらず、
    ただ淡々と事実を述べる形式で進められます。
    このことがより一層、どの差別反対を表現した作品よりも心に響いた理由かなと思いました。

  • 「秘密にしていたけれど、一九四一年の秋、マリーゴールドはぜんぜん咲かなかった。」
     最初の一文にドキッとする。“秘密にしていたけれど”というなんとも仄暗い書き出し。その不吉な予感は正しく、明るい話とは決して言えない、心にズシンと重石を残してくるような物語だった。

     人種差別が浮き彫りになる前のアメリカ。荒んだ家庭環境に身を置き、学校でもいじめにあう黒人の少女。青い眼があれば、「あんなにきれいな眼の前じゃ悪いことはできないね」と、周りも態度を変化させるのではないかと考え、毎日祈りを捧げるようになる。青い眼にしてくださいと。
     そんな彼女に悲劇が襲いかかる。実の父から強姦され、父の子を身ごもるのである。
     こんなことは許されない、決して許されないのだけど、その父の幼少時代まで丁寧に描くことで、一体何が悪で、価値基準とはなんなのかと、わたしの中の色んなものがぐにゃりと歪む。
     美醜の判断は、いつからできるようになるんだろう。なんで幼い女の子はピンクを好み、おままごとをするのだろう。インターネットの普及で、太った女性が好まれていた地域でも欧米的な美を求められるようになったという話を聞いた。自分の好き嫌いは情報に操作されているのか。目に見えない「世間」に同調しているのか。幼い子どもも判断基準を「間違わない」なら、もはや洗脳ではないか。
     物語の中で、黒人の男の子がピコーラに「黒んぼやーい 黒んぼやーい おまえのおやじは裸で眠る」といじめるシーンがある。「おまえのかあちゃんでべそ」並みに、どうしようもないいじめ方だ。そして、裕福で、かわいい黒人の女の子モーリーンが、ピコーラをいじめるシーンのなんと口惜しいことか。黒人間でも差別があることを、初めて知った。そして、知らなかった自分を恥ずかしいと思った。
     「青い眼がほしい」という少女の切実な願いに怒りを感じる牧師(エセ)。結局は彼が彼女の精神を崩壊させる引き金になってしまうのだけど、彼の怒りはまっとうだと思う。
     つらいけど読んでよかった本。

  • 「1941年の秋、マリゴールドはぜんぜん咲かなかった」という少女の独白でこの物語は始まる。でも、マリゴールドの鮮烈な黄色い花の色を思い描く間もなく、直後に「マリゴールドが育たないのはピコーラが父親の赤ん坊を宿していたからだと考えていた」と文章は続く。少女が播いた種はひとつも花を咲かせず、少女と同年代の女の子は父親の子をおなかに宿した。
    何が正しくて、何が悪くて罪なのか。
    少女である今はよくわからない。でも少しずつだけど、それはわかりはじめる。そのときに見た色彩をともなって・・

    “弱い者が、より弱い者を虐げる”という差別や貧困の根源的課題は、当時の黒人社会でも根強く根を張り、虐げられた“弱者”としての黒人が、自分より弱い立場の同じ黒人を虐待するという内容で、DV、児童虐待、性的暴行が主要なテーマとして出てくる。私達はその痛々しく禍々しい内容に、時には生理的嫌悪も生じるかもしれない。

    でも安心してほしい。作者は、黒人の悲惨な状況を並べて読者の同情を得ようというような、安っぽい作家ではない。女性として、黒人として、また新進作家として、自分の感性のアンテナをフル稼働し、少女を語り部とすることで無邪気な視点を交じえ、また、季節や田舎の風景描写を多くするなどで、人間たちの陰惨な行為だけで物語が染まらないように配慮されている。
    冒頭に書いた花の色を想起させる描写もそのひとつだと思うし、昆虫の緑色、レモネードの黄色、そして黒や白といった肌の色の描写につながる豊かな色彩感覚が、最後に“The Bluest Eye”(誰よりも青い眼)という表現を、強烈に読者の心に写すようになっている。

    もちろん非黒人である日本人の多くにも読んでほしい作品。10代の日本人の女の子も、この作品から多くの大切なことが得られるから。
    (2009/8/31)

  • なぜかフォークナーを思い出す。貧困、人種、人間関係。ああ、20世紀のアメリカ文学よ。読み終わった後、もう一度最初を読み直すと合点がいく、こういう構成だったのかと。さいごに分かるわけですよ、あのひらがなの見出しの意味が。
    なあ日本人よ、青い目がほしいと望む黒人を、果たしてわたしたちは笑えるか? 髪の毛の色を変え、目を大きく見せる化粧をし、英語が話せるようになりたいと努力する人々よ。

  • ざっくばらんに言ってしまえば、黒人についての話ということになってしまうのだけれど、やっぱり人種というもので推し量れないような物語としての器の大きさを感じる。私はこれを読んでいるとき、確かにそこにいる少女だったように思う。

  • 白人のような青い眼がほしいと日々祈る薄幸な少女ピコーラの悲劇を主軸に、ふたりの姉妹の目を通して、黒人社会における人種差別のあり方を描く小説。

    この作品を読み終え、再度冒頭の一文、「秘密にしていたけれど、1941年の秋、マリゴールドはぜんぜんさかなかった」を読むともの悲しくなる。けれども、絶望を感じさせないところが救いかな。

    メッセージ色は強く重たい話だけれど、面白い。

  • 文学

  • 物語はとても淡々とした口調で進んでいくのですが、ものすごく重いテーマと、過激な描写があります。正直読み進めていくのが辛かったです。
    少女、少年たった一人の力ではどうすることもできない問題がこちらにものしかかってきました。

  • 「秘密にしていたことだけれど」と少女は貴女に内緒話を打ち明ける。秘密を共有させられた者は義務を負わされる。その義務とは一義的には秘密を保持することだが、しかし少女が勇気をもって挙げた声の伝える秘密は実は秘密でも何でもなく、実は周知の事実だったら、大人には一体どんな反応を取る余地が許されているだろう?秘密を共有することで共犯者になる蜜のような快楽に溺れず、私に一体何ができるか?後は考え行動するしかない。差別という公然の秘密を前に、今の自分に何ができ、何をすべきか?自分が自分であることに喜び、祝福する子供の素朴な世界は何も間違っていない。その世界が毀たれないようにするために。これはアメリカでだけ発生していることではない。

  • 深く考えさせられる本だった。あらゆる差別から起こる悲劇をひとつの事例を通して描いているように思った。アメリカを理解する助けになる小説。

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