遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)

制作 : Kazuo Ishiguro  小野寺 健 
  • 早川書房
3.47
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本棚登録 : 963
レビュー : 131
  • Amazon.co.jp ・本 (275ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200106

作品紹介・あらすじ

故国を去り英国に住む悦子は、娘の自殺に直面し、喪失感の中で自らの来し方に想いを馳せる。戦後まもない長崎で、悦子はある母娘に出会った。あてにならぬ男に未来を託そうとする母親と、不気味な幻影に怯える娘は、悦子の不安をかきたてた。だが、あの頃は誰もが傷つき、何とか立ち上がろうと懸命だったのだ。淡く微かな光を求めて生きる人々の姿を端正に描くデビュー作。王立文学協会賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 大変疲れる本だった。
    価値観の違う人間同士が、表向きどうにか平穏にやっていこうとする時の、ちっとも噛み合わない、気持ち悪いような会話が延々と続く。
    大きな諍いは起きないものの、静かに、着実に遠ざかっていくものが見える。そういう諦念を描いているように思える。
    遠い山なみの光を目指すようにして生きる女たちを描いた物語。
    評価云々というより、単純に好きだとか再読したいだとか、そういうこの本から受け取れるものが薄い気がするので★は3に。
    カズオ・イシグロ全般に言えることながら、壮年、老年になってから読むと印象が変わりそうだ。

  • イシグロ作品読破ツアー3作目です。
    静謐な文章に惹かれるが、疑問が残ったまま置いていかれ
    終了してしまう感じです。
    特に気になっているのが、悦子と二郎に何があって別れ、
    その後イギリス人と結婚・渡英にまで至るのか?
    緒方さんとのあまりに親密そうな関係は?
    フランス映画のように閉じないまま終了する作品のようですね。
    あとがきを読んで、やっと少し納得できました。
    後々まで考えさせられる作品でした。

  • 上品な訳文で定評がある翻訳者小野寺健氏の逝去報道を受けて読んでみた、ノーベル賞受賞者カズオ・イシグロ氏の処女作品。

    氏の物語はかなり曖昧模糊としており、初期作品は特にそれが顕著。読み進めていくと、現代と過去の出来事が語られるという二重構造がうすぼんやりと見えてきます。

    イギリスに暮らす主人公の悦子は、娘の景子を自殺で喪った喪失感の中で自分の半生を振り返ります。

    戦後の昭和30年代の混乱した長崎で過ごした日々。そこで知り合った、米兵と渡米することを夢見る佐知子と、その娘の万理子との交流。

    当時の悦子の目には、佐知子は母よりも女としての人生を優先する身勝手な女性に移り、そんな母にふりまわされ、いつも何かにおびえている万里子に同情的。妊娠中ということもあってか、母性をもって接します。

    会話で成り立っているような物語。なぜ長崎弁でないのか気になりますが、冒頭で悦子が「私はついに佐知子のことがよくわからなかった」と語るように、二人の会話は完全にすれ違い、お互いが言いたいことを言っているだけで、対話の形をなしていません。対照的な二人の女性を描いた物語のように思えましたが、そうではなさそうだということが次第にわかってきます。

    長崎時代の悦子は、渡米を夢見る佐知子のことが理解できませんでしたが、その後当時の日本の夫と別れ、娘を連れてイギリスに渡り、再婚した現在の悦子は、当時の佐知子と状況が重なります。

    渡英した悦子は、娘の景子に幸せを与えられませんでした。彼女もまた、母よりも女としての人生を選んだということでしょう。

    当時は佐知子の言動が理解できず、不安を抱えて見守ていたはずなのに、気が付けば同じような人生を歩んでいた悦子。深くは語られませんが、共通項が多すぎるため、佐知子と万理子は自身と娘景子の姿だと思って読む方が、おそらくしっくりきます。

    戦後の日本では、まだ女性が自立できる場は少なく、海外に新たな人生を求めても、犠牲にしたものが大きかったことを示唆しているのかもしれません。

    悦子がかつていた遠い場所、長崎。もう戻ることはない、現在と完全に遮断された過去。イシグロ氏は5歳の時に離れたきりの長崎を記憶を頼りに書き表したといいます。

    悦子がなぜ離婚したのか、なぜ長崎を離れて渡英し、イギリス人と再婚したのかというストーリーは作中で一切語られないため、謎めいています。
    ケーブルカーで長崎の丘の上に登った時の、物語中で唯一明るさを感じるシーンが、タイトル『遠い山なみの光』に反映されています。

    現在の悦子は、イギリス人との間にできた娘ニキに「あなたの好きなように生きなさい」と自立を促します。これは、長女景子を自分の勝手で日本からイギリスに連れてきて、幸せを奪ったことへの償いのように思えます。

    はじめは『女たちの遠い夏』として出版されたこの物語。どちらのタイトルも、戦後の非力な女性たちにとって、自由と幸せは遠いものだったと示しているのかもしれません。

    二つの時間軸で話が進んでいくという、現在のイシグロワールドがすでにほの見えるデビュー作品です。

  • 原文の英語が、時代と人物にに合った日本語になっているのがお見事というほかない。

    読了して茫然とする。いろいろな事柄に説明がないまま終わってしまった。何が書いてあったか思い返すと、そういう細部を読ませるものではないとわかる。最初、気のりがしなくて自分の読み方がザルだったことが、解説を読んでいて分かってくる。とても気に入ったとは言えないけれども、いつかまた読み返してもいいなと思った。そんな小説。

  • カズオ・イシグロは小津映画を観ていたのだろうか。
    この物語は徹頭徹尾、会話により展開される。悦子と隣人の佐和子、悦子と義父の緒方、そして後年の悦子と娘のニキ。それぞれの会話展開に、佐和子の娘の万里子、夫の二郎、死んだ長女の景子が影を落とす。影を落とすだけでなく、家族関係が絡まってすれ違いトークが繰り返される。
    東京物語ではすれ違うのは老夫婦でなく老夫婦と子供たちの関係だったが、会話形態はどのようにも構成できるとすると、カズオ・イシグロは家族とは本来すれ違うものであると考えていて、このような処女作を書いたのだろうか。
    最後、その後悦子は何故二郎と離婚し渡英したのかという疑問が残った。多分ここはそういう命題ではなく、お腹に宿った赤ちゃんという希望で家族を幸せにまとめていけると考えている楽観が、長い時を経て崩壊していくという物語だったのかもしれない。

  • カズオ・イシグロの作品は好きだけど、これは難しかった。
    読後、祖母と話すなかで戦中戦後を生き抜いてきた世代が読むのと、戦後、それも平成に生まれ育った世代が読むのとでは受け取りかたも随分違うのだなぁと思いました。
    『浮世の画家』もそうですがカズオ・イシグロの日本を舞台にした作品に関しては舞台となっている時代の雰囲気を知っているか否かが共感できるか否かに繋がるのかなと思います。
    私自身が年を重ねればまた受け取りかたも変わるでしょうか。何年かしたらまた読んでみたい作品です。

  • 1954年長崎生まれ、イギリス育ちの筆者による終戦直後の長崎の物語。

    そういえばこういうほわっとはじまって特に劇的な盛り上がりもなく(それを描くのが主眼ではない)ほわっと終わる話は久しぶりに読んだ。

    池澤夏樹の解説がよかった。
    「人間は互いに了解不可能である」という前提から発しながらも、ずれた会話をプロットの中心に据え、人間のありようを書き出しているという指摘。
    その会話に登場人物の属性をうまく表現した訳。
    さらにその人間性が原文でも失われておらず、それによって日本女を描くのではなくそれを超えた普遍的な人間の心の動きを書いているという指摘。
    そういうものだと考えながら読むと、もっと面白く読めたのだろう。

  • 日本を描いてはいるけど、内容はもぅばっちり海外文学でした。

  • 登場人物が淡々と過去を振り返るのが著者の作風だけど、デビューからそれは一貫してるんだな。悦子の過去の語られていない部分が怖そうで、知りたいような知りたくないような。

  • 所々感じられる不気味さに魅力を感じた。
    もう一度読み直さなければいけない。

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