愛のゆくえ (ハヤカワepi文庫)

  • 早川書房 (2002年8月21日発売)
3.55
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感想 : 93
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784151200212

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

独特の図書館を舞台にしたこの物語は、内気な主人公が人々の思いを詰め込んだ本を受け入れる日常から始まります。彼の生活は、神秘的な美女ヴァイダとの出会いによって一変し、恋愛の喜びと痛みを体験することになり...

感想・レビュー・書評

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  • 『西瓜糖の日々』のような不思議な話しかと思いきや、なんと中絶の話。一瞬ためらいましたが、深刻な描写や悲壮感もなく、読み切って良かったと思いました。

    主人公の男は、少し変わった図書館に住み込みで働いていました。そこでは誰も調べ物をしたり、本を借りに来たりしません。そこは、”人生の勝者ではない人々が自分の書いた本を持ちこんで来るところ”でした。男の仕事は、持ち込んだ著者と会話し、図書館明細元帳に記録して本を著者に戻すこと。本を受け取った著者は、図書館内の気に入った棚に本を置くことです。

    ある夜、完璧すぎる容姿に悩む絶世の美女、ヴァイダが本を持ち込んできます。恋仲になった後、彼女が妊娠したことがわかり、二人で中絶することを決めました。そこで、国内では非合法なため、図書館の蔵書を洞窟に保存・管理している友人のフォスターに相談します。そして、野生味溢れる彼に図書館の留守番を頼むのを心配しつつ、二人はメキシコに中絶をしに旅立ちます……。

    という話しですが、メキシコに二人が旅立つ前に、フォスターが留守番を嫌がるところがおかしくて、コーヒー吹きそうになりましたw。また、中絶に行く二人も、初めて乗る飛行機やお金の心配など、悲壮感のカケラもありません。それより、目を離すと美しすぎる彼女に男たちが言い寄ってきたり、一緒にいても彼女をガン見してくる男たち、女性たちの嫉ましい視線などに笑いを誘います。

    ラストもいいですね。世間と隔絶された生活を送っていた主人公がどうなったか……本人は納得していないと思いますが、いい収まり方だと思いました。

    それにしても、原題は The Abortion : An Histrical Romance 1966 となっており、直訳すると「中絶(堕胎):ある歴史的なロマンス 一九六六」。忠実にタイトルが付けられていたら、まず読まなかったと思うと、『愛のゆくえ』というタイトルは、よく付けたものです。

    内容も、デリケートな問題を、あえて明るく書かれているのは救いですね(読み手を選ぶ本ではありますが)。また、原題の 1966年ということで、The Beatles のアルバムRubber Soul が作中に出て来ますが、この1966年から1967年はロックにとって転換点となった年です。書かれた当時、著者なりに明るい未来を想像する暗喩を含んでいるのかもしれないですね。

    正誤(5刷)
    P202の13行目:
    男の存在を感じことができた。

    男の存在を感じることができた。

    P202の16-17行目:
    医者が部病のなかに入って来た。

    医者が部屋のなかに入って来た。

  • ブローティガンの作品の中でも、きっとこの作品を好む方は多いような気がします。
    なんて可愛らしい物語でしょう(^^♪

    ***
    主人公は図書館の管理人。外の世界から逃げるように引きこもる31歳の内気な彼。ふと気づけば3年もの間、二十四時間、無休で人々が持ち込む本を優しく献身的に受け入れていきます。

    この風変りな図書館。普通の生活をしている老若男女が書いた本を所蔵する。来る日も来る日も、入れかわり立ちかわり、人々は自分が書いた本を持ち込みます。登録を済ませ、好きな場所にそっと置いて立ち去っていきます。誰に読まれることもなく、決して世に広まることもない、この世でただ一冊の本。その中身は忘れられない思い出や郷愁なのかもしれない、めくるめく想い、喜びや怒りや孤独、どうしても拭い去れない哀しみかもしれない。

    行き場のないさまざまな想いを凝縮した本たちの集積場は墓場のようで、その図書館はとても静寂であたたかくもの悲しい。「世界の終わり」(村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』)のしんと静まりかえる一角獣の頭骨蔵のようで、すべてはうたかたの夢なのか……。

    そんな幻想的な世界に飛び込んできたのは、人間離れした美女ヴァイダ。静謐な彼の生活は一変し、ヴァイダはこれまで彼が見たことも経験したこともないような(現実)世界に連れ出します。まるで女神アテネがオデッセウスの冒険を導いていくような、なんとも愛らしい爽快感が漂っていて、にんまりしたり大笑いしたり♪

    原題は「妊娠中絶 歴史的ロマンス1966年」とかなり衝撃的なものでたじろいでしまうのですが、いざ読んでみると、感性豊かな詩人らしいブローティガンの優しさや人生観が溢れています。
    読者もそれぞれの想いを巡らせることができそうな作品なので、興味のある方にお薦めします(^^

    • nejidonさん
      アテナイエさん、こんにちは(^^♪
      昨日は丁寧なコメントをいただき、ありがとうございました!
      さて、この本ですが原題は「The Abor...
      アテナイエさん、こんにちは(^^♪
      昨日は丁寧なコメントをいただき、ありがとうございました!
      さて、この本ですが原題は「The Abortion」なんですね・(笑) あらまぁ。
      本にまつわる本の、カテゴリーに入りそうかしら。興味津々です。
      ファンタジー要素が入っていそうな感じもします。
      アテナイエさんは、優しく誘う文体がいつもとても魅力的です♡
      私はこういう文章が書けないのですよね。。
      男子だけの家で育ったもので、どうしても男前になってしまって。
      少し見習いたいものです。
      2020/12/03
    • アテナイエさん
      nejidonさん、こんばんは♪
      先日はありがとうございました。またボッジョの本が読みたくなりました。コメントの終盤は調子に乗りすぎて一人...
      nejidonさん、こんばんは♪
      先日はありがとうございました。またボッジョの本が読みたくなりました。コメントの終盤は調子に乗りすぎて一人語りが始まっていましたが、いつものことなので、ひらにご容赦を(笑)。

      さてこの本ですが、作者のブローティガンは私の感覚では、思わず、What!?と叫びたくなるくらいファンキーな人ですが、その感性は少女のようなところがあって可愛い。詩人でもあります。散文は『アメリカの鱒釣り』や『西瓜糖の日々』なども有名で、前者が散文詩のような雰囲気で意識の流れが美しい、後者はまことに不思議なファンタジーで、読みながらアリになった気分です(笑)。

      でもこの作品は、小説らしく読みやすいものに仕上がっていると思います。一言でいえば、すこぶる愛らしい、でも甘ったるいメロドラマではありません。
      ということで、本にまつわる本のカテゴリーに入るかは微妙ですが、前半は本を愛する人々がでてきて静かな世界を構築しています。私はいつでも簡易テントを持って図書館の中で暮らしたい人間なので、この主人公の彼がひどく羨ましくてしかたがないのです。

      さて今まで生きてきて、優しく誘う文体という言葉をいただいたことは一度もないので、驚くやら面はゆいやらです。たぶんこの作品がほんとに可愛いので、書いているうちにそうなったのだと思います。思えば半年ほど前に文体を変えてからは、いよいよのっぴきならん状態になって、文章も中身も収拾つかず今に至っています。それでも忍耐強くお読みいただき、ほんとに嬉しいかぎりです(^^♪
      2020/12/03
  •  自分の書いた本を持ち込んで来る人たちのために、その本を登録し、好きな棚に置くことができる図書館。主人公はひょんなことからそんな特別な図書館の図書館員となり、一日24時間、一週7日間、三年ものあいだ、外に出ることなく、本を持って訪ねてくる人を待ち受けている。

     初めはファンタジーのような内容かと思って読み進めていたのだが、そうではなかった。
     あるとき、美しく抜群のスタイルの女性ヴァイダが、人を不幸にしてしまう自分の体のことを書いた本を持って図書館に来た。二人は恋に落ち、愛し合う。そのうち彼女は妊娠してしまい、相談の上堕胎することに決める。友人の助けを借りて、中絶のため、二人はメキシコのティファナに行くことになった、というのが大体のストーリー。

     戻って来た彼は、思わぬことから図書館員の仕事を失うことになってしまう。ヴァイダは大学に戻ることになりそうだが、果たして彼はうまく生活していくことができるのだろうか。一見ハッピーエンドのようではあるが、今であれば ”ひきこもり” と言われそうな彼、社会に適応していくことは何だか難しそうだ。そんな感じがして仕方がない。

     翻訳だから原文もそうなのかは分からないが、一文一文は短くてテンポ良く読める。時々挟まれる一見?な譬喩が印象的。

  • 読書会の課題本として、読みました。短編小説で知られるブローティガンが書いた、ほぼ唯一の本格的な長編小説です。

    原題は『The Abortion: An Historical Romance 1966』で、「堕胎:ある歴史的ロマンス 1966年」と直訳できます。1966年といえば、ベトナム戦争が本格的な米軍の介入によって泥沼化し始めた頃です。当時のアメリカ人読者は、この時代背景を強く意識せずにはいられなかったはずです。

    この小説には、素人作家が本を預けに来るだけで、誰も借りていこうとしないという奇妙な「図書館」が登場します。この描写は、ヒッピー文化の持つ、ゆるく不安定なつながりを想起させます。

    また、後半の堕胎の描写は、当時としてはかなり衝撃的だったと思われます。

    文学作品としての面白さはもちろんですが、ヒッピー文化を知るための「資料」としても興味深い一冊でした。

  • この世界のどこかにある、人々が想いと秘密を込めて綴った本だけが納本される不思議な図書館。
    そこに住み込んで管理をするたった一人の図書館員を務める主人公は、とある夜に訪れた、完璧すぎる容姿を持て余す絶世の美女ヴァイダに出会い二人は瞬く間に恋に落ちる。
    やがてヴァイダは妊娠するが、どうしても育てられないと判断し中絶することに。洞窟で蔵書の保管を担当するフォスターに相談して医師を紹介してもらい、手術のため数年ぶりに外の世界へ出て、メキシコへと赴くが……。

    堕胎手術のための旅、という、一体どんな顔をしたらいいのか分からなくなってしまうようなあらすじ。
    でも読んでる時も読み終わってからも、嫌悪感や悲壮感はなくて、なぜかこの世間知らずで若く愚かなカップルを微笑ましい思いで見守っている自分がいた。
    空港でヴァイダがその美しさのせいで道ゆく人々を次々と混乱に招いていくシーンが面白かった。
    でも「きっと何か大切なことが書かれているはず!!」という予感と期待はずっとあったのだけど、特にそういったものは見当たらないまま旅は、無事に(無事に?)終わっていた。なんとも言えないけど、それでも読了後もまだ気になり続ける一冊。

  • 既成の価値観にとらわれない自由さと、その自由さの中にそこはかとなく漂う悲しみ。
    そんなものを感じました。
    主人公の「わたし」は図書館に住んでいます。
    普通の図書館ではありません。
    一般の人が書いた本を受け取り、保管する場所です。
    主人公は、そこで図書館員として働いています。
    数年間、一歩も外に出ておらず、外の世界とは隔絶しています。
    現代で言えば、引きこもりでしょう。
    主人公は、頑ななところがあるものの、ナイーブな人物のようです。
    そこへヴァイダという女性がやって来ます。
    ヴァイダは他の女性が羨むほど豊満な肉体を持っていますが、ヴァイダ自身は不本意に思っています。
    男はヴァイダの肉体目当てに次から次へと言い寄って来る。
    同性からは疎んじられる。
    このため、ヴァイダは自分の肉体を憎んでさえいるのです。
    ここから「肉体と精神の乖離」という、恐らく本作の傍流のテーマが浮かびます。
    肉体と精神の乖離は、どうやらヴァイダ一人では埋められない。
    ところが主人公と互いに惹かれ合うあたりから様子が変わってきます。
    ヴァイダは、自分の身体を受け入れ、自信を回復していくように見受けられます。
    肉体と精神の乖離は、他者の媒介によって克服できるということでしょうか。
    主人公とヴァイダは恋に落ち、やがてヴァイダは妊娠します。
    2人はまだ準備が出来ていないとして堕胎を決意します。
    普通、小説では、恋する2人に子どもが出来た場合、十中八九出産します。
    出産するか堕胎するかと迷うことさえあまりありません。
    だが、2人は割とすんなり堕胎を決心します。
    2人が既成の価値観から自由であることが、とてもよく分かります。
    主人公の古い友人、フォスターの仲介で、ヴァイダはメキシコで堕胎することになります。
    フォスターという人物がまたユニークで、主人公とは対照的に豪気な気性です。
    普段は洞窟に住んでいるという設定は、謎めいていて気になるところです。
    主人公とヴァイダはフォスターに図書館の番を任せ、メキシコへ行きます。
    ここでも、ヴァイダの肉体は騒動を巻き起こします。
    行く先々で男たちが興奮し、抜け殻のようになる者までいる始末です。
    そのあたりの描き方はコミカルで非常に面白いと感じました(「ヴァイダのせいでアメリカ陸軍には三トンばかりの精液が増加したことだろう」など)。
    無事に堕胎を済ませた2人はカリフォルニアに帰ってきます。
    図書館は、本を渡しに来た女に乗っ取られてしまっています。
    最後は主人公とヴァイダと、それにフォスターまでもが、バークレーにあるヴァイダの家に住むようになります。
    今で言うと、「ルームシェア」ということになるでしょう。
    このあたりにも、自由さを感じました。
    主人公は(不本意のようではあるが)図書館という暗い場所を出ます。
    フォスターも洞窟を出ることになります。
    ヴァイダの家で暮らす3人は幸せそうに見えます。
    自由を謳歌する若者たちに祝福あれ。
    これがブローティガンのメッセージなのではないでしょうか。
    しかし、その自由は刹那的なものであるという予感も漂っている。
    文体は軽やかですが、重いテーマをはらんだ、読み応えのある小説です。

  • 人々、とりわけ人生の落伍者と言われるような人々が、自分で書いた本を持って来る静かな図書館。
    そこが始まり。
    この設定と、書かれた本達がとてもいい。
    これだけで、ブローティガンの想像のとんでもない広さにうっとりする。
    人は人生に一冊なら傑作を書ける、というのはラーメンズのコントに出て来たことで(元ネタがあるんだろうか…あるなら知りたい)、それは真理だと私も思うので、敗残者と分類される人々にも確かに残すべきものはあって、それを無条件に受け入れる場所としてこの図書館を描いたのは、ブローティガンの同情と慈愛だったのではないかと思う。
    しかし、そこに出て来るブローティガン自身が、一冊ではなく何冊も持って繰り返し現れ、その度にやつれていくというのを読むと、作家の業を思わずにはいられない。

  • 24時間いつでも本を受取る図書館。
    「自分が気に入った棚ならどこにでも、自由に置くことができる
    どこに本を置こうと違いはない。だれもここには本を調べには来ないし、だれも本を読みには来ないからだ。ここはそういった種類の図書館ではない。」
    そんなサン・フランシスコの片隅にある図書館。鐘が鳴れば朝の3時でも、料理をしていても本を受け取りに出る。
    あるきっかけで図書館員となった「わたし」。
    外には全く出ず、ただひたすら持ち込まれる本を待つ生活なのに、とても居心地が良さそう。
    「本が棚にあるということ、そしてその本が体を横たえている木をいかにも敬っている感じが、わたしは好きだ。」
    本好きにはたまらない楽園?と思いきや、持ち込まれる本は「ホテルでの花の育て方」、少女が書いた「自転車」などなど。書いた本人も見に来ないだろう本の数々。
    この本たちもかなり楽しいんだけど。
    そんな中、「わたし」は本を持ち込んできたヴァイダに出逢い、彼女は図書館の私室に通うようになる。
    わたしと彼女の淡々とした生活に、ある日ボコリと変化が起きる。

    ヴァイダは完璧なルックスで11歳の頃から男性を魅了し続けている。
    自分では望まなくとも男は彼女に見惚れる。
    その描写が皮肉でユーモラス。
    淡々とした二人の淡々とした出来事。
    とても切なくて悲しいはずなのに、薄ら寒いほど淡々と。
    他人からみたら二人の出来事はこんな風に平坦な出来事なのかも。
    他の二人の方が妙にリアルだったのが不思議。
    さて、彼らはこれからどこへいくのだろう。

    それにしても、この図書館、羊男がやあ、って現れそうだった。
    (読んだのは新潮文庫版)

  • なんか後期になるにつれどんどん小説!

  • 詩的で官能的で登場人物の会話も他にない感じで新鮮だった。
    若干直訳が気になったけどあとがきはとても良かった。

  • 積読約10年。何度もトライしては最初の2ページで挫折を繰り返していたのに、ようやく読めました!
    そして四ツ星をつけた自分にも驚く…(笑)

    さて…邦題は美しい…原題は「堕胎」…さらにヒストリカルロマンス1966とあるので、そのように読むよう努めました。
    主人公(名前は出てこないですよね?)、ヴァイダ(顔の造作そのものはともかく、すばらしい肉体美を持つ女性)、フォスター(ある意味主人公の同僚)がメインの登場人物。
    不思議な図書館が冒頭の舞台。
    さらに墮胎をするためにメキシコに向かう道中、病院、他の堕胎希望者たち、宿泊するつもりだったホテル、亡霊(笑)、図書館から出ていくことになって、その後の日々…

    アメリカ合衆国は、今また中絶禁止の流れがありますが、この話はロー判決以前の話…と知ると、ぐっと感慨深くなります。
    主人公カップルの堕胎に向かう感覚はややカジュアルで、それは時代的な要素もある。
    ヴァイダのコンプレックスは、持たないものからしたら、贅沢な悩み。でも当事者の悩みはそれ故に深い…ディーヴァーの短編ビューティフルを思い出しました。

    親に連れられて堕胎に来た若い女性には、胸が痛みました。どんな事情だったのか…
    メキシコの堕胎医にも、ほー。みんな無事で良かった。
    悪人が出ない小説。読後は明るい。でもブローティガンは自分で命を絶ってしまった…

    P126(…のみのセリフ)、127(タクシーの連呼)、216(わたしの独白)の表現に驚く。
    P142のわたしとヴァイダの会話は、図書館後の2人を予言する。
    P167の国境の描写も心にしみる…

    献辞も気になりました。
    訳者あとがきも良かった。コジンスキー読まなきゃ。(チャンス!は観ました。良かったんです。)

    アメリカ文学が好きだと胸を張って言える1冊を物にした充足感でいっぱい…
    ほんとに読めて良かったです。

  • おとぎ話のような、突拍子も無いお話のような・・・でも読み進めることが楽しく、あっという間の楽しい読書体験。

  • エリスンの短編集の解説に「アメリカ三大堕胎小説」のうちのひとつと書かれていたので読んでみた。図書館とかなんか「海辺のカフカ」みたいな…文体の柔らかさも村上春樹やんこれ(というより逆なんだろうけど) 不思議な図書館に引きこもって暮らす主人公が、人生を狂わせるほど美しい女性ヴァイダ(命、という意味を持つ)を妊娠させてしまい、堕胎しにメキシコにいく…というあらすじで、何かが何かのメタファーになっていると読むこともできるし、単に彼の紡ぐ文の柔らかさに添うだけでも良いような気もする。
    いろんなバックグラウンドもちゃんと知らず分かったような感想を言ってしまうと、フラットな日々に引きこもっていたかった主人公が、妊娠・中絶という、欲望やら肉体の軛によって俗世を生きることを強制される諦念のように読めた。

  • 12/12 読了。
    「これは完全に調和した、みずみずしくも、アメリカそのものの、美しい図書館である」と一行目に書かれているからには、この図書館は"アメリカそのもの"なのであろう。"誰も読まない本"を収容するのだから、"忘れられたアメリカ"あるいは"裏のアメリカ"と言ったほうが正しいかもしれない。(市井の人々のささやかなエピソードが知られざるアメリカを浮かび上がらせる、といえばオースターの『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』を思い出す)
    「今は真夜中で、図書館は夢見る子供のようにこのページの暗黒の中にたっぷりと引きこまれている」と二行目にはある。子供の比喩は"誰も読まない本"を指すと同時に、主人公とヴァイダの子を指し、さらには"忘れられたアメリカの一部"をも指しているのだろう。
    図書館は(及び洞窟)は死んだ子宮であり、それ自体は充足した閉鎖空間だった。だが、Vida(人生)の名を持つ女を引き入れ、図書館で授かった子どもを堕胎するという決断をした時、彼はすでに自ら図書館を捨てていたのだ。これもまた、アメリカのイノセンスをめぐる幻想の物語だったのだ。

  • 多分これを書いているのがブローティガンじゃなかったら絶対手にはとらなかったと思う。微妙な邦題とこのカバーじゃ…。己のブローティガン好きを信じて良かった。『西瓜糖の日々』を超える名作じゃないか、これは。村上春樹が影響を受けてるの痛いくらいわかる。誰にも読まれることのない、本が持ちこまれる図書館で働く主人公と彼をそこから連れ出すべく現れたような完璧な容姿のヒロイン。ヒロインが中絶する為、図書館を出た彼らに待ち受ける運命。解説も秀逸。あぁ、とってもいい作品に巡り合えた。2013/182

  • 個人的にいちばん好きなブローティガン作品は「西瓜糖の日々」なのですが、ああいうファンタスティックな要素を期待していると、後半で若干裏切られたような気持ちになってしまいました。ブローティガン自身の中で、何かが変わった時期だったのでしょうか?ピストル自殺にまつわるエピソードなど、最後に高橋源一郎の解説を読むと物悲しくなってきます。

    主人公は、年中無休24時間営業の風変りな図書館で働く青年。この図書館、普通の本ではなく、作家でもなんでもない市井の人々(子供から老人まで)が、世界にたった1冊しかない自分で書いた本を持ち込んできて、それを所蔵するという世にも奇妙な図書館で、前半、その図書館に収められた本を紹介するくだりなんかはとても面白かったし、素敵な設定だとわくわくしました。

    しかし、そんなお客の中の一人、あまりにもナイスバデーで美人すぎて生き辛いヴァイダという女性が現れて恋人になってから、物語の主題は一変。彼女が妊娠し、二人は堕胎のための旅に出る。

    非現実的でファンタスティックな図書館の設定とうらはらに、このうえなく生々しく現実的な堕胎という行為。結果、図書館に戻ってきたときにすでに彼らの居場所はなく、外の世界で彼らは生きていくことになるわけですが・・・

    それを、引きこもり青年が現実と対峙し外の世界へ出てゆくポジティブな結末、と捉えることも可能なのだけれど、はたして、あれほど自分の外見に生き辛さを覚えていたヴァイダがトップレスバーで生活費を稼ぐ現実というのは、本当に幸福なのか自分にはわからない。あの図書館に閉じこもっていたほうが幸せだったのに・・・と思ってしまう自分はまだまだ現実逃避的で体内回帰願望的なものから抜け出しきれない中2病なのでしょうか。

    生まれるはずの赤ん坊を殺す堕胎、という行為が彼らを外の世界へ生み出すことになるというこの皮肉。私には受け止めきれませんでした。

  • ロード・ムーヴィ的な。ケルアックの「路上」からクープラントの「ジェネレーションX」に連なるまでのアメリカのロードムーヴィー的小説。

  • 人々の想いを綴った本だけを保管する不思議な図書館。そこで働く図書館員と、完璧すぎる容姿に悩む美女の珍道中。引きこもりと妊娠中絶の話だけど、ユーモラスでピースフルでなんとも幸せな読み心地だった。

  • 「非合法堕胎手術をしに行くカップル」と聞くと、暗く、深刻な雰囲気を想像するけど、そこはブローティガンだけあってそんな雰囲気はほとんどなく、終始夢の中にいるような非現実感に包まれながら物語が進んでいく。
    堕胎に対する思いというのは人それぞれだけど、やはり主人公と恋人のあっけらかんと子どもを亡き者にする態度には違和感が残る。お互いのことは褒めるし愛し合っているし思いやりもありそうだけど、「これから生まれてくるであろうひと」のことを気にかけている様子は微塵も見られない。
    「未知の他者(=胎児)」に対する2人の無関心さは、主人公が図書館で生活していた頃の外界に対する無関心さとよく似ているような気がしてならない。異様で、読んでいる物を不安にさせる。物語の最後で、主人公は図書館を出て「新しい人生」を始めてはいるが、結局あまり変わっていないようにも思えるのだ。彼のいう「英雄」とは、いったいどういう意味なのだろう?

    ヴァイダの魅力はこれでもか!というほど描写されているけれど、主人公の魅力は全く伝わってこないので、ヴァイダが彼と出会ったことですんなりと忌み嫌っていた「自分のからだ」を受け入れるところは少しついていけない。だからだと思うのだけど、最後で、今の彼女が「トップレス・バー」で働いているという説明を読んだときにどうしようもないもの寂しさを感じた。

  • 西瓜糖の日々みたいな話
    私も図書館に住みたい
    できればヴァイダに出会わずに

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著者プロフィール

リチャード・ブローティガン(Richard Brautigan):作家・詩人。1935年、ワシントン州タコマ生まれ。56年、サンフランシスコへ。67年刊行の『アメリカの鱒釣り』は世界的ベストセラーになり(藤本和子による邦訳書は75年に晶文社から刊行)、一躍カウンターカルチャーが隆盛する時代の人気作家となった。おもな著作に『芝生の復讐』『西瓜糖の日々』『ビッグ・サーの南軍将軍』(いずれも藤本和子訳)などがある。84年、ピストル自殺。

「2025年 『風に吹きはらわれてしまわないように』 で使われていた紹介文から引用しています。」

リチャード・ブローティガンの作品

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