レ・コスミコミケ (ハヤカワepi文庫)

  • 早川書房
3.72
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  • Amazon.co.jp ・本 (295ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200274

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  • 20世紀イタリアの小説家イタロ・カルヴィーノ(1923-1985)によるSF風の綺譚集、1965年。何とも壮大な綺想譚、その余りに度外れたスケールの大きさと過剰に饒舌な綺想とが、ついにナンセンスの軽やかさへと反転してしまっていて空の彼方に飛翔し去ってしまうようで、そうした物語の無内容さから来る透明な可笑しさが読んでいて心地よい。

    しかし、こうした度外れたスケールゆえに透明感のある寓話の随所に、男女の愛や嫉妬や独占欲や競争心といった人間的なスケールの要素が含まれていて、それが物語の無内容の純度のようなものを損ねてしまっているのではないかと思われたのだが、宇宙大のスケールとの対照から却ってナンセンスな可笑しみが出てくると云えるのかもしれない。

    訳文は拙い。Qfwfq の饒舌な口上を、目で流れるように読みたい。



    特に面白かったのが「月の距離」「ただ一点に」「いくら賭ける?」の三話で、突き抜けて軽くなったイメージの広がりが心地よい。

    「月の距離」

    まず何より、月に梯子をかけて上る、というイメージが素敵だ。かのミュンヒハウゼン男爵にも月旅行の話があった気がする。月はファンタジーの想像力をくすぐる。自分は小さい頃にどこかで見た記憶の中の絵本のイメージで空想しながら読んだ。他の作品にも云えることだが、この綺想でいっぱいの物語に絵本作家が挿絵を描いたらどんなふうになるのだろうと想像するのも楽しい。

    「宇宙にしるしを」

    実体だけの世界からシニフィアン/シニフィエという形而上学的区別が生じる過程の物語。それは則ち、概念と個物の区別、表象と実体の区別、現象と物自体の区別、その他もろもろの二項対立図式が生まれるということ。宇宙に初めてつけられるしるしというモチーフが、それ自体で素敵であるし、記号論的にも興味をそそる。原-記号?

    「しるしに囲まれて暮らしているうちに、初めはただそれ自体の存在をしるすもの以外の何ものでもなかった無数の事物をだんだんしるしのように考えさせられるようになり、ついにはものがそれ自体のしるしに変貌して、しるしをつくろうとしてわざとつくったやつらのしるしといっしょくたになってしまったのだ」(p74)。

    「ただ一点に」

    宇宙開闢のその端緒に、穏やかで平和な愛情とその喪失という、幸福と哀切の物語があったとしたら、という愉快な空想。宇宙の始まりの言葉が、聖書の厳かさではなくて、こんなにポップなものだったとすると、その歴史はどんなものになっているのだろう。

    「ねえ、みなさん、ほんのちょっと空間があれば、わたし、みなさんにとてもおいしいスパゲッティをこしらえてあげたのにって思っているのよ!」(p86)。

    「いくら賭ける?」

    大小だとか遠近だとか疎密だとかの位相論的な感覚を両極端へ行ったり来たり狂わせられているうちに、全てが等し並みに無内容になってただ並列に排列されているだけのような気がしてくるから面白い。健全な思考はその都度ごとに適切なスケールの感覚を選択することで成立している、ということが分かる。宇宙の運命も人類の歴史もおよそ森羅万象をこんなナンセンスな賭けの上に乗せて遊びにしてしまっていること自体が、愉快であるし爽快である。

    「わしは別に自慢をするわけじゃないが、最初ッから、やがて宇宙が存在するってほうに賭けて、うまく当てたし、またそれがどんな具合になるかってことでも、学部長(k)yKを相手に、何度も賭けをして勝っていたんだ」(p151-152)。

    「空間の形」

    抽象的な数学的観念(平行線の公準)を空想の遊びにしてしまう自由さ、具象性の鈍重な衣服を脱いだ綺想の軽さ。どこまでも交わることなく地面に到達することもなく墜落し続ける二人の軌跡と。そんな二人の平行線運動を着地点も曖昧にどこまでも間延びしながら語り続けていく Qfwfq の冗舌な文字列と。そして、墜落していく二人(実体)とその語り(表象)とが、まさに平行線のように parallel に重なり合って区別がつかなくなっていく・・・。

    「もちろん同じこれらの行だって文字や言葉の行列というよりもただの黒糸のようにほぐしていって線それ自体という以外の何の意味もない連続的な平行直線になるまで引きのばすことだってできるのだし、その線の絶え間なくのびてゆきながらけっして出会うことのないのと同じようにわしらもやはり、わしも、ウルスラ・H‘xも、フェニモア中尉も、その他のみなも、けっして出会うことなく絶え間なく落ち続けてゆくのだ」(p221)。

    「光と年月」

    現代の電子的コミュニケーションにおけるディスコミュニケーションの状況を、片道1億光年(+α)のメッセージの遣り取りという戯画を通して、予言していたかのような作品。しかしその状況は、たまたま電子的装置を通して顕在化したというだけで、本質的にはコミュニケーションに予め孕まれているディスコミュニケーションであることが分かる。

    「わしはこれこそわが品位と威信とを添えるものだと、自分の行っていることに自信満々というところだった。そこで大急ぎでわしのほうに人差し指を突きつけているプラカードをふりかざして見せたのだった。と、ちょうどその瞬間に、わしとしたことが実に不様な目に――度しがたい大失策、地の底にでも潜りこんでしまいたいほど恥ずかしい人間としての惨めをつくした有様に落ちこんでいったのだった。しかもすでに賭けはなされていた。その姿は標識つきのプラカードのおまけまでつけて、宇宙空間の大旅行へとはや船出して、もはやだれにもそれを止めることができないまま、幾光年の距りを貪りつくしてゆき、星雲から星雲へと拡がってゆき、将来の幾百万世紀にもわたって批評やら哄笑やら得意顔やらの洪水をまき起こしてゆくのであって、そしてその洪水はまたその後の幾百万世紀にわたってわしのもとに帰って来て、このわしにまたいっそう間抜けた言いわけと、不細工な修正を余儀なくさせるのだった」(p244)。

  • カルヴィーノの到達点の一つとの誉れ高い一冊だが、実は初読。ビッグバンの瞬間から、広がっていく宇宙、太陽の誕生、地球上に大気が生まれ色彩が広がるとき、月が地球から離れていくとき、水生生物が陸に上がるとき、恐竜が滅びた後などを全て実体験した Qfwfq 老人が語る連作短篇。果てしない想像力で描かれる物語世界が、Qfwfq 老人の軽快な語り口とあいまって、どれも素晴しい。ところどころに挿し挟まれる物悲しい離別の物語もペーソスが効いている。

    お気に入りのシーンは何といっても「ただ一点に」に描かれるビッグバンの瞬間。Ph(i)Nk 夫人が「ねえ、みなさん、おいしいスパゲティをみなさんにご馳走してあげたいわ!」という一言がきっかけになって、この宇宙は生まれたのであった!

    久しぶりにカルヴィーノ熱が再発しているので、何冊か読み返してみるつもり。

  • しごく人間臭い宇宙史。月からビッグバンから量子力学から重力場から恐竜まで、永遠の命を持っているらしい語り手qfwqfが、自分の若かりし頃の思い出を語る。qfwqfは言ってみれば万能ではない神のようなもの。

  • 3.71/429
    内容(「BOOK」データベースより)
    『いまや遠くにある月が、まだはしごで昇れるほど近くにあった頃の切ない恋物語「月の距離」。誰もかれもが一点に集まって暮らしていた古き良き時代に想いをはせる「ただ一点に」。なかなか陸に上がろうとしない頑固な魚類の親戚との思い出を綴る「水に生きる叔父」など、宇宙の始まりから生きつづけるQfwfq老人を語り部に、自由奔放なイマジネーションで世界文学をリードした著者がユーモアたっぷりに描く12の奇想短篇。』

    目次
    月の距離/昼の誕生 /宇宙にしるしを/ただ一点に/無色の時代 /終わりのないゲーム/水に生きる叔父/いくら賭ける? /恐龍族/空間の形/光と年月/渦を巻く


    原書名:『Le cosmicomiche』(英語版:『Cosmicomics』)
    著者:イタロ・カルヴィーノ (Italo Calvino)
    訳者:米川 良夫
    出版社 ‏: ‎早川書房
    文庫 ‏: ‎295ページ

  • 大学卒業にあたって、友人から譲り受けました。SFをよく読む友人だったので、カレル・チャペックや神林長平と一緒にカルヴィーノのこの本もあったのです。以来、何度か紐解いては読み進めておりました。

    雰囲気がいいんですよ。情景の描写にすごく味があって、思わず引き込まれるんですよね。

    宇宙の始めから生き続けているというQfwfqじいさんの、ある時は恐竜、ある時は船長、ある時は軟体動物、ある時はナゾの物質(?)であった時の思い出話をラブストーリーありコメディありの軽妙な口振りで語りまくる12の小品からなった短編集です。

    個人的には「無色の時代」が一番好きです。好きな人と好きな世界を共有できない切なさが胸に迫ります。「月の距離」なんかも、届かぬ恋みたいなのを感じさせていいですよね。ラブストーリーなんだけど、切なくて、宇宙規模で、なおかつ相手も無生物だったりするあたり、どこか市川春子の『虫と歌』『25時のバカンス』のような世界を彷彿とさせますね。

  • ハヤカワepi文庫ってすばらしい

  • これは面白かったー。コミカルで読みやすい。パロマーが好きだったので、似た雰囲気で楽しみやすかった。

  • 大まじめに大ホラ吹きな宇宙創世を書いている。
    一話一話ふざけている故に、なんだかチャーミング。ウキウキにしてくれた。

    絵本にしたら子供は大喜びするでしょうに。

    その分翻訳がありきたりなのがもったいない。

    円城塔さんが翻訳して出し直したらどうだろう。

  • 安心して他人に勧められる。良い意味で。私はかなり好きだ。ほとんどの話に(恋)愛が絡むのは、イタリア人らしいというべきか?

  • 読了

著者プロフィール

イタロ・カルヴィーノ(Italo Calvino)
1923 — 85年。イタリアの作家。
第二次世界大戦末期のレジスタンス体験を経て、
『くもの巣の小道』でパヴェーゼに認められる。
『まっぷたつの子爵』『木のぼり男爵』『不在の騎士』『レ・コスミコミケ』
『見えない都市』『冬の夜ひとりの旅人が』などの小説の他、文学・社会
評論『水に流して』『カルヴィーノの文学講義』などがある。

「2021年 『スモッグの雲』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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