わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

制作 : Kazuo Ishiguro  入江 真佐子 
  • 早川書房
3.72
  • (84)
  • (151)
  • (149)
  • (14)
  • (7)
本棚登録 : 1175
レビュー : 148
  • Amazon.co.jp ・本 (537ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200342

作品紹介・あらすじ

上海の租界に暮らしていたクリストファー・バンクスは十歳で孤児となった。貿易会社勤めの父と反アヘン運動に熱心だった美しい母が相次いで謎の失踪を遂げたのだ。ロンドンに帰され寄宿学校に学んだバンクスは、両親の行方を突き止めるために探偵を志す。やがて幾多の難事件を解決し社交界でも名声を得た彼は、戦火にまみれる上海へと舞い戻るが…現代イギリス最高の作家が渾身の力で描く記憶と過去をめぐる至高の冒険譚。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • カズオ・イシグロさんという、日系のイギリス人の小説家さんの本です。2014年現在60歳くらいの男性のようです。
    お名前は完全に日本人なんですが、まあ、何はともあれ母語は英語のようです。これも、翻訳本です。
    正直、名前しか知らなかったんですが、「読んだことのない現在進行形の作家さんを読んでみたいな」という思いもあって。ほぼ予備知識なしで読みました。
    不思議な小説、面白かったのは面白かったです。ラストの喪失感っていうか切ない感じが辛かったですけど。
    英語版が発表されたのは2000年だそうなんで、もう14年前の小説になるんですけどね。

    お話は、
    ●1930年代の、ロンドン。主人公のクリストファー君(20代)は、両親がいないけど、財産に恵まれた若者で、教育を受けて、志望通り「探偵」になっています。
    ●そのクリストファーさんの回想で、15年?20年前?子供だった頃。両親(イギリス人)と上海に居ました。支配者階級イギリス人一家のリッチな日々。父は、英国商社マン。母は敬虔な慈善家で、アヘン撲滅運動をしている。なんだけど、実は夫の会社、ひいてはイギリスが、上海に中国に、アヘンを売りまくっているという矛盾。
    ●それから、その上海の子供時代、隣家の裕福な日本人家庭の「アキラ」という名前の同年配の子との友情。
    ●その上海時代、父が蒸発する。そしてやがて母も蒸発する。孤児になり、独り英国の伯母のところへ。
    ●そんな思い出が続きながら、20代の主人公は探偵になり、かつての上海の両親の失踪を調べている。なんとなく確信を得て、上海へ。久々に上海へ。
    ●日中戦争泥沼の時期の上海。腐敗した支配者階級、悲惨な戦争。アキラと、物凄い偶然の再会。両親の失踪の真実を知る。
    ●大まかに言うと。父は愛人と逃げただけだった。母は中国人のマフィアにさらわれて妾になっていた。クリストファーの安全と財産、それと引き換えに母は自死を思いとどまっていた。なんて悲しい事実。
    ●どーーーんと月日が過ぎて、淡々と初老になってロンドンで暮らしているクリストファー。母とは戦後に再会。だが、母は心を病んで、息子を判らなかった。

    ■と、言うお話が、クリストファーさんの一人称で語られます。これ、大事ですね。客観的には語られません。

    ■で、少年時代の豊富な細かい想い出、20代のロンドン~上海時代の恋愛、引き取った孤児の少女との触れ合い、が、入ります。

    あらすじ、枠組み、で言うと、そういうことなんです。
    なんだけど、あらすじではわからない「味わい」について言いますと。

    ●主人公は孤児なんだけど、どうして孤児になったのか、判らない。本人にも判らない。犯罪の匂いがする。
    ●主人公は、シャーロック・ホームズに憧れて、探偵になる。
    ●そして、両親の蒸発の謎に迫っていく。
    と、言うあらすじなんですけど。なんですけど、細部が無いんです(笑)。
    犯罪捜査の細部が、無いのです。
    だから、なんていうか、「犯罪娯楽小説」「探偵娯楽小説」「冒険娯楽小説」では、無いんですね。
    兎にも角にも、主人公の青年の心理、内面。その震え、動揺、高揚。そういう面白さなんです。

    それで、この小説は、戦争が描かれます。第二次世界大戦。まあ、厳密に描かれるのは上海での日本軍対中国軍の戦闘です。
    そして、この小説は、「支配体制権力が行う、人種差別的な、構造的な悪事」「それを、見逃して、目をつぶって、白々しく上品に暮らす人々」が描かれます。
    そして、その中で小説として起こることは、やりきれないほど辛く、悲しく、絶望的で、救いがない。そういう、隠された事実だったりします。
    子供時代の、美しい無邪気な想い出が無残になります。

    ま、つまり、そういうことなんだろうなあ、と。この小説で渡したかった後味っていうか。
    そういった、怒りや批判を含んだ、喪失感というか、無力感というか。
    そこに至る絶望感とか、感傷とか。
    だから、正直、全部一人称なんで。どこまでが物語的に事実なのか、疑問も抱けるわけです。
    主人公のクリストファーが、そう思っている。そう思いたかった。そう妄想している。だけかもしれない訳です。
    特に、上海の戦場、幼馴染のアキラと偶然邂逅するくだり。あまりに偶然。この、上海戦場放浪のくだりは、全体に、どこまで事実かわからない。
    なんだけど、この小説の中でも、ぐぐっと読ませます。くらくら眩暈がするような。主人公の意識と一緒に、戦場という悲惨さの中に、読んでる気持ちも叩き込まれます。
    なんかもう、そうなると、ジジツなのか妄想なのかという境目は、どうでもよくなるような気もします。
    そういうことなのかなあ、と。

    そして、小説全体に、東洋人でありつつ英国人である、という作者の業なのか、なんとなく、感じたこと。
    西洋白人社会、つまり19世紀的な先進国の、物凄く深い罪悪。暴力性、残虐性。被差別対象としての東アジア人。その東アジア人が被害者から加害者へと乗り換える。その際の、復讐的とも言える暴力性、残虐性。…救いのないループの中で、らせんに織り込まれた20世紀前半という歴史。そんなタペストリーを見せられたような気がします。

    うーん。そんなこんながかなり、意図的。戦略的な気がするんですよね。
    この小説家さんは、小説とか、言葉とか、意識とか、歴史とか、物語とか、そういうことに凄く意識的な気がします。
    それは、「面白いために必須な条件」な訳ではないんですけどね。
    何ていうか、右手が、「右手である」ということに意識的になってみると、ちょっと違って見えて来ちゃうみたいな。
    そして、いちばんなことは、文体的に?語り口というか。とても落ち着いていて、品があると思いました。クドいケレンもない。あざとさも無い。
    こういうのって実はすごいことだし、大事なことです。半分は翻訳の問題ですけどね。僕は好きでした。

    1930年代、20年代くらいの、上海。
    演劇「上海バンスキング」の世界な訳ですが。
    この西洋と東洋、貧困と富裕、混濁と美しさのような街並みが、くどくどと描写されるわけでもないのに、
    すごく印象に残ります。
    そういうのって、文章を読む醍醐味ですね。
    この小説家さんの小説は、いくつか映画になっているそうですけど、絶対にこの持ち味は、厳密に言うと映画に移し替えられるものではない、と思います。
    村上春樹さんとか、そうですよね。
    (伊坂幸太郎さんの小説も、好きなんですが、何故だか映画化作品は、マッタクと言って良いほど、そもそも見ようという気になれないんですよねえ…。閑話休題。)

    …って、この本。
    手放しで褒めるって感じにもなれないんですけどね。
    そんなこんなで、大まか言うと暗いです(笑)。
    キッチリ美しく、均整に心地よいのですけど、一方で暗い(笑)。ユーモアも、まあ、無いですねえ。
    暗いというか、痛い?美しいのに痛くて悲しいかんじですね。

    なんですけど、ホントに知的で素直で読み易い語り口。
    主人公が、何をどう感じているのか、という興味で転がしていく、話の運びの巧みさ。
    考察と知性と感傷が充満充実した、全体の構成。
    うーん。なんて言えばいいか。本格派。スバラシイ。
    大好き!とは言いませんが、またいつか別の小説を読んでみたいですね。何より、同時代の人なので。次回作、最新作で、今のイマの世界をどう感じて何を語るのか。楽しみですね。

    「わたしたちが孤児だったころ」。原題の、まあ直訳なんですけど。この直訳感、微妙に日本語的に居心地が悪い感じが、この本にはふさわしいなあ、と思います。
    素敵な翻訳タイトルだなあ、と思います。

  • とても興味深く読んだ。
    第一大戦後から第二次大戦後までの時代を描く、主人公の私立探偵の第一人称視点の物語。
    列強に植民地化(租界)された上海で生きる主人公クリストファー・バンクスとその日本人の友人アキラ。
    両親が突然行方不明となった主人公はイギリスに戻り、私立探偵として名声を得るが、生涯の任務として自分の両親を探し続ける。最後には両親の失踪の真実を知る。
    主人公が過去を回想していく形で物語は進んで行くが、ロード-ムービーのようで先の展開が全く読めない。
    著者カズオ・イシグロの出自も影響しているのだろうが、日本人とイギリス人の交流というか、イギリス人がどのように日本人を見ているかを垣間見ることができる。
    カズオ・イシグロの読んだ著書は、少しSFがかった『私を離さないで』、イングランドの古代・アーサー王時代の少し後を描いた『忘れられた巨人』と租界時代の上海を描いた本作とで3冊目だけれども、いずれも時代も話も全くかけ離れていて非常に面白い。
    本作は少し村上春樹の著書に似ているかな。

  • カズオ・イシグロの、何というか静謐を湛えたような独特の文体が好きで、これまで『日の名残り』や『私を離さないで』、『忘れられた巨人』を読んできた。久しぶりに彼の手による著作を手にしたわけだが、その語り口は独特で、物語は時に淡々と、時に波に揺られるように、あるいは時に劇的に進められていく。

    上海で生まれ育ち、しかし幼くして両親と生き別れ、イギリスにいる伯母へ引き取られ、長じて探偵業を営んでいる男が主人公。タイトルにあるように、この主人公の境遇である“孤児”がテーマだと思うんだけど、「これがそうです」といったような感想は持ち得ない。しかし、読書中は常に読み進められずにはいない感覚で(このあたりは村上春樹と共通したものがある)、500ページ強の長さも気にならなかった。読後は、ほのかに暖かい気持ちと、少しの喪失感を味わう、そんな小説だ。

  • これを書いていたら、カズオ・イシグロさんが先程ノーベル文学賞に選ばれてびっくり。おめでとうございます。

    この小説は、一言で言うと痛くて悲しいけれど少し希望もある不思議な回想録。
    主人公の記憶の曖昧さや、思い込みや現実との乖離が気になりながら静かに引き込まれて行った。

    同級生との会話の齟齬から始まり周囲からの歓迎ぶりや賞賛…上海での戦場シーンは特に何かがおかしくて、幼なじみとの邂逅シーンでは、実はアキラではなかったのかもと呟いている。

    再会を熱望していたのは事実だろうし、一度は見かけた気がしているし、ならば戦場で出会った人物がアキラではなくて彼の妄想だったとすれば、怖いながらも痛く悲し過ぎた。

    《両親を探し当てた後に開かれる予定の式典》は特に疑念でいっぱいだったが、まんまとイシグロの術にハメられ、結局、そんなものは開催される筈もなく、彼の妄想だと後から気付いた時にはゾッとした。

    終盤、それまでの品位ある静謐な雰囲気から一変、唐突な叔父さんの独白はやり切れず、そこまで言うのかとおののいた。
    終始彼の頼りなさや勘違いを感じていたけれど、それはある種の自己防衛本能で、叔父さんの衝撃の独白の前ではアリだと思えた。

    とはいえ実のところ彼はそれを静かに受け止めたのかもしれない。母との辛い再会も彼の受け止め方は彼らしく、ずっと愛されていたことの方が大事だと考えるところが素直に素敵だと思えた。そして養女ジェニファーが最後の希望となり救われた。

    読後、不思議な余韻が続いた。1930年代の美しい上海租界の情景が鮮明に浮かび戦場のシーンを除けば全体的にとても美しかった。

    残酷過ぎた『わたしを離さないで』を超えて、カズオイシグロワールドを堪能した。

  • 一貫して、主人公の語りで綴られるストーリー。

    子供時代を過ごした上海の租界でのキラキラした思い出。
    父と母の失踪。
    大学卒業後の探偵としての成り上がりと、社交界での華麗な日々。
    そして、上海に戻って、父と母の事件を調査する様子。
    哀しい結末。

    ストーリーの流れだけを見ると、冒険小説のようだけど、実は全く違っている。
    予備知識なしで、ワクワクドキドキを期待し読んでいたので、少し戸惑った。

    まず、主人公は、推理をしない。びっくり。
    また、主人公は、人間誰しもがそうであるように、記憶を自分の都合のいいようにつくりかえているようで、ところどころ、後半はかなりの部分に違和感が出てくる。

    幼少時代のオールドチップ論争からはじまり、クン警部の伝説化、自分が名探偵だというのも少し疑わしい気がする。
    極め付けは、両親の誘拐から20年近くたっているにもかかわらず、まだ生きていて同じ場所に幽閉されていると信じきっているところ。
    さらに、その事件の解決が世界を救うことになると、自分だけでなく全ての人が信じていることを信じているところ。
    アキラとの再会。

    これには、孤児という拠り所のない立場の主人公が、自分の内的な世界に居場所を求める悲しさがあった。さらに、フィリップおじさんとのラスト近くの会話で、世界が美しいものではなかった、と知るところは主人公に追い撃ちをかける。

    主人公の世界が崩壊してしまうかと思ったけれど、母親や養子にとった家族の存在が、心をつなぎとめ、その時、孤児ではなくなったのだと感じた。

    結論、なんだかよくわからないけれど、深い余韻が残る作品でした。

  • これを「探偵物語」なんて言わないでほしいなあ。
    主人公が大人になって探偵という職業を選んだ、って
    ミステリじゃないんだから。

    ミステリじゃなくて探偵が出てくる辺り、
    ポール・オースター初期作品を思わせますが
    こちらはニューヨーカーじゃありませんから~

    解説氏も書かれていましたが
    読み終えた途端にもう一度最初から読みたくなる、
    というか読み始めてしまった、ちょこっとだけ・・・
    もうちょっと、出たくない世界でした。

  • カフカの『城』みたいなたどり着けない感じと、回想録というスタイルで出来事が淡い感じとで、ダブルの掴みきれない印象がした。

  • ハードボイルド探偵が、上海で失踪した自分の両親を探す。
    全く普通の探偵物語と思いきや…あれれ?という展開に。
    そう、孤児であることで得られた想像力が、私たちを冒険に誘うのだ。
    もちろん、カズオ・イシグロさんならではの残酷な展開ではありますが、
    私は息子がいるので、真相をめぐるお母さんの気持ちに、涙。

    ああー古川日出男さんのあとがきが全て。
    「あなたは孤児になるために、この本を読むんだよ」

    …なんと奥深い!

  • 何とも言えない読後感です。
    最後に主人公が孤児になった真相が明かされるのですが、その現実(フィクションですが)が残酷…

    (2、3日、気がつくとそのことを考えていました…
    酷い話だが、こういうこともあったのかもしれない。)


    少年時代を回想する前半は、
    セピア色でノスタルジック&オリエンタル。

    イシグロ氏の本は今回が初めてですが、
    今まで何となく幻想的な作風の作家だと思ってたから、
    そっかこういう感じか、と。

    しかし大人になって探偵になった現在の、後半は、
    ヴィヴィッドな感じでした。迷彩色も入ってる(戦争の時代なので)。


    西欧人が統治していたきらびやかな租界の街と、
    市井の中国人庶民が暮らす、「押し入れほどの大きさの家」が並ぶ狭い路地裏。


    そして主人公が結構矛盾した性格だった。
    自分が思う自分と、他人が思う自分の像にギャップがある。
    思い込み?独りよがり?
    孤児として生きてきて、
    自分の世界を強固にしなければ生きていけなかったのかな、と。

    サラは他人を傷つけてきた(踏み台にしてきた)罰を上海で受けて、それでやっと幸せになれたのかな。

    大人のアキラは本当にあのアキラだったんだろうか。だとしたらこの後もずっと主人公との交流が続くといいな。

    正気を失ってしまったお母さんが哀しすぎた。
    最後のお母さんの鼻歌に涙。。。

  • 大好きなカズオ・イシグロ。
    『日の名残り』を読んで以来、夢中になり順番に読んで来ました。
    これで彼の物語で翻訳され本として出版されているものは全て読んだことになります。

    『わたちが孤児だったころ』は正直、私にとっては難解で読み終えるまでの時間が1番かかった物語でした。
    カズオ・イシグロの物語は全容がけっこう読み進めないと見えてこないという印象が強いですが、特に今回は本当に最後の最後まで良く分からず・・・
    ただその分、残り十数ページで全てが繋がりはじめた時の快感は格別でした。
    最後のページの最後の行を読み終えた瞬間、主人公が物語の中で見てきた風景や彼の子どもの頃の思い出が、まるで自分がかつて経験したかのように次々と思い出されて行くのには驚きました。
    しばらく時を置いてからもう一度読んだら、また違う受け止めかたができそうな一冊です。

全148件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)のその他の作品

カズオ・イシグロの作品

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする