わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

制作 : Kazuo Ishiguro  入江 真佐子 
  • 早川書房
3.72
  • (82)
  • (151)
  • (147)
  • (14)
  • (7)
本棚登録 : 1167
レビュー : 147
  • Amazon.co.jp ・本 (537ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200342

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • カズオ・イシグロの「わたしたちが孤児だったころ」は、私立探偵が主人公だ。しかし、ミステリー小説ではない。幼いころに両親が行方不明になった主人公が、その謎を追いかけてゆく中で、わたしたちは決して孤児ではない、誰もが愛されているし誰かを愛さずにはいられない、という人生の真実を目の当たりにするという物語である。

  • 配置場所:摂枚文庫本
    請求記号:933.7||I
    資料ID:95130023

  • 解説で古川日出男が、
    「最後のページを読み終えると言葉を失ってしまう」
    と書いている。まさしく。
    完全にカズオ・イシグロ中毒だ。もっと読みたい。

  • 父親の本棚から借りてきました。

    本作品もはじめは和やかでほほえましく、幼少期の思い出は牧歌的でさえありノスタルジックな気分で読み進めていました。
    が、上海に戻ったあたりから雲行きが怪しくなり、アヘン戦争という罪の現実や両親の誘拐の真実が解き明かされ、主人公が一気に闇に呑みこまれていく様に読む手が震えました。
    こういう手法はカズオイシグロならではですね。

    真実を知る前までの幼少期からの美しい思い出や、イギリスでの社会的地位とそれに伴う安定した生活から一転するこのコントラストは、本当に衝撃的なのです。
    両親を巡る真実は一見すると陳腐にも感じますが、悪のからくりとはその程度の日常のすぐ隣にあることが怖く、更にアヘン戦争におけるイギリスの責任は重く、便乗する世界も(もちろん日本も中国国内も)許し難く、戦時中はどこにでも悪が隣りにいるという現実にはぞっとしました。
    そしてあれだけの生々しい戦闘シーン・・・衝撃的で映像が頭から離れない一方で、幼馴染も偽物に感じたし、それどころかあの一連の出来事は彼の妄想かとも思ったり、概念的な悪と現実の暴力の境目がつかなくなる自分がいました・・・

    しかし、そんな現実を知りつつも子供には虚構の美しい世界を見せ続けようとした母の愛が、幼馴染との美しい故郷の思い出が、主人公の生きる力になり養女を愛する原動力にもなっているではないかと気づいた時、理不尽なだけではない優しい世界を感じられたので、最終的な読後感は悪くはなかったです。

  • 主人公の現在と過去が折り重なるように映し出されます。探偵として有名になった「パフィン」ですが、実は生き別れになった父母を探すために目指した職業のようにも見えます。

    舞台は1920年代の上海、ロンドンの社交界、そして1930年代の戦火に見舞われた上海。上海には昔よく行ったのでバンド周辺や主人公が住んでいたという四川北路の情景が目に浮かびました。その故郷で、自分の意向とは全く関係なく運命のレールに乗らされた彼と家族が気の毒です。そして幼友達との交流とわかれ、そして再会のシーンがとても切ない。

    残酷なドラマですが、どこかゆったりとした空気が流れ、優雅な色をかもしだしているのが不思議です。やはりイシグロ氏の筆が作りだす魔法と言えるでしょうか。ほかの作品も読んでみたいです。

  • 幼い日、アキラと遊んだ世界は永遠に閉じ込められる?

    1900年代初頭、上海の租界で父母と暮らすクリストファーは突然の父母の失踪によって一人イギリスの伯母の元に戻りケンブリッジ大を卒業し探偵業となる。

    1937年、父母の失踪の謎を解くべく再び上海に戻るが、物語は日中戦争、国共内乱に影響される租界と、幼い日々の隣人アキラやイギリスでの回想が交互に描写される。

    イギリス時代に出会った女性サラ、寄宿学校の同級生、そして日本の兵隊となったアキラ、と偶然の出会いが物語をグイグイ進展させ、次はどういう展開とイシグロ作品初めてのドキドキ感がした。

    幼い日々に失ったからそこまで父母に執着するのか? そして意外な父母の顛末。求めてたものは幸せだと思っていた幼い日々そのものか。最後は60歳位になろうとするクリストファがイギリスで一人居る場面だが、日本とイギリス、上海とイギリス、イシグロ氏自身の影も少し感じた。

    同い年の隣人アキラとの互いの家での遊びの描写、また青年期のサラとの出会いややりとりなどがとても生き生きとした描写だった。

    現在と過去の回想の交互の描写は、それまでのイシグロ氏の作品に共通するものだが、現在が戦乱、そして過去もアキラの屋敷の中国人の召使の部屋に忍び込む場面など薄暗い画面を想起させられ、全体に雨の降った昔のモノクロ映画をみている感がした。

  • これは驚いた。今年一番の当たり本。
    時は1920〜30年代。イギリス人の探偵クリストファー・バンクスはロンドンの社交界で有名になっていく敏腕な探偵。彼は幼少期を上海の租界で過ごし、隣に住んでいた日本人アキラとよく遊んでいた。健やかに育っていたはずの子供のクリストファーはが、とある日を機に両親から引き離されてしまう。ここから話が急展開。。。
    人種、恋愛、戦争、子供の成長、自我、アヘン、そして親の愛。色々なものが詰まったサスペンス小説。

  • 子供時代を過ごした故郷の記憶。長い間故郷から離れて過ごしていると、それらの記憶が自分の基礎を形作っているのだと実感する。故郷の風景、感触、におい、手触りがふとしたきっかけで潜在記憶から立ち上ってくる。今の生活が苦しかったり不本意だったりすればするほど記憶は美化されていく。子供時代へのノスタルジーを心の拠り所にするために。
    記憶の中の美しい故郷を失いたくなければ、今現在の「現実の」故郷は見ない方がいい。破綻や失望が待っているだけだ。
    というお話だったんだろうか?と、読了して数ヶ月経ち、そう思えてきた。主人公の故郷は、第二次大戦前の上海の租界地という特殊な場所だ。どうしようもないほど世俗的で、世間の問題から目をそらしている人たちのすみか。ここを「故郷」と呼ぶような人はいるわけがないだろう、と思えるのだが、主人公にとっては紛れもない唯一の「故郷」なのだ。子供時代の瑞々しい描写と、主人公が長じて上海に戻ってからの荒唐無稽なストーリー展開の対比は、「記憶の中の故郷はそっとしておけ」というメッセージだったのだと勝手に解釈している。

  • このように思っていた、でも実はそうじゃなかった。著者のいくつかの作品に通底する真実の残酷さ、人間の曖昧さがこの作品にも表れている。優雅な上海租界の少年時代と対照的な30年代の日中戦争の悲惨。こんな時代にあって主人公が奮闘する目的や生きる意味の重さが、ラストの山場、幼馴染のアキラとの再会シーンに凝縮されているように思えた。最後にはやはり涙が滲んできた。

  • あまり集中できない状態で読んだため、ストーリーがいまひとつ頭に入ってこなかった。もったいないことをした。

全147件中 21 - 30件を表示

著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)のその他の作品

カズオ・イシグロの作品

ツイートする