わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫 イ 1-3)
- 早川書房 (2006年3月31日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (537ページ)
- / ISBN・EAN: 9784151200342
感想・レビュー・書評
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第一大戦後から第二次大戦後までの時代を描く。
主人公は私立探偵で、彼の回想によって物語が綴られる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
カフカの『城』みたいなたどり着けない感じと、回想録というスタイルで出来事が淡い感じとで、ダブルの掴みきれない印象がした。
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とても興味深く読んだ。
第一大戦後から第二次大戦後までの時代を描く、主人公の私立探偵の第一人称視点の物語。
列強に植民地化(租界)された上海で生きる主人公クリストファー・バンクスとその日本人の友人アキラ。
両親が突然行方不明となった主人公はイギリスに戻り、私立探偵として名声を得るが、生涯の任務として自分の両親を探し続ける。最後には両親の失踪の真実を知る。
主人公が過去を回想していく形で物語は進んで行くが、ロード-ムービーのようで先の展開が全く読めない。
著者カズオ・イシグロの出自も影響しているのだろうが、日本人とイギリス人の交流というか、イギリス人がどのように日本人を見ているかを垣間見ることができる。
カズオ・イシグロの読んだ著書は、少しSFがかった『私を離さないで』、イングランドの古代・アーサー王時代の少し後を描いた『忘れられた巨人』と租界時代の上海を描いた本作とで3冊目だけれども、いずれも時代も話も全くかけ離れていて非常に面白い。
本作は少し村上春樹の著書に似ているかな。 -
カズオ・イシグロの小説を読んでいるときのこの胸をしめつけられる感じは結局なんなのだろうか、と考えてみると、個人的にはやはり「取り返しのつかない過去」について、否応なく気づかされることの切なさではないかと思うのだ。
「日の名残り」にせよ、「私を離さないで」にせよ、描写は基本的に「回想」なのだが、その中で頻繁に「あれは今思えば」とか「後で考えてみると」といった説明が差し込まれる。そしてそれがストーリーを追うごとにひたひたと積み重なっていく・・・
「わたしたちが孤児だったころ」は第二次大戦期前夜に上海で少年時代を過ごした主人公が、かの地で次々と失踪した父と母とを探す物語。孤児として母国イギリスに戻り、探偵として社交界で名をなし、運命に導かれるように再び上海の地に辿り着く。
この小説家の書く作品は毎回おそらく核心部分は同じだと思うのだが、うすい靄がかかったようにそこに容易にたどり着くことができない。こと本作に関しては、主人公が引き取った孤児のジェニファーに語りかける以下のセリフがもっともそれに近いものではないか、という気がした。
「時にはとても辛いこともある。・・・(中略)まるで、全世界が自分の周りで崩れてしまったような気になるんだ。だけど、これだけは言っておくよ、ジェニー。きみは壊れたかけらをもう一度つなぎ合わせるというすばらしい努力をしている。・・・決して前と同じにはならないことはわかっている。でも、きみが自分の中で今それをがんばってやっていて、自分のために幸せな未来を築こうとしているってことがわたしにはわかっている。わたしはいつもきみを助けるためにここにいるからね。そのことを知っておいてほしいんだ」(入江真佐子訳、ハヤカワEpi文庫) -
翻訳物は苦手ながらノーベル賞を受賞されたカズオ・イシグロ氏の著作ということで一冊くらいは読まなくてはと購入。
ロンドンの名探偵の設定からなかなか馴染めず読了まで時間がかかってしまった。
後半からは物語として面白くなってきたが、探偵である必然性が感じられなかった。
原文で読めれば深い部分まで共感できたのかもしれないが和訳がすとんと理解しにくかった。
前半の霧に包まれたような不可解な点が後半で解決に向かうのだが「母を訪ねて三千里」の戦中版のような気がした。 -
不思議な感じの小説である。主人公と周りの世界とのズレを匂わせながら展開していき、上海での両親探索にて主人公は異世界に入り込む感じになる。でも何事もなかったように終わる小説。
前に読んだ「日の名残り」も、同じく一人称独白振り返り式だったが、そちらは主人公のズレがエンディングで明らかになるのとは本書は一味違う。 -
カズオ・イシグロの「わたしたちが孤児だったころ」は、私立探偵が主人公だ。しかし、ミステリー小説ではない。幼いころに両親が行方不明になった主人公が、その謎を追いかけてゆく中で、わたしたちは決して孤児ではない、誰もが愛されているし誰かを愛さずにはいられない、という人生の真実を目の当たりにするという物語である。
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配置場所:摂枚文庫本
請求記号:933.7||I
資料ID:95130023 -
父親の本棚から借りてきました。
本作品もはじめは和やかでほほえましく、幼少期の思い出は牧歌的でさえありノスタルジックな気分で読み進めていました。
が、上海に戻ったあたりから雲行きが怪しくなり、アヘン戦争という罪の現実や両親の誘拐の真実が解き明かされ、主人公が一気に闇に呑みこまれていく様に読む手が震えました。
こういう手法はカズオイシグロならではですね。
真実を知る前までの幼少期からの美しい思い出や、イギリスでの社会的地位とそれに伴う安定した生活から一転するこのコントラストは、本当に衝撃的なのです。
両親を巡る真実は一見すると陳腐にも感じますが、悪のからくりとはその程度の日常のすぐ隣にあることが怖く、更にアヘン戦争におけるイギリスの責任は重く、便乗する世界も(もちろん日本も中国国内も)許し難く、戦時中はどこにでも悪が隣りにいるという現実にはぞっとしました。
そしてあれだけの生々しい戦闘シーン・・・衝撃的で映像が頭から離れない一方で、幼馴染も偽物に感じたし、それどころかあの一連の出来事は彼の妄想かとも思ったり、概念的な悪と現実の暴力の境目がつかなくなる自分がいました・・・
しかし、そんな現実を知りつつも子供には虚構の美しい世界を見せ続けようとした母の愛が、幼馴染との美しい故郷の思い出が、主人公の生きる力になり養女を愛する原動力にもなっているではないかと気づいた時、理不尽なだけではない優しい世界を感じられたので、最終的な読後感は悪くはなかったです。