わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫 イ 1-3)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (537ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200342

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  • ロンドンで探偵業を営み、今売り出し中の若者クリストファー・バンクスは、かつて上海の租界で少年時代を楽しく過ごしたが、両親が突然失踪して孤児になってしまい、親戚を頼ってイギリスに帰郷した孤児だった。その後上海には行っていないが、心はかつての上海の街に囚われていた。

    探偵を職業に選んだのも、いずれ自分の手で両親を見つけ、救いだすためだった。当時、クリストファーの父親は阿片を取り扱うイギリス商社で働き、母親は阿片で稼ぐイギリス商社の破廉恥な行いを糾弾する運動に勤しんでいた。そんな中で両親は、阿片取引や国民党・共産党の内戦に絡んだ事件に巻き込まれ、上海の街のどこかに拉致監禁されたものと思われた。

    探偵として名声を勝ち得たクリストファーは、満を持して上海に乗り込み、両親を救いだそうと捜査を開始する。ところが、日中戦争が本格化し、響い戦闘も行われて混乱を極める上海の街での捜査は難航し…。

    ちょっと待て。20年以上前に失踪した両親が、未だに上海の街中で監禁されていると思い込むってどういうこと?? そもそもクリストファーは両親の失踪事件を捜査しているだけなのに一人で世界の難問に立ち向かっているかのような強い自負を抱いているし、戦闘中の兵士に強引に道案内させてしまうし(笑)。クリストファーの言動や行動は大仰というか、まるでおままごとのような感じと言ったらいいすぎかな。

    同じく孤児でロンドンの社交界を自由奔放に渡り歩くサラ・ヘミングズもかなりとんがったキャラだったな。クリストファーとの関係も微妙というか。

    クリストファーの回顧調の独白で進む物語は、いろんな矛盾を孕んでいて、そのため現実感が薄い。でも展開が気になってグイグイ引き込まれていく。セピア色に霞んだノスタルジックな夢物語。独特の味のある作品だったな。

  • 『日の名残り』『わたしを離さないで』の著者、カズオ・イシグロ氏の作品。

    10歳で両親が謎の失踪を遂げた主人公クリストファー・バンクスは、成長し名探偵としての名声を獲得した後、両親の失踪事件を解決するために立ち上がります。

    あらすじからすると探偵小説のようですが、探偵小説ではありません。しかし前半は美しい文章と、過去の回想から浮かびあがる様々な事実にワクワクです。

    …が、後半は突如として支離滅裂な行動を繰り返す主人公、品のない使い古されたチープな不幸、ありきたりで悲惨な結末にかなりうんざり。(世の中とはそういうもの、という作者のメッセージ!?)

    『わたしたちが孤児だったころ』の「わたしたち」とは誰を指すのか等々、作者の意図を色々と妄想しては、考察ブログ巡りを楽しめる一作です♪


    ※※※ここからネタバレ含みます※※※



    この小説、イギリスの方はどんな風に感じるのでしょう。

    母親の犠牲の元に生活の安寧と仕事の名誉を獲得していたクリストファー、体調不良を隠していた母とバスに乗ることを楽しんでいたサラ、アヘン貿易で得た富で生活していたクリストファーの母親…この物語は、他人の犠牲の上に成り立っていた“箱庭”で幸せに暮らしていた人たちが、その後「なにか価値のあることを成し遂げなければ」という強迫観念に近い思いに縛られて苦しむ話に読めました。(この“箱庭”から出ることが“孤児になる”ことなのでしょうか。)

    作中に出てくるアヘン貿易をはじめとして、イギリスには多くの他民族の権利と尊厳を犠牲にして富を得てきた歴史があります。そんな“箱庭”に暮らしてきたイギリス人は、同じような葛藤を抱えているのでしょうか?まぁ、日本の歴史も大概ですが…。

    などと妄想を膨らませて楽しめるという点では素晴らしい作品でした。読み終わった後の考察ブログ巡り含めて楽しめる一作だと思います!

    ※個人的には『わたしを離さないで』のほうが静かに心を抉られる感じで好きなので☆3

  • 子どもの頃思ってた事。母親がかけっこで自分を追い越してちょっと不機嫌になるところとか、どうしてこんな風に綺麗に思い出せるんだろう。イシグロの繊細で、今感じたばかりのような感情の描写が好きだ。

    非常にヘビーな内容。命懸けで戦地を彷徨うシーンは、後ろから闇が追いかけてくるのに走っても走っても進まない悪夢のよう。時空がぐにゃりと曲がった表現が上手いなぁと改めて思う。

  • 読めなかった!
    途中までは読んだけど、その先が気になると思えず、挫折した。

  • カズオ・イシグロさんの本はこれで3冊目。どれも一回読んだだけでは真意にたどり着けた気がしない、そんな底なし感がある。
    この本は少年の頃、両親と引き裂かれた主人公が探偵となり、再会を果たすべく戦火の故郷を傷だらけになりながら彷徨う話だが、結局僕はどこで入り込んで良いのか分からなかった。面白くない、という意味ではなく、隙がない、そんな感じ。
    入り込みどころを探ってるうちに、急激に話がエンディングに向かって進行していく。そしてまたいつから読み返そう、そう思わせて終わっていく。前に読んだ2冊も同じように感じたことを思い出してしまった。
    自分の読解力のなさ、歴史に対する知識のなさ、それが本当に腹ただしい。

  • 後半の急展開に驚く。

  • 6年ぶりの新作『クララとお日さま』も話題のカズオ・イシグロ、2000年の作品。長編第5作にあたり、このあとが2005年の『わたしを離さないで』。

    大戦前夜の1930年ロンドンから、おそらく20年以上前の上海、租界の少年時代を回想するところから物語が始まる。
    カズオ・イシグロに慣れた身にはそれが「信頼できない語り手」であることは百も承知。彼の語る思い出が本当にあったことなのか、彼の語る印象は彼自身だけのものなのか、つねに疑いながら読んでいくことになる。
    (今回はわりと親切で同級生たちの印象と自分が抱いていたイメージが違うとか「わたしはまちがえて覚えているかもしれない」など、あちこちに「信頼できない」という警告がされている。)

    カズオ・イシグロの文体は原文がよほどシンプルなのか、日本語訳で読んでいてもとても落ち着く。子供時代の回想をはさみつつ、「昨日の出来事」やら「数週間前」のことがつづられていくのでストーリーは遅々として進まず、はたして過去の真相がなんなのか、主人公が探しているものはなんなのか、よくわからないままゆっくりと展開していくのだが、それはそれで心地いい。

    上海へと舞台が移ってからの後半は村上春樹的なハードボイルドというか、『不思議な国のアリス』的なファンタジーというか、ここらへんの主人公の行動は混迷していてよくわからないし、謎解きも不十分なのだけど、本作の主題はそこにない気もする。

    「孤児」である「わたしたち」とは誰なのか。主人公クリストファーはまちがいないとして、サラをさしているのか、ジェニファーなのか、アキラなのか。それとも古川日出男の解説にあるように「わたしたち」はみな「孤児」なのか。


    以下、引用。

    お客様はふつう若い男性で、『たのしい川辺』でしか知らないイギリスの小道や牧場、あるいはコナン・ドイルの推理小説に出てくる霧深い通りなどの雰囲気を持ちこんできてくれたからだ。

    「ああ、クリストファー。あたくしたち二人ともどうしようもないわね。そういう考え方を捨てなきゃいけないわ。そうじゃないと、二人とも何もできなくなってしまう。あたくしたちがここ何年もそうだったみたいに。ただこれからも寂しさだけが続くのよ。何かはしらないけれど、まだ成しとげていない、まだだめだと言われつづけるばかりで、それ以外人生には何もない、そんな日々がまた続くだけよ。」

    「あたくしにわかっているのは、あたくしが何かを探しながらここ何年も無駄にしてしまったってことだけ。もしあたくしがほんとうに、ほんとうにそれに値するだけのことをやった場合にもらえる、一種のトロフィーのようなものを探しているうちにね。」

    「大事。とても大事だ。ノスタルジック。人はノスタルジックになるとき、思い出すんだ。子供だったころに住んでいた今よりもいい世界を。思い出して、いい世界がまた戻ってきてくれればと願う。だからとても大事なんだ。」

    「そう思っていました。彼のことを幼友達だと思っていました。でも、今になるとよくわからないのです。今ではいろんなことが、自分が思っていたようなものではないと考えはじめています」

    「今から思うと子供時代なんてずっと遠くのことのようです。」「日本の歌人で、昔の宮廷にいた女性ですが、これがいかに悲しいことかと詠んだ人がいます。大人になってしまうと子供時代のことが外国の地のように思えると彼女は書いています」
    「あの、大佐、わたしには子供時代がとても外国の地のようには思えないのですよ。いろんな意味で、わたしはずっとそこで生きつづけてきたのです。今になってようやく、わたしはそこから旅立とうとしているのです」

  • 何とも言えない読後感です。
    最後に主人公が孤児になった真相が明かされるのですが、その現実(フィクションですが)が残酷…

    (2、3日、気がつくとそのことを考えていました…
    酷い話だが、こういうこともあったのかもしれない。)


    少年時代を回想する前半は、
    セピア色でノスタルジック&オリエンタル。

    イシグロ氏の本は今回が初めてですが、
    今まで何となく幻想的な作風の作家だと思ってたから、
    そっかこういう感じか、と。

    しかし大人になって探偵になった現在の、後半は、
    ヴィヴィッドな感じでした。迷彩色も入ってる(戦争の時代なので)。


    西欧人が統治していたきらびやかな租界の街と、
    市井の中国人庶民が暮らす、「押し入れほどの大きさの家」が並ぶ狭い路地裏。


    そして主人公が結構矛盾した性格だった。
    自分が思う自分と、他人が思う自分の像にギャップがある。
    思い込み?独りよがり?
    孤児として生きてきて、
    自分の世界を強固にしなければ生きていけなかったのかな、と。

    サラは他人を傷つけてきた(踏み台にしてきた)罰を上海で受けて、それでやっと幸せになれたのかな。

    大人のアキラは本当にあのアキラだったんだろうか。だとしたらこの後もずっと主人公との交流が続くといいな。

    正気を失ってしまったお母さんが哀しすぎた。
    最後のお母さんの鼻歌に涙。。。

  • 大好きなカズオ・イシグロ。
    『日の名残り』を読んで以来、夢中になり順番に読んで来ました。
    これで彼の物語で翻訳され本として出版されているものは全て読んだことになります。

    『わたちが孤児だったころ』は正直、私にとっては難解で読み終えるまでの時間が1番かかった物語でした。
    カズオ・イシグロの物語は全容がけっこう読み進めないと見えてこないという印象が強いですが、特に今回は本当に最後の最後まで良く分からず・・・
    ただその分、残り十数ページで全てが繋がりはじめた時の快感は格別でした。
    最後のページの最後の行を読み終えた瞬間、主人公が物語の中で見てきた風景や彼の子どもの頃の思い出が、まるで自分がかつて経験したかのように次々と思い出されて行くのには驚きました。
    しばらく時を置いてからもう一度読んだら、また違う受け止めかたができそうな一冊です。

  • 『充たされざる者』と二卵性双生児の趣がある。

  • 3冊目のカズオイシグロ。
    読了後、頭を殴られたような衝撃を受ける。
    小さい頃、失踪した両親を捜す為に探偵になったイギリス人男性が主人公の探偵小説...と思って読んでいた。
    大人になり、イギリスで探偵として成功している現在から、幸せな上海での子供時代を振り返る前半。満たされた、美しい、懐かしい少年時代。優しい両親と、アキラという日本人の男の子との大切な思い出。どこか歪んだ印象を受けるけれど、両親が失踪した事を覗けば、幸せな少年時代。そして、探偵として順調にキャリアをつみ、充実している現在。少々退屈してきた頃に、主人公は両親を捜す為に上海へと旅立つ。
    この辺りから「オヤ?」と思う。
    主人公の語る事と、実際におこっている事との違和感。ドロドロと醜い姿を現そうとする現実を、決して見る様子の無い主人公から、コミカルな印象すら受ける。
    終盤、戦場となっている貧民街に突入しても、その態度は変わらない。倒れている日本兵を、特に根拠もなく幼なじみと決めつける態度。そういえば、何十年も前に失踪した両親が、幽閉されているってどこに根拠が?両親が助け出された後の式典って一体なんなの?
    ...ちょっと気づくのが遅かったかな。このアタリから物語の中の違和感が突然形をなしてきて、ゾクゾクッ鳥肌!
    上海に両親を捜しにきてから先は、一気に読み進めてしまった。少し落ち着いたら再読したい。今度は主人公の言う事は鵜呑みにせずに...。

  • カズオ・イシグロの作品で初めて読んだもの。全部繋がってはいるけど、長かった。ジャンルをつけがたい不思議な作品。かなり読み進めて、ようやく物語が動き出した感があり、どこか欠けてもダメなんだろうけどやっぱり長かったなという印象。とにかく主人公のクリストファーにいらいらしてしまう。人間らしい作品。みんな思い込みで生きてるよな、いいわけいいながら生きてるよなを、突きつけられた。

  • カズオイシグロを読んでみよう!と手に取ったものの、語り口に馴染めず読了ならず。原文で読めばおもしろいのかな...

  • チープな結論でびっくりした。

  • 上海の租界に暮らしていたクリストファー・バンクス
    10歳で両親が相次いで謎の失踪

    ロンドンで大人になった主人公が探偵として名をなし
    ついに両親疾走の謎を解くために中国へと向かう

    やがて明かされる残酷な真実

    淡々とした文章で読むのがつらい。
    探偵ってこんなに権力あるの?という疑問や
    主人公の突っ走りすぎる性格にイライラしたり。

    シーーンとした読後感

  • 第一大戦後から第二次大戦後までの時代を描く。
    主人公は私立探偵で、彼の回想によって物語が綴られる。

  • 翻訳物は苦手ながらノーベル賞を受賞されたカズオ・イシグロ氏の著作ということで一冊くらいは読まなくてはと購入。
    ロンドンの名探偵の設定からなかなか馴染めず読了まで時間がかかってしまった。
    後半からは物語として面白くなってきたが、探偵である必然性が感じられなかった。
    原文で読めれば深い部分まで共感できたのかもしれないが和訳がすとんと理解しにくかった。
    前半の霧に包まれたような不可解な点が後半で解決に向かうのだが「母を訪ねて三千里」の戦中版のような気がした。

  • 不思議な感じの小説である。主人公と周りの世界とのズレを匂わせながら展開していき、上海での両親探索にて主人公は異世界に入り込む感じになる。でも何事もなかったように終わる小説。

    前に読んだ「日の名残り」も、同じく一人称独白振り返り式だったが、そちらは主人公のズレがエンディングで明らかになるのとは本書は一味違う。

  • 子供時代を過ごした故郷の記憶。長い間故郷から離れて過ごしていると、それらの記憶が自分の基礎を形作っているのだと実感する。故郷の風景、感触、におい、手触りがふとしたきっかけで潜在記憶から立ち上ってくる。今の生活が苦しかったり不本意だったりすればするほど記憶は美化されていく。子供時代へのノスタルジーを心の拠り所にするために。
    記憶の中の美しい故郷を失いたくなければ、今現在の「現実の」故郷は見ない方がいい。破綻や失望が待っているだけだ。
    というお話だったんだろうか?と、読了して数ヶ月経ち、そう思えてきた。主人公の故郷は、第二次大戦前の上海の租界地という特殊な場所だ。どうしようもないほど世俗的で、世間の問題から目をそらしている人たちのすみか。ここを「故郷」と呼ぶような人はいるわけがないだろう、と思えるのだが、主人公にとっては紛れもない唯一の「故郷」なのだ。子供時代の瑞々しい描写と、主人公が長じて上海に戻ってからの荒唐無稽なストーリー展開の対比は、「記憶の中の故郷はそっとしておけ」というメッセージだったのだと勝手に解釈している。

  • このように思っていた、でも実はそうじゃなかった。著者のいくつかの作品に通底する真実の残酷さ、人間の曖昧さがこの作品にも表れている。優雅な上海租界の少年時代と対照的な30年代の日中戦争の悲惨。こんな時代にあって主人公が奮闘する目的や生きる意味の重さが、ラストの山場、幼馴染のアキラとの再会シーンに凝縮されているように思えた。最後にはやはり涙が滲んできた。

著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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