わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

制作 : Kazuo Ishiguro  入江 真佐子 
  • 早川書房
3.72
  • (82)
  • (151)
  • (147)
  • (14)
  • (7)
本棚登録 : 1167
レビュー : 147
  • Amazon.co.jp ・本 (537ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200342

作品紹介・あらすじ

上海の租界に暮らしていたクリストファー・バンクスは十歳で孤児となった。貿易会社勤めの父と反アヘン運動に熱心だった美しい母が相次いで謎の失踪を遂げたのだ。ロンドンに帰され寄宿学校に学んだバンクスは、両親の行方を突き止めるために探偵を志す。やがて幾多の難事件を解決し社交界でも名声を得た彼は、戦火にまみれる上海へと舞い戻るが…現代イギリス最高の作家が渾身の力で描く記憶と過去をめぐる至高の冒険譚。

感想・レビュー・書評

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  • カズオ・イシグロさんという、日系のイギリス人の小説家さんの本です。2014年現在60歳くらいの男性のようです。
    お名前は完全に日本人なんですが、まあ、何はともあれ母語は英語のようです。これも、翻訳本です。
    正直、名前しか知らなかったんですが、「読んだことのない現在進行形の作家さんを読んでみたいな」という思いもあって。ほぼ予備知識なしで読みました。
    不思議な小説、面白かったのは面白かったです。ラストの喪失感っていうか切ない感じが辛かったですけど。
    英語版が発表されたのは2000年だそうなんで、もう14年前の小説になるんですけどね。

    お話は、
    ●1930年代の、ロンドン。主人公のクリストファー君(20代)は、両親がいないけど、財産に恵まれた若者で、教育を受けて、志望通り「探偵」になっています。
    ●そのクリストファーさんの回想で、15年?20年前?子供だった頃。両親(イギリス人)と上海に居ました。支配者階級イギリス人一家のリッチな日々。父は、英国商社マン。母は敬虔な慈善家で、アヘン撲滅運動をしている。なんだけど、実は夫の会社、ひいてはイギリスが、上海に中国に、アヘンを売りまくっているという矛盾。
    ●それから、その上海の子供時代、隣家の裕福な日本人家庭の「アキラ」という名前の同年配の子との友情。
    ●その上海時代、父が蒸発する。そしてやがて母も蒸発する。孤児になり、独り英国の伯母のところへ。
    ●そんな思い出が続きながら、20代の主人公は探偵になり、かつての上海の両親の失踪を調べている。なんとなく確信を得て、上海へ。久々に上海へ。
    ●日中戦争泥沼の時期の上海。腐敗した支配者階級、悲惨な戦争。アキラと、物凄い偶然の再会。両親の失踪の真実を知る。
    ●大まかに言うと。父は愛人と逃げただけだった。母は中国人のマフィアにさらわれて妾になっていた。クリストファーの安全と財産、それと引き換えに母は自死を思いとどまっていた。なんて悲しい事実。
    ●どーーーんと月日が過ぎて、淡々と初老になってロンドンで暮らしているクリストファー。母とは戦後に再会。だが、母は心を病んで、息子を判らなかった。

    ■と、言うお話が、クリストファーさんの一人称で語られます。これ、大事ですね。客観的には語られません。

    ■で、少年時代の豊富な細かい想い出、20代のロンドン~上海時代の恋愛、引き取った孤児の少女との触れ合い、が、入ります。

    あらすじ、枠組み、で言うと、そういうことなんです。
    なんだけど、あらすじではわからない「味わい」について言いますと。

    ●主人公は孤児なんだけど、どうして孤児になったのか、判らない。本人にも判らない。犯罪の匂いがする。
    ●主人公は、シャーロック・ホームズに憧れて、探偵になる。
    ●そして、両親の蒸発の謎に迫っていく。
    と、言うあらすじなんですけど。なんですけど、細部が無いんです(笑)。
    犯罪捜査の細部が、無いのです。
    だから、なんていうか、「犯罪娯楽小説」「探偵娯楽小説」「冒険娯楽小説」では、無いんですね。
    兎にも角にも、主人公の青年の心理、内面。その震え、動揺、高揚。そういう面白さなんです。

    それで、この小説は、戦争が描かれます。第二次世界大戦。まあ、厳密に描かれるのは上海での日本軍対中国軍の戦闘です。
    そして、この小説は、「支配体制権力が行う、人種差別的な、構造的な悪事」「それを、見逃して、目をつぶって、白々しく上品に暮らす人々」が描かれます。
    そして、その中で小説として起こることは、やりきれないほど辛く、悲しく、絶望的で、救いがない。そういう、隠された事実だったりします。
    子供時代の、美しい無邪気な想い出が無残になります。

    ま、つまり、そういうことなんだろうなあ、と。この小説で渡したかった後味っていうか。
    そういった、怒りや批判を含んだ、喪失感というか、無力感というか。
    そこに至る絶望感とか、感傷とか。
    だから、正直、全部一人称なんで。どこまでが物語的に事実なのか、疑問も抱けるわけです。
    主人公のクリストファーが、そう思っている。そう思いたかった。そう妄想している。だけかもしれない訳です。
    特に、上海の戦場、幼馴染のアキラと偶然邂逅するくだり。あまりに偶然。この、上海戦場放浪のくだりは、全体に、どこまで事実かわからない。
    なんだけど、この小説の中でも、ぐぐっと読ませます。くらくら眩暈がするような。主人公の意識と一緒に、戦場という悲惨さの中に、読んでる気持ちも叩き込まれます。
    なんかもう、そうなると、ジジツなのか妄想なのかという境目は、どうでもよくなるような気もします。
    そういうことなのかなあ、と。

    そして、小説全体に、東洋人でありつつ英国人である、という作者の業なのか、なんとなく、感じたこと。
    西洋白人社会、つまり19世紀的な先進国の、物凄く深い罪悪。暴力性、残虐性。被差別対象としての東アジア人。その東アジア人が被害者から加害者へと乗り換える。その際の、復讐的とも言える暴力性、残虐性。…救いのないループの中で、らせんに織り込まれた20世紀前半という歴史。そんなタペストリーを見せられたような気がします。

    うーん。そんなこんながかなり、意図的。戦略的な気がするんですよね。
    この小説家さんは、小説とか、言葉とか、意識とか、歴史とか、物語とか、そういうことに凄く意識的な気がします。
    それは、「面白いために必須な条件」な訳ではないんですけどね。
    何ていうか、右手が、「右手である」ということに意識的になってみると、ちょっと違って見えて来ちゃうみたいな。
    そして、いちばんなことは、文体的に?語り口というか。とても落ち着いていて、品があると思いました。クドいケレンもない。あざとさも無い。
    こういうのって実はすごいことだし、大事なことです。半分は翻訳の問題ですけどね。僕は好きでした。

    1930年代、20年代くらいの、上海。
    演劇「上海バンスキング」の世界な訳ですが。
    この西洋と東洋、貧困と富裕、混濁と美しさのような街並みが、くどくどと描写されるわけでもないのに、
    すごく印象に残ります。
    そういうのって、文章を読む醍醐味ですね。
    この小説家さんの小説は、いくつか映画になっているそうですけど、絶対にこの持ち味は、厳密に言うと映画に移し替えられるものではない、と思います。
    村上春樹さんとか、そうですよね。
    (伊坂幸太郎さんの小説も、好きなんですが、何故だか映画化作品は、マッタクと言って良いほど、そもそも見ようという気になれないんですよねえ…。閑話休題。)

    …って、この本。
    手放しで褒めるって感じにもなれないんですけどね。
    そんなこんなで、大まか言うと暗いです(笑)。
    キッチリ美しく、均整に心地よいのですけど、一方で暗い(笑)。ユーモアも、まあ、無いですねえ。
    暗いというか、痛い?美しいのに痛くて悲しいかんじですね。

    なんですけど、ホントに知的で素直で読み易い語り口。
    主人公が、何をどう感じているのか、という興味で転がしていく、話の運びの巧みさ。
    考察と知性と感傷が充満充実した、全体の構成。
    うーん。なんて言えばいいか。本格派。スバラシイ。
    大好き!とは言いませんが、またいつか別の小説を読んでみたいですね。何より、同時代の人なので。次回作、最新作で、今のイマの世界をどう感じて何を語るのか。楽しみですね。

    「わたしたちが孤児だったころ」。原題の、まあ直訳なんですけど。この直訳感、微妙に日本語的に居心地が悪い感じが、この本にはふさわしいなあ、と思います。
    素敵な翻訳タイトルだなあ、と思います。

  • とても興味深く読んだ。
    第一大戦後から第二次大戦後までの時代を描く、主人公の私立探偵の第一人称視点の物語。
    列強に植民地化(租界)された上海で生きる主人公クリストファー・バンクスとその日本人の友人アキラ。
    両親が突然行方不明となった主人公はイギリスに戻り、私立探偵として名声を得るが、生涯の任務として自分の両親を探し続ける。最後には両親の失踪の真実を知る。
    主人公が過去を回想していく形で物語は進んで行くが、ロード-ムービーのようで先の展開が全く読めない。
    著者カズオ・イシグロの出自も影響しているのだろうが、日本人とイギリス人の交流というか、イギリス人がどのように日本人を見ているかを垣間見ることができる。
    カズオ・イシグロの読んだ著書は、少しSFがかった『私を離さないで』、イングランドの古代・アーサー王時代の少し後を描いた『忘れられた巨人』と租界時代の上海を描いた本作とで3冊目だけれども、いずれも時代も話も全くかけ離れていて非常に面白い。
    本作は少し村上春樹の著書に似ているかな。

  • カズオ・イシグロの、何というか静謐を湛えたような独特の文体が好きで、これまで『日の名残り』や『私を離さないで』、『忘れられた巨人』を読んできた。久しぶりに彼の手による著作を手にしたわけだが、その語り口は独特で、物語は時に淡々と、時に波に揺られるように、あるいは時に劇的に進められていく。

    上海で生まれ育ち、しかし幼くして両親と生き別れ、イギリスにいる伯母へ引き取られ、長じて探偵業を営んでいる男が主人公。タイトルにあるように、この主人公の境遇である“孤児”がテーマだと思うんだけど、「これがそうです」といったような感想は持ち得ない。しかし、読書中は常に読み進められずにはいない感覚で(このあたりは村上春樹と共通したものがある)、500ページ強の長さも気にならなかった。読後は、ほのかに暖かい気持ちと、少しの喪失感を味わう、そんな小説だ。

  • これを書いていたら、カズオ・イシグロさんが先程ノーベル文学賞に選ばれてびっくり。おめでとうございます。

    この小説は、一言で言うと痛くて悲しいけれど少し希望もある不思議な回想録。
    主人公の記憶の曖昧さや、思い込みや現実との乖離が気になりながら静かに引き込まれて行った。

    同級生との会話の齟齬から始まり周囲からの歓迎ぶりや賞賛…上海での戦場シーンは特に何かがおかしくて、幼なじみとの邂逅シーンでは、実はアキラではなかったのかもと呟いている。

    再会を熱望していたのは事実だろうし、一度は見かけた気がしているし、ならば戦場で出会った人物がアキラではなくて彼の妄想だったとすれば、怖いながらも痛く悲し過ぎた。

    《両親を探し当てた後に開かれる予定の式典》は特に疑念でいっぱいだったが、まんまとイシグロの術にハメられ、結局、そんなものは開催される筈もなく、彼の妄想だと後から気付いた時にはゾッとした。

    終盤、それまでの品位ある静謐な雰囲気から一変、唐突な叔父さんの独白はやり切れず、そこまで言うのかとおののいた。
    終始彼の頼りなさや勘違いを感じていたけれど、それはある種の自己防衛本能で、叔父さんの衝撃の独白の前ではアリだと思えた。

    とはいえ実のところ彼はそれを静かに受け止めたのかもしれない。母との辛い再会も彼の受け止め方は彼らしく、ずっと愛されていたことの方が大事だと考えるところが素直に素敵だと思えた。そして養女ジェニファーが最後の希望となり救われた。

    読後、不思議な余韻が続いた。1930年代の美しい上海租界の情景が鮮明に浮かび戦場のシーンを除けば全体的にとても美しかった。

    残酷過ぎた『わたしを離さないで』を超えて、カズオイシグロワールドを堪能した。

  • 一貫して、主人公の語りで綴られるストーリー。

    子供時代を過ごした上海の租界でのキラキラした思い出。
    父と母の失踪。
    大学卒業後の探偵としての成り上がりと、社交界での華麗な日々。
    そして、上海に戻って、父と母の事件を調査する様子。
    哀しい結末。

    ストーリーの流れだけを見ると、冒険小説のようだけど、実は全く違っている。
    予備知識なしで、ワクワクドキドキを期待し読んでいたので、少し戸惑った。

    まず、主人公は、推理をしない。びっくり。
    また、主人公は、人間誰しもがそうであるように、記憶を自分の都合のいいようにつくりかえているようで、ところどころ、後半はかなりの部分に違和感が出てくる。

    幼少時代のオールドチップ論争からはじまり、クン警部の伝説化、自分が名探偵だというのも少し疑わしい気がする。
    極め付けは、両親の誘拐から20年近くたっているにもかかわらず、まだ生きていて同じ場所に幽閉されていると信じきっているところ。
    さらに、その事件の解決が世界を救うことになると、自分だけでなく全ての人が信じていることを信じているところ。
    アキラとの再会。

    これには、孤児という拠り所のない立場の主人公が、自分の内的な世界に居場所を求める悲しさがあった。さらに、フィリップおじさんとのラスト近くの会話で、世界が美しいものではなかった、と知るところは主人公に追い撃ちをかける。

    主人公の世界が崩壊してしまうかと思ったけれど、母親や養子にとった家族の存在が、心をつなぎとめ、その時、孤児ではなくなったのだと感じた。

    結論、なんだかよくわからないけれど、深い余韻が残る作品でした。

  • これを「探偵物語」なんて言わないでほしいなあ。
    主人公が大人になって探偵という職業を選んだ、って
    ミステリじゃないんだから。

    ミステリじゃなくて探偵が出てくる辺り、
    ポール・オースター初期作品を思わせますが
    こちらはニューヨーカーじゃありませんから~

    解説氏も書かれていましたが
    読み終えた途端にもう一度最初から読みたくなる、
    というか読み始めてしまった、ちょこっとだけ・・・
    もうちょっと、出たくない世界でした。

  • カフカの『城』みたいなたどり着けない感じと、回想録というスタイルで出来事が淡い感じとで、ダブルの掴みきれない印象がした。

  • ハードボイルド探偵が、上海で失踪した自分の両親を探す。
    全く普通の探偵物語と思いきや…あれれ?という展開に。
    そう、孤児であることで得られた想像力が、私たちを冒険に誘うのだ。
    もちろん、カズオ・イシグロさんならではの残酷な展開ではありますが、
    私は息子がいるので、真相をめぐるお母さんの気持ちに、涙。

    ああー古川日出男さんのあとがきが全て。
    「あなたは孤児になるために、この本を読むんだよ」

    …なんと奥深い!

  • 何とも言えない読後感です。
    最後に主人公が孤児になった真相が明かされるのですが、その現実(フィクションですが)が残酷…

    (2、3日、気がつくとそのことを考えていました…
    酷い話だが、こういうこともあったのかもしれない。)


    少年時代を回想する前半は、
    セピア色でノスタルジック&オリエンタル。

    イシグロ氏の本は今回が初めてですが、
    今まで何となく幻想的な作風の作家だと思ってたから、
    そっかこういう感じか、と。

    しかし大人になって探偵になった現在の、後半は、
    ヴィヴィッドな感じでした。迷彩色も入ってる(戦争の時代なので)。


    西欧人が統治していたきらびやかな租界の街と、
    市井の中国人庶民が暮らす、「押し入れほどの大きさの家」が並ぶ狭い路地裏。


    そして主人公が結構矛盾した性格だった。
    自分が思う自分と、他人が思う自分の像にギャップがある。
    思い込み?独りよがり?
    孤児として生きてきて、
    自分の世界を強固にしなければ生きていけなかったのかな、と。

    サラは他人を傷つけてきた(踏み台にしてきた)罰を上海で受けて、それでやっと幸せになれたのかな。

    大人のアキラは本当にあのアキラだったんだろうか。だとしたらこの後もずっと主人公との交流が続くといいな。

    正気を失ってしまったお母さんが哀しすぎた。
    最後のお母さんの鼻歌に涙。。。

  • 大好きなカズオ・イシグロ。
    『日の名残り』を読んで以来、夢中になり順番に読んで来ました。
    これで彼の物語で翻訳され本として出版されているものは全て読んだことになります。

    『わたちが孤児だったころ』は正直、私にとっては難解で読み終えるまでの時間が1番かかった物語でした。
    カズオ・イシグロの物語は全容がけっこう読み進めないと見えてこないという印象が強いですが、特に今回は本当に最後の最後まで良く分からず・・・
    ただその分、残り十数ページで全てが繋がりはじめた時の快感は格別でした。
    最後のページの最後の行を読み終えた瞬間、主人公が物語の中で見てきた風景や彼の子どもの頃の思い出が、まるで自分がかつて経験したかのように次々と思い出されて行くのには驚きました。
    しばらく時を置いてからもう一度読んだら、また違う受け止めかたができそうな一冊です。

  • 3冊目のカズオイシグロ。
    読了後、頭を殴られたような衝撃を受ける。
    小さい頃、失踪した両親を捜す為に探偵になったイギリス人男性が主人公の探偵小説...と思って読んでいた。
    大人になり、イギリスで探偵として成功している現在から、幸せな上海での子供時代を振り返る前半。満たされた、美しい、懐かしい少年時代。優しい両親と、アキラという日本人の男の子との大切な思い出。どこか歪んだ印象を受けるけれど、両親が失踪した事を覗けば、幸せな少年時代。そして、探偵として順調にキャリアをつみ、充実している現在。少々退屈してきた頃に、主人公は両親を捜す為に上海へと旅立つ。
    この辺りから「オヤ?」と思う。
    主人公の語る事と、実際におこっている事との違和感。ドロドロと醜い姿を現そうとする現実を、決して見る様子の無い主人公から、コミカルな印象すら受ける。
    終盤、戦場となっている貧民街に突入しても、その態度は変わらない。倒れている日本兵を、特に根拠もなく幼なじみと決めつける態度。そういえば、何十年も前に失踪した両親が、幽閉されているってどこに根拠が?両親が助け出された後の式典って一体なんなの?
    ...ちょっと気づくのが遅かったかな。このアタリから物語の中の違和感が突然形をなしてきて、ゾクゾクッ鳥肌!
    上海に両親を捜しにきてから先は、一気に読み進めてしまった。少し落ち着いたら再読したい。今度は主人公の言う事は鵜呑みにせずに...。

  • カズオ・イシグロの想像力は現実の枠を超える。そのことは「私を離さないで」を読んでよくわかったのだが、本作でも子供時代の探偵ごっこそのままに探偵になった男が登場する。彼が戦火の上海で20年前に行方不明になった父母を探し始めるに至り、この小説は「私を離さないで」のような妄想を籠めたフィクションなのか、それとも現実の範疇に収まる話なのか、が気になってくる。結果はここには書かないけれども、彼の想像力の巨大さに今回も圧倒されてしまった。その意味で、期待を裏切らない一作だったと言える。

    思えば、カズオ・イシグロ自身が子供時代のごっこ遊びをそのまま頭の中に抱えているのかもしれない。
    「ノスタルジックになるっていうのはすごく大事なことだ。人はノスタルジックになるとき、思い出すんだ。子どもの頃に住んでいた今よりもいい世界を。」
    (444ページ)

  • 失踪した両親を探すため、第二次世界大戦前夜の上海の巨大な流れの中で丸腰の主人公の要求が簡単に人を動かすことができる途轍もなさ。
    「呆れる」としか言いようのない都合の良い展開と思えたが、どんな大きな流れでも良し悪しの事象は超個人的な欲望が核心に存在し、力を持つものが機動力を持つのだと分かる気がした。
    (どんな大人物だったとしても、それだって生身の人間なのに、どうして社会はその人物を怖がり、それを覆すことができないんだろう。たとえば、あの国のような指導者についても・・)

    コンプレックスがないと小説は書けないと言うが、カズオ・イシグロの強いコンプレックス(国籍やアイデンティティの問題)をここでも感じる。彼の生い立ちを知らない方がこの小説を楽しめるかも。

    いつもの回想の語り口は昨日のような近接過去でも「今」現在の話としてとらえられない。薄暗闇で手探りしてる表現が時間の感覚を朦朧とさせる。

    無知過ぎた私は、以前、陳舜臣の「阿片戦争」をなぜ中国は麻薬を欲しがったのかと思って読んだら、阿片という悪と戦う話だったのに驚いた。ここでまた「阿片」が出てきてHello againな思いがした。

    中国の「阿片」を考えると闇の深さにのとてつもなさに思い当たる。知らぬが仏。この小説で感じる「呆れ」はそんなところにも通じているのだろう。
    それでも世界を良くしようという人のいることにわたしはときどきびっくりしてしまう。

  • 独特の雰囲気があります。よくわからないけどひきつけられる。訳もいいんだろうなあ。
    「わたしを離さないで」よりはエンタテイメントじゃなかったです。「孤児」の意味が、あとでどんと来ます。

  • どこか不安を持たせながらも、ぐいぐいと読ませていく筆致が素晴らしい。

  • 上海の租界に暮らしていたクリストファー・バンクス
    10歳で両親が相次いで謎の失踪

    ロンドンで大人になった主人公が探偵として名をなし
    ついに両親疾走の謎を解くために中国へと向かう

    やがて明かされる残酷な真実

    淡々とした文章で読むのがつらい。
    探偵ってこんなに権力あるの?という疑問や
    主人公の突っ走りすぎる性格にイライラしたり。

    シーーンとした読後感

  • 第一大戦後から第二次大戦後までの時代を描く。
    主人公は私立探偵で、彼の回想によって物語が綴られる。

  • カズオ・イシグロの小説を読んでいるときのこの胸をしめつけられる感じは結局なんなのだろうか、と考えてみると、個人的にはやはり「取り返しのつかない過去」について、否応なく気づかされることの切なさではないかと思うのだ。
    「日の名残り」にせよ、「私を離さないで」にせよ、描写は基本的に「回想」なのだが、その中で頻繁に「あれは今思えば」とか「後で考えてみると」といった説明が差し込まれる。そしてそれがストーリーを追うごとにひたひたと積み重なっていく・・・

    「わたしたちが孤児だったころ」は第二次大戦期前夜に上海で少年時代を過ごした主人公が、かの地で次々と失踪した父と母とを探す物語。孤児として母国イギリスに戻り、探偵として社交界で名をなし、運命に導かれるように再び上海の地に辿り着く。

     この小説家の書く作品は毎回おそらく核心部分は同じだと思うのだが、うすい靄がかかったようにそこに容易にたどり着くことができない。こと本作に関しては、主人公が引き取った孤児のジェニファーに語りかける以下のセリフがもっともそれに近いものではないか、という気がした。

    「時にはとても辛いこともある。・・・(中略)まるで、全世界が自分の周りで崩れてしまったような気になるんだ。だけど、これだけは言っておくよ、ジェニー。きみは壊れたかけらをもう一度つなぎ合わせるというすばらしい努力をしている。・・・決して前と同じにはならないことはわかっている。でも、きみが自分の中で今それをがんばってやっていて、自分のために幸せな未来を築こうとしているってことがわたしにはわかっている。わたしはいつもきみを助けるためにここにいるからね。そのことを知っておいてほしいんだ」(入江真佐子訳、ハヤカワEpi文庫)

  • 翻訳物は苦手ながらノーベル賞を受賞されたカズオ・イシグロ氏の著作ということで一冊くらいは読まなくてはと購入。
    ロンドンの名探偵の設定からなかなか馴染めず読了まで時間がかかってしまった。
    後半からは物語として面白くなってきたが、探偵である必然性が感じられなかった。
    原文で読めれば深い部分まで共感できたのかもしれないが和訳がすとんと理解しにくかった。
    前半の霧に包まれたような不可解な点が後半で解決に向かうのだが「母を訪ねて三千里」の戦中版のような気がした。

  • 不思議な感じの小説である。主人公と周りの世界とのズレを匂わせながら展開していき、上海での両親探索にて主人公は異世界に入り込む感じになる。でも何事もなかったように終わる小説。

    前に読んだ「日の名残り」も、同じく一人称独白振り返り式だったが、そちらは主人公のズレがエンディングで明らかになるのとは本書は一味違う。

  • カズオ・イシグロの「わたしたちが孤児だったころ」は、私立探偵が主人公だ。しかし、ミステリー小説ではない。幼いころに両親が行方不明になった主人公が、その謎を追いかけてゆく中で、わたしたちは決して孤児ではない、誰もが愛されているし誰かを愛さずにはいられない、という人生の真実を目の当たりにするという物語である。

  • 配置場所:摂枚文庫本
    請求記号:933.7||I
    資料ID:95130023

  • 解説で古川日出男が、
    「最後のページを読み終えると言葉を失ってしまう」
    と書いている。まさしく。
    完全にカズオ・イシグロ中毒だ。もっと読みたい。

  • 父親の本棚から借りてきました。

    本作品もはじめは和やかでほほえましく、幼少期の思い出は牧歌的でさえありノスタルジックな気分で読み進めていました。
    が、上海に戻ったあたりから雲行きが怪しくなり、アヘン戦争という罪の現実や両親の誘拐の真実が解き明かされ、主人公が一気に闇に呑みこまれていく様に読む手が震えました。
    こういう手法はカズオイシグロならではですね。

    真実を知る前までの幼少期からの美しい思い出や、イギリスでの社会的地位とそれに伴う安定した生活から一転するこのコントラストは、本当に衝撃的なのです。
    両親を巡る真実は一見すると陳腐にも感じますが、悪のからくりとはその程度の日常のすぐ隣にあることが怖く、更にアヘン戦争におけるイギリスの責任は重く、便乗する世界も(もちろん日本も中国国内も)許し難く、戦時中はどこにでも悪が隣りにいるという現実にはぞっとしました。
    そしてあれだけの生々しい戦闘シーン・・・衝撃的で映像が頭から離れない一方で、幼馴染も偽物に感じたし、それどころかあの一連の出来事は彼の妄想かとも思ったり、概念的な悪と現実の暴力の境目がつかなくなる自分がいました・・・

    しかし、そんな現実を知りつつも子供には虚構の美しい世界を見せ続けようとした母の愛が、幼馴染との美しい故郷の思い出が、主人公の生きる力になり養女を愛する原動力にもなっているではないかと気づいた時、理不尽なだけではない優しい世界を感じられたので、最終的な読後感は悪くはなかったです。

  • 主人公の現在と過去が折り重なるように映し出されます。探偵として有名になった「パフィン」ですが、実は生き別れになった父母を探すために目指した職業のようにも見えます。

    舞台は1920年代の上海、ロンドンの社交界、そして1930年代の戦火に見舞われた上海。上海には昔よく行ったのでバンド周辺や主人公が住んでいたという四川北路の情景が目に浮かびました。その故郷で、自分の意向とは全く関係なく運命のレールに乗らされた彼と家族が気の毒です。そして幼友達との交流とわかれ、そして再会のシーンがとても切ない。

    残酷なドラマですが、どこかゆったりとした空気が流れ、優雅な色をかもしだしているのが不思議です。やはりイシグロ氏の筆が作りだす魔法と言えるでしょうか。ほかの作品も読んでみたいです。

  • 幼い日、アキラと遊んだ世界は永遠に閉じ込められる?

    1900年代初頭、上海の租界で父母と暮らすクリストファーは突然の父母の失踪によって一人イギリスの伯母の元に戻りケンブリッジ大を卒業し探偵業となる。

    1937年、父母の失踪の謎を解くべく再び上海に戻るが、物語は日中戦争、国共内乱に影響される租界と、幼い日々の隣人アキラやイギリスでの回想が交互に描写される。

    イギリス時代に出会った女性サラ、寄宿学校の同級生、そして日本の兵隊となったアキラ、と偶然の出会いが物語をグイグイ進展させ、次はどういう展開とイシグロ作品初めてのドキドキ感がした。

    幼い日々に失ったからそこまで父母に執着するのか? そして意外な父母の顛末。求めてたものは幸せだと思っていた幼い日々そのものか。最後は60歳位になろうとするクリストファがイギリスで一人居る場面だが、日本とイギリス、上海とイギリス、イシグロ氏自身の影も少し感じた。

    同い年の隣人アキラとの互いの家での遊びの描写、また青年期のサラとの出会いややりとりなどがとても生き生きとした描写だった。

    現在と過去の回想の交互の描写は、それまでのイシグロ氏の作品に共通するものだが、現在が戦乱、そして過去もアキラの屋敷の中国人の召使の部屋に忍び込む場面など薄暗い画面を想起させられ、全体に雨の降った昔のモノクロ映画をみている感がした。

  • これは驚いた。今年一番の当たり本。
    時は1920〜30年代。イギリス人の探偵クリストファー・バンクスはロンドンの社交界で有名になっていく敏腕な探偵。彼は幼少期を上海の租界で過ごし、隣に住んでいた日本人アキラとよく遊んでいた。健やかに育っていたはずの子供のクリストファーはが、とある日を機に両親から引き離されてしまう。ここから話が急展開。。。
    人種、恋愛、戦争、子供の成長、自我、アヘン、そして親の愛。色々なものが詰まったサスペンス小説。

  • 子供時代を過ごした故郷の記憶。長い間故郷から離れて過ごしていると、それらの記憶が自分の基礎を形作っているのだと実感する。故郷の風景、感触、におい、手触りがふとしたきっかけで潜在記憶から立ち上ってくる。今の生活が苦しかったり不本意だったりすればするほど記憶は美化されていく。子供時代へのノスタルジーを心の拠り所にするために。
    記憶の中の美しい故郷を失いたくなければ、今現在の「現実の」故郷は見ない方がいい。破綻や失望が待っているだけだ。
    というお話だったんだろうか?と、読了して数ヶ月経ち、そう思えてきた。主人公の故郷は、第二次大戦前の上海の租界地という特殊な場所だ。どうしようもないほど世俗的で、世間の問題から目をそらしている人たちのすみか。ここを「故郷」と呼ぶような人はいるわけがないだろう、と思えるのだが、主人公にとっては紛れもない唯一の「故郷」なのだ。子供時代の瑞々しい描写と、主人公が長じて上海に戻ってからの荒唐無稽なストーリー展開の対比は、「記憶の中の故郷はそっとしておけ」というメッセージだったのだと勝手に解釈している。

  • このように思っていた、でも実はそうじゃなかった。著者のいくつかの作品に通底する真実の残酷さ、人間の曖昧さがこの作品にも表れている。優雅な上海租界の少年時代と対照的な30年代の日中戦争の悲惨。こんな時代にあって主人公が奮闘する目的や生きる意味の重さが、ラストの山場、幼馴染のアキラとの再会シーンに凝縮されているように思えた。最後にはやはり涙が滲んできた。

  • あまり集中できない状態で読んだため、ストーリーがいまひとつ頭に入ってこなかった。もったいないことをした。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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