ヒューマン・ファクター―グレアム・グリーン・セレクション (ハヤカワepi文庫)

  • 早川書房
3.80
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本棚登録 : 331
感想 : 37
  • Amazon.co.jp ・本 (495ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200380

作品紹介・あらすじ

イギリス情報部の極秘事項がソ連に漏洩した。スキャンダルを恐れた上層部は、秘密裏に二重スパイの特定を進める。古株の部員カッスルはかろうじて嫌疑を免れた。だが、彼が仲良くしていた同僚のデイヴィスは派手な生活に目を付けられ、疑惑の中心に。上層部はデイヴィスを漏洩の事実ともども闇に葬り去ろうと暗躍するが…。自ら諜報機関の一員だったグリーンが、追う者と追われる者の心理を鋭く抉る、スパイ小説の金字塔。

感想・レビュー・書評

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  • なんだか久しぶりにしっかりとした小説を
    読んだ気分。

    いつもの「東西ミステリベスト100」の
    1986年版では63位、
    2013年版では、あれ!177位!
    (たいへんなダウンだね)

    スパイ小説の金字塔、だそうですぞ。


    イギリス情報部の極秘事項が
    漏えいしていると言う情報が流れ、
    ある部署にいると思われる二重スパイを見つける為、
    上層部は探りを入れるが…

    情報部って言うとなんかかっこいい雰囲気あるけど、
    スパイなんて結局は人をだます仕事だから、
    常に心は晴れないだろうね。
    (実際、この作品でもそんなこんなで
    何人も辞めたがっているもんね)

    一生懸命やっていたって、
    疑われたら最後、組織を守るために
    自然死にみせかけて殺されちゃうんだから
    割にあわないや!

    でも、人の命を思いのままに操ることを
    楽しんでいる人も中にはチラホラいるね~。
    あの人とかあの人…

    淡々と物語は進むけれど、おりおりにハラハラ。

    ある人への恩義から、
    また、ある人々を守るため、
    でもその経緯と結果がこれ、と言うのは
    なんだか生憎と言う感じだね。

    なかなか、「二重スパイにならざるをえない」
    状況に、私がなることはなさそうだけれど

    自分とは全く別世界のようで、
    なんだかとても普遍的でもある作品。

    ところで、グレアム・グリーンについて、
    どうしても許せないことがありまして。

    その作家の人柄とか言動とか
    すべてをごちゃまぜにして作品を評価する、
    と言う性質で不評な私が、
    なぜかグレアム・グリーンだけは、
    そのことは分けて、読むよね。

    それで今まで読んだもの、全部面白いんだよね。

    でも、作品を褒めると「その部分」を許したみたいで
    嫌なんだけれどね。

    そんなんで、グリーンを読む、と言う時は
    私なりにいつも葛藤しております。

  • 静かな話なんだけど、最後まで一気に読み進めた。
    007みたいな華やかさはないけれど、はらはらしました。

  • 今まで読んでなかったのが悔やまれる。

  • これは翻訳の妙でもあるのだろうけど、文章の隅々まで英国っぽさが溢れる小説。人物の性格造形から気候や街の雰囲気、ウイスキーや料理、菓子等の小道具に至るまで、芯が一本ビシッと通っていて、知らずしらずのうちに世界に引き込まれた。

  • 岩波文庫編集長のおすすめビジネス書として紹介されていた。

  • スパイ小説ですが、007みたいな感じではなく文学作品という感じ。ヒューマンファクターのタイトル通り、登場人物のもつ異なる性格や背景がストーリーを動かしていきます。

    好きなフレーズ
    “我が国の人たち(my people)なんて話をしないで。わたしにもう同胞はいない。あなたが我が民(my people)なの”

  • 2019/03/18

    グレアムグリーン著、加賀山卓朗訳、06年刊の新訳版。原著は78年刊。ハヤカワepiのグリーンセレクション。
    グリーン(1904-91)を読むのは初めて。グリーンは映画化作品が多いが、「恐怖省」「第三の男」くらいしか見ていない。ちなみに本作もプレミンジャー監督アッテンボロー主演で映画化されている。
    冒険小説、というジャンルを想定して読んでみて、すぐにスパイ小説というジャンルに想定をくらがえし、最後に官僚人情劇という言葉が思い浮かんだ。登場人物たちは、殺されてしまう同僚デイヴィスを除けば皆いっぱしの見識・教養を抱えた魅力的な人物たちばかりだが、70歳を超えた老作家の手馴れた筆によると、誰もかれも哀愁をただよわせていて、これちょっと枯れすぎていやしないか。フレミングはセックス描写が派手すぎるといって嫌われ、スパイものにお決まりのペン型銃などのガジェットアイディアは子供との会話のなかに顔を出すばかりで、グリーンの描くスパイの実体たるやがっかりするほど素朴なのだ。その一日をかんたんに点描してみると、定期券で電車に乗って職場近くの駅で降りてからは運動不足を補うために自転車で通勤し、毎日決まったパブでの昼食をとり、帰宅して就寝前のJ&B指三本分、と実に慎ましく、拳銃で人を殺したことはなく、引退を考えるとその後の生活は年金暮らし、とまあ通り一遍の官僚生活。
    ところが、主人公カッスルの勤める6課から情報漏洩が報告され、保安部の査察がはじまりあれよと言う間に同僚デイヴィスが急性肝硬変として退場したあたりから、身の危険を感じたカッスルが亡命を考え始め慌ただしく物語が動き始める。

    保安部の調査で漏洩元を突き止めようと指揮を執るのは情報部長官ジョン・ハーグリーヴスと医師エマニュエル・パーシヴァル、査察にあたるのはデイントリー大佐。エマニュエルはマス釣りのため自分の庭に川を引くことを本気で考えている時代錯誤の元医師で、デイヴィスが部屋から機密文書を持ち出していたというデイントリーの報告を早とちり(もしくは計算づくの)して落花生が腐食した際発生する菌を使って、ポートワインに目がないデイヴィスに近づき、自然死をよそおってさっさと殺してしまう。
    カッスルが二重スパイであることは半分くらい読んだところで明かされるが、アフリカ時代に出会った褐色の肌を持つ妻と息子が重荷になり、思うように動けず、30年もの間沈黙を抱えてきた神経は同僚の突然死に際して動揺をはじめる。コミュニストとの密会場所が急きょ閉鎖されたことを知って不安に襲われたカッスルは、帰路ふらりと入った教会で告解を望んで、拒否される。
    P334司祭とのやりとりを引用してみる。

    司祭はしぶしぶ顔をカッスルのほうへ向けた。その眼は血走っていた。カッスルは、気味の悪い偶然で、ここにも自分と同じ孤独と沈黙の犠牲者がいたかと思った。
    「ひざまずきなさい。自分をどういうカトリック信者だと思っているのです」
    「私は信者ではありません」
    「それならここで何をしている?」
    「話したい、それだけです」
    「教えがほしいなら、司祭館に住所を残しておきなさい」
    「教えがほしいわけではありません」
    「私の時間を無駄にしないでいただきたい」と司祭は言った。
    「告解の秘伝はカトリック信者でない者には閉ざされているのですか」
    「あなたの教会の司祭とお話しなさい」
    「私には教会がありません」
    「ではあなたに必要なのは医者でしょう」と司祭は言い、シャッターを勢いよく閉めた。

    スパイ小説をつきつめると、誰もかれもがあやしくみえてくる。しまいには神さえ信じられなくなるらしい。カッスルが信じているのはもはやかつての共産主義などではなく、アフリカで彼を魅了したカースンなる人の顔をした共産主義者への思慕だけ。妻は夫が二重スパイであるという真実を明かされるよりも前に、彼に警告している。共産主義者に感謝するのは自由だが、入れ込み過ぎるのはやめてねと。

    カッスルは幼少時近所の娘と親しくなるため、木のうろに飴や手紙を隠してやりとりしていたのを思い出し、何十年ぶりかにそのうろを使って今度はコミュニストへ文書を横流しするのに使うことになる。それも文書に使うのは「戦争と平和」だったりする(書店主ハリデイを通じて文学仲間の分と偽って2部ずつ調達していたのだけどこれなんで?読む用とちぎる用ってことか?)。電車で半時間ほど行ったところにボリスという同志がいて、彼とだけは名前で呼び合い仕事について率直に話せるのだが、アンクルリーマス作戦の協議が始動しはじめるとこの密会所は閉鎖されてしまう。同じ庁舎に勤務する上官との水面下での攻防は、デイヴィスの死でひとまず停滞していたが、一方同じ時期に始動をはじめた国家秘密情報局BOSSの高官コーネリアス・ミュラーとの共同作戦「アンクルリーマス」の協議内容が機密として保管されていないことに上官たちが気づいてしまう。文書を持ちだしたカッスルはデイントリーの呑気な訪問をうけて身の危険を察知し、その日のうちに妻子を田舎の母のもとへ送り、ハリデイの助けを借りてパリ経由でモスクワへと立つ。

    上官との追いつ追われつの攻防とはまた別のところからカッスルの素性があばかれるという趣向なのだが、そのミュラーとの邂逅で「アンクルリーマス作戦」の概要が浮かび上がってきて、単なる追いかけっこには終わらない、遠いアフリカの記憶のなかに誘い込まれていく。。巻頭グリーンが断っているようにこれは空想の産物だが、70年代当時のアフリカで起こっていた部族紛争が、さきに(失敗に)おわったばかりのベトナム戦争の二の舞になるのではないか、という危惧にはそれなりに説得力があるように思える。この「リーマスじいや」なる人物にも出典があるみたいだ。wikiによると、19世紀末にアメリカ南北内戦後の経済立て直しのさなかで出版された口伝集に登場する架空の存在で、南部プランテーションの黒人像をステロタイプにおしこめて論争を呼んだ。著者はジャーナリストのジョエル・チャンドラー・ハリスで、邦訳もでているみたいだ。この著作をもとにしてディズニーがアニメつくったり、ザッパが曲かいたりしている。
    小説の中でこの語彙が吟味されることはないが、名誉白人やアパルトヘイトと並べて注意深く扱うべき言葉だろう。再び小説の方にもどってみれば、ミュラーが警戒しているのはどうやら金鉱山をめぐる部族争いに、金を豊富に排出するロシアが利権にからんでくることだ。そのうえで水爆を戦術核として使用することも辞さない、という態度を明らかにする。カッスルは長官の命令でミュラーとの面会を自宅で行うが、ミュラーを待つ間アフリカ時代に彼と保安警部に厳しい尋問をうけたことを回想する。カッスルが現地人のセイラと恋愛関係に陥り、人種法に違反したとして査問にかけられたのだが、ミュラーは単に彼の色恋をとやかくする気などもちろんなく、彼女を通じて反アパルトヘイトの書物を制作していたことに目を光らせていた。そういうわけでカッスルはかつてアフリカで人種法に隠れて異分子を探り出す査問をうけ、いま官庁で行われている漏洩犯人探しにおいまくられている。別のところでカッスルが述懐する通り「同じことを何度もやる運命にあるようだ」
    作戦の概要は上に書いたくらいにほのめかされる程度だが、ともにアフリカを知りながらカッスルとは決定的に異なる立場にいるミュラーとの対話を通して、各人にとってのアフリカをおぼろげにうかびあがらせている。オランダ系のミュラーのひととなりがわかるところを以下に引用してみる。回想のなかで、ミュラーがカッスルを尋問しているところから。
    p174
    「あなたは南アフリカに来るたいていのイギリス人と同じだ」とミュラーが言った。「アフリカの黒人に自然な同情を憶える。それはわれわれにもわかる。われわれもほかならぬアフリカ人だからだ。もうここに三百年住んでいる。バンツー族はあなたたちと同じように新参者だ。だが歴史の講義をする必要はないね。くり返しになるが、あなたの考えはわかる。それがいかに無知なものであるかにしても。けれどそこに感情が加わると危険だ」

    ミュラーはカッスルの自宅を訪れるなりあのバンツー人の娘をどうやって持ちだしたのか、バンツー人の娘は30を超えると急速に衰えるからきっと様変わりしているだろう、と差別意識を隠そうともしない。ただ二階から下りてきたのが件のバンツー人であることを目の当たりにすると、すぐに態度を変えて通り一遍の官僚に様変わりする。カッスルのアフリカ時代からこちら沈黙と孤独を強いられることになる秘密の一端に触れた男を前に、この男がアフリカから転身した適応力に脅威を感じている。
    この好ましからざる再会を果たしたあと、デイヴィスの死をはさんでもう一度ミュラーと邂逅することになる。そこでアンクルリーマス作戦について概要を話すことになるのだが、ミュラーは再びアフリカ時代のことを思い出しながら、人種差別法はスパイを探る時の隠れ蓑にになった、といっておしげもなく差別法を称賛する。この作戦やアフリカについて滔々と語るときミュラーは最もいきいきとしていて、それはハーグリーヴスが19世紀ヴィトリア文学のなかにある幻のアフリカに親しみを感じるのと同様、牧歌的な支配者の寓話に惹かれているのだろう。この小説には聖書からの引用はもちろん、スティーヴンソンの詩(夜子供にせがまれて読んでやる)、ロシアの翻訳もの、アンクルリーマス、など文字通りエキゾチックなテクストが張り巡らされていて、登場人物たちは知ってか知らずか、その物語たちに魅せられている。道化を演じざるを得なかったデイヴィスでさえ例外でなく、2年も想いを寄せた秘書への愛の詩をひそかに所有している。著者はミュラーを含め、彼ら夢見るひとたちを断罪することなく、好きなようにふるまわせている。

  • スパイは、いつ何時なってしまうかわからない。愛する家族の為なら、一歩踏み出してしまうのだろう。でも、悲惨の中でも、そこはかと出てくるユーモア。さすが、グリーン。読者を飽きさせずに、一気に読み進ませてしまう。

  • スパイ小説だが複雑な複線があるわけでないシンプルなプロットだ(最後のカッスルの役割が明かされるところは少しひねった感じだが)。しかし強く引き込まれた。いかにもイギリス人と言うシニカルな視点。愛と怖れをコインの裏表として描いている。

    最後のほうになってセイラの視点で描かれる転換は何か他の本で同じような手法を読んだ気が。そこに限らず後に続くスパイ小説には大きな影響を与えているのだろう。ただひとつうらみがあるとすれば、うますぎてスルスル流れてしまうような感じだろうか。

  • 本書の解説には、某小説家による以下のコメントが引用されています。

    「スパイを主人公にしているからスパイ小説にちがいないだろうが、そのようなレッテルは無用の傑作である」

    まさにその通りです。
    スパイ小説の傑作であることは間違いないですが、より大事なことはスパイという存在を描いた人間小説ということかもしれません。

    誰が二重スパイなのかという謎を追いかける愉しみもありますが、それと同時に語り手であり主人公である男にとって何が大事なのかを知っていく愉しみもあります。

    500ページ近い作品ですが、久しぶりに睡眠時間を削ってでも読み進めたいと思わせてくれた一冊でした。

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著者プロフィール

Henry Graham Greene (2 October 1904 – 3 April 1991)

「2012年 『なぜ書くか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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