浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

制作 : 飛田 茂雄 
  • 早川書房
3.58
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本棚登録 : 728
レビュー : 96
  • Amazon.co.jp ・本 (319ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200397

作品紹介・あらすじ

戦時中、日本精神を鼓舞する作風で名をなした画家の小野。多くの弟子に囲まれ、大いに尊敬を集める地位にあったが、終戦を迎えたとたん周囲の目は冷たくなった。弟子や義理の息子からはそしりを受け、末娘の縁談は進まない。小野は引退し、屋敷に篭りがちに。自分の画業のせいなのか…。老画家は過去を回想しながら、みずからが貫いてきた信念と新しい価値観のはざまに揺れる-ウィットブレッド賞に輝く著者の出世作。

感想・レビュー・書評

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  • カズオ・イシグロの長編第2作目。
    幼少の頃から長らくイギリスに住み、イギリスの生活や文化に慣れ親しんできた作者が、生まれ故郷である日本の戦前・戦後の生活や文化を事細かく調査して書き上げた意欲作と思われる。

    主人公は広い日本家屋の屋敷に住む老画家で、末娘の結婚問題に心を痛めながらも孫と戯れたりするほのぼのとした情景から物語は始まる。
    物語の雰囲気は作者も思い入れがあるというまさに小津安次郎監督の世界であり、物語の出だしは情緒豊かに日本的な風情の中から展開していくことになる。
    さらに個々の登場人物にはそれぞれ独特の個性を持たせていて、割とほのぼの感のある主人公に対して、身内である娘2人と孫の性格はちょっと一捻りしている感じで、常にまわりくどくてはっきりとものを言わない姉に、クソ生意気な孫のガキ、そしてズケズケものを言う末娘という感じで、作者ならではの日本の家族観が出ていてなかなか面白かった。
    あと光の使い方がある意味日本的で、これも面白いところであった。
    主人公の少年時代の回想で暗がりの座敷の中で火の光がゆらゆらと揺れるようなイメージがあったり、広い日本庭園を思わせる中での陽光を浴びながらの庭仕事があったり、あるいは家族らとともにする夕食の食卓での電燈の光であったり、かと思えば戦前や戦後すぐの地方のバーの薄明かりや居酒屋での華やかな色光であったりと、日本的な光のイメージを大切に使っている作品であったように思う。
    そういう意味で、物語後半における主人公と師匠モリさんとの決別の理由の一端は、闇に浮かぶ日本的な光の幻想を洋画に活かそうという師匠の手法への主人公の反発にあったわけで、極彩色に違いない主人公の軍国主義礼賛の絵は主人公が入り浸った飲み屋街のネオンと共通するものとして対比されていたようにも思う。
    その彼が戦後老いて日本的な環境の中で生活するというのは、ある意味、皮肉なものであったのではないか。

    物語の前半は割と娘の結婚問題にそこそこ頭を悩ます父親といった風情だったものが、物語の後半に入り、突如として主人公の戦争責任とそれに先立つ師匠との出会いから別れの話に進展していったのには驚いたものの、なかなか読み応えのある展開であった。
    特に主人公が師匠との決別の道を選択し、戦時中に自分が行った仕事に対する数々の高評価に自尊心を満足させつつも、一転、敗戦後は自らの過去が末娘の縁談に差し障りがあると考え、そうした過去に対する責任感に満足するところなどは、これもある意味、皮肉であり、さらに周囲の者は逆にそのような責任など感じる必要などない「小物」だったと評価していることなどは、作者の作品にいつも滲み出ているお得意のユーモアと思われなかなか魅せてくれたと思う。

    この作品は現在・過去が錯綜して回想される主人公の一人称の物語で、その主人公の記憶も曖昧なところがありなかなか読みにくい作品であったが、主人公が存在し会話し考え、時には過去へ行ったっきりになり、主人公がそこかしこであれこれと思いめぐらす思考の流れは、われわれ読者をも幻想的な感覚へと誘い、現実と過去の境界をも曖昧にする不思議な体験であった。
    その意味で、日本の過去と現在をごちゃまぜにして作者のイメージに作り変えて読者へ突き付けるという彼の目論みは大いに成功したといえるだろう。
    主人公の一人称の物語ゆえに、作者の客観的な日本評をみせつけられた作品であったとも言える。

  • 最初の家の話ぶりから現役を退いた画家が戦前・中を穏やかに振り返る内容なのかとざっと予想しながら読み進んだけれどどうやら違うっぽい、怪しい、と思ってから面白く感じた。
    その「どうやら」が手法なのだと気付いて感嘆。
    語りから、見えない部分を無意識に想像させながら話は過去を行きつ現在に戻りつ、主人公の姿を浮き上がらせる。
    小説に対して私は舞台背景や人物設定、言葉のセンス、形容対象への美意識などに魅かれがちなのだけれど、そういうのは小手先の魅力なんじゃないかと思うくらいの読書体験でした。文学って奥深いな~と改めて。
    主人公小野の娘達の名前や話しぶりから小津安二郎を思い浮かべたけれど、作者は影響されてるんですね(検索した)。
    たまにしか外文は読まないし理解力にも自信がないのでえらそうに言えないけれど、翻訳の力も凄いのでは。

  • 昭和の作家が書いた小説を読んでいるような感覚になったり、翻訳ものだということを忘れたり、孫や娘との会話が白黒映画の脚本読んでるみたいな感じになったりで、不思議な小説だった。

  • できることなら記憶の底にしまっておきたい人生の黒歴史、それとどう向き合うか。「人から見た自分」が気になる度合いは人それぞれ、全然気にならない人もいれば自意識過剰な人もいる。この主人公は、若干自意識過剰気味かな?と感じた。絵でも文章でも音楽でも、表現者は表現した時点で役目を終えており、全ては受け取る側の問題だと、私は思うから。同じものを見ても感じ方は千差万別で正解不正解はない。だから表現者は受け手側の反応などうかがわず思うように表現したらいい。それが後に黒歴史になる可能性なんていちいち考えていたらまともな表現などできないだろう。
    ただ、この主人公は大衆に迎合しないと豪語しながら一方で他人に感化されやすい面もある。自己批判と自己正当化のせめぎ合い、その巧みな描き方にこうして人間はできてるんだなあ、と感心させられた。そしてこれが『日の名残り』へと昇華するのね、なるほど。
    自分が画家なら何を描くだろう、と考えるのは結構楽しい。

  • 普通の人ならその失敗に対する恐怖から諦める、目指さないような目標を立ててそれに努力する人がいるとすれば失敗をしたとしても人生として満足感を得られるだろうとする考え方が印象に残る作品でした。

  • 『日の名残り』とよく似ている。『日の名残り』の方がよいが、この作品も悪くない。

  • 2016.3記。

    戦前、戦意高揚目的の絵を描いて名を成した老画家が、戦後の根本的な価値観の転換の中で内省を深めていく。娘の縁談が進まないのはじぶんのせいなのか・・・それだけの筋書で物語は淡々と進む。

    主人公は時流に媚びたわけではない。むしろ社会不安、貧困の増大、無策な政治家、そうしたものに憤りを感じ、少しでも人々の役に立てば、と絵筆をふるっていた。しかし、戦後、若い世代は「国民を煽っておきながらのうのうと生き永らえた連中」という容赦ない視線を浴びせ、当時親しくした同世代の仲間たちも背を向けていく。

    当時の愛弟子が、就職のために「私は先生と対立していた、と証言してくれ」と訪ねてきたときの屈辱と寂寥感。同時に、嫁いでいった娘たち、その家族が戦前よりも明らかに希望のある未来に向かっていくことを嬉しく思う気持ち。そういうものがしずかに積み重なっていく様がなんとも切ない。

    脱線するが、この曲のテーマ曲を勝手に選定するとすれば武満徹「波の盆」を推したい。ハワイに渡った日系人で、第二次大戦において息子が米兵として日本と戦うことになる主人公を笠智衆が演じていた。ただただ名曲です。

  • うーん…。
    人間て悲しい…。

  • 2006-11-00

  • 原書名:An Artist of the Floating World

    ウィットブレッド賞
    著者:カズオ・イシグロ(Ishiguro, Kazuo, 1954-、長崎市、小説家)
    訳者:飛田茂雄(1927-2002、世田谷区、アメリカ文学)

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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