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本 ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784151200427
感想・レビュー・書評
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ノーベル文学賞を受賞したJ•M•クッツェー、1999年のブッカー賞受賞作品。南アフリカ、隷属、支配、尊厳、生命‥‥考えさせられることは多い。
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レビューはこちらに書きました。
https://www.yoiyoru.org/entry/2018/07/26/000000 -
自分の人生とは、求める生き方とは何なのか。
一般的な幸福というものは誰にでも当てはまるわけではない。
デヴィッド・ラウリーの、インテリで独りよがりな思考。それが引き起こす不幸というべき転落の人生も、
彼の娘が頑なに守る田舎の土地も、
彼女自身でなければ、なぜそれが人生のすべてに屈辱を加えても守りたいものなのか、分からない。 -
なんと感想を書いてよいのやら。
主人公も娘も、救いようがなく転落していく。
痛々しい。救いがあるわけではない。
でも、現実はこういう痛々しい、話が溢れているということだろうか。
痛々しいからこそのカタルシスもなく。
ただただ、そう、恥辱。
(太宰治の「恥ずかしい人生を送ってきました」のような、そうそうそうなの!というような、ちょっと嬉しくなる痛々しさではなくて、あぁつらい…というかんじの痛々しさというか)
それでも、読んでしまうし、淡々とした文章はきれいだ。
いいレモネード飲んだなというような、すっきりしながらも苦味と生の味わいがある。
主人公の転落っぷりもすごいが、自分が女性だからか、娘のルーシーの意地のようなものに、読んでいて辛くなってしまった。
「ええ 、わたしの辿っている道は間違いかもしれない 。でも 、いま農園を去ったら 、負けたまま終わってしまう 。その敗北感を死ぬまで味わうことになる 。」
父への手紙にこう書いた彼女は、敗北感を味わいたくないと、自らの運命を受け入れる。
とても個人的な話、ある種の犯罪にあっても、元々の自分の夢ににしがみついて、その土地を離れなかったときの自分。
同じことを言っていた。
異邦人として、女性として、敗北したくなかった。で、結局病んだ。
その土地に固執なんてしなくて、よかったのにね。
そんなこんなもあって、どっと疲れる読後感だった。笑 -
最初はしょうもないオッサンやなーって感じだったんだけどね。まぁ最後までそれは変わらなかったわけですよ。
しかし平たく言えばいい年こいても性欲が収まらないオッサンが若い子に手を出すといういやしかし普通に今でもあるけどそれが文学的な表現でここまで生まれ変わるのかと思えば待ちでパパ活に励む世のおっさんどもも大手を振って歩けるというものではないか。
フラレた若い子の出ている劇を見に行ってまた振り返ってくれないかなーとか妄想しているところとか最高だけどしかしこんなんで賞を取っちゃうとか審査員もオッサンしかいねーじゃねーかとかこれはこれでどうしようもなく、、イイネ! -
人はなかなか自分の主義主張を変えることはできない、歳を取ってからなら尚更。価値観・常識が移ろいゆくアパルトヘイト撤廃後の南アフリカ。その中で過去の価値観を持ち続けたまま生き抜くことは難しい。変化に適応することと自分の生き方を曲げないことの両立は可能なのか
主人公が関わった3人の女性たちは何を考えていたのだろう。いまいちはっきりしなかったので、とても気になる。
面白かったけれど、よくわからないところや想像しにくいところも多かった。南アフリカの歴史や文化を学べば、少しは理解度が深まるのかもしれない。 -
読みやすくはあるが、扱う主題は難しい。
都会で教授をしている二度の離婚経験のあるおじさんが、性欲を抑えきれず教え子に手を出して、職を追われ、田舎の娘のところに行き着き、そこから展開していくストーリー。
南アフリカの白人と黒人の間のわだかまり、治安の悪さ、強姦などといった時代背景がある中、娘とは事件後でも仲良くはあるが、意見は全く食い違う。
相手の意見を聞かずに、自分の意見を通し、辞職に追い込まれ、その後娘に自分の意見を通そうとする。かつて物を教える立場であったように。
一度だけでは本の一部分しか理解には及ばない自分の読解力の無さを嘆きたくなるが、ブッカー賞受賞作なだけあり、読み応えはある。
男たちに強姦され、妊娠までさせられるのに、警察などには一切言わず、その土地に溶け込もうとする娘。覚悟の上で、生き抜こうとする様は、か弱い人私にとってこの父親のように、理解に苦しむ。
人生何が起こるかわからない。そして何を起こすかわからない。ただ、現実を受け止め、何を教訓としていくか。難しい……。 -
ストーリーは知っていたはずなんだが、やはり日本語訳で読むとその表現したかったことが鋭く突き刺さるように理解できる。ラストシーンではなぜか「かわいそうな象」の話を思い出してしまった。父と娘が「犬のように」「犬のように」と会話するところも印象的。どう読んでも前向きにも清々しい気持ちにもなれない話だった。
著者プロフィール
J.M.クッツェーの作品





