わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

制作 : 土屋政雄 
  • 早川書房
3.89
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本棚登録 : 8095
レビュー : 1152
  • Amazon.co.jp ・本 (450ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200519

作品紹介・あらすじ

優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度…。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく-全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。

感想・レビュー・書評

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  • 遅まきながらノーベル文学賞受賞おめでとうございます!
    日本人3人目ということで、これまで読む機会がありませんでしたが、カズオ・イシグロの本を読む良い機会になりました!

    独特の世界観の下、物語の詳細な背景や理由はついぞ明らかにされないものの、現実には哀しく辛いテーマであり社会的にも重たいテーマであるにもかかわらず、終始一貫した作者の温かい眼差しのおかげで、何とも言えない深い余韻のうちに物語を読み終えることができました。

    主人公で語り部であるキャシーが介護人をしながら回想する「寄宿学校」ヘールシャムでの思い出は、時系列にではなく、縦横無尽に時間を往来します。しかし、それによって物語の筋は大きく崩れるわけではなく、むしろ読者であるわれわれの物語への深度が強まるのは、作者の卓越した文章力のためであるでしょう。
    当初は普通に幼少年期の思い出を辿っているのかと思いきや、合い間合い間に次第に登場する違和感のある単語たち。
    日常の物語に紛れその違和感を何となくスルーしてはみるものの、用法が明らかにおかしい言葉が増すにつれて、だんだんと尋常ならざる世界が見えてきます。
    普通でない世界で展開される主人公を取り巻く学校生活の描写は、それなりに面白く、ぐいぐいと引き込まれていきます。
    そんな中、主人公のキャシーと友人のルース、そしてみんなからバカにされながらも感性が豊かな男の子トミーの三者の関係が提示され、物語の輪郭が徐々に見えてきます。
    最初から全てを説明せず、ゆっくりと浸み込ませるように輪郭を明らかにしていく手法はさすがに上手いと思いました。

    その後、輪郭が明らかになった後も以前として引っかかるもどかしさを抱えながら、舞台はコテージに移り、そしてさらにノーフォークへ。
    主人公のキャシーとトミーが連れだって、『私を離さないで』の曲を見つけ出す場面などは、映画のワンシーンのようでとても楽しかったです。ヘールシャム時代、まだ幼かったキャシーが『私を離さないで』の曲とともに踊っていたシーンも印象的でした。
    舞台がコテージに移ってからは、ルースとトミーのカップルと主人公のキャシーの関わり方、これに先輩カップルが加わって関係が一層絡まっていきますが、セックスの話が増えだして、これは終盤に向けての「生」への前振りかなとも思ったのですが、これには見事に作者に裏をかかれてしまいました。

    コテージを後にしたキャシーが介護人になってしばらくしてからのルースやトミーとの再会は、むしろ辛さが先に立ちますが、相変わらず柔らかい視点での描写が程良いオブラートになっていて、彼女らの最後の勝負に向けての勢いも増していくので、物語への興味が失われることはありません。
    しかし、最後に明らかになったことは、結局、エミリー先生とマダムがしてきたことは、例えていうと、養殖の高級魚にキャビアとかトリュフを与えて世話をしているようなもの?あるいは豚や牛や鶏にフォアグラを与えて世話しているようなもの?さらにはそのアヒルを広い庭の中で自由で快適に暮らさせているようなもの?とも思え、まさに放逐されたルーシー先生が読者の葛藤を代弁していたんですね。
    改善を努力してきたというエミリー先生とマダムって・・・。何とも言えない感覚になりました。
    そしてここに至り最後は「運命」に諾々と従うキャシーとトミーの2人。
    諦観とやるせなさと大切な「時間」とお互いを思いやる気持ちが複雑に入り混じり、深い余韻のままに物語が終わります。

    この作品では絵とかカセットテープとかの小道具から、「寄宿学校」やコテージ、船などといった大物まで、印象的な造形物が巧みにシーンの中に「柔らかさ」として使われていて、さらに生徒同士、先生や仲間との会話に繊細さと迫真さがこめられながらも全体として抑制が効いていて、物語の構成上の「優しさ」が滲み出ていた作品でした。
    インパクトとしては半減したかもしれませんが、心に刻み込まれた分、事あるごとに印象として再現してくるのかもしれません。

    さあ、果たして日本人4人目は・・・?

  • すごかった。びっくりした。
    涙が出るってよりは、胸が締め付けられて苦しいって感じ。
    激しく心を揺さぶられて上手い感想が思いつきません。

    とにかく圧倒的な描写力。
    書かれているのは日常生活にある本当に些細な出来事なのに、
    色や匂いを伴うくらいに鮮明に頭に描けます。
    SFってことに全く気付かなかったくらい。

    そして、このお話のある秘密。
    何となくな予感を促すポイントがあちこちに散っていて、
    せっかちな私は先に急ぎたくなるんだけど、
    絶妙なタイミングで躊躇いもなく明かされます。
    もう操られてるんじゃないかって思っちゃう。

    使命を終えるまでの短く儚いスケジュール。
    淡々と運命を受け入れて暮らす登場人物たち。
    そのリミットのない私たちは生きている間に
    何をし、何を考えるのか。静かに残酷に問う作品でした。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「静かに残酷に問う作品でした。」
      人間の心って、根っこのところでは変わらないと思っていたのですが、本当は違うのかも知れない。
      そう思えてしま...
      「静かに残酷に問う作品でした。」
      人間の心って、根っこのところでは変わらないと思っていたのですが、本当は違うのかも知れない。
      そう思えてしまうのが恐かった、、、
      2013/05/16
  • 物語に力がある小説というのは、よくも悪くも余韻がある。
    読み終えた後に、何度も何度も物語の意味を考えたり、登場人物の書かれていない行間に潜めいた感情を思ったり、物語の中に取り残される。
    この話にはそんな力があると思います。
    読んで数日、私はこの物語のことばかりを考えてしまいました。
    幸か不幸かはこの物語は大して重要じゃない。
    読み終えた後、もやもやする方も、意味が分からないと匙を投げたくなる方も、切なさや悲しみを覚える方も、結局の所この物語が持つ引力に引き込まれたのでは。
    そんなよくも悪くも「嵌って」しまう魅力がある一冊です。

    多くの情報を入れずにこの話を読むことをお勧めしますが、
    個人的には、「ノーフォーク」という場所のエピソードが胸に刺さりました。
    ノーフォーク、遺失物保管所。
    亡くしたものが必ず見つかる場所。
    彼らが失ったものは一体なんだったのか、見つけたものは何だったのか。
    見つけたものは思い出のテープだけなんかじゃなかったし、彼らがノーフォークで本当に取り戻したかったものはそんなものでもなかった。

    日本の小説とは違い、細部まで抑制の利いた語りすぎない物語です。
    個人的にはいつも海外物で気になってしまう訳し方も気にならず、素敵な文章でした。
    映画とセットで見るのもいいと思います。
    映画を見てから小説にたどりつくのも悪くない。
    この映画の風景を取り出しているすばらしい映画だったと思います。

    ぜひとも自分なりの出会い方で出会ってほしい一冊。

  • 介護人キャシーの回顧録。
    彼女が幼い頃を過ごした施設ヘールシャムは他の人から身構えられる程謎めいた場所。彼女の記憶を辿る内にその実態が明るみになっていく。
    静かで淡々とした文章には不思議な説得力があり、もしかしてその施設は実在するのでは…と錯覚してしまう。
    極めて異質な設定。なのに彼女達の日常は我々と少しも違わずそこがちょっと怖い。

    「わたしを離さないで」タイトルにもなっている彼女の悲痛な叫びが、何時までも心に残り切ない。
    ラストのワンシーンで、悲しみのあまり涙は流すけれど、自制し決して泣きじゃくることのなかった彼女の強さ潔さがとても好き。

    これがカズオ・イシグロ初体験。
    更にイシグロの世界観を追ってみたくなった。

  • この物語は、主人公キャシー・Hの回想という形をとって書かれています。
    彼女の育った施設であるヘールシャムでのことと、ヘールシャムを出てからの日々のこと、「介護人」として「提供者」を看る日々の事が実に細やかに、そして淡々と語られていきます。
    のっけから「提供者」「介護人」といった謎の言葉が出てきて、なんの説明もなく不可解なまま読み進めることになるのですが、キャシー・Hの様々な体験談を読んでいくうちに、謎が明かされていきます。
    キャシーを始めヘールシャムや他の施設で育った人々は「臓器の提供者」であること。
    そして「提供者」はクローンとして生まれたのであり、人間たちの病気を治すため臓器を提供することだけが使命であること。

    このように書くとホントーにベタなSFのようにも思えてしまうのですが、この作品の厚みと深みは、決して既視感のあるものではなかったです。

    キャシーの言葉で語られる、ルースとトミーという二人の親友との日々。時に傷ついたり、傷つけたり、微妙に変化していく友情関係。
    3人は「提供者」としてその運命をまず予感し、そして確信し、やがて痛切に不安を抱いていきます。
    そんな「気持ちの揺れ」が友情のそこここに影を落とすさま、そしてまた人間らしい温もりで乗り越えていくさまが、丁寧に描かれています。

    読み手はキャシーに寄り添うことで、「傲慢な人間とクローン人間」という対置の構図ではなく、あくまで当事者の「内面の世界」を辿っていくことになります。

    提供者を育てていったヘールシャム側の人間はどうだったのか?
    それはラストで明らかになりますが、ヘールシャムを支えてきた人間であるマダムがキャシーとトミーに対して言った
    「かわいそうな子たち」
    という言葉が印象的でした。「かわいそうな子」という言葉自体が自分勝手です。しかし、できる限りの手をつくすことで、精一杯だった、と。

    このシーンではとてももどかしい気持ちになりました。

    読み終えた後は、とてもじゃないが救われない気持ちになりました。
    こんな救われない感は、ポランスキーの映画「チャイナ・タウン」を10年前に観た時以来です。

  • 淡々と運命を生きる子どもたち。
    人生に多様性があることを漠然と知りながら、人種が違うのだと透明の壁の中で生活の様子。生活するからには食べるし寝るし、笑うし怒るしセックスもする。ヘールシャムでは教育も受けるし創作もする。
    その意味とは何だったのか、敷かれたレールのことしかわからないし、他のレールのことは存在を知らない。そして使命を終えていくことだけが人生で決まっていること。

    途上国にもこんな感じの閉鎖感があるのかもしれない。そう思うと、SF感覚で読むべきじゃないのかもしれない。

  • ノーベル賞を受賞し、有名になってからしたり顔で読み出す自分はミーハー野郎であると自覚はしているのですが、想像以上に感動してしまい、強く心を動かされてしまいました…広島旅行中にもかかわらず、何も頭に入ってこないレベルにです。笑

    ご存知の通り本作は、将来的に臓器を提供することを目的に生まれ育てられた若きクローン達を巡る物語。内容からしてSFのジャンルに含まれることが多いけど、SF的な要素は割と少なくて、行き過ぎた科学に対する批判とか、生命の尊厳といった道徳的な問題にまで言及することは特にないんですね。

    これはNHKの文学白熱教室でカズオイシグロ氏が語っていた、「描きたいテーマがあり、それを表現するために舞台を選んでいるのであって、舞台設定そのものは特に重要ではない」という内容をよく表しているなと思いました。(実際、カズオイシグロ氏は、日本を描いた初期作品では日本という特殊性ばかりが注目されるのを嫌がり、初期作品のテーマはそのままに舞台を英国に移した「日の名残り」を完成させ、自分が描いているテーマは普遍的であることの証明に成功した…とのこと)

    話を戻すと、本作ではSFチックな前提を敷いているものの、そこに焦点はあてられていない。そうではなくて、その前提があることで「命に限りがある若者たち」を生み出すことが出来ていて、その群像劇が儚さや別れの悲しさをうまく描いているのかなと思いました。

    実は同じ様な感動を覚えた作品として、「レナードの朝」という映画がありまして。この映画は実話をベースにしているのですが、「眠り病」という不治の病により長年植物状態にあった患者たちが、ある医者の努力により一時的に目覚めるものの、最後はまた元に戻ってしまうという物語です(「アルジャーノンに花束を」に結構近いですね)。この映画も別れの悲しさを描いているのですが、悲しい話のはずなのに不思議な温かさがある、というところが本作とよく似ている点でしょうか。

    本作では「記憶」という側面がフォーカスされていて、カバー表紙にも描かれているカセットテープがその象徴となっているように思います。どれだけ悲しい別れがあっても、記憶があれば前を向いていける。本作には、悲しいだけではなく、そういう優しさがあるからこそ、こんなにも自分の心を動かしたのかなと思っています。素晴らしい作品でした。

  • 明晰な記憶、若さ、取り返しのつかない後悔の念、科学と倫理の問題、三角関係、教育倫理、全体を覆う虚脱感。自分にも覚えのある色々な苦いものが詰まっていて、上手く言えませんが「何か良くないものを代わりに背負ってけじめをつけて終わらせてくれた」感じがしています。何も終わりはしないのですが。

    当初、本作を読もうと思った最大の要因は、主人公のキャシーの人生の記憶を巡る物語であるということでした。それも彼女は人と比べて随分と細やかに様々なことを覚えています。人の記憶は主観によって形成されるものである以上、客観的事実や第三者にとってのそれ、あるいは心のうちなどとはズレがあっても何も不思議ではありません。とはいえ、自分の人生を巡ってせっせと形成してきた記憶を持ち続けるということはどうやら当たり前ではないようで。
    物語の中でキャシーは人の記憶の薄れる早さに驚きますが、私も同じように驚く側の人間です。あらゆるベクトルで記憶力が長けているわけではありませんが(むしろ暗記は大の苦手)、人と話していると、幼少期からの記憶が人と比べてえらく鮮明なことに自ら驚くことが少なくありません。そうさせる理由はぼんやりと頭にはありましたが、本作を読んでいくぶんかはっきりしたように思われます。
    たとえば、場所に対する依存心や執着心。自分のアイデンティティが刻みつけられている場所、それも物理的にはその痕跡を辿るのが難しくなったような場所がある者にとって、記憶は唯一無二の頼りの綱です。
    強烈な悔恨が残る出来事などもいつまでも心に留まるものです。キャシーが取り上げるエピソードには、ルースやトミーとのやり取りの中で取り返しの付かないマズい発言をした瞬間とそのときの鮮明な心理描写が多く出てきます。コトを起こしてしまった直後にもそのコトの重大さや問題点に気付くものの、気付いたときにはもう遅かった、という絶望感には覚えがあります。修復のしようもなければ、最早その必要性もなくなったような状態になったとき、こういった記憶はどこにしまうのがいいのだろう、とたまに考えます。ずっと覚え続けているのも決して精神衛生上よくないような気がするし、でも、都合の良いものだけを取っておくのも、誰にともいわず卑怯な気もして。キャシーも、何だか仕方なく全て抱きしめているようにみえました。
    あとは、恋を巡る思い出。特に片思い。
    より潔くさらさらと生きていたら、叶えたいものをきちんと叶えていたら、あるいは無茶な高望みをなければ、記憶にしがみつくことはなくなるのでしょうか。ここでは、しがみつく、という表現をあえて使いましたが、私自身にとって記憶に残っている思い出はどれも大切なものだし、キャシーにとってのそれもかけがえのないものであるはずです。
    と、ここまで綴ってみたものの、それでも究極的に嫌なことは上手いこと忘れているのだろうな、と思ったり。

    そしてここまで記憶の話しをだらだらと続けてきたものの、このような複雑な記憶の問題を抱えているキャシーがクローン人間であるということを忘れてはいけません。それでも、彼女の使命はただ一つなのだと思うと何とも気分が悪くなります。

    でもカズオ・イシグロの物語作りの素晴らしいところは、キャシーたちの運命を通して、クローン人間の問題を超えたところに踏み込んで訴えかけてくるものがあることです。クローンだとか、DNAだとか、といったものを巡る倫理の問題はヤヤコシイけれど、人間という存在そのものは更にヤヤコシイはずだから。使命とはなんだろうな。子どもの頃に刷り込まれているばかりに、当たり前だと思っていることは色々あるな。大人になれば仕事をして、定年になれば年金生活を送る。早いうちに「本当のこと」を知っておいた方がいいのか。早いうちといっても、理解力は追いつくのか。そもそも「本当のこと」なんてあるのか。ノンストップで色々なことを考えてしまうけれど、物語がゆるやかに閉じているように、白黒なんてつきようがないのだとも思わされます。そこで味わう虚脱感。

    この物語の凄みの神髄には迫り切れていない感じがしますが、何だか疲れてしまったのでこの辺りでひとまず。

  • 非常に月並みな表現だが、人間であるというのは一体どういうことなのか、そんな命題に正面から向き合って、物語は綴られている。
    設定こそショッキングなものの、細部では奇を衒わず、どんでん返しも大仰な事件も仕掛けられていないが、本筋だけで充分読ませるだけのパワーを持っている。

    どんよりと低く雲が垂れ込めた、英国の暗い空が似合う作品だ。

  • 施設ヘールシャムで育つ子供たち。外界と隔絶されたこの場所で、彼らはある目的のために育てられていた。
    10年後、かつて施設で生活していたキャシーは施設を出て優秀な介護人となっていた。そこへ旧友であり親友であったルースとトミーが介護される側として現れ再会することになる。かつての旧友は立派な“提供者”となっていた。そしてキャシー自身もまた-。

    徐々に明らかになるヘールシャムの真実。人権とは、普通とは、生きる意味とは。自分の身体であるにも関わらず、自分の意思とは異なる次元で切り刻まれる。彼らにとって自己とは何か。自身のアイデンティティが揺さぶられる感覚に陥った。
    施設と彼らの関係性だけにフォーカスし、それ以外の内容は一切削ぎ落したストーリー。キャシーによる淡々とした独白が妙に際立ち、その静寂さが不気味で引き込まれた。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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わたしを離さないで 単行本 わたしを離さないで カズオ・イシグロ
わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫) Kindle版 わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫) カズオ・イシグロ
わたしを離さないで Audible版 わたしを離さないで カズオ・イシグロ

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