わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫 イ 1-6)

  • 早川書房
3.88
  • (1352)
  • (1662)
  • (1158)
  • (239)
  • (80)
本棚登録 : 17067
感想 : 1808
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (450ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200519

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • ノーベル賞を受賞し、有名になってからしたり顔で読み出す自分はミーハー野郎であると自覚はしているのですが、想像以上に感動してしまい、強く心を動かされてしまいました…広島旅行中にもかかわらず、何も頭に入ってこないレベルにです。笑

    ご存知の通り本作は、将来的に臓器を提供することを目的に生まれ育てられた若きクローン達を巡る物語。内容からしてSFのジャンルに含まれることが多いけど、SF的な要素は割と少なくて、行き過ぎた科学に対する批判とか、生命の尊厳といった道徳的な問題にまで言及することは特にないんですね。

    これはNHKの文学白熱教室でカズオイシグロ氏が語っていた、「描きたいテーマがあり、それを表現するために舞台を選んでいるのであって、舞台設定そのものは特に重要ではない」という内容をよく表しているなと思いました。(実際、カズオイシグロ氏は、日本を描いた初期作品では日本という特殊性ばかりが注目されるのを嫌がり、初期作品のテーマはそのままに舞台を英国に移した「日の名残り」を完成させ、自分が描いているテーマは普遍的であることの証明に成功した…とのこと)

    話を戻すと、本作ではSFチックな前提を敷いているものの、そこに焦点はあてられていない。そうではなくて、その前提があることで「命に限りがある若者たち」を生み出すことが出来ていて、その群像劇が儚さや別れの悲しさをうまく描いているのかなと思いました。

    実は同じ様な感動を覚えた作品として、「レナードの朝」という映画がありまして。この映画は実話をベースにしているのですが、「眠り病」という不治の病により長年植物状態にあった患者たちが、ある医者の努力により一時的に目覚めるものの、最後はまた元に戻ってしまうという物語です(「アルジャーノンに花束を」に結構近いですね)。この映画も別れの悲しさを描いているのですが、悲しい話のはずなのに不思議な温かさがある、というところが本作とよく似ている点でしょうか。

    本作では「記憶」という側面がフォーカスされていて、カバー表紙にも描かれているカセットテープがその象徴となっているように思います。どれだけ悲しい別れがあっても、記憶があれば前を向いていける。本作には、悲しいだけではなく、そういう優しさがあるからこそ、こんなにも自分の心を動かしたのかなと思っています。素晴らしい作品でした。

  • なにも知らずに読んだので驚いた。
    読んだ後も色々考えさせられる本。

  • 1989年発表の第三長篇『日の名残り』にて、イギリス文学の最高峰ブッカー賞に、2017年にはノーベル文学賞を受賞死、2018年に日本の旭日重光章を受章、2019年には英王室よりナイトの爵位を授与。

    輝かしい経歴を持つ著者の作品を初読み。

    主人公はキャシー・H、彼女は優秀な介護人であり、本作は生まれ育ったヘールシャム時代の幼少期から始まります。

    独特の世界観、それは作品の中盤で明かされることとなりますが、臓器提供の為に生み出されたクローン人間の物語だから。

    医学や科学の進歩に伴い、もはや技術的には実現可能なレベルにあるものだと思いますが、それは倫理上許されるべきではない事であり、世のタブーとして扱われているもの。

    フィクションだから許される世界観ではあるが、本作にはクローン人間の心理描写というところまで踏み込むというよりも、そこにフォーカスを当てた作品。

    クローン人間の謎が明かされていないまま始まるストーリーではあるが、どこか違和感を覚える。

    謎が明かされた後に感じるのは、逆に我々と変わらないという感覚。

    現実に存在してはいけないクローン人間が我々と何ら変わらないというタブーのかけ算が読者を不思議な世界観へ誘ってくれます。

    何冊か著者の作品を購入したので、ゆっくりと読み進めていこうと思います。

    説明
    内容(「BOOK」データベースより)
    優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度…。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく―全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。
    著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
    イシグロ,カズオ
    1954年11月8日長崎生まれ。1960年、五歳のとき、海洋学者の父親の仕事の関係でイギリスに渡り、以降、日本とイギリスのふたつの文化を背景に育つ。その後英国籍を取得した。ケント大学で英文学を、イースト・アングリア大学大学院で創作を学ぶ。一時はミュージシャンを目指していたが、やがてソーシャルワーカーとして働きながら執筆活動を開始。1982年の長篇デビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年発表の『浮世の画家』でウィットブレッド賞を受賞した。1989年発表の第三長篇『日の名残り』では、イギリス文学の最高峰ブッカー賞に輝いている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

  • 事前にクローン人間がテーマである事を知っていたのですが、
    知らずに読んでいると、最初はイギリスのとある全寮制に学校の話と思ってしまいます。少しずつその断片が見えて来て、途中からはほぼ全容が見えてきて衝撃を受けると思います。キャシーをはじめとしたヘールシャムの生徒たちの使命が、臓器提供の為に生かされている事がわかります。

    臓器提供は2回、もしくは3回でその使命を終わるケースがほとんどです。つまり死んでしまいます。しかし、作品中では「死ぬ」という表現は使われません。「使命を果たした」「もうルースはいません」といった間接的な言い方でした。キャシー達の使命の先にあるのは「死」ですらなかったのか?
    作者の問題提起のように思えました。

    キャシーの語ったヘールシャムでの学生生活は、きめ細やかでヘールシャムの情景がありあり浮かんできました。私も含めた読者皆んなが、自らの幼少期を思い出さずにはいられないように思いました。懐かしく、それでいて少しほろ苦い気分にさせられるものでした。

    最後にヘールシャムができた背景、つまりクローン人間が生み出された全容がエミリ先生によって明らかにされます。
    ここで、強く感じた事は、クローン人間を造った者と、造られた者の間に明確で強固な線が引かれている事です。エミリ先生やマダムとキャシー達の間には越えられない大きな溝がありました。
    出自がクローンである以外に、私たちと何が違うのか?
    エミリ先生やマダム達監察官は、ヘールシャムの子供達がクローンでありながら素晴らしい素質を持っている事を証明しようと、彼ら彼女達の優れた芸術作品を収集します。しかし、証明すればするほど、明確にあった境界線が曖昧になり、人間が他人の臓器を躊躇なく利用していく重大な倫理観の欠如に向き合わざるを得なくなります。この矛盾にエミリ先生やマダム達は無自覚に思えました。

    また、出自が「クローン」を人種、肌の色、国籍等に置き換えればわかりやすいです。差別の問題にもつながっていきます。
    同じ人間として「違わない」のに「違い」が設定される。「設定する」人間がいて、「設定される」人間がいる。そこに人間の傲慢さが透けて見えます。
    旧約聖書の創世記の一番最初に出てくる神が人間を造ったという記述があります。「神は自分のかたちに人を創造された」(旧約聖書創世記第1章26節、日本聖書協会、1955年改訳)は、神のみが「設定」可能で、裏を返せば、人間が他の人間を自分の意のままに扱うことなど出来ないと、私なりに解釈しました。

    キャシー達はクローン人間として、臓器提供というその使命を果たすことに表向きは疑問を抱いていないように思えました。そこには敢えて触れずに、幼少期から成人までの成長過程が、丁寧に描かれています。しかし、ヘールシャムの子供達は全員苦悩を抱えていたはずです。いずれ臓器提供者として、使命を終える時に自分も死んでしまう事を。その部分が敢えて抑制的に描かれていたのではないかと思いました。キャシー達がその悲劇的な運命を呪って泣き叫ぶ場面があっても良いはずです。キャシーは自分の過去を、至って冷静に語っていきます。その語り口が抑制的であるが故に、余計に彼女達の辛さが伝わってくるのではないでしょうか。

  • カズオイシグロの小説は初めて読んだけど、世界観に引き込まれた。
    この物語通りの世界になったらと想像したらゾッとする。クローン人間であっても私と同じく心を持ってる。なのに提供者は人間ではない、と一線を引いて、他人事のように捉えているのが怖いと思った。その臓器提供で何人もの人間の命を救ってるというのに、、、。
    タイトルの「私を離さないで」というのがキャシーの悲痛な心の叫びに思えて虚しくなった。家族もいなければ、親しい友人も亡くなっていく、、、キャシーが孤独に思えてならなかった。それでもキャシーは自分の使命を小さい時からなんとなく分かってるからこそ、何かに刃向かう訳でもなく、使命を全うしようとしてる姿が逆に私の胸を痛くさせた。

  • めっちゃ良かった。深い...。

    介護人を11年勤めているというキャシー・H。彼女の思い出の中に繰り返し出てくるトミーとルース、そしてヘールシャムという場所...どうやら彼女達は施設で育ったらしい。第1部では彼女達の子供時代のことが綴られる。その施設では創造性を育てているのか子供達が作った絵などの作品がマダムと呼ばれる人に選ばれ引き取られていく。特殊な施設であることはすぐにわかるのだけど、ベールに包まれている。

    わずかな手がかり、示唆はあるもののこのお話は一体どこに着地しようとしているのかな?とテーマも見えない中で進んでいく。それが子供時代特有の視点、感性、淡い自我とうまくかけ合わさって良い曖昧さを醸し出している。全然意味がわからなくてもこの辺りの繊細な描写だけでも堪能できる。

    第2部以降、キャシー達の成長に伴い少しずつ、少しずつ話の輪郭が見えてくるのだけど簡単にはオープンにさせない、入念に計算されたものを感じる。キャシーはだんだんと真相に近づいていくのだがテーマが初めて分かった時は「そこか!」と思わず言いたくなった。自分が今までに当たり前に享受してたところにズバッと切り込まれたので盲点を突かれたような感じがした。木を隠すなら森、的な。

    そういう構成も面白いし、他にもキャシー、トミー、ルースの三人組の人間関係の細やかな描写もめちゃいい。仲良しは仲良しなんだけどいつも不安定に揺れ動くそれぞれの心を見事に描いている。

    ドンッ!と衝撃を与えるような感動ではなく、心の奥の奥、すごく遠いところに呼びかけるようなじわっとした感動、セピア色の感動とでも言えばいいのかな...そのような感動を味わえた。何度でも再読したくなるような作品でした。

    • まことさん
      あるちゃんさん。こんにちは。

      いつも、いいね!ありがとうございます。
      あるちゃんさんも、この作品読まれていたのですね。
      私も、夕べ...
      あるちゃんさん。こんにちは。

      いつも、いいね!ありがとうございます。
      あるちゃんさんも、この作品読まれていたのですね。
      私も、夕べ読了しました。
      レビューはネタバレで書いたのですが、あるちゃんさんはネタバレすることなくこれだけ、真相にせまった豊かな文章が書けて凄いなと思いました。あるちゃんさんは「忘れられた巨人」も読まれているのですね!
      私は未読で、他にもイシグロ作品、積読がまだあるので、これから楽しみに読んでいこうと思っています。
      これからもよろしくお願いいたします。
      2022/02/13
    • あるちゃんさん
      まことさん

      コメントありがとうございました。僕カズオ・イシグロはクララとお日さまからスタートしてるのでつい最近です。すっかりハマってしまい...
      まことさん

      コメントありがとうございました。僕カズオ・イシグロはクララとお日さまからスタートしてるのでつい最近です。すっかりハマってしまい次も、次もという感じに読み進めております。まことさんも読まれたのですね!

      そんな風に言っていただけるなんて光栄です。この感動をどう文章にしようか?と思うといつも上手く言葉にできないです…その都度改めて文章を生業にしている方への尊敬が募ります。
      2022/02/13
    • あるちゃんさん
      文章途中で投稿してしまいました…。

      忘れられた巨人も良かったですね!

      はい、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
      文章途中で投稿してしまいました…。

      忘れられた巨人も良かったですね!

      はい、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
      2022/02/13
  • この物語は、主人公キャシー・Hの回想という形をとって書かれています。
    彼女の育った施設であるヘールシャムでのことと、ヘールシャムを出てからの日々のこと、「介護人」として「提供者」を看る日々の事が実に細やかに、そして淡々と語られていきます。
    のっけから「提供者」「介護人」といった謎の言葉が出てきて、なんの説明もなく不可解なまま読み進めることになるのですが、キャシー・Hの様々な体験談を読んでいくうちに、謎が明かされていきます。
    キャシーを始めヘールシャムや他の施設で育った人々は「臓器の提供者」であること。
    そして「提供者」はクローンとして生まれたのであり、人間たちの病気を治すため臓器を提供することだけが使命であること。

    このように書くとホントーにベタなSFのようにも思えてしまうのですが、この作品の厚みと深みは、決して既視感のあるものではなかったです。

    キャシーの言葉で語られる、ルースとトミーという二人の親友との日々。時に傷ついたり、傷つけたり、微妙に変化していく友情関係。
    3人は「提供者」としてその運命をまず予感し、そして確信し、やがて痛切に不安を抱いていきます。
    そんな「気持ちの揺れ」が友情のそこここに影を落とすさま、そしてまた人間らしい温もりで乗り越えていくさまが、丁寧に描かれています。

    読み手はキャシーに寄り添うことで、「傲慢な人間とクローン人間」という対置の構図ではなく、あくまで当事者の「内面の世界」を辿っていくことになります。

    提供者を育てていったヘールシャム側の人間はどうだったのか?
    それはラストで明らかになりますが、ヘールシャムを支えてきた人間であるマダムがキャシーとトミーに対して言った
    「かわいそうな子たち」
    という言葉が印象的でした。「かわいそうな子」という言葉自体が自分勝手です。しかし、できる限りの手をつくすことで、精一杯だった、と。

    このシーンではとてももどかしい気持ちになりました。

    読み終えた後は、とてもじゃないが救われない気持ちになりました。
    こんな救われない感は、ポランスキーの映画「チャイナ・タウン」を10年前に観た時以来です。

  • ビジネス書が頭で読むものなら、この本は心で読むものだと思う。ドラマチックな展開が続くのではなく、淡々と進みながらも時折衝撃的な事実がさりげなく混ぜられている。まるで小説内の先生たちのマインドコントロールと同じ手法で。読者はいくつの事実に気付けるか。登場人物の外的特徴は最小限に抑えられ、読み手の好きなように想像させつつ、物語は緻密に練られ種明かしのタイミングまで計算ずくという不思議で面白い一冊。

  • 思っていた感じとはかなり違ったが、
    人間の身勝手さ、恐ろしか、悲しい。

  • 考えさせられる物語
    SF+ミステリー?といったところでしょうか?
    聞きなれない単語がそのままミステリー要素を含んでいます。
    「提供者」「介護人」「ポシブル」「保護管」

    ストーリとしては、
    介護人の主人公のキャシーの回想から語られる物語。
    子供のころから、現在に至るまで様々な出来事を通して、我々読者に対して、疑問を投げかけてきます。
    生まれ育ったヘールシャムという特殊な施設。
    そこで行われている図画工作に力を入れている不思議な授業。
    先生は「保護管」と言われる人たち。
    子供たちの会話から読み取れる違和感。保護管の言動の違和感。これがミステリー要素ですね。
    その違和感がもたらす異様な世界観。
    その施設で、友人のルースやトミーとの会話から、徐々に全容が見えてきます。

    そしてヘールシャムからコテージへ
    様々な出来事を通して、彼女たちの運命をようやく読み取れることになります。



    彼女たちが臓器提供を行うためのクローン人間であること
    臓器提供者を介護する必要があること



    そして我々読者に
    クローンとは?
    彼ら、彼女らにとっての人生とは?
    ということを考えさせます。

    すごく盛り上がるシーンがあるわけでもなく、ドキドキハラハラあるわけでもなく、淡々と物語が進み、淡々とエンディングに向かっていきます。
    何とも言えない読後感でした。

全1808件中 21 - 30件を表示

著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

カズオ・イシグロの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×