一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

制作 : 高橋和久 
  • 早川書房
4.09
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本棚登録 : 7284
レビュー : 741
  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200533

感想・レビュー・書評

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  • 面白かった
    良質なSFは思想的に興味深いと最近知り、SFを読みだしているが、流石SFの傑作。思想的面白さに加え、話までもがかなり面白い。
    全体としてのまとまりが半端なく、前半の生きづらくもまだ何処かしらのどかな印象が後半の絶望感をより際立たせている。

    ここでなされる記述の多くが現代に通じるところもあり、考えさせられる。
    マスコミが偏った報道をしている事は昨今インターネットの発達によりどんどん明らかになっていく。
    語彙はどんどん少なくなっていく。大抵は「ヤバい」で片付けられる。
    権力者は人々の監視へとエネルギーを割いていく。
    この小説は今一度我々の世界を考える契機を与えてくれる。
    平凡な共産主義批判に留まらない、ディストピアへの道筋を示している気がする。

    その他にも多くのなるほど、と思う考え方があり、特に三ヶ国の戦争の目的などは、非常に興味深かった。
    あれはWWⅡ時代の英国を体験したからこそ思えたものなのか。
    あるいは、本当に思考を深めて導き出したものなのか。すごく気になる。後者なら果てしない想像力だと舌を巻く。


    トマス・ピンチョンの解説を読んでなるほどと思ったのは附録の存在の重要性である。
    あれがあるからこそ、本文の一人称の記述が後世において流通している事が示唆されている気がするし、本文に留まらない『1984年』の世界の広がりが感じられる。

    ふと思ったのは、この本は真価をまだ発揮していなくて、恐らく1984年が歴史になった時にこそ、本当に面白くなるのではないか。

    過去は変えられる。
    ならば、我々の誰もが体験していない時代の一人称の文章は果たしてフィクションなのか、どうなのか、という要素が入ると、このディストピアは我々に示唆に留まらない何かを与えてくれるのではないか。

  • 形だけ従っているフリをしていれば、魂まではとられやしないさと高を括っていると、ファシズムはそんな甘いもんじゃねえと足元からひっくり返される。恐怖に覆われた世界には最後まで救いも浄化も訪れず、描かれるのは重苦しい諦念と絶望。ファシズムを身をもって経験したことがない者にとって、このような形でしか知るすべがないことを幸運ととらえるべきか。あるいは恐ろしい芽はすでにどこかで発芽していると身の周りに目をこらすべきなのか。

  • 2013年の読み始めになった一冊。予想を裏切られた結末。暗いなーと思った。
    前半の、輝くように愛について語る部分。性愛、隣人愛、母の愛。読んでいて心地よい部分だった。それにうってかわって、根こそぎ心地よさを奪い去っていくような終盤は、不愉快でもあり、ただ、わけがわからないわけではなかった。なんとなく、わかる。そんな感覚があった。
    大学の講義で、アウシュビッツで行われたナチの残虐な行為についての映像をみた。どうしてこんなことができるのか分からない、と思った。思う反面、「本当になにもかもわからないか?」と、自分に問いかけもした。わからないでいたいし、実際にこれだと掴んでわかっているわけではないのどけど、底の方でひりひりと、なにかしら分かるような気がしている。
    それに似ていた。自分の精神の、仄暗い部分をじっと見ているような小説だった。

  • 恐ろしい本であると思う。第2次大戦直後に約40年後の未来を想定して書かれた物語。世界は全体主義一色に染まり、生活のすべて、表情に至るまで徹底的に市民は監視されている。貧困層には国の自作自演による直接的な脅威(ミサイルを自国内に撃ち込む!)によって、仮想敵への憎悪を膨らませ、自国のいかに正統なるかを唱えるいびつな国粋主義を植え付ける。知識層にはいつでも思想そのものを監視されているが故の、いつ誰からとも想像がつかない、拘束と教化への目に見えない恐怖で統制をとる。

    原著者の執筆当時にはその思想的勢力を拡大し、世界中のインテリ層に浸透していった共産主義、全体主義の行きつく先を見通した、きわめてスリリングな物語である。この話はすべてではないにせよ、中国における文化大革命に見られるように、現実となった部分もあるのだ。

    物語の終わりはあまりにも無情だ。
    かつて非常なる困難を乗り越えながら愛し合った男女はすでに感情をなくした。自由を願ったがゆえに、壮絶な教化を受けた男は、いずれその頭に銃弾を撃ち込まれることを知っており、またそれを望んでいる。果たして彼への教化は果たされたのだろうか。私は、あくまで自由の精神が彼の心の片隅に無意識にでも残ったまま死を迎えてほしいと思う人間である。

  • これを「反共産主義のバイブル」と読むか、「反国家権力のバイブル」として読むかによって、価値は異なるであろう。
    結論はエマニュエル・ゴールドシュタイン著の「寡頭制集産主義の理論と実践」に概ね書かれているのであるが―「無知は力なり」―要するに「党が現実のすべてを決定し、あらゆる不満は「ゴールドシュタインそのもの」にぶつけ発散させ、党への服従を強いるためには「矛盾」を受け入れさせ、それを認識させながらも、「矛盾なのかもしれないが、それが事実なのだ。」と納得させること、「嘘」をつき続けることによって、現実感覚をずらし、支配を続けるのだ。ただ「党は絶対に嘘をつかない。」ということが前提で有るけども。愛情省、平和省、贅沢省、真理省はそれぞれ正反対なことをやっている。どこの国でも、名前と実態が異なる場合はある。しかしそれは受け入れられている。そのことであろう。
    また「戦争は平和である。」は、生産力、科学技術を発展させながらも民衆に配らない方法、それが「戦争」である、ということ、これは別に「共産主義」でなくともどこの国でもやっている。1984は、どこの国でも当てはまるであろう。
    この「寡頭制集産主義の理論と実践」は、すべてを読んでみたいところであるが。

    主人公は捕らえられると、愛情省の101号室で拷問にかけられる。どのような内容か?それは、「教育」。徹底した「教育」なのだ。刑法の「教育刑論」はファッショへの道を開くということだが、それのことも当てはまるのかもしれない。党はすべてを決定し、形而上学となる。歴史もすべて改ざんされるが、「歴史なんて物質的にどこに存在するのか?」と云う。たしかに証拠がなければ歴史なんて証明のしようがないのだ。これは重要な示唆であると思われる。とにかく、「党は”汝、なすべからず”また”汝、なすべき”、とは云わず、”汝、これなり”と命令する。」のだ。もはや現実までを定義し、目の前で実現しないとしても、「ある。」といえば「ある。」のであり、有名な「党が”2+2=5である”といえば、そうなる。」のだ。

    これは別に全体主義国家でなくとも有り得る話がかなりある。最終的にはバッドエンドだが、一度読むべきではあると思う。決して関係のない話ではない。

  • 本当に、つい先日まで本を全く読まない人間だった僕が「あ、これ読んでみたいな」と思わされた一冊。この本と中期太宰が読書のきっかけになりました。
    知った経由は村上春樹じゃなくてcrassという英国のバンド。「1Q84」の元ネタになってるなんて知る由もない。
    crass以外でも、現代英国人の基礎、そして現代ディストピアものの基本になっているらしい・・・というのは全部あとで。
    そこから開高健や宮崎駿のオーウェル絡み、というのもさらに知る。

    設定=世界観=思想の面白さと、それを表現する為の小説内の構成がすごく面白い。主人公が本を読む形式、というやつ。
    また、前半は同時にラブストーリーでもある。
    後半は「幸せとは何か?」について考えさせられました。

    知らないことが本当に幸せか?

  • ニュースピークの様な「言語が思考を規定する」という説は現代では否定されていて、人間の思考というのは特定の言語に依存しない心的文法、もしくは心的イメージによって形成されるという説が有力になっている。つまり、たとえ「自由」や「平和」という言葉が失われたとしても、その概念が消失するわけではないということ。そして概念が不足した言語というのは、クレオール言語が証明している様に次の世代が本能的にその言語に新しい語彙や文法を創造していくものなのだ。ディストピアに悲観するのは簡単だけど、楽観的になれる事実もまた存在する。

  • (再読中)

    春樹が何故この本をもとに『1Q84』を書くに至ったのか。新訳はマイケル・カニンガム『めぐりあう時間たち』と同じ高橋和久。日本語がこなれていて読みやすい。過去と現在の言語の違いについての説明など、物語の構造の割にストレス無し。

    誰かが理想とする「よい社会」とは何か。その誰かって誰だ。あなたを見ているビッグブラザーがなんなのか。肖像画は出てくるけれども、もしかするとそれは擬人化されたイデオロギーなのか。今の日本人だったら「北朝鮮ってこんな感じなのかな」、当時のアメリカ人だったら「ロシアってこんなだろうな」と思ったりしたのだろう。
    思考を単純化するために言語を省略可し、与えられたヒット曲を口ずさみ、供給された食物を餌のように摂取する。現代に生きる私達にとっては、とっくの昔に1984年を通りすぎてしまった今この時代を描いているように見える。
    果たして本当にこの世界は主人公が憂うべき社会なのかどうか、不自由であることは果たして不幸なのか、だんだんと不確かになってくる。自由だと思わされることも管理下にあることで、そもそも自由意志なんて存在していないし、実際に主人公は自分が最終的にどうなるかを予想できていた。潜在意識が現実化しているわけだ。
    この本が書かれた当時は1948年(4と8を入れ替えたアナグラムか)なので「SF」というジャンルだったのかもしれないけれども(でも宇宙には行かない)すでに21世紀になってしまった現代に生きるわたしたちが読むと「ディストピア小説」と呼ばれる不思議。いやこれ現代の小説ですよね、などと信じられるようになる。中盤の古物商と出会うシーンは、ポール・オースターの『最後の者たちの国で』を彷彿とさせる。(こっちが後だが)
    戦争をしていても本当の敵がわからない。時々相手が変わる。そもそも何故戦争しているかの説明は無し。やっぱりこれって現代とそんなに変わらん(ryと身も蓋もないことを考えられるのであれば作者の意図にまんまと嵌ってしまったことですね。

    果たして語彙の豊富さは文明の証なのだろうか。この本の世界で得しているのはいったい誰なのか。目に見えない「なにか」によって人民の幸福のための社会が構築されており、人民が不自由に抗う自由を手に入れても、彼らは最終的にその不自由さを許容している。それは不気味なことなのか。いやそれは、いつの時代もありふれた人間の世界なのか。

    今わたしたちが読むことができるシェイクスピアは本来のシェイクスピアとはずいぶんかけ離れたものかもしれないし、そもそも今のわたしたちが受け取っている現代に残された文学は、先人たちによって選ばれているわけだ。

  • イギリスのジャーナリストであるジョージオーウェルが書いた、非常に強い反共産主義小説です。
    全体主義の薄暗い世界と、その中で自由を求めて党への反逆を妄想しながらも、いまいちウジウジと二の足を踏んでいる主人公のお話です。
    はっきり言ってハッピーエンドではありません。

    お話の端々で見える、作者の政治的な考えが大丈夫なのかと心配になるくらいに、露骨に生々しくありありと語られています。
    時間や歴史の概念、子供や家族の関係、心理的内監視(パノプティコン)の構造などと、現代には少なからず当たり前にある感覚の暴走や混乱の倒錯性への筆致が非常に面白いです。

    ぜひ一読してください。

  • こえーーーーー・・・

    もしかしたら、世界で一番怖い本かも。
    今までは『O嬢の物語』が一番怖いと思っていた。
    あれはフランスのSM官能小説なんかじゃなく、私にとってはホラーだったもん。
    でも、やっぱりイギリス人が本気出すと、誰も勝てないわ〜(O嬢でも一番怖い人はイギリス人だったし)

    話の筋や展開も退屈させないし、緻密に架空の世界を設定してある(政府主導で新しく作られる言語まで!)から、SFなのにすごくリアル。
    読後感もかなり強烈。読み終えた後、現代社会について色々と考えさせられる。
    一番怖いのは、こういう社会構造になっている国が現代でも地球上にいくらでもあるという事実?
    それとも、この国にも<二重思考>がそこら中に存在するという気づき?

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「世界で一番怖い本かも」
      確かに、、、とっても息苦しい本です。コレを読まれたらオルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」もセットのつもりで、...
      「世界で一番怖い本かも」
      確かに、、、とっても息苦しい本です。コレを読まれたらオルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」もセットのつもりで、お読みください。
      2012/10/10
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著者プロフィール

1903-50 インド・ベンガル生まれ。インド高等文官である父は、アヘンの栽培と販売に従事していた。1歳のときにイギリスに帰国。18歳で今度はビルマに渡る。37年、スペイン内戦に義勇兵として参加。その体験を基に『カタロニア讃歌』を記す。45年『動物農場』を発表。その後、全体主義的ディストピアの世界を描いた『1984年』の執筆に取り掛かる。50年、ロンドンにて死去。

「2018年 『アニマル・ファーム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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