一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

制作 : 高橋和久 
  • 早川書房
4.09
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本棚登録 : 7261
レビュー : 739
  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200533

感想・レビュー・書評

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  • ブンガク
    かかった時間 こまぎれなのでわからない

    星3なのは、読み切れていないと思うから。
    解説にもあったように、まだ自分の頭では、わかりやすい「動物農場」のインパクトが強くて、おそらくそれを超える作品だということはわかっていつつ、咀嚼して飲み込むことができていない感がある。

    第1部はまさに現代社会だなと思う。ニュースピーク、テレスクリーン、真理省、のあたりは特に。また、昨今ツイッターとかで指摘している人もいるが、ワイドショーなんかを考えると、「2分間憎悪」さえ、オーウェルは予見している、ようだ。
    第2部、ウィンストンが行動に出る。前から気づいていた自分の内面の違和感に従い、ジュリアと逢瀬を重ね、革命を語る。
    第3部、愛情省のほんとうの仕事。しかし、少しここはリアリティに欠ける。読み切れていないのか、ちょっと作品としてこの部分は弱いのか。

    「動物農場」でも思ったが、オーウェルは、思考(=行為)とことばの関係をものすごく強調して描いている。附録の「ニュースピークの諸原理」なんかは、まさにそれだ。また、これも解説にあるように、私たちは「二重思考」にとらわれていて、しかも都合よく、それに気づいていない。

    最近ようやく、小説家はありうべき人間や世界を描くのだ、と自覚して読むようになった。書かれていることは起こりうること、もしくは起こっていることで、私たちは人間であることの可能性も危険性も、さまざまな形で知る必要があるのだなあ、と思う。ブンガクの価値ってそういうこと?みたいな。

  •  政府に不都合な記録全てをそのつど書き換え歴史を思うがままに改竄し、党員同士の監視により不穏分子は可能性の段階から排除していく管理社会。最小限度まで語彙を削減し言語表現を破壊することで人間の思考範囲を狭めようとする試みに加え、対立項を(矛盾していると知りながら)両方とも受け入れる思考法の醸成など、恐ろしい政策てんこ盛り。
     
     それらの目的はみな人間の思考(精神)をいかに支配するかに集約されており、偽りの服従さえも許さない、権力欲のおぞましさを描いている。
     そしてなお不気味なのは、独裁者自体はただのシンボルに過ぎず、こうした残酷な社会を延々と機能させ続けているのは他ならぬ国民なのだというところにある。
     
     恐怖と憎悪がいかに容易く人間を壊し、空っぽになるまでぐちゃぐちゃに壊された精神がどのように洗脳を受け入れていくかを描くことで、人間の「精神」に対する無根拠の信頼に懐疑を投げかけているところがえぐい。
     
     いっぽう解説を読んでなるほどと思ったのは、附録の「ニュースピークの諸原理」がオールドスピークで、未来の視点から書かれているところに、道徳的秩序の回復と救済がほのめかされているということ。決して道徳的な人間性を否定するだけでなく、簡単に歪んでしまう人間性を踏まえた上で、私たちにできることはあるのだという希望を残しておくところに、この作品の本質はあるのだと思いたい。

  • 気持ち悪い物語であった。なぜ気持ち悪いかというと、悲惨な状況なように物語の世界は描かれているが、実際の今の世界も見た目は綺麗に繕っていても、同じようなものなのではないかと思えてしまうからだ。現在の日本は、自由な発言ができる。間違ったことも言える。しかし物語の世界では間違ったことを言う、または考えるだけで警察に捕まり拷問を受ける。いまの日本ではあり得ない状況であるが、私の考えていることは、本当に私の意思で発想されたものなのか、誰かの思想操作により作り出されたものなのかは分からない。メディアの影響力は強く、なんらかの思想、利益誘導に基づいた情報であるため鵜呑みにしてはいけないということは言うまでもないが、誰にでも信じている情報はある。しかしそれがたとえ一次情報であったとしても、本当に真実なのだろうか。主人公は最後、自分は間違っている。しかし間違っていたい、という発言をしているのは、どういう意味で言ったのだろうか。

  • ようやく読み終えたが、苦しかった…。とにかく絶望しかなく、読んでいて楽しい本ではない。1944年ごろイギリスの作家ジョージ・オーウェルによって書かれた、ディストピア小説である。舞台は当然1984年で、実際に1984年にはイギリスで本書がベストセラーになったという。オーウェルの本を読むのは「動物農場」に続いて2作目。
    「党」で働く主人公は、記録を党に都合よく書き換えるのが仕事である。党に働く人たちは行動を常に監視されていて、思想はとことんコントロールされていく。現実は人の記憶の中にのみ存在するという考え方から、人々の思想だけでなく、記憶までも変えていく。反対勢力は、これでもかと拷問にかけられ、うその証言をするよう導かれていくうちに、実際にそう考えるようになっていく。読みながら、お隣の某国を思い浮かべたが、どうやら当初は違う国がイメージされていたようだ。現在でも違う形態で同じような思想統制は行われている。
    よく筋が通っていて分かりやすく説明されているのにもかかわらず、内容は難しい。戦争終結直前の時代は、戦勝国ですらここまで暗い世の中だったのか?
    解説もすばらしく、消化不良の箇所が理解しやすくなる。

  •  今年の始めにトランプが大統領に就任した直後から、バカ売れし始めたという1949年に描かれたディストピア小説。僕の本棚の中に旧訳版が長らく鎮座しておりましたが、ついに先ほど読了しました。感想を一言で表すとすると「すげぇもの読んじまった!」というところ。

     この小説大まかに三つのパートに分かれているんですが、出だしといいますか、最初の不部分がとてつもなく陰鬱なんですね。オセアニアというある独裁的な国家の一公務員であるウインストンという男の口に出せない不平不満と鬱屈が延々と続くんですね。何で口に出せないかというと、その国家を支配している党とその党の指導者ビッグブラザーの悪口を言おうとしたものなら、自分の身に危険が即迫ってくるからです。実際彼の周りでも些細な失言や行動の結果、いきなり姿を消されてしまったという人間は大勢いる。そしてその消えた人間は最初から存在しなかったというように記録の改ざんも行われる。

     ちなみにこのウインストンという男の仕事は、そのような記録の改ざんを行うこと。だからよけいに彼の鬱屈は増して行く。党やビッグブラザーにうんざりしきっているのに、彼らの権力を盤石にするために身を粉にして働いているという彼自身の矛盾。そんな彼の愚痴がずっと書かれているものだから、なかなかサクサク読みすすめられない。ちなみ英国において「読んだふりされている小説ランキングNo1」がこの一九八四年という噂。まぁ愚痴であってもそこに皮肉なユーモアみたいなものがあれば多少面白いんですが、どうやらウインストンさんにギャグセンスゼロ。でもがんばって読み進めて行くととひきつけられる箇所もあるんですね。

     それはこの小説の道具立てとして描かれているテレスクリーンという道具が興味深いから。このテレスクリーンというものの形状はテレビのようなものでしょうかね。実際にスクリーンから、いろんなニュース映像なんかも放送される。ところがテレビと違うのは双方向というか、視聴している国民を監視するカメラでもあるんですね。

     例えば朝の一定の時間にオセアニア国民はテレスクリーンに写される体操の映像とともに運動しなければなりません。これは強制です。ラジオ体操を強要されるみたいな感じですね。で、たらたらと体操をしていると怒られるんですよ。誰にって?テレスクリーンの中の人に!見られているんですよ。監視カメラだから、「ウインストンさん、だらだらしないでちゃんと体操してくださいね!」なんてテレビの中から注意される。ついでに画面に何も映ってなくとも周囲の音を拾うこともしている。だからうっかり、反体制な発言をすると・・・。
    これ、怖くないですか(笑)
    で、我々が見ている現実のテレビではそんなことはないですが、今画面をみているPCにはカメラがついているし、スマホにも当然カメラがついている。これってもしや!みたいな。そんな感じでこの物語世界が何かリアリティを感じ始めて惹き込まれていくんですね、

     で、そのうち中盤に入り始めるといきないラブストーリーが始まる、さえない中年男のウインストンに唐突に若い女が近付いてきてロマンスが始まる。これが結構面白い。なんでかっていいますとこの世界では自由に恋愛するなんてことは御法度なんですね。そういう事は退廃的だとされている。そのうえウインストンには離婚したくてもさせてもらえない別居中の妻もいる。で、ふたりはこっそりと会って情事にふけり、さらには党やビッグブラザーに対する不満をぶつけあう。ある意味普通の恋愛物語にはない快楽性がこのふたりの姿を通して感じられる。
     
     ところが・・・・・この作者のオーゥエル相当性格が悪いのかリアリストなのか、そのままでは終わらせないんですね。この後に続く彼ら二人に襲いかかる出来事、直接描かれるのはウインストンに対する体制側の仕打ちですが、これがなんともひどい・・・。

     まぁ共感性の強い方は読まないほうが良いかも、という展開。ただ、その場面で悪役として登場する男とウインストンの「事実とは何か?」といったあたりの議論がとても興味深いんですよ。ウインストン自体かなりの理論家ではあるのですが、悪役の男はウインストンが全く歯が立たないほど論理がキレッキレなんですね。悪魔みたいに頭が良い。

     その議論自体は「カラマーゾフの兄弟」の中の大審問官を彷彿とさせる。「自由と幸福は共存することはなくどちらかを選ぶものだ」みたいな論議ですね。で、面白いことにウインストンは彼と話し合ううちに「人は愛されるよりも理解されることを望むのかもしれない」なんて事も思い始めるんですね、悪魔のような男は頭が良いからウインストンの事を理解してくれるわけですね、それに同調するということやウインストンを愛するということではないけれど理解はしてくれる、そのあたりの心理も読んでて興味深いですね。

     そのあたりも含めてこの本、正直読了するのは結構大変かもしれませんが、「すげぇ本」に出会いたいと思っている方は手に取ってみてもよいかもです。で、読んでると、今の時代のビッグブラザーって誰?ってついつい考えてしまうかもです。それで遠くない未来に人工知能がビッグブラザーになる、なんてことを妄想してしまうのはSF小説の読み過ぎですかね(笑)
    2017/09/21 19:24

  • 選択範囲が狭まるほど熟考しないという感じの一文がささった。それを国家として推進しているこわさ。データ破棄で検証不能ということは既に現実で起きている。今後この本書のようにならない保証はない。おもしろい、おもしろくない以前にいつか起こりそうでこわいという本。

  • 有名なディストピア小説。

    自由や性を抑圧し、過去を改竄する社会。この徹底された監視・統制社会に疑念を抱く主人公を中心に話しが進んでいきます。最後まで読んで救われないなと思いました。

  • 初読。
    「おそらくは新石器時代の末葉以来、この世界には三種類の人々が存在してきた。即ち上層、中間層、下層である。」309頁
    「結局のところ、階級社会は、貧困と無知を基盤にしない限り、成立し得ないのだ。」293頁
    「権力は手段ではない、目的なのだ。」408頁

    ジャンルは社会人類学なんだろうか、人間の権力のピラミッド構造が、それ自体が普遍的な目的であるが故に、時代やイデオロギーを問わず常に在り続けるんだよという教訓。
    ここを平等とか博愛っぽい言葉で霞をかけると本質が見抜けなくなる。
    「所詮ホモ・サピエンスは虐殺と裏切りを特性として生態系の頂点にのし上がった動物だぜ」のカテゴリの本。

    それに対する著者の意見は、主人公の敗北により「受け入れるしかないよね」というように読めるが、最後の「ニュースピークの諸原理」を過去形で付録する(オセアニアの終焉を含ませる)ことで、救いの予感を微かに持たせているのは素敵だなと思う。

  • 個人が完全に管理された社会。現代はここまで酷い世界ではないが、テクノロジーの進化(インターネット、SNSなど)により自ら管理社会を構築しているようにさえ感じる。
    また、人の心をどこまで制御することができるかわからないが、遠藤周作の「沈黙」にも通じる悲しさや絶望感にも思い知らされた。

    トランプ大統領就任を機にアメリカのアマゾンで突然のベストセラー入り。「二重思考」にならないように気をつけないと。

  • 分割統治された全体主義国家において徹底的な管理監視下におかれながら、主人公が政府への反抗を図り、という話。
    1948年に執筆完了されたSF小説だが、未だ示唆に富んでいる。思考を監視される恐怖と共に、私が正気でいられるのは何も考えていないからかもしれない、という気にさせられた。最も重要なのは体験を通して自分と対話することではないだろうか。何を喜びとして何を大切にしたいのか、自分の原点を定めること。そして情報化社会と呼ばれる今こそ情報の真偽を確かめること、発信者の意図を読み取り多角的に考える必要があると改めて感じた。(追記)世の中は昔も今も、事実のような嘘で溢れている。

著者プロフィール

1903-50 インド・ベンガル生まれ。インド高等文官である父は、アヘンの栽培と販売に従事していた。1歳のときにイギリスに帰国。18歳で今度はビルマに渡る。37年、スペイン内戦に義勇兵として参加。その体験を基に『カタロニア讃歌』を記す。45年『動物農場』を発表。その後、全体主義的ディストピアの世界を描いた『1984年』の執筆に取り掛かる。50年、ロンドンにて死去。

「2018年 『アニマル・ファーム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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