一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

制作 : 高橋和久 
  • 早川書房
4.09
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本棚登録 : 7287
レビュー : 741
  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200533

感想・レビュー・書評

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  • 小説とは関係ないとこでも時々引用される、かのディストピア本をついに読むことができました。
    読み終えてまず思ったのは、自由に物が言える世界のなんと素晴らしいことか!
    まあ現実にはかの近隣の大国みたいに、あれに近い監視を実現している国もありますが、その辺の話は他の方にお任せします。

    読んで特に強く印象に残ったのは以下の点でした。

    ・心の自由の大切さ
    本書を全部を読んだあと、個人が物事を自由に考えてよい事のかけがえのなさを感じました。
    と言いつつ、自分がその自由を活用できているかは少し自信がありません。
    抑圧はされていないにしても、思想や嗜好は、自分がよく触れる物、また考え方の似た知り合いに影響されていることは否定できません(本編とはやや脱線した話ですが)
    少なくとも、自分と相容れない考え方に対して頭ごなしに否定したり、排除するような人間にならないよう、気をつけたいですね。

    ・二重思考(Doublethink)
    本書のキーワード。最初は単なる言葉遊び、表面的な事かと思ってましたが、本を読むとそんな表面的な物でも無いことに気づきます。
    それにしても無茶苦茶すぎて有り得ない、はずなのに納得もできる凄い単語です。
    現実世界で生活していても時折遭遇する、または自分の中にもあるこの状況、よく一言で表現したなーーと感動しました。
    答えは無いですが、人間は多かれ少なかれこういう思考状態になるってことに向き合わされたように感じました。

  • 最近、世の中を「ジョージ・オーウェルの 1984 に描かれたような」と評する言質を耳にすることが多いのだが、当の 1984 (Nineteen Eighty-Four)を読んだことがなかったので、読んでみた。そこに描かれるのは、「寡頭制集産主義」と呼ばれる恐怖と憎悪と基礎にした階級社会である。

    この殺伐としたストーリーには陰々滅々とさせられるが、「附録 ニュースピークの諸原理」を前向きに捕えたトマス・ピンチョンの解説で多少は救われる。またピンチョンは「批評家連中が面白がってやる、おそらく一分かそこらのちょっとした気晴らしにしかならないゲーム」と自嘲しながらも、やはり現代において全体主義、精神の腐敗、権力中毒が着実に進行している(つまり、「ジョージ・オーウェルの 1984に描かれたような」という形容が当たっている)ことを指摘する。たとえば、Internet もピンチョンによれば(あるいは Nicholas Carr によれば)「奇妙な髭を蓄えた前世紀の古風な圧制者が夢見るほかなかった大規模な社会コントロールを約束」するものだ。Google が「党中枢」になることを決意した場合、我々はプロールにならざるを得ないのであろうか。

  • 村上春樹の1Q84のタイトルの元ネタ本だな~という認識で
    読み始めた本。

    人間と社会に対する、徹底した冷徹な視点に背筋が寒くなりました。

    拷問と再教育を受ける主人公が、既に物質への支配は完全である
    という党幹部のオブライエンに反駁すると、オブライエンは言う
    「われわれは精神を支配しているから、物質を支配しているのだ。
    現実は頭蓋の内部にある。君も徐々に分かってくるだろう、ウィンストン。
    われわれに出来ないことは何一つない。不可視にだってなれるし、
    空中遊泳も出来る・・・われわれが自然界の法則を作っているのだ」
    徹底的に思考と精神を支配、管理することによる権力の維持。

    50年以上前に構想された思考管理の方法は、徹底した監視と拷問、洗脳による再教育ですが、現代ではどうでしょうか。
    心理学的な分析に基づくマーケティング、意図的に作出された貧困、
    合法的に追いつめられた精神と、1つしかないと思わせられた将来
    などなど。方法は違えど、同様のことは様々に行われているようです。

  • とてつもなく恐ろしいディストピア小説。
    読み進めるのが辛くて、読破するまで2ヶ月弱を要した。
    (途中で何度、挫折しかかったことか)
    その時々の『党』の意向に因り、
    『2+2』が『3』にも『5』にも揺らぐ世界ではなく、
    『2+2は4である』と断言できる自由のある世界に
    生きている幸せを噛みしめている。

    共産主義の卸問屋であった、かつての大国ロシア。
    改革開放とはいうけれど、まだ人民の言論を弾圧し続ける
    一党独裁支配下の中華人民共和国。
    核を弄ぶ独裁国家・北朝鮮に、
    改ざんした過去を根拠に反日を国是とするヘル朝鮮・韓国。
    そして素人政治家トランプを大統領に頂くアメリカ合衆国 ...

    かの国の人々はこの小説を読んで、どんな感想を抱くのだろうか?

  • ニュースピークの様な「言語が思考を規定する」という説は現代では否定されていて、人間の思考というのは特定の言語に依存しない心的文法、もしくは心的イメージによって形成されるという説が有力になっている。つまり、たとえ「自由」や「平和」という言葉が失われたとしても、その概念が消失するわけではないということ。そして概念が不足した言語というのは、クレオール言語が証明している様に次の世代が本能的にその言語に新しい語彙や文法を創造していくものなのだ。ディストピアに悲観するのは簡単だけど、楽観的になれる事実もまた存在する。

  • (再読中)

    春樹が何故この本をもとに『1Q84』を書くに至ったのか。新訳はマイケル・カニンガム『めぐりあう時間たち』と同じ高橋和久。日本語がこなれていて読みやすい。過去と現在の言語の違いについての説明など、物語の構造の割にストレス無し。

    誰かが理想とする「よい社会」とは何か。その誰かって誰だ。あなたを見ているビッグブラザーがなんなのか。肖像画は出てくるけれども、もしかするとそれは擬人化されたイデオロギーなのか。今の日本人だったら「北朝鮮ってこんな感じなのかな」、当時のアメリカ人だったら「ロシアってこんなだろうな」と思ったりしたのだろう。
    思考を単純化するために言語を省略可し、与えられたヒット曲を口ずさみ、供給された食物を餌のように摂取する。現代に生きる私達にとっては、とっくの昔に1984年を通りすぎてしまった今この時代を描いているように見える。
    果たして本当にこの世界は主人公が憂うべき社会なのかどうか、不自由であることは果たして不幸なのか、だんだんと不確かになってくる。自由だと思わされることも管理下にあることで、そもそも自由意志なんて存在していないし、実際に主人公は自分が最終的にどうなるかを予想できていた。潜在意識が現実化しているわけだ。
    この本が書かれた当時は1948年(4と8を入れ替えたアナグラムか)なので「SF」というジャンルだったのかもしれないけれども(でも宇宙には行かない)すでに21世紀になってしまった現代に生きるわたしたちが読むと「ディストピア小説」と呼ばれる不思議。いやこれ現代の小説ですよね、などと信じられるようになる。中盤の古物商と出会うシーンは、ポール・オースターの『最後の者たちの国で』を彷彿とさせる。(こっちが後だが)
    戦争をしていても本当の敵がわからない。時々相手が変わる。そもそも何故戦争しているかの説明は無し。やっぱりこれって現代とそんなに変わらん(ryと身も蓋もないことを考えられるのであれば作者の意図にまんまと嵌ってしまったことですね。

    果たして語彙の豊富さは文明の証なのだろうか。この本の世界で得しているのはいったい誰なのか。目に見えない「なにか」によって人民の幸福のための社会が構築されており、人民が不自由に抗う自由を手に入れても、彼らは最終的にその不自由さを許容している。それは不気味なことなのか。いやそれは、いつの時代もありふれた人間の世界なのか。

    今わたしたちが読むことができるシェイクスピアは本来のシェイクスピアとはずいぶんかけ離れたものかもしれないし、そもそも今のわたしたちが受け取っている現代に残された文学は、先人たちによって選ばれているわけだ。

  • 完全なる隷属。そんな社会が成り立つのだろうか? ”ニュースピーク”が実際にあった事実なのか確認しないと、”1984年”の意味も、よく解らない気がする。

    〈追記〉
    Webをざっと見たところ、史実として1984年に何かあった、ということはなさそうだ。また、作中の”オセアニア国”という名称も、現存する”オセアニア地方”等とは関係がないようだ。
    ただ、言語を管理・統制して、思想をコントロールしようとする方法は、一部の国・軍隊等で使われているらしい。

  • 自由とは何か考えてしまう
    知らないあいだに自由じゃなくなってるかもしれない

    なんか、こう、もっと本読もうって思った
    無知は愚でしかない

  • 1Q84年の元ネタとよく言われる作品。何十年振りに読んだが面白かった。新訳ということもあろうが、時が進み、この小説の世界に現実が近づいてきたリアル感が一層感じられた。極端ではあるが、この小説の、絶望的なディストピアは人間の闇に刺さる魅力がある。トランプ氏が大統領に就任した時、この作品はベストセラーとなったという。

  • 古典文学の良し悪しは、それを模倣される流れになるかならないかで決まる。それが模倣でき、模倣が繰り返され普遍性をもってしまったら名作の看板を下ろさなくてはならない。一九八四年は70年経っても本来の輝きを保っていて面白かった…鮮度が高い

    • くどうさん
      はじめまして。
      わたしもこれからこの作品を読みます‼︎レビュー読んで、楽しみになりました‼︎
      はじめまして。
      わたしもこれからこの作品を読みます‼︎レビュー読んで、楽しみになりました‼︎
      2018/10/29

著者プロフィール

1903-50 インド・ベンガル生まれ。インド高等文官である父は、アヘンの栽培と販売に従事していた。1歳のときにイギリスに帰国。18歳で今度はビルマに渡る。37年、スペイン内戦に義勇兵として参加。その体験を基に『カタロニア讃歌』を記す。45年『動物農場』を発表。その後、全体主義的ディストピアの世界を描いた『1984年』の執筆に取り掛かる。50年、ロンドンにて死去。

「2018年 『アニマル・ファーム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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