ビラヴド―トニ・モリスン・セレクション (ハヤカワepi文庫)

制作 : Toni Morrison  吉田 廸子 
  • 早川書房
4.06
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本棚登録 : 107
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (569ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200571

作品紹介・あらすじ

元奴隷のセサとその娘は幽霊屋敷に暮らしていた。長年怒れる霊に蹂躙されてきたが、セサはそれが彼女の死んだ赤ん坊の復讐と信じ耐え続けた。やがて、旧知の仲間が幽霊を追い払い、屋敷に平穏が訪れるかに思えた。しかし、謎の若い女「ビラヴド」の到来が、再び母娘を狂気の日々に追い込む。死んだ赤ん坊の墓碑銘と同じ名のこの女は、一体何者なのか?ノーベル賞受賞の契機となった著者の代表作。ピュリッツァー賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • すごい小説を読んだ。奴隷黒人の世界。奴隷の視点。考え方。濃密な空気感。どうしてこんなものが書けるんだろう。限りなく言語化されたブルースみたいな読書だった。黒人たちが口を噤んで語らないのには意味がある。否、ないと学習させられたという意味もある。語れば噴き出る痛みの耐え難さもある。とんでもない痛みの熱量を、白人はどこまでも知らないし、黒人は彼らが理解すると到底信じていないから、やはり語らないのだ。けれど、人間なのだから、奴隷として扱われてきたことへの心的外傷は、忘れられるものではない。けれど。だから。

    人から人へ伝える物語ではなかった。これは人から人へ伝える物語ではないのだ。
    愛されし者
    Beloved.

  •  ビラヴドの概略は朝日出版社のアメリカ文学案内にまるまる乗っていて、僕は物語の断片を思い出しながら、
    http://blog.asahipress.com/sekaibungaku/2010/04/vol54-b1c6.html
    を読んでいた。
     そんなわけであらすじを書いたり、物語の流れを捉えていくのは省略する。ただ、書こうと思うのは、この著者のパンチライン部分であり、著者がやりたいだろうと思ったところであり、その場所にぶつかっていく僕の感想だ。



     セサが金髪の女の子に助けられて出産まで行くところの、ぼろぼろの場面が印象に残っている。
     僕はこのビラヴドを読みながら、幼馴染の北林君と一緒に海に行った。
     北林君が、「お前の肌は白すぎる。太陽にあてて焼いてやる」と突然誘ってきたのだ。僕は「ええよ」とすぐに支度して車で出かけた。駐車場でフルチンになる経験もした。人が通らないうちに素早く着替えるのは中学生以来で、なんだか懐かしかった。水着をはいて、Tシャツをきて、太陽がこれでもかと照っている中、履きにくくて歩きにくいサンダルで歩道橋をわたり、砂浜に辿り着いた。歩く度に砂粒が足の指の間に挟まって、くそだるい。
     須磨海岸は透明度ゼロの淀川のどぶのような汚さで、家庭ゴミなどは一切浮いていないが、赤潮みたいになっていた。
     木くずやあぶらのようなウヨウヨが浮いていて、クラゲの死体がチパチパ打ち上げられていた。そこで日焼け止めを塗らずに三時間ほど過ごし、焼きそば大盛りを食って家に帰った。
     その晩身体がガタガタ震えだした。
     全身が真っ赤になり、服を着るのさえ難しい。体中から発熱が収まらず、冷やしたタオルをそっと肩からかけながら、必死にネットで「日焼け 寝れない」で検索して情報を収集した。
     日本酒とサランラップとそれから糠を用意して……とめんどくさい自然療法しか情報が出てこないので、対策は結局できない。なんとか横になり、クーラーをガンガンかけると、足先や、日焼けしてない部分が極端に冷えたようになり、日焼けで熱く、痛いのに、布団をかぶって震えている。
     死にかけて興奮して眠れない。
     その日焼け状態で読んだのが、ビラヴドの妊娠したセサと金髪少女が助けに来る謎の場面なので、穴を掘ってそこに腹をおさめたり、蜘蛛の巣で背中の傷を覆ったり、行きたい場所を語り合ったりする場面がなんとも幻想的で「んなこと話してる場合かっ」と突っこみつつ、その突っこんでしまう感じがとてつもなく美しい。
     「ここで白人少女できたか!」と素直に感心した。
     散々、黒人のつらい現実みたいなのを見せられ、幽霊だのなんだの暗い感じて来ている中で、まるでピエロ……いや、クラウンのようにその子はあらわれる。
     もっともしんどく、「セサ死ぬんちゃうか。ってか赤ん坊絶対死ぬやろ」と思いつつも、出産するのだが、その、出産という最も母子共々死ぬかもしれない感じを抱いてしまう脆い行為が、黒人差別や虐待まっただ中の場面のなかで、わけのわからない所へと向かっていく白人少女と語らう。意味不明で、とてもいい意味の場面だ。よくぞこれを書きやがったなと、読んだ人は皆思っただろう。

     僕がこの小説を読んで、そして読み終わって、思い出したことがあった。
     それは曲だった。音楽だった。
     大学時代、ゲームクリエイターになる夢がやぶれ、何をしたら良いか分からず、そのゲームのテーマソングにしようとしていた「名前のない鳥」という曲だ。
     結局ゲームはできあがらず、チームは解散。テーマソングの許可をもらおうとか思っていたがそれもかなわず、旗ははたはたはためくばかりのようになってしまった。
     そうして、この歌詞も忘れてしまったが、「ビラヴド」のラストで、ビラヴドが彷徨う場面で終わるところを観ながら、この歌詞を思い出した。
     引用する。

     ■

     風に揺れてる 朽ちかけた伝言板
     裏切られるよりはさまようほうがいい

     便りがない日々に淋しさだけつのってゆく
     影を引きずるぐらいなら名もない鳥でいい

     陽炎の様にゆらいでいる約束の場所
     はるか遠くの街

     誰かが全部幻だと教えてくれたら 僕は
     何処へ行くだろう

     主を探している はぐれた雲に話しかける
     何にすがった時に一つの旅は終わるんだろう

     月は今日の夜もしんしんと照らしている
     想うのはただ愛しい人の胸で眠りたい
     
     ■

     暗闇に向かって「あたし」と言うビラヴド。
     デンヴァーはビラヴドの視線の行方を追う。暗闇があるばかりだ。
    「だれの顔? だあれ?」
    「あたし。あれはあたしよ」
     彼女は再び微笑んでいる。
     暗闇にあたしと問いかける。その闇の深さを述べること。そして、ページ二二五にあるようなポールDの脱出劇。黒人の生き残りをかけた死と生の描写。
     「名前のない」という存在。そして黒人という苦しみ。
     その二本柱がこの小説に不動として立っているので、読んでいて、展開は過去に戻ったり錯綜しているようだが、まったくブレない感じで、最終的には落ち着いてくる。

     セサは赤ん坊への罪の意識をビラヴドに対して持ち、デンヴァーは姉をそこに見る。だが、ビラヴドはあまりにめちゃくちゃなことをするので、デンヴァーはビラヴドを卒業して、黒人コミュニティに頼ってなんとか生きていく。この食べ物とか仕事とか与えてくれるコミュニティは実際あるのかは分からないが、作者がこうあって欲しい願いがあるように思った。
     昨今のデトロイトの都市の崩壊などを見ていると、この黒人の相互扶助のような、石の上に食べ物を置いていってくれるのは大事だと思える。日本の自殺、もしくは生活保護のように、貧困の自分を恥じて、誰にも迷惑をかけたくないという理由でいつのまにか死んでいるというのが、黒人にも多いだろうが、かなり助けてくれる展開でホッとする。黒人の親切さ、といっても、その中には、嫌みだの、いつもパーティーしていたセサへの嫉妬など、村社会的なのももちろんあるが……それも、この小説の大きな味わえるポイントでもあるように思う。

     ところで、ビラヴドという妖怪のような人間を読んでいると、「愛を読むひと」での、西部邁によるロマ族の指摘を思い出した。
    (「西部邁、愛を読むひと」で検索すると映像がある)
    http://www.youtube.com/watch?v=or82_AMu1jw
     映画「愛を読むひと」で出てくるハンナは、気付かないところで、いくつかのおかしいところがある。文盲であること。なんでそんな時代に文盲なのか。プレゼントされて喜んで踊るところ。ドイツ人が踊るだろうか。ハンナ・シュミッツという名前。そして、ルーマニア出身だということ。そこから、おそらくロマ族ではないのかというところが見えてくる。「愛を読むひと」はナチス云々いわれているが、それよりももっとヨーロッパの深部にいる存在、ロマ族の問題があるという。僕たちはユダヤとかナチスとか哲学とか世界文学でヨーロッパを語るが、それ以上に書きにくい、なかなか書けない部分がある、ということ。
     差別されている人は差別しないのか。最下層の人間は、誰も差別しない、誰もバカにしない人間ばかりなのか。その考えをもっともっと闇に向かって深く深く問うていくとやがて、ビラヴドのような、怪しい、手の付けられない心の傷を背負った人間が見えてくるのではないか。
     かつ、そこからさらに深い傷を探っていくと、中絶や、間引き、ネグレクトなど、排出されては流される、処理される人間が出てくるのでは。
     赤ん坊。子どもにいたるのでは。
     もっとも関わってはいけない人間とは何なのか。
     やくざか、検察か。それとも、下の下の下の下の……その闇の中。ビラヴドの子どもがいるのではないか。
     黒人は奴隷として処理されて使い捨てされていき、その奴隷どもがセックスしたりレイプしたりされたりして生み出される子どもというもっとも弱き存在を処理すること。
     処理される存在が出産した「処理される存在よりよわい処理される存在」。この弱い存在のとらえ方はビラヴドにおいて見事で、埴谷雄高が「死霊」でトーチカ豆などをつかって奇想天外な糾弾を仏陀にしていたが、それは観念的なものであり、やはりこちらのほうが生々しくて良い。

     小説は、途中までいったいどこを読んでいるのか、わかりにくく、最初で挫折した人も多いだろうが、たまに振り返りのセリフがあるので、だんだんわかるようにはなっている。読み終わる頃にはある程度「こんな感じの話だったよね」と思えるように出来ている。僕はビラヴドを読む人に「わからなければぜひ読み飛ばしてください。だんだんブレーキがかかって読めるようになります」と言うと思う。
     結局、ビラヴドって何だったのかだけは残るのだが。
     彼女は最後に家の裏をふらふらしていたり、かなりかわいそうだ。それもそのはず、愛されない、精神病で、霊が取り憑いてて、男を誘惑して、わがままで大食漢で、ビラヴドという名前そのものも、名前だけあって、それが何かエピソードとして語られるものではない。石工のエピソードだけだ。いったいなぜその名前になったのかよくわからない。死んだ小さな赤ん坊への鎮魂の言葉、だろうか。だが、もしそうならばただのオカルト小説だ。むしろ死んだ赤ん坊が見つめていた闇。どんな黒人の聖歌隊でも愛が届かない場所のことを示す言葉がビラヴドではないか。

     「名前のない鳥」の歌詞を読む度に、このビラヴドのテーマそのままになる。このビラヴドのやっていることを虚淵あたりが書くと、「名前のない怪物」になるのではないか。

  • 黒人奴隷の歴史とか南北戦争とか、ほんまの深いイメージはアメリカ人にしか分からん気もする。

  • 突発的に米国や欧州の文芸作品を読みたくなります。選択を誤ると途中放棄しちゃうことが多いんですが(苦笑)

    非常に重厚な物語でした。
    読み進めるのは 独特の修辞法や暗喩があって、正直ちょっとつらいところもあったですが、耐えながら進めて行くうちに様々な想念とかイメージが出来上がっていき、読み終わる頃には、筆者の作り上げた世界/メッセージが染み入る、そんな小説でした。

    読み終わってから知りましたが、ノーベル文学賞を受賞していますね。他の作品も時々読んでみよう、、

  • 自我を殺して生きるしかなかった人々の、心の葛藤や荒廃のすさまじさ、
    辛うじて再生することができた人々の、苦悩の深さ。
    人間性を育むのも壊すのも人であり、自由と権利がいかに大切かということ。
    一方で、どんなに過酷な時代にも、かすかな希望は芽生え
    その種もまた人であるということ。

  • 血と肉と種族と呪い。

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