ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (351ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200601

作品紹介・あらすじ

空には暗雲がたれこめ、気温は下がりつづける。目前には、植物も死に絶え、降り積もる灰に覆われて廃墟と化した世界。そのなかを父と子は、南への道をたどる。掠奪や殺人をためらわない人間たちの手から逃れ、わずかに残った食物を探し、お互いのみを生きるよすがとして-。世界は本当に終わってしまったのか?現代文学の巨匠が、荒れ果てた大陸を漂流する父子の旅路を描きあげた渾身の長篇。ピュリッツァー賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • あまり海外作品にも作家にも詳しくないので、訳者読みを取り入れてみることに。黒原敏行さん、この間読んだ「幻の女」の訳者です。
    著者はコーマック・マッカーシー。アメリカ文学を代表する作家であり、本作でピューリツァー賞を受賞している。

    原書が変わると翻訳もずいぶん変わる。
    「ナイルに死す」とも「幻の女」とも全く違った独特の文体。会話に「」はなく、点もほぼない。

    "森の夜の闇と寒さの中で眼を醒ますと彼はいつも手を伸ばしてかたわらで眠る子供に触れた。夜は闇より暗く昼は日一日と灰色を濃くしていく。まるで冷たい緑内障が世界を霞ませていくように。彼の手はかけがえのない息に合わせて柔らかく上下した。"

    暗澹たる終末の世界観が立ち上がる。切迫感、緊張感、焦燥感に襲われ、呼吸が浅くなる。

    舞台はおそらく近未来のアメリカ。世界は破壊され、かつての栄光はどこにもない。廃墟には灰が降り注ぐ。空は常に分厚い雲に覆われ、太陽は姿を現さず、世界はどんどん寒くなっていく。植物は枯死し、動物の姿もほとんど見当たらない。残った人々は、飢えて彷徨う。待つ未来は、餓死するか自殺するか殺されるか…もしくは殺して生き延びるか。

    そんな中を、父と息子が、南に向けて旅をする。
    毛布と防水シート、わずかな食料などの荷物をカートに乗せて。

    息子は終末期の訪れとともに生まれた。母は去り、父と息子が残された。
    父は息子を守るために銃を持つ。時には相手を殺すことも辞さないし、助けを求める人の手を振り払うこともする。
    しかし、父の話す過去を夢物語としてしか知らない息子は、人を殺すことを嫌がるし、見かけた子供を探そうとするし、飢えた老人に食料を分け与えようとする。自分たちは火を運ぶ善い者であり、他にも善い者がどこかにいるのだと信じている。
    父と子の会話は時に微笑ましく、そしてこの作品の唯一の光でもある。父は息子の細い身体を抱いて思う。お前はおれの心だと。しかし父は知っている。彼と死の間に立ちはだかっているのは息子だけだということを。

    父は病を患っている。時折咳き込み、血を吐く。しかしこの世界に、まだ幼い子を遺してどうして逝けるだろうか。

    あの男の子のことを憶えてる、パパ?
    ああ。憶えてるよ。
    今でも元気でいると思う?
    ああもちろん。元気でいると思うな。
    でも迷子になっちゃったかな。
    いや。迷子にはならなかったと思うよ。
    迷子になったんじゃないかって心配なんだ。
    あの子はきっと無事だよ。
    でももし迷子になったら誰が見つけてくれるの?あの子を誰が見つけてくれるの?
    善意が見つけてくれるんだ。いつだってそうだった。これからもそうだよ。

    彼はこれから何を胸に生きるのだろう。未来はどこにあるのだろう。
    その心の中の小さな火が、いつまでも絶えないでほしいと願ってしまう。

  • 2007年ピュリッツァー賞受賞作。とりわけ作者コーマック・マッカーシーの想いが強い作品だと感じる。

    近未来のアメリカ、おそらく何かが勃発して、この星は厚い雲に覆われ灰が降る。わずかに生き残った人間は飢えに苦しみ、あたりは茫漠とした終末世界が広がっている。そのなかですこしでも生き延びるため、男は幼い息子とともに旅にでる。

    複雑なプロットはなく、ほぼ時系列的に物語は進む。主だった登場人物は初めから終わりまで父と息子。どうかすると冗漫になってしまうところを起伏に富むサバイバルストーリーに仕上げている。とにかく最後まで飽きさせないのはさすがだ。
    ふと日本の古い時代劇を思い浮かべた。『子連れ狼』というドラマを再放送で見たことがあって、落ちぶれた凄腕の浪人(武士)が、ぼろぼろの乳母車(ちなみにベビーカーなんてものではない)に幼い息子をのせて流浪の旅をするのだ! 本作はそのアメリカ版(笑)。

    若い男、そして5~6歳くらいの彼の息子。この二人の会話がすこぶる愛らしくて、思わずクスッと笑ってしまう。

    「少年は立ちあがり、ほうきを手にとって肩にかついだ。それから父親を見た。ぼくたちの長期目標ってなに?
    え?
    ぼくたちの長期目標。
    そんな言葉どこで聞いたんだ?
    わかんない。
    どこでなんだ?
    パパがいったんだよ。
    いつ?
    ずうっと前」

    ***

    「彼は服を着て少年と二人で戦利品の残りを持って砂浜を歩きだした。その人たちはどこへ行っちゃったんだと思う、パパ?
    船に乗っていた人たちかい?
    うん。
    さあな。
    死んだんだと思う?
    わからない。
    でも状況は彼らに不利だよね。
    彼はふっと笑った。状況は彼らに不利だって?
    うん。そうでしょ?
    ああ。そうだな」

    いや~映像のように浮かび上がってくる。あどけない少年の口から飛びだすひどく大人びた言葉。それに呆れたり、たじたじになる、そんな彼は頼りになるパパだ。洞察力にすぐれ、状況を適切、柔軟に判断し、誰も目もくれない残骸物を修理したり、改良したりするのだ。その生きる知恵はひどく鮮やかで、読みながら思わずほぉぉ~と唸ってしまう。ほんとうに賢くて頭がいいというのは、こういうことなんだよね~と憧れたりする。
    まるで無人島で生きる手立てを講じていくロビンソン・クルーソーや幼い娘とともに破天荒な逃避行をするジャン・バルジャン(『レ・ミゼラブル』)のようにハラハラする。もちろん物語の時も場所も経緯もまるで違うけれど、過酷で悲惨でどうにもならない泥沼にはまっている、のっぴきならないほどに。それでも生きる! それを諦めない、自ら思考し、想像する。そしてなんといっても彼らはいたって素朴だ。卑小な己の存在をじっとみつめ、人間の営みや運命を超越している大いなるものに謙虚なのだ。

    とはいえ、この世界に生き残った憐れでミゼラブルな父子、読みながらしくしくと胸は痛むし、喉まで渇いてくる。唯一の希望となるのは純粋で無垢な少年の存在。前作『血と暴力の国』から引き継がれるように、ここでも「火を運ぶ――carry the fire」という意味深長なキーワードがでてくる。はたして「火」とは? それを「運ぶ」とは? それらを探す楽しみが、この作品にはいっぱい詰まっている。

    際限ない暴力や紛争、貧困、自然の破壊や汚辱にまみれた現実世界に想いをはせれば、まだ幼いわが子を残して去っていくのであろう作者マッカーシーの底なしの悲嘆や寂寥感が伝わってくるようだ。ギリシャ悲劇さながら、それらの鬱積をカタルシスへと昇華していくなかで、少年は神秘的な光を放つ存在に見えてくる。なんとも不思議な小説、読む人によってさまざま感じることのできる懐の深い作品だと思う。
    いつもながら黒原氏の翻訳もみごとだ。新たな視点を提供してくれる解説は、明快で驚きにあふれている(2020.10.5)。

    ***
    「処分のしかたを遺言されないまま残され冷たくなってなお執拗に公転を続ける地球。情け容赦のない闇。太陽の盲目の犬たちが掛けまわる。宇宙の壊滅的な黒い真空部分。その中のとある場所で穴に逃げこんだ狐のように追いつめられ震えている二匹の動物。つかのま猶予された時間とつかのま猶予された世界とそれを悲しむつかのま猶予された眼」

  • ピュリッツァー賞を受賞した世界的ベストセラー、だそうです。
    自分には合わなかったな~。
     
    舞台は何らかの原因で死滅してゆく世界。
    空は暗く、寒く、食べ物がありません。
    とても深刻なマッドマックスの世界、といったところでしょうか。
    そこを父親と息子の2人連れが南を目指して歩きます。
    凍えながら、飢えながら、ただただ歩きます。
    親子が最も警戒するのは人間です。
    数少ない人間たちは、強奪しあったり、殺し合ったりしているのです。
    ときには文字通り食い物にされてしまうのです。
    雨に打たれ、食料を探して廃墟を探しながら、靴はボロボロ、人目につかぬよう慎重に進みます。
     
    言ってしまえば、ただそれだけの話です。
    最初から暗く、そのトーンは最後まで変わりません。
     
    文章も慣れるまで苦労します。
    この作者は、読点というものをほとんど使いません。
    そのため例えば

     遠い過去に彼はこのすぐ近くで一羽の隼が山の青い横長の壁を背景に急降下して鶴の群れの真ん中の一羽を胸骨の竜骨突起で一撃しぐったりしたひょろ長い獲物をつかんで川まで運び秋の静かな大気の中に飛び散る薄汚い羽毛の尾を引くのを見たことがあった。(本文抜粋)
     
    なんて長ったらしい分かりづらい文に出くわします。
    読点使えや~っ!!
    三回も読み返したわ。
    唯一読点を使うのは
     
     わかった、と少年はいった。(本文抜粋)
     
    このパターンのみです。
    記号が嫌いなのか「」も使いません。
    しかし、まあ、それは慣れます。
    地の文はザっと読んで、気になるとこだけをしっかり読めば良いわけですから。
     
    でもストーリーがな~……。
    過酷な状況での人間とは、という話しなんでしょうが、自分にはピンときませんでした。
    残念。
    自分には文学作品は合わないってのが分かってるくせに、どうしてときどき手を出してしまうんだろう?
    ピュリッツァー賞みたいなブランドに弱いのかなー。

    • hiromida2さん
      土瓶さん、こんばんは!
      随分前に、この映画版を観た気がする。
      映画は結構良かったですよ、、
      ただ歩くだけの内容ではあったとは思うけど…まさに...
      土瓶さん、こんばんは!
      随分前に、この映画版を観た気がする。
      映画は結構良かったですよ、、
      ただ歩くだけの内容ではあったとは思うけど…まさにタイトルに偽りなしの映画だったような…。
      2022/01/12
    • 土瓶さん
      hiromida2さん、こんばんはー。
      コメントありがとうございます。
      これ、映画化されていたんですね!
      教えていただいてありがとうご...
      hiromida2さん、こんばんはー。
      コメントありがとうございます。
      これ、映画化されていたんですね!
      教えていただいてありがとうございます。
      じゃあ……ラストもあんな感じで……でも、小説と映画が違うのって結構あるそうだし、今度見てみますね^^
      2022/01/12
  • はっきりと明示はされていないがおそらく核戦争後のアメリカだった国が舞台。植物は枯れ動物は生き絶え、死が全てを覆った世界。空は灰色の厚い雲に覆われ、どんどん寒冷化が進んでいる。そんな世界で生き残った父子が南を目指して彷徨い歩く。

    「北斗の拳」や「ウォーキングデッド」のような終末後の世界を描いた作品だけど、動植物がほぼ完全に生き絶えてて食物生産ができない状況な分こっちの方がずっと条件がキツい。今ある保存食が無くなったら人間は何を食べるのか?読み進めると地獄のような答えがそこに待ち受けている。淡々とした冷静でリアリズムに徹した描写が、その地獄を現実味を帯びた説得力のあるものにしている。

    地の文は主観を排した写実的な情景描写がほとんどで、「老人と海」を思い出した。乾いた質感の文体が世界観にマッチしてる。
    ただし読点がほぼなく一文が長いため、ちょっと集中力が途切れると状況の把握がしにくい。映画で言うとずっとワンカットで回し撮りしているような文章。会話文もカギカッコが無くわかりづらい。また急に(世界崩壊前の)過去の話が出てきたり夢の話が出てきたりして少し混乱する。章立ても無いので、区切りがつきづらい。
    総じて散文のような小説。この父子の旅を実際にワンカットのカメラで追い回しているような感覚になる。

    子どもがいる身としては尚更読んでいて辛い、ページをめくる指を止めたくなることが多々ある作品だったけど、この本に出会えて良かったと思う。今後ディストピア小説を読む中でこれを超えるような衝撃作は、ちょっとなかなか出会えないんじゃないか。

  • 核戦争か環境破壊のような天変地異が起こり、文明が崩壊した終末世界を描いた作品。

    主人公の父親と少年は、冬を越すために南へ向かう。わずかな食料と生活用具を乗せたショッピングカートと残り2発の弾丸が入ったリボルバーだけが父子を守る唯一の所持品。

    父子は廃墟になった家屋から食べられそうな物を物色し、彼らと同じように生き残った者達から身を隠す。彼らに捕まれば、殺されて食われるか。
    運が良ければ逃げ切れるかもしれない。

    父子は何度も餓死しそうになりながらも南へ向かう。しかし、父は病を患い、長くは生きられないだろう。その時が来たら少年には手順を伝えてある。拳銃を口に咥え、思いっきり引き金を引くのだと。

    動植物のほとんどは死に絶え、地上には緑はなく、灰が降り積もる色の死んだ土地が続くばかり。川は涸れ、黒く変色した液体がわずかに流れる。

    わずかに残った人間は、お互いの所持品を奪い合い、負けた者は殺されその場で食べられるか、奴隷にされ、生きる食料となる。

    父子は、自らを『火を運ぶ、善き者』と自認し、相手の所持品は奪っても、決して殺して人肉は食べない。しかし、父の命はまさに尽きようとしている。

    まさに『マッドマックス2』や『北斗の拳』を地で行く小説である。いや、さらに悪い状況かも知れない。これほど酷い状況で生きる人間達を描いた小説は読んだことがなかった。

    それでも父子は希望を捨てず、最後まで生きようとする。
    自分ならば、ここまでできただろうか、たぶん一人では無理だろう。守るべき家族がいたからこそ、ここまでできるのだ。

    ただ、このような世界で生きたいとは思わないし、このような世界に決してこの世界をしてはいけないのだと改めて思う。

    この小説はあらゆる人に、特に世界のリーダー達に是非読んでもらいたい。自分の子供や孫にこのような経験をさせたくないのならば。

    それにしても、目を覆うようなあまりにも酷い状況を美しい文体で表現するこの文章。さすがアメリカ現代文学の巨匠が、世界の終わりを放浪する父子の姿を描きあげた長篇。ピュリッツァー賞受賞作である。

  • 男はまだ幼い少年をショッピングカートに乗せて灰に覆われた世界で南を目指し歩いた。少年が生まれる少し前に何らかの人災あるいは天災により世界は死に絶え、太陽は分厚いスモッグの向こうに姿を潜め木々は枯れ果て、生き残った人びとはお互いから奪い合い貪るほかなくなった。それでも父の語る〈善い者〉〈火を運ぶ者〉の物語を信じ、道で行きあう人びとに手を差し伸べようとする少年と、かつてあった世界の幻影に悩まされながら息子と共に〈明日〉に辿り着こうとする父の姿を描いたポストアポカリプスSF。


    翻訳もので文体の話をするのって原文を見たわけじゃないから気が引けるんだけど、この小説はまずこの文体抜きにして語れない。句点がほとんどなく、会話文はカギカッコなし。一文が何行にも渡ることもあるが、日本語として意味が取りづらいと感じる箇所はひとつもなかった。この訳は偉業だと思う。
    とにかくこの文体がすこぶるかっこいい。すぐに真似したくなる。ハードボイルド調の硬質な文体だが深層にはキリスト教神秘主義的世界観が息づいていて、闇のなかに微かな光を放って白く浮かびあがるバロック彫刻めいた美しさがある。凋落し腐乱したものが崩壊の一歩手前で奇跡的にまだ形をとどめているかのような頽廃的な美の表現は、文章自体が灰に覆われた世界のメタファーのようだ。アンナ・カヴァンの『氷』の世界を白黒反転したようなヴィジョン。物語終盤に描かれる被曝したような人びとの阿鼻叫喚図はロダンの「地獄の門」を連想させる。
    SFなのだが主としてキャンプ小説というかサバイバル小説でもあって、このお父さんは防水シートと毛布を使って雪用のブーツを作ったり、エンジンオイルとガソリンでランプを作ったりできる。家捜しや悪漢と行きあったときにも頼りになるし、捨て置かれた船から使える資源のサルベージもしてくれる。固く締まった瓶の蓋をドアに挟んで開ける方法は覚えておこうと思った、壁の塗装めっちゃ剥がれるらしいけど(笑)。
    それから、飢餓状態を散々描写されてからでてくる食べ物の美味しそうなこと。墓から掘り出されたかのように干からびて見えながら、切ってみるとなかに肉の豊かな風味を残していたハム。焚き火で温めた缶詰のポーク&ビーンズ、生のアミガサタケ(調べたら生食厳禁らしい)。そして白昼夢のような地下シェルターでの豪勢な食事。父がコーヒーミルで豆を挽く音で息子が目を覚ますところなど、それまでとの激しいギャップで泣き出しそうになる。
    技術を操り子に伝える父性といざとなれば子のために死をも恐れぬヒロイズムの結びつきは、本書にうっすらと危険な匂いを纏わせている。母親はこの世界で子どもを育てることに絶望し姿を消した、という設定にはじめは〈男の世界〉を書くため?と少し警戒したが、物語が進むにつれこの世界では真っ先に子どもと女が襲われ、あるいは武器を持った男に捨て置かれるのだということが描かれたので納得できた。男が女を蹂躙し尽くしたあとで、相対的に弱い男たちに矛先が向いた世界なのだ。秩序が崩壊したら男が女を狩り尽くすだろうというヴィジョンにはリアリティがある。単なるマチズモではない。
    一方でこの父親のヒロイズムは息子を神格化することで成り立っている。それがまたもうひとつの危うさなのだが、彼が自死も掠奪も選ばなかったのは子がいたからなのは事実だ。はじめは純粋に庇護対象だった息子に「善き者であれ」と諭され、少しずつ親子の立場が反転していく。何もない世界でも子は育ち、父が教えていないはずの言葉を話し出す。だんだんと父を包む死の影が濃くなると、「いろんな心配をしなくちゃいけないのはお前じゃないからな」「ぼくだよ、それはぼくなんだよ」という印象深い言葉が交わされる。灰色の世界に生まれ落ち、父亡き後もここで生き続けなければならない子どものどうしようもない不安。父が子を守ろうとするのと同じかそれ以上の気持ちで、子が父の死を思い案じていたことに気がつく。そして父の力強さと対比になるような彼の優しさが、ずっと父を守ってきたことも。
    父の死後、子は知らない神の代わりに父に祈る。私はここに至ってやっとこの物語が徹頭徹尾宗教の話をしていたことに思いあたった。元々ポストアポカリプスSFは世界の存在意義と倫理を問い直すものであるために宗教色が強くなりやすいと思うが、『ザ・ロード』はおそらく世界崩壊前から宗教的に暮らしていた人間が、神を信じられなくなった世界で息子をキリストのように崇めながらなんとか再び信仰へコミットしようと巡礼する物語を意図的に書いている。解説で66歳のときに生まれた息子との体験から書き出されたことを知ると、父と子で完結する信仰の描き方は少しナルシスティックにも思えるけれど、読んでいるあいだはとにかく夢中で文章にのめりこんでしまう、終末SFの傑作だった。

    余談。私がこの小説を知ったのは東山彰良が『ブラックライダー』のインスパイア元として挙げていたからなんだけど、本書を読むと悪い意味じゃなく『ブラックライダー』は二次創作だったんだなと腑に落ちた。『ザ・ロード』では描かれない人肉を食べる側の視点、そして少年が辿り着くカルト教団側の視点に想像力を注いで書いたのだと思う。文体はウェットな『ブラックライダー』より、ルポルタージュ設定でドライな印象の『罪の終わり』のほうが近いかな。
    アメリカの未来絵図という意味ではジョン・クロウリーの『エンジン・サマー』も思い出す。そういえば本書にかち割った自販機からコカコーラを取り出して飲むシーンがあるけど、『エンジン・サマー』にもたしかゴミの山でコーラ缶を見つけるシーンがあったような。『ブラックライダー』では人名になってるし。アメリカにとってのコカコーラって何なんだろう。

  • 荒廃した世界を、南へと歩む父と子。

    満足な食料も、安心して眠る場所もない中で、父は生きることを諦めようとはしなかった。

    力ある者が女や奴隷を引き連れ行進する様、身体の不自由な老人、丸焦げになった赤ん坊など、終末期の世界にかろうじて生きるって、こういうことなのかな、と衝撃を感じた。

    ふと、『少女終末旅行』という漫画を思い出した。
    その作品も、チトとユーリという二人の少女が、ほとんど人気のない、文明の終わってしまった世界をひたすら「旅する」話だ。

    うーん、旅ってなんなんだろう。

    私の中で旅は、自分の家を出て、自分の家に戻ってくることがベースにある。
    でも、この二つの作品に自分の家や故郷というものは、もしかすると概念さえ、ない。
    生きるために歩み、止まることは死を意味する。

    そんな極限状態でいて、食べ物が見つかったり、お風呂に入れることに、この上なく喜びを感じる。
    やむなく人を見捨てたり、命を奪うしかないという選択肢の少なさに、憤り、やるせなくなる。

    日々を咀嚼して、子は成長するのだった。

    決して希望のある終わりではないけれど、「火を運ぶ」という使命を帯びた時、人が生きるという質に変化が現れるのだな、と感動。
    ただ生きるのではなく、より善く生きること。
    旅のもつ意味に、そんな学びを見出した。

  • 文学ラジオ空飛び猫たち第10回紹介「世界の終わりでどう生きるか」

    ダイチ
    今年のコロナ禍に読みましたが、ラストあたりボロボロに泣きました。本当読んでよかったと思えた小説です。終末の世界の話なので、とにかく暗く絶望的だけど、それゆえ人間の本質的な部分を描いています。暴力的な描写も多く、残酷なシーンや状況もありますが、その中でこの小説は親子の関係や愛を描いているので、なんだか救われたような気持ちになれました。
    救いがあるとかないとか関係なく人間の愛情を描いた作品です。誰かを大切にしたいと思ったことがある人には必ず胸を打つと思いますので読んでほしいです。

    ミエ
    作者のマッカーシーの何もかもフラットに描く文章が好きで、この小説にはまりました。旅する親子は今日この一日を乗り越えれるのか、とすごい緊迫感を感じれます。あっさりと人は死んでいくし、都合のいいことなんて起きないし、本当にマッカーシーは容赦がないと思います。そんなサバイバルな世界で、タフに生きる父親と、必死についていく優しい少年に感銘を受けました。小説から生きる力をもらえたと思っています。
    真剣に生きようと思っている人に読んでほしいです。マッカーシーは親子にすごく厳しい現実を突きつけてきます。その現実に親子は向き合い、生き延びようと必死に日々を過ごします。これほどの緊張感と、同時に希望もある小説はないと思います。マッカーシーの真剣さは並のレベルではないです。

    ラジオはこちらから→https://anchor.fm/lajv6cf1ikg/episodes/10-ei5rua

  • ポスト・アポカリプスものSFの一冊として読んだ。すごく重く、灰色な気持ちになった。ただひたすら南を目指す父と子は淡々と食料を探し、少しでも安全な場所を探し旅をしているが、彼らが通り過ぎる風景は酷いものだし、最後についても希望があると大手を振れないエンディングのような気がして、ズーンとなった...貯蓄された食物を探すだけでは安定的でないし、人間がそんなに疑心暗鬼になって少人数に分かれたままなんていうことがあるのだろうか?とかいろいろ考えていた(描かれていないだけで台頭しているグループとかはあるんだろうなあ)。世界どうなったの?って思っていたけれど、作中でそれを老人に尋ねるように、知らないまま放浪の旅に放り込まれる未来が、人類に訪れるあり得る未来なのかもしれない。読んでいて、縫合くらいは最低限サバイバル知識として頭に入れておこうかと思った..

  • 文明社会が何らかの原因(核戦争?天変地異?)で破壊され、焼き尽くされた後の荒廃した世界。名も無い父子が南へと旅をする。読み取れる情報は断片的で、なぜこうなったのか、どうして旅をしているのか、それを読者が想像する事でより一層この世界の異様さが浮かび上がってくる。希望の見えない父子の旅、失望、絶望を覚えながらも生きるために歩みを進める。なんとか生き延びる。一体何のために?生き延びて何になるのか。そんな中で少年の痛いまでの純真さ。父親は自分の死を悟って、どんな気持ちで息子を見ていたのだろう。ひたすらに暗く、切ない。

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著者プロフィール

【著者略歴】
コーマック・マッカーシー(Cormac McCarthy)
1933年、ロードアイランド州プロヴィデンス生まれ。 現代アメリカ文学を代表する作家のひとり。代表作に『すべての美しい馬』『越境』『平原の町』から成る「国境三部作」、『ブラッド・メリディアン』、『ザ・ロード』、『チャイルド・オブ・ゴッド』(いずれも早川書房より黒川敏行訳で刊行)など。

「2022年 『果樹園の守り手』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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