夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫 イ 1-7)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200632

作品紹介・あらすじ

ベネチアのサンマルコ広場で演奏するギタリストが垣間見た、アメリカの大物シンガーとその妻の絆とは-ほろにがい出会いと別れを描いた「老歌手」をはじめ、うだつがあがらないサックス奏者が一流ホテルの特別階でセレブリティと過ごした数夜を回想する「夜想曲」など、音楽をテーマにした五篇を収録。人生の夕暮れに直面して心揺らす人々の姿を、切なくユーモラスに描きだしたブッカー賞作家初の短篇集。

感想・レビュー・書評

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  • カズオ・イシグロの短編5編。
    どの作品も印象的な音楽をバックに、夫婦の危機であったり男女の微妙な距離感を底辺に据えて、時にはユーモア全開に、あるいはポール・オースター風の不条理な謎かけで、あるいは哀愁あふれる物語であったりと、作者の自在な構想力を楽しめる作品集に仕上がっている。
    中でも自分がいいなと思った作品は『老歌手』と『降っても晴れても』だったかな。

    『老歌手』は東欧から来たしがないギター弾きがヴェネツィアの地で、昔、母が好きだった有名老歌手と出会い、彼のためにゴンドラからホテルの一室にいるその老歌手の妻に歌声を捧げるという企画に参加する物語。
    物語全体に漂う哀愁とラストの愛情のすれ違いが何とも堪らない余韻を残す作品となっている。

    『降っても晴れても』はいまや人生の成功者となっている学生時代の友人夫妻のもとを訪れた男の視線から、夫婦間の危機をドタバタに描き出すブラック・コメディー。
    もともといろいろな作品で時折見せていたカズオ・イシグロ流のユーモアであったが、今回はタガを外したかのように全開で炸裂させていて、普段とは違う不条理なギャグセンスを見せてくれる作品。

    『モールバンヒルズ』は音楽界の最前線から少し離れ、力を溜めこむために姉夫婦のいる田舎のカフェに転がり込んだギタリストの青年と、たまたまそのカフェを訪れたスイス人夫婦とが織りなす音楽を通じた対話の物語。
    物語全体につんつんとした感じがあって、青年とスイス人夫婦とのその接触と距離感とを自然の雄大さと対照させており、そうしたヴィジュアル的にも面白い構図のまま迎えたラストが印象的であった。

    『夜想曲』はこれまたポール・オースターを思わせるような不条理で謎に満ちた突拍子もない展開が魅力の物語。
    何といっても顔面を整形手術して包帯でぐるぐると顔を覆い隠した男女二人が、深夜のホテルの中を歩きまわる姿が滑稽でもあり、さらには物哀しさも感じさせる微妙なバランスが面白かった。

    『チェリスト』は東欧からきたチェリストが、自分を有名チェリストであると名乗る美女から日々チェロの特訓をすることになった話。
    これも謎が先行する話だが、チェロの特訓を通じてお互いを理解できるようになった男女の物語でもあり、ラストの思いがけない別れは夢から覚めた昔話の感覚を思わせる。

    全体として、男女の別れをテーマにしながらも、カズオ・イシグロのお茶目ぶりとチャレンジが味わえる短編集だったのではないか。
    『夜想曲』や『チェリスト』はさらに後ろを広げて、長編にしても良かったかもしれない。

  • Nocturnes(2009年、英)。
    音楽をメインテーマとした短編集。チェーホフを彷彿とさせる哀切感漂う3編(奇数章)と、アメリカンコメディーのような2編(偶数章)で構成されている。

    「降っても晴れても」が一番好きだ。著者の作品としては例外的に軽妙に笑える。とはいえ、根源にあるのはやはり哀愁なのだが…。全編を通して私が最も好きな登場人物が、この物語の主人公、レイモンドなのである。他の人々が自分の才能を人に認めさせようと躍起になる中、彼だけは自分のアドバンテージを自ら放棄して、親友夫妻のために道化役を演じるのだ。それが本人の意図を超えて、何もそこまでやらんでも、というほど必要以上に道化になってしまうところが笑えるのだが。「イシグロ史上最も冴えない語り手(解説者談)」は、「最も心優しき語り手」でもあると思う。素っ頓狂な友人チャーリー(そもそもこいつが全ての元凶だ)とのやり取りも絶妙で、ベストコンビ賞を贈りたい。それにしてもチャーリー、最終試験のあと泥酔して何をやったんだろう?

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「例外的に軽妙に笑える。」
      何だか、ホッとしますよね、、、
      「例外的に軽妙に笑える。」
      何だか、ホッとしますよね、、、
      2014/03/28
  • カズオイシグロの短編集。タイトルにある「夕暮れ」とは、サンセットタイムだけではなく、人生の夕暮れ(中年から初老の世代)とか男女関係の夕暮れ(別れの予感がある状態)を指しているようだ。熟年離婚、旅先での喧嘩、不安を感じる結婚相手など、何かしら影を感じる設定である。
    登場人物はいずれも「若さ」「付き合いたての頃」「才能」への憧れを持っており、やるせなさを織り交ぜながら切ないストーリーが展開する。それでも、コメディの要素が含まれる話も2話入っていて、ユーモアたっぷりの登場人物とぶっ飛んだ展開に驚かされ、思わずクスッと笑ってしまう場面もあった。切ないストーリーでテンションが下がった読み手としては救われる。

  • ■老歌手 ※往年の名歌手。老夫婦のそれぞれが愛し合っているにもかかわらず再起に賭けて別れる。
    ■降っても晴れても ※親友夫婦の間をとりもつ滑稽でダメなぼく。
    ■モールバンヒルズ ※夫婦のズレを目撃する、ミュージシャン志望の若者。
    ■夜想曲 ※整形手術を受けたサックス奏者と、隣室で知り合ったセレブが、トロフィーをめぐりドタバタ劇。
    ■チェリスト ※駆け出しのチェリストは、楽器を弾かない大家からレッスンを受ける。

    音楽と(人生の)夕暮れ、という副題が美しいほどにぴったり。
    最初から「書き下ろし短編集」として編まれた5題。
    重、軽、 重、軽、重、という構成もよい。

    ユーモアとペーソスをまぶされた、夫婦の黄昏れ。
    才能と継続。諦念。郷愁。転機。芸術と世俗。シビアでもコミカルでもある人生というもの。
    「愛し合っているのに……」「愛し合っているからこそ……」という男女の機微。
    これらはすべて年を重ねたからこそ味わえる滋味だ。
    長く生きれば必然として滓や澱のように溜まるものがある。
    ドタバタコメディでもある「降っても晴れても」や「夜想曲」の背後にも、それらはもちろん。
    解説で中島京子さん曰く「可笑しいんだか、悲しいんだか」。まさにこれ。

  • 作家として読んでみようと思う時は、学生時代に学んだこととして二冊必ず読むようにしている。
    だから何と言うわけでなく、「これも読みましたよ」と言えると体裁が良いといった表面的な格好良さを求めてのことらしい(笑)

    一冊目に『忘れられた巨人』を、二冊目にこの作品を選んだ。
    短編が好きだからだと思う。
    初めの「老歌手」を秋に読んで、それからずっと積み上げられていたのだけど、もう一度進めていくと、不思議と波長が合って一気に読みきれた。

    最後の「チェリスト」は、才能も学もある若手チェリスト・ティボールが、チェロの大家だと言う貴婦人エロイーズに見出される話。
    エロイーズは自分の才能を頑なに信じる余り、師の教えを間違っていると感じ、それ以来チェロには触れないことを信条としている。
    自分には才能があるからこそ、汚されまいと断ち切ってしまう。
    こういう話を何かで読んだような?

    「夜想曲」と「老歌手」にはどちらもリンディという女性が出て来る。
    解説の中島京子が指摘するように、このチャーミングで感情豊かなリンディを、作者は愛おしく描いているように思う。
    どう見ても周りは振り回されているのだけど。

    訳者あとがきに、水村美苗の『日本語が亡びるとき』に触れている箇所があったので、引用。

    「イシグロのように、何か書けば必ず翻訳されるだろうという前提に立てるのは、水村の言う『普遍語』で書く作家のアドバンテージではあろう。そこに安住しないところに作家としてのイシグロの誠実さが見えるのだが、訳者としては、翻訳のことは翻訳者に任せ、英語の特性をとことん駆使した作品を書いてみてほしいという思いもある。」

  • ‘Nocturne’を’夜想曲’と訳した人は一体全体誰なのか。探し出して共にワインを飲みたい、と、何度目の空に息を吐いただろう。
    Nocturneと言えば
    Chopin: Nocturne in E Flat Major, Op. 9, No. 2しか出てこない。私の1番大好きな曲、おそらくこの世界に同じだという人が何万人いるだろう。

    カズオ・イシグロにどうしてこんなに惹かれるかというともちろん私の大好きな映画に起因するわけだが、全編通して言えるのは大きな波が来ないということかもしれない。ロマンチックで破滅的、耽美なドラマが起こるわけではない。ただ、この世に存在する/した誰かの日常を切り取ったような、ささやかな描写の波に揺られるのが好きなのかもしれないな。

    この副題は音楽と夕暮れをめぐる五つの物語。秀逸だなと思ったのが'夕暮れ'に関してだが、この意味は単に太陽が沈みかけ空が茜色になる夕暮れではない。夜を終曲と捉え、ある老人について、ある男女関係の終わりかけについて、ある逃避行の終了間近について、を夕暮れと表している。

    秀逸だな〜!日の名残りでも思ったけど、イシグロは夕暮れに特別な思いでもあるのだろうか。私はイシグロの描く夕暮れの終末について納得できず対抗したくなることもある。けれど、電車に乗って目の前で座っている全く関わりの無い、これからも関わらない人間がどういう状況にいるのか、どうでも良い些細なことに思いを巡らせるきっかけに、いつもイシグロの主人公たちがいる。

  • 友人に「カズオ・イシグロの中で一番貴女向き」と言われて手に取った。タイトルから静かな人生の一時がBGMとともに続く作品かと想像していたら、どれも不協和音が聞こえるような話だった。5編中4編にどこかぎすぎすした夫婦(元を含む)がでており、作中に出てくる登場人物は流れる音楽に興味を持津人物とそうでない人物がはっきりしている。そしてドタバタ喜劇のような進行(モンティ・パイソンかよ!と突っ込み)。でもこれが実は最もカズオ・イシグロらしい一冊ではないかと思った。英国で育ち60年代に長髪でボブ・ディランを聞きロックスターに憧れていた青年が長じて書いた物語らしいと思う。若いのにどうしてこうも人生の黄昏を迎えた人たちを書くのだろうと思ったけど、著者55歳の作品だと思うと不思議ではない。イシグロ氏は1979年から小さな2冊のノートしかない」とNHKのインタビューで語っているが、小さなきっかけから様々な作品を生み出しているのだろう。ところで友人はなぜ私向きだと思ったのだろう?

  • すごくよかった。
    わたしは基本的に、短編、どこか不思議な話、で?って感じの話、が苦手なんだけど、この作品はそのすべてにあてはまるのに、すごく楽しめた。
    どの短編も、ユーモアがあって。こんなに笑えるとは思わなかった。(とくにメグ・ライアンのチェスと、トロフィーのワニがすごくおかしかったー)。
    だけど、すごくせつなくて。

    ヨーロッパの観光地や田舎町など、舞台となる場所の空気感みたいなものが伝わってくるような、その場所に連れていかれるような感じがして、雰囲気がすごく好きだった。

    才能とか運命みたいなことも考えさせられた。

    あと、村上春樹に似ているなーと思った。(いや、村上春樹が、というべきなのかわからないけど)。

    • niwatokoさん
      >なるほど、思い出と結びついている感じが、過ぎ去ったものとか時間とか、せつない気持ちになるのかもしれないです。
      わたしはまだ未読のものもあ...
      >なるほど、思い出と結びついている感じが、過ぎ去ったものとか時間とか、せつない気持ちになるのかもしれないです。
      わたしはまだ未読のものもあって、「充たされざる者」とか「わたしたちが孤児だったころ」とか、ちょっとハードルが高い感じなのですが読みたいです。「日の名残り」も再読したい。
      2012/07/11
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「ちょっとハードルが高い感じなのですが」
      私が未知の作家を試しに読むとすれば、短編かエッセイから始めます、「夜想曲集」を読まれているので次は...
      「ちょっとハードルが高い感じなのですが」
      私が未知の作家を試しに読むとすれば、短編かエッセイから始めます、「夜想曲集」を読まれているので次は、、、
      一番人気がある作品(レビューの星数)か、癖がありそうなら比較的頁数が少ない作品を選びます。。。
      そうなると、イシグロの場合は映像化されている「わたしを離さないで」かなぁ、、、でも辛い話です。
      2012/07/17
    • niwatokoさん
      「わたしを話さないで」は読みました。すごくよかったです。確かにつらい話でしたが。作品によってそれぞれかなり雰囲気が違いますよね。やっぱり次に...
      「わたしを話さないで」は読みました。すごくよかったです。確かにつらい話でしたが。作品によってそれぞれかなり雰囲気が違いますよね。やっぱり次に読むなら「わたしたちが~」かな。
      2012/07/17
  • 夕暮は光と闇の変わり目、明と暗の入り混じった時間と空間。
    音楽と夕暮・・・男と女、夫婦、才能、過去と現在
    別れの予感・決意、栄光と衰退、希望と現実

    音楽をバックに
    「降っても晴れても」「夜想曲」は語り手自らが夕暮にあり
    「老歌手」「チェリスト」は語り手の目を通して
    「モールバンヒルズ」は語り手自らと語り手の目を通して
    夕暮の世界が描かれている。

    静かな味わい

  • 4冊目のカズオ・イシグロの作品である。
    カメレオンのように作風を変えられる、“ひとり映画配給会社”と私は彼を呼んでいる。
    そのイシグロは、実は音楽にも精通していて、シンガーソングライターを目指していたこともあったとか。そんなところから生まれているのがこの短編集で、5篇をひとつとして味わうように求められており、すべてミュージシャン(もしくは音楽愛好家)を題材としている。
    今まで読んだ中で、最も読みやすい、ムード漂う作品集である。ドラマ性や落ちはなく、人生の一瞬を描く趣向となっている。長編小説とは全く異なる素顔のイシグロの感性が垣間見られた。
    主人公は皆、才能はあるが認められておらず、たゆたゆと人生を彷徨っている。読み手も、物思いに耽りながら、カフェで頁をめくるのにうってつけの良書ではなかろうか。
    私のお薦めは、コメディタッチの強い中盤3作品よりも、コリッとした読後感のほろ苦さ(これが著者の本領)がある「老歌手」、「チェリスト」。
    ヘンな言い方だが、カズオ・イシグロって大家のように思って見てたけど、現代作家なんだよね。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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