忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

  • 早川書房
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本棚登録 : 1902
感想 : 188
  • Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200915

作品紹介・あらすじ

遠方の息子に会うため老夫婦は村を出た。戦士、少年、老騎士……様々な人々に出会いながら、ふたりは謎の霧に満ちた大地を旅する

感想・レビュー・書評

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  • 息子に会うため旅をする老夫婦の話。道中で、人々の「記憶」を奪ってきた竜退治に向かう。隠されていた過去にこそ真実があり、それにどう向き合うべきかというテーマがこの小説の骨格となっている。ファンタジー小説ではあるが、カズオ・イシグロの重厚な文体によって神話のような重みのある雰囲気が醸し出されている。また、主人公が老夫婦だけあって、幅広い層に馴染みそうな作品であった。展開がよく練られている上に、非常に読みやすいため、長編小説ではあるものの、ワクワクしながら最後まで読めた。

  • アーサー王の足跡がまだ人々の意識に残る中世イギリス社会。
    人々は未だ鬼や怪物や竜の存在に怯えながらも慎ましく自給自足の生計を立てていた。
    サクソン人とブリトン人は互いの交流は少ないものの、互いを侵すことなく平和な時代が過ぎていた。
    だが、そんな社会に漂う不可思議な不安。人々は記憶を留めることができないのだ。
    そのような不可思議な現象に不安を抱きながら、とあるブリトン人の老夫婦が息子の村を訪ねるべくいま旅に出た。果たして二人の旅にはどのような未来があるのか・・・。

    ロード・オブ・ザ何とかとか、ロールプレイングゲームのようなファンタジー溢れる作品です。
    主人公が老夫婦なのでファンタジーといってもひと捻りありますが(笑)、旅に出て、仲間が集い、スリリングな展開があり、怪物と対峙し、剣士と戦いがあるとなればこれは本当に視覚的に夢のような世界であったと思います。
    修道院からの脱出のシーンなどは本当にハラハラドキドキものでした!
    ただ、ラストを考えると凄くシニカルな作品であったと言えますね。あの老夫婦は最後どうなったのか?
    これは意見の分かれるところがもしれませんが、やはり記憶が二人の妨げになったのでしょうか?

    今回のカズオ・イシグロの作品は一段と明瞭に「記憶」にこだわった作品となっていました。
    人々の社会を成り立たせるものは「記憶」が根本であり、「愛」も「憎しみ」も「記憶」を通して継続するものでありますが、その「記憶」が失われてしまったら人々の繋がりは一体どうなるのか?「記憶」はそんなに重要なものなのか?やはり人々は「記憶」を欲するのか?「記憶」からの呪縛から逃れることはできないのか?
    明瞭に「記憶」にこだわるからこそ、カズオ・イシグロにはこうしたファンタジーな世界が必要だったのかもしれません。
    ファンタジーな世界を見事な筆致で読者をぐいぐい引き込んでおいて、最後にみせるシニカルなラストは、拍子抜けする部分がある一方で、余韻の大きさゆえにわれわれの心に深く食い込んでくる何かがある気がします。

    私の「記憶」と上手く付き合う方法は、適度に忘れることですが・・・。(笑)

  • 2015年発刊。「わたしを離さないで」以来、著者10年ぶりの長編小説。

    カズオ・イシグロさんの小説ははじめて。
    ノーベル文学賞のレベルの高さに畏れ入る。

    オーディブルで聴いたのだが、なかなか頭に情景が浮かんでこない。もやっとしたままファンタジーの世界が続く。

    健忘の霧に包まれた世界で失われた記憶を取り戻そうとする物語。
    失われた記憶を取り戻した後、世界はどう見えるのか?

    ブリトン人とサクソン人の関係は、某国と某国の関係によく似ていると思った。

    世界には残念な直視できない歴史がある。
    そして、それは愛する人との間にも。
    考えさせられるなー。

    静かだが残酷なラストシーンが圧倒的な余韻を残す。
    ああ、ベアトリス!

  • 読み初めは「あれ、認知症夫婦の話し?」と思っていましたが、後半すごいまとまり方で、さすがはカズオ・イシグロでした。日本人としても、色々考えさせられました。

    ハリーポッターの後半シリーズの暗い雰囲気と似てると思いました。皆さんのレビューの通り、イギリス風大人向けファンタジーでした。

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    321ページ
    ガウェイン卿のセリフ
    「アクセル殿が心を痛めておられるサクソンの少年たちは、やがて戦士となり、今日倒れた父親の復讐に命を燃やしていたはず、少女らは未来の戦士を身篭っていたはず。殺戮の循環は途切れることなく、復讐への欲望は途絶えることはありません。(以下、省略)」

    主人公 アクセルのセリフ
    「私には理解できません、ガウェイン卿。今日、われわれは戦士も赤ん坊も区別せず、サクソン人を血の海に沈めました。(以下、ネタバレになるので省略)」
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    ちなみに、カズオ・イシグロさん3冊目で今頃気づいたのですが、訳者はいつも土屋政雄さんなんですね。英国紳士の雰囲気が伝わる日本語訳で、本書もカズオ・イシグロさんの世界観に浸れて良かったです。

    カズオ・イシグロ 1954年11月8日生まれ
    土屋政雄     1944年1月10日生まれ

  • 霧に覆われた記憶を頼りに息子に会いに行く老夫婦の旅路。骨太さと抒情が同居した品のある文章が私は好きです。
    シンプルな根源的な旅だからこそ思うことがいっぱい。
    忘却の霧の危険性や、なにを信頼して、なにを疑うべきか、賢者達や剣士との出会いで、危険のなかにあってもあるべき心の持ちようを、忘却の霧の中から見つけ出してもらったみたい。危機や恐怖のなかでも、人でいられる術を教示されている気持ちでした。

    忘却で憎しみの連鎖を断ち切り憎しみの相乗効果を減らしたいとクエリグの存在を善と捉えて守るアーサー王の甥ガウェイン卿と、忘却は結局争いを引き延ばしているに過ぎないという理由から悪と捉える屈強な戦士サクソン人ウィスタンとの一騎打ちにも、こころを揺さぶられずにはいられませんでした。

    アクセルとベアトリス夫妻をはじめ登場人物の誰もが今は悪から遠い優しい人々で、皆平和を切望しています。
    が、実はウィスタンはアクセル属するブリテンに裏切られた過去があり、ガウェインとアーサーは過去に同士、こんな小さな集まりにもいろんな感情が渦巻いています。
    起こってしまった争いや痛みは、ウィスタンの言う通り忘却や霧では解決しない。私達ひとりひとりの心に愛と真理、道、いのちが必要です。

  • カズオ・イシグロさんの作品はやさしい言葉でリーダブルなのに、その内容は奥が深くて驚嘆します。それを支えている翻訳者の土屋さんも素晴らしい♪
    夫婦の究極のラブストーリーという個別の物語と、マクロで巨視的な物語をうまく綯いあわせるイシグロの手法はここでも健在です。さらに世界中で読まれている騎士物語を駆使しながら、圧倒的な「物語」というメタファーで現代の世相を映し出すイシグロに脱帽。やはりノーベル文学賞を受賞する人なのですね~。

    ***
    ブリトン人の老夫婦アクセルとベアトリスは、生き別れになった息子に会おうと決意するのですが、その記憶はじつに頼りない。歳のせいかな? 小首を傾げながらぐいぐい引き込まれていくうちに、どうやらそんなものではないことがわかってきます。移民のサクソン人とかつかつ平和裡に暮らしていた時代、人々の記憶の欠損が霧のように広がっていることにいぶかりはじめた老夫婦の冒険が始まります。

    人々に悪さをする鬼、妖精、竜や巨人といった、おなじみのケルト神話や北欧(ゲルマン)神話・寓話の融合した舞台に心が躍ります。それを支える自然描写もみごとで、樹木生い茂るおどろおどろしい森、冷たい風になぶられる草の荒れ野、茫漠とした岩々の山やまがまがしい湖沼にたちこめる灰色の霧……ブリテン特有の自然と巧い描写が、どこか魔術的感覚やファンタジーを醸しだします。そこにアーサー王や円卓の騎士カヴェイン、あるいは賢者(呪術師)マーリンといった人物が華を添え、あっという間に古きよきブリテンの世界に浸ってしまいました。

    ニュースをながめれば、世界中のどこかで紛争や内戦があり、人が死に、人種や民族、移民や宗教のいざこざを目にしない日はありません。しかも恐怖や怒りをあおり、人々を分断する不穏な流れが世界を席巻し、人類はどうやっても負の連鎖を断ち切ることはできないのか……と途方に暮れてしまいます。いっそのこと対話や努力を打ち捨てて、「竜」の吐息(霧)で人類の記憶を埋めてしまい、さわらぬ神(巨人)に祟りなしとしたほうがいいのか(笑)?
    でもそうなれば、記憶を喪失した人類とは一体何なのか? アイディンティティの根を失った人々や民族や人類の存在は単なる根無し草? そしてすべての歴史を失った人類は、虚無からふたたび負の鎖を編んでしまうのか? 殺した巨人の骨や肉から国を作った神々のように……。

    降り積もっていく雪のように、時の経過は鮮烈だった記憶を覆い、哀しい思い出や苦しい出来事の記憶を、淡く和らげてくれます。そこには苦悩とともに赦しや愛があるのかもしれない、あるいはまた未来を照らす一筋の光や希望があるのかもしれない。そうでなければ歳を重ねるということはなんと辛いことか……これを読んでいると、今も昔も洋の東西問わず、会ったこともないような人々の生き様や人生、それらが降り積もった歴史の中に命の兆しや輝きをみつけて感銘を受けます。善きにつけ悪しきにつけ、人々のもつ記憶というものがあってこそなのでしょう。

    神話の舞台やアーサー王伝説を巧く借用しながら、世界の悩める事象を現代版の物語に再構築したイシグロの手腕にうなります。
    物語の世界に身をゆだねながら、それこそ神話や民話を読むように、すべてを無理矢理「回収」せず、ある種の「ばらけ感」を楽しんでみてください。深く哀しく切実で、愛に溢れた物語……こんな作品が書けるイシグロさんの今後にも注目したいな(^o^)

    ***
    ちょっと余談と備忘
    この物語には山査子(さんざし)の木がよく出てきて私の興味をかきたてます。冒頭の村の情景では、

    「村人の言う「棘の木」とは、誰もが知っている山査子の古木のことだ。村から歩いてすぐのところの山腹に大きな出っ張りがあり、その縁にある岩から直接生えているように見える」

    本のカバー絵の木のようです。
    また作者の優しさや切なさが、行間やページ全体から匂い立つようなシーンが数々あって、このシーンもその一つかな……死にゆく竜のねぐら。

    「この巣穴で竜以外の唯一の命あるもの、あの山査子が、竜にとって大きな慰めになっているのではなかろうか、ということだ。いまも、竜はその心の眼でこの山査子を見、手を伸ばしているのではなかろうか。愚にもつかない空想であることはわかっていたが、竜を見ていればいるほど、ありうる話のように思えてきた。なぜなら、こんな場所で山査子が一本だけ育つなどということに、ほかにどんな説明がつくだろう。竜の孤独を慰めるものとして、マーリンその人がこの山査子の成長を許したのではなかろうか」

    調べてみると、山査子の花言葉は「希望」「ただ一つの恋」「成功を待つ」だって♪

  • まるでドラクエのよう。記憶を取り戻すための旅。息子に会いに行く旅。
    不思議な世界観で、淡々と進んでいく。主人公が老夫婦であるからだろうか。
    過去の記憶とどう向き合い対処するのか、と考えさせられる。人が生きていく上では自分に都合の良い記憶が残れば幸せに生きていけそう。しかし、国家にとっては歴史は消せない。都合が悪いことも良いことも。だから為政者は評価や修正を試みる。そこで新たな対立が生まれる。
    個人レベルと国家(集団)レベルでは、向き合い方が変わるのだ。

  • 村上春樹を蹴落としてノーベル賞を獲得したカズヲ・イシグロとはどんな作家かと、ちょっと身構えて読み始めたが、予想に反して非常に面白く大満足な初読だった。
    アッチラのフン族に押されて移動を余儀なくさせられたゲルマン人の一族のサクソン人と先人でアーサー王をだしたブリトン人にまつわる冒険劇。
    前半はファンタジーの要素がかなりあったが、話が進むにつれて、人間の怨みによる復讐心と忘却で成り立つ平和のどちらを選択するべきか読者に問いかける。
    忘れることは悪ではないと感じた読書でした。

  • 過去を忘れることで平穏に暮らせるのなら、忘れることは良いことなのだろうか。
    この小説のテーマを要約すると一文で終わってしまう。しかしこれほど現代的なテーマはない。

    霧に覆われたブリテン島。島の住人は霧のせいで過去の記憶を思い出せない。昔、何があったのか覚えている者は誰もいない。老夫婦だけが過去の記憶の断片をときに思い出す。なぜ皆すぐ忘れてしまうのだろう?夫婦は訝り、健忘の原因を探しながら遠方に住む息子に会うため旅にでる。
    アーサー王伝説を下敷きに戦士との出会いや騎士との戦闘、竜や鬼退治といったファンタジーな展開に著者の小説の読者なら多少まごつくだろう。だが、他の作品と同様、本作も物語の核となるのは「記憶」を巡るものだ。

    霧という比喩を通して、著者が描こうとしたものは何か。個人や集団同士が憎しみ合うのは過去に因縁があるからだ。互いの過去をすっかり消してしまったら、憎しみ合う理由も消える。それによって一国に平和がもたらされるのなら忌まわしい過去はなかったことにしよう。都合が悪い記憶は消去しよう。
    覆われた霧は偽りの平和を保つための策か。それとも人々が妥協し作り上げた共存のための知恵か。現代世界に当てはめ考えるほどますます答えは出てこない。が、でもそれは、人が生きていく上で考えねばならぬ避けて通れない問いだ。


    ブリトン島を覆う霧の正体や2つの民族間(ブリトン人とサクソン人)で起きた忌まわしい過去、そして老夫婦の過去も物語の最後で明らかになるがネタバレになるので省略。しかし、夫婦のエピソードは本作のひとつの答えでないかと思う。
    老夫婦をめぐる最後の結末は何を意味するのか。読み終えた人しか分からないと思うが、こうだと思う。すなわち、憎すら愛の構成部分である。憎を生まないために過去を忘れ記憶を消すなら、愛も同時に消える。


    夫婦の小さな話を民族対立や国同士の大きな物語に広げることには無理がある。
    それを承知の上で、それでも記憶を消す、過去を忘れるとはどういうことなのか。
    「忘れられた巨人」は、神話的でファンタジーな表層とは裏腹に現代的かつ普遍性を帯びた問いを突きつける。

  • 巣穴のような洞窟で村を形成し、その中で暮らしていた老夫婦。つつがない生活を営んでいたものの、時折感じる違和感が...つい最近起きた出来事でも、村人に話すと全然覚えてないと言う。老夫婦二人の間でも会話が噛み合わなくなることがしばしば。

    そんな中で夫婦は違う土地で暮らしている息子のところに行こうと旅を決意し、村を出る。外は鬼が跋扈していたり、危険が伴うし、件の謎の記憶障害により、道のりも定かではない中なんとか次の村へ。

    鬼より強いサクソン人の戦士(老夫婦はブリトン人)、鬼に噛まれた青年、アーサー王の甥、ガウェイン卿たちと出会いながら行動を共にするようになる。旅をしていく中で謎の記憶障害の原因も明らかになり、クエリグという竜を倒すという歯車に飲まれていく。竜を倒した先には何が待っているのか?

    ファンタジーとしても面白かったけど、この物語のメタファーとなっている問題も良かった。その問題を「記憶障害」という装置で話を展開させていくのがすごく良い。その意味がわかった時にため息が出る。アーサー王の話とか、サクソン人、ブリトン人の話とかあらかじめ教養とし備わっている状態で読んだら更に楽しめたんだろうな。と思った。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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