忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

制作 : 土屋 政雄 
  • 早川書房
3.77
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本棚登録 : 988
レビュー : 127
  • Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200915

感想・レビュー・書評

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  • 過去を忘れることで平穏に暮らせるのなら、忘れることは良いことなのだろうか。
    この小説のテーマを要約すると一文で終わってしまう。しかしこれほど現代的なテーマはない。

    霧に覆われたブリテン島。島の住人は霧のせいで過去の記憶を思い出せない。昔、何があったのか覚えている者は誰もいない。老夫婦だけが過去の記憶の断片をときに思い出す。なぜ皆すぐ忘れてしまうのだろう?夫婦は訝り、健忘の原因を探しながら遠方に住む息子に会うため旅にでる。
    アーサー王伝説を下敷きに戦士との出会いや騎士との戦闘、竜や鬼退治といったファンタジーな展開に著者の小説の読者なら多少まごつくだろう。だが、他の作品と同様、本作も物語の核となるのは「記憶」を巡るものだ。

    霧という比喩を通して、著者が描こうとしたものは何か。個人や集団同士が憎しみ合うのは過去に因縁があるからだ。互いの過去をすっかり消してしまったら、憎しみ合う理由も消える。それによって一国に平和がもたらされるのなら忌まわしい過去はなかったことにしよう。都合が悪い記憶は消去しよう。
    覆われた霧は偽りの平和を保つための策か。それとも人々が妥協し作り上げた共存のための知恵か。現代世界に当てはめ考えるほどますます答えは出てこない。が、でもそれは、人が生きていく上で考えねばならぬ避けて通れない問いだ。


    ブリトン島を覆う霧の正体や2つの民族間(ブリトン人とサクソン人)で起きた忌まわしい過去、そして老夫婦の過去も物語の最後で明らかになるがネタバレになるので省略。しかし、夫婦のエピソードは本作のひとつの答えでないかと思う。
    老夫婦をめぐる最後の結末は何を意味するのか。読み終えた人しか分からないと思うが、こうだと思う。すなわち、憎すら愛の構成部分である。憎を生まないために過去を忘れ記憶を消すなら、愛も同時に消える。


    夫婦の小さな話を民族対立や国同士の大きな物語に広げることには無理がある。
    それを承知の上で、それでも記憶を消す、過去を忘れるとはどういうことなのか。
    「忘れられた巨人」は、神話的でファンタジーな表層とは裏腹に現代的かつ普遍性を帯びた問いを突きつける。

  • 単行本で読んだ時あまりしっくりこなかったせいなのか、いくら探しても家で発見出来ず、この度の文庫化で買い直し。
    そうなんだよねー、記憶はアイデンティティだよね、個人にとっても、国家にとっても。

    そして、確かに、愛とは記憶、とは言えるだろう。
    共通の記憶の集積が愛になり得るのは確か。

  • 冒頭が、とりあえず訳し方に慣れる苦痛があったというか……しんどかった。

    中盤以降、ブリテン人とサクソン人の登場人物が出揃う辺りからは、ああ成る程って読めるのだけど。
    アーサー王伝説を名前くらいしか知らない私には、読むのが早すぎたのかもしれない。
    ガヴェインとマーリン。名前は知ってるんだけど。

    忘れることの良い面と悪い面。
    憎しみや怒りを忘れてしまったから、違和は残るけれど平和は保たれた。
    けれど、あった出来事を忘れるというのは、何かに仕舞いこむようなイメージなのか。空白がぽかりと出来るイメージなのか。
    とにかく、そんな違和を抱えながら生きていくことから脱したアクセルとベアトリス。
    息子は本当に存在するのか?ずっと疑問に思っていたことが、雌竜の死によって明かされる。

    忘却というテーマで書かれた作品は多いよね。
    忘却で終わる作品だってある。
    ラストシーン、二人は無事に島へ渡ることが出来るのだろうか。
    それとも。ベアトリスは思い出してしまったのだろうか。

  • 記憶を無くしていくことのメリットもあるんだなぁ。最後は?

  • うーん。こんなもんか。

  • はるか昔のイングランド、アクセルとベアトリスの老夫婦はブリトン人の小さな村で暮らしているが、彼らを含め村人たちは、昔のことのみならずついさっきのことまで、いろんなことをすぐに忘れてしまう。その異変に気付いた老夫婦は、もう顔も覚えていない息子、どこへ行ってしまったのか理由もわからないけれどどこかにいるはずの息子を訪ねて旅に出る。悪鬼や竜が跋扈する世界、たどりついたサクソン人の村で老夫婦は悪鬼退治をした勇敢な旅の戦士ウィスタンと、悪鬼にさらわれるも戦士に助け出された少年エドウィンと出会い、彼らと旅路を共にすることになる。

    最初はてっきりイングランドを舞台にした寓話的なファンタジーかと思って読み始めたのだけど、しばらくして突然アーサー王の名前が出てきて、この物語がアーサー王亡きあとの時代であることがわかり、ついにはまだ存命だった老騎士ガウェインが登場する。老夫婦、戦士と少年のコンビ、そしてガウェインと愛馬の3組はそれぞれの目的と方法で、マーリンの魔法により忘却の霧を吐き出しながら死にかけている雌竜クエリグの巣である巨人のケルンまでたどり着くが・・・。

    あらすじだけならアーサー王伝説をベースにしたファンタジーと受け取れるかもしれないけれど、けして冒険に胸躍らせるタイプのエンタメ作品ではない。騎士や戦士は一見高潔なようでいてだんだん利己的になってくるし、老夫婦も互いを思いやりこそすれそれ意外の事柄にはわれ関せず、登場人物全員が自分の目的のためのエゴイスティックな言動しかせず、会話はまったくかみ合わない。

    竜や鬼は出てきてもタイトルの「巨人」は登場しないのだけれど、巨人が意味しているのはつまり「記憶」。楽しかった幸福だった記憶だけではなく、誰かを憎み、恨み、復讐を誓った記憶なら、甦らせないほうがいい。

    解説にもあったけれどつまりこれは「寝た子を起こす」話なのでしょう。ブリトン人であるアーサー王が平定した国々、しかし支配されたサクソン人側は彼らを恨んでいる。その憎悪を封印していた「忘却」という名の巨人を、彼らは起こしにいってしまった。この国には再び復讐のための戦いが起こることだろう。

    忘れてしまったほうが幸せなこともある、老夫婦は本当に愛し合っている夫婦しかいけない島へ渡ろうとするけれど(アーサー王伝説のアヴァロンのような場所か)、彼らは裏切りの記憶を思い出してしまった。夫婦という個人の記憶、民俗という大きな全体の記憶、いずれにしても「忘れてたほうが幸せなんだけど、全部思い出す?どうする?」という問いを投げかけたままで物語は終わる。

    作者のメッセージはなんとなくわかるけれど、こういう風に解釈してしまうと説教くさくてつまらないような気もするし、平面的に筋書きだけ追ってもそれはそれで退屈。単純に読み終えたあと、どういう意味か考えはするけれどそれに「心を打たれる」ということはなかった。


    以下ちょっと個人的に気になったのはアクセルの正体。記憶が蘇ってくるにつれ、どうやらアクセルもアーサー王の騎士だったが、最終的にアーサーと袂を分かつた過去があったらしいことがわかってくる。ガウェインはアクセルについて「当時はアクセラムかアクセラスの名で通っていた」と回想する。しかしそのような名前の騎士はたぶん伝説には出てこない(私が知らないだけならごめんなさい)。

    実はガウェインが登場したときに、この記憶のない老夫婦の正体は、もしやランスロットとグィネヴィアではないかと考えた。老妻ベアトリスを「お姫様」と呼び必要以上に労わるアクセルの姿に、王妃に頭のあがらない騎士の姿が重なったのもあるし、アーサーと袂を分かったというのも、伝説ではやはりランスロット。アクセルはランスロットのアナグラムでは?と考えたり。しかし終盤妻の裏切りがほのめかされたとき、あれ?じゃあランスロじゃなくてアーサー王自身?とも思ったり。

    とはいえガウェインを名乗る騎士も些かうさんくさく、一応一般的な伝説ではアーサー王より先に死んでいるガウェインがまだ生きているのも変だし、愛馬の名前も伝説ではグリンゴレットなので全然違うし、老齢のせいかちょいちょい言動が言い訳がましくなる本作のガウェインは、剣の腕は確かながら、どこか滑稽なドン・キホーテのようでもある。まあこのへんは、深読みしても答えの出る案件ではないのかもしれない。


    あと内容とは関係ないところで単純に知りたいと思ったのは「鬼」という言葉の原語。日本人だからどうしても「鬼」って書いてあると、いわゆる日本昔話的な、桃太郎に退治される系のベタなやつを想像しちゃうのだけど、いくらカズオ・イシグロが日本人のDNAを持っているとしても、英語の小説のなかに「ONI」と書いたわけではないかと思うので、実際どうなのかな?って。デビルなら悪魔、モンスターなら怪物と訳されるだろうし、鬼にあたる言葉ってなんだろう?ゴブリン?でもゴブリンを鬼って訳すのはなんかちょっと違う気もする・・・。

  • わたしを離さないで、が凄すぎて、ちょっと違ったかなーと思った。再度読んだらウオーってなるかもな

  • 巨人のメタファーは民族の歴史と憎しみか。
    意見を衝突しあって発展することを諦め、ただ忘却のなか同じような日常を繰り返すことが幸せなのか、それとも善き妻や隣人と争うことになろうも民族の誇りを取り戻すことが幸せなのか、答えは出ない。

  • ノーベル文学賞

    イギリス文学の
    カズオ・イシグロさんの作品

    文章としては読みやすいけど
    やはりおもい

    時々、行間をあけずに
    時間軸を戻ったりすることがあるのが困った

    たまにはいいけど毎回これは大変

  • 序盤すごい勢いでのめり込んだが、村についてファンタジー感が出てきたあたりでなんか違うとなってしまった、そもそもイギリスの歴史を全然知らなくてブリトン人とサクソン人の違いも分からないまま混乱して読み進めていたので…ラストは良し◎

著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)のその他の作品

忘れられた巨人 Kindle版 忘れられた巨人 カズオ・イシグロ
忘れられた巨人 単行本 忘れられた巨人 カズオ・イシグロ
忘れられた巨人 Audible版 忘れられた巨人 カズオ・イシグロ

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