忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

制作 : 土屋 政雄 
  • 早川書房
3.77
  • (39)
  • (108)
  • (52)
  • (14)
  • (3)
本棚登録 : 990
レビュー : 127
  • Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200915

作品紹介・あらすじ

遠方の息子に会うため老夫婦は村を出た。戦士、少年、老騎士……様々な人々に出会いながら、ふたりは謎の霧に満ちた大地を旅する

感想・レビュー・書評

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  • アーサー王の足跡がまだ人々の意識に残る中世イギリス社会。
    人々は未だ鬼や怪物や竜の存在に怯えながらも慎ましく自給自足の生計を立てていた。
    サクソン人とブリトン人は互いの交流は少ないものの、互いを侵すことなく平和な時代が過ぎていた。
    だが、そんな社会に漂う不可思議な不安。人々は記憶を留めることができないのだ。
    そのような不可思議な現象に不安を抱きながら、とあるブリトン人の老夫婦が息子の村を訪ねるべくいま旅に出た。果たして二人の旅にはどのような未来があるのか・・・。

    ロード・オブ・ザ何とかとか、ロールプレイングゲームのようなファンタジー溢れる作品です。
    主人公が老夫婦なのでファンタジーといってもひと捻りありますが(笑)、旅に出て、仲間が集い、スリリングな展開があり、怪物と対峙し、剣士と戦いがあるとなればこれは本当に視覚的に夢のような世界であったと思います。
    修道院からの脱出のシーンなどは本当にハラハラドキドキものでした!
    ただ、ラストを考えると凄くシニカルな作品であったと言えますね。あの老夫婦は最後どうなったのか?
    これは意見の分かれるところがもしれませんが、やはり記憶が二人の妨げになったのでしょうか?

    今回のカズオ・イシグロの作品は一段と明瞭に「記憶」にこだわった作品となっていました。
    人々の社会を成り立たせるものは「記憶」が根本であり、「愛」も「憎しみ」も「記憶」を通して継続するものでありますが、その「記憶」が失われてしまったら人々の繋がりは一体どうなるのか?「記憶」はそんなに重要なものなのか?やはり人々は「記憶」を欲するのか?「記憶」からの呪縛から逃れることはできないのか?
    明瞭に「記憶」にこだわるからこそ、カズオ・イシグロにはこうしたファンタジーな世界が必要だったのかもしれません。
    ファンタジーな世界を見事な筆致で読者をぐいぐい引き込んでおいて、最後にみせるシニカルなラストは、拍子抜けする部分がある一方で、余韻の大きさゆえにわれわれの心に深く食い込んでくる何かがある気がします。

    私の「記憶」と上手く付き合う方法は、適度に忘れることですが・・・。(笑)

  • 霧に覆われた記憶を頼りに息子に会いに行く老夫婦の旅路。骨太さと抒情さが同居した品のある文章が私は好きです。
    シンプルな根源的な旅だからこそ思うことがいっぱい。
    忘却の霧の危険性や、なにを信頼して、なにを疑うべきか、賢者達や剣士との出会いで、危険のなかにあってもあるべき心の持ちようを、忘却の霧の中から見つけ出してもらったみたい。危機や恐怖のなかでも、人でいられる術を教示されている気持ちでした。

    忘却で憎しみの連鎖を断ち切り憎しみの相乗効果を減らしたいとクエリグの存在を善と捉えて守るアーサー王の甥ガウェイン卿と、忘却は結局争いを引き延ばしているに過ぎないという理由から悪と捉える屈強な戦士サクソン人ウィスタンとの一騎打ちにも、こころを揺さぶられずにはいられませんでした。

    アクセルとベアトリス夫妻をはじめ登場人物の誰もが今は悪から遠い優しい人々で、皆平和を切望しています。
    が、実はウィスタンはアクセル属するブリテンに裏切られた過去があり、ガウェインとアーサーは過去に同士、こんな小さな集まりにもいろんな感情が渦巻いています。
    起こってしまった争いや痛みは、ウィスタンの言う通り忘却や霧では解決しない。私達ひとりひとりの心に愛と真理、道、いのちが必要です。

  • 過去を忘れることで平穏に暮らせるのなら、忘れることは良いことなのだろうか。
    この小説のテーマを要約すると一文で終わってしまう。しかしこれほど現代的なテーマはない。

    霧に覆われたブリテン島。島の住人は霧のせいで過去の記憶を思い出せない。昔、何があったのか覚えている者は誰もいない。老夫婦だけが過去の記憶の断片をときに思い出す。なぜ皆すぐ忘れてしまうのだろう?夫婦は訝り、健忘の原因を探しながら遠方に住む息子に会うため旅にでる。
    アーサー王伝説を下敷きに戦士との出会いや騎士との戦闘、竜や鬼退治といったファンタジーな展開に著者の小説の読者なら多少まごつくだろう。だが、他の作品と同様、本作も物語の核となるのは「記憶」を巡るものだ。

    霧という比喩を通して、著者が描こうとしたものは何か。個人や集団同士が憎しみ合うのは過去に因縁があるからだ。互いの過去をすっかり消してしまったら、憎しみ合う理由も消える。それによって一国に平和がもたらされるのなら忌まわしい過去はなかったことにしよう。都合が悪い記憶は消去しよう。
    覆われた霧は偽りの平和を保つための策か。それとも人々が妥協し作り上げた共存のための知恵か。現代世界に当てはめ考えるほどますます答えは出てこない。が、でもそれは、人が生きていく上で考えねばならぬ避けて通れない問いだ。


    ブリトン島を覆う霧の正体や2つの民族間(ブリトン人とサクソン人)で起きた忌まわしい過去、そして老夫婦の過去も物語の最後で明らかになるがネタバレになるので省略。しかし、夫婦のエピソードは本作のひとつの答えでないかと思う。
    老夫婦をめぐる最後の結末は何を意味するのか。読み終えた人しか分からないと思うが、こうだと思う。すなわち、憎すら愛の構成部分である。憎を生まないために過去を忘れ記憶を消すなら、愛も同時に消える。


    夫婦の小さな話を民族対立や国同士の大きな物語に広げることには無理がある。
    それを承知の上で、それでも記憶を消す、過去を忘れるとはどういうことなのか。
    「忘れられた巨人」は、神話的でファンタジーな表層とは裏腹に現代的かつ普遍性を帯びた問いを突きつける。

  • 充実した読後感。読む前とでは、世界の見え方がちがっている。いわゆるファンタジー世界を舞台としているが、そこで描かれているのはリアルな人間の生きざま。静かに、深く。(2018年4月30日読了)

  • 再読。
    好きだなぁ…好きだなぁ…。
    シビアなテーマももちろんだけど、ディティールの隅々までがたまらなく好みで、いつまででも読んでいたい。
    読み終えた後でもずっと考え続けているので、「いつまででも読んでいたい」は叶っているのかも。
    また読む。

  • 「では、真実とは何だろう。
    これが小説に価値がある理由だ。」
    (カズオイシグロ)
    Eテレ| 2017年 ノーベル文学賞受賞決定!
    『 カズオ・イシグロ 文学白熱教室 』アンコール放送
    10月8日放送 午後11時00分〜午後11時55分 放送 より

    私は子供のころから「本を読むのをやめなさい」と親や学校の先生に注意されるほど、読書が好きだったのに、ここ数年は、ビジネス系の本ばかり。

    小説を読むのは苦痛で、出来ないことになっていた。
    それがこの怒濤の変化の年末年始に、買ったもののひとつが「忘れられた巨人」。

    早く先を知りたいけど読むのがもったいない感じ。久しぶりのこの感覚に何か甦るような嬉しさを感じる。

    一章づつ大切に読んでいて、
    ある日、目黒線を途中に挟む東横線特急乗り換えの途中で、次の一節を目にしてその暗喩に涙ぐんだ。

    「そちの罪がどんなものか、おれにはわからん。だが、ブレヌス卿を信じる。
    卿はおまえの排除を望んでおられる」

    「わしはアーサー王の騎士であって、ブレヌス卿の歩兵ではない。
     ただの噂や血の違いだけを理由に、異国の人間に武器を向けるようなことはせん。」

    まさにいま私達はどちらの立場にもなり得る帰路にいて、もうすぐくる世界の変化のとき、
    自らを信じて判断し、行動する勇気を、持てるのだろうか。もうすぐ確実にくるそのときに。

    創られた物語だからこそ、
    伝えることにできるメッセージがあった。

  • カズオ・イシグロさんの作品はやさしい言葉でリーダブルなのに、その内容は奥が深くて驚嘆します。それを支えている翻訳者土屋さんも素晴らしい♪
    夫婦の究極のラブストーリーという個別の物語と、マクロで巨視的な物語をうまく綯いあわせるイシグロの手法はここでも健在です。さらに世界中で読まれている騎士物語を駆使しながら、圧倒的な「物語」(隠ゆ)で現代の世相を映し出そうとするイシグロに脱帽。やはりノーベル文学賞を受賞する人ですね~。

    ブリトン人の老夫婦アクセルとベアトリスは、生き別れになった息子に会おうと決意するのですが、その記憶はじつに頼りない。あれ? 歳のせいかしらん? 小首を傾げながらぐいぐい引き込まれていくうちに、どうやらそんなものではないことがわかってきます。移民のサクソン人とかつかつ平和裡に暮らしていた時代、人々の記憶の欠損が霧のように広がっていることにいぶかりはじめた老夫婦の冒険が始まります。

    人々に悪さをする鬼、妖精、竜や巨人といった、おなじみケルト神話や北欧(ゲルマン)神話・寓話の融合した舞台に心躍ります。それを支える自然描写も見事で、樹木生い茂るおどろおどろしい森、冷たい風になぶられる草の荒れ野や茫漠とした岩々の山、まがまがしい湖沼やたちこめる灰色の霧……ブリテン特有の自然と巧い描写が、どこか魔術的感覚やファンタジーを醸しだします。そこにアーサー王や円卓の騎士カヴェイン、あるいは賢者(呪術師)マーリンといった人物が華を添え、あっという間に古きよきブリテンの世界に浸ってしまいました。

    ニュースをながめれば、世界中のどこかで紛争があり、人が死に、人種や民族や宗教間のいざこざを目にしない日はありません。恐怖や怒りをあおり、人々を分断する不穏な流れが世界を席巻し、人類はどうやっても負の連鎖を断ち切ることはできないのかと途方に暮れてしまいます。いっそのこと対話や努力を打ち捨てて、「竜」の吐息(霧)で人類の記憶を埋めてしまい、さわらぬ神(巨人)に祟りなしとしたほうがいいのかしら…笑?
    でもそうなれば、記憶を喪失した人間とは一体何なのか? アイディンティティの根を失った人々や民族や人類の存在は単なる根無し草? すべての歴史を失った人類は虚無からふたたび負の鎖を編んでしまうのか? 殺した巨人の骨や肉から国を作った神々のように……。

    降り積もっていく雪のように時の経過は鮮烈だった記憶を覆い、哀しい思い出や苦しい出来事の記憶を淡く和らげてくれます。そこには苦悩とともに赦しや愛があるのかもしれない、あるいはまた未来を照らす一筋の光や希望があるのかもしれない。そうでなければ歳を重ねるということはなんと辛いことか……。
    本を読んでいると、今も昔も洋の東西問わず、会ったこともないような人々の生き様や人生やそれらが降り積もった歴史の中に命の兆しや輝きをみつけて感銘を受けます。それも善きにつけ悪しきにつけ人々のもつ記憶というものがあってこそなんでしょう。

    神話の舞台やアーサー王伝説を巧く借用しながら、世界の悩める事象を現代版物語に再構築したイシグロの手腕に唸ります。物語の世界に身をゆだねながら、それこそ神話や民話を読むようにすべてを無理に「回収」せず、ある種の「ばらけ感」を楽しんでみてください。深く哀しく切実で、愛に溢れた物語……こんな作品が書けるイシグロさんの今後にも大いに注目したい(^o^)

    ***
    ちょっと余談と備忘かねて追記。
    この物語には山査子(さんざし)の木がよく出てきて私の興味をかきたてていました。冒頭あたりの村の情景では、

    「村人の言う「棘の木」とは、誰もが知っている山査子の古木のことだ。村から歩いてすぐのところの山腹に大きな出っ張りがあり、その縁にある岩から直接生えているように見える」

    まるで本のカバー絵の木のようですね。
    また、著者の優しさや切なさが行間やページ全体から匂い立つようなシーンが数々ありますが、このシーンもその一つ……死にゆく竜のねぐら。

    「この巣穴で竜以外の唯一の命あるもの、あの山査子が、竜にとって大きな慰めになっているのではなかろうか、ということだ。いまも、竜はその心の眼でこの山査子を見、手を伸ばしているのではなかろうか。愚にもつかない空想であることはわかっていたが、竜を見ていればいるほど、ありうる話のように思えてきた。なぜなら、こんな場所で山査子が一本だけ育つなどということに、ほかにどんな説明がつくだろう。竜の孤独を慰めるものとして、マーリンその人がこの山査子の成長を許したのではなかろうか」

    ちなみに、山査子の花言葉は「希望」「ただ一つの恋」「成功を待つ」だそうです。

  • 村上春樹を蹴落としてノーベル賞を獲得したカズヲ・イシグロとはどんな作家かと、ちょっと身構えて読み始めたが、予想に反して非常に面白く大満足な初読だった。
    アッチラのフン族に押されて移動を余儀なくさせられたゲルマン人の一族のサクソン人と先人でアーサー王をだしたブリトン人にまつわる冒険劇。
    前半はファンタジーの要素がかなりあったが、話が進むにつれて、人間の怨みによる復讐心と忘却で成り立つ平和のどちらを選択するべきか読者に問いかける。
    忘れることは悪ではないと感じた読書でした。

  • ファンタジーだが、読んでいると現代の民族間の諍い、過去を忘れないまま赦すことができるのか、忘れないと赦すことはできないのか、民族間の諍い、争った過去は癒され乗り越えることが可能なのか、など、まさに現代にも通じる内容。
    ファンタジーとして考えるとドラゴンは悪、アーサー王(とその部下たち)は正義、記憶を失わされることは悪の所業で記憶を取り戻すのが目的というのが基本の王道だ。でも本当にそうだろうかと作中で何度も考えさせられる。失った記憶が苦痛を伴う辛い記憶かもしれない時、取り戻すことを選択できるだろうか。
    さらに、その記憶が民族の犯した過ちで、その記憶が無くされることで現在の平和があるのだとしたら?それでも取り戻すのが正しいのか?記憶を解き放ったら復讐の殺戮が始まる可能性が高いとしたら?これは、作品内に描かれたサクソン、ブリテン人同士の争い、歴史を思い起こさせつつ、現代の民族紛争、宗教や文化の違いによる争い、歴史の捏造や社会的隠ぺい、歴史修正主義などにも考えが広がる話だ。
    当初の読後感想としては無理ではないか、憎しみの連鎖はその記憶が伝えられる間は断ち切れないのではと悲観的な見解だった。しかし読書会の参加者の話を伺って、新しい期待も生まれてきた。「覚えていなければ赦すこともできない」という意見が印象的だった。
    加えて、この話を読むにあたって、背景の文化、アーサー王伝説について知っていると、より深く理解できそう。知らないで読んだのが悔しい、ぜひ読んで知りたい。

  • 単行本で読んだ時あまりしっくりこなかったせいなのか、いくら探しても家で発見出来ず、この度の文庫化で買い直し。
    そうなんだよねー、記憶はアイデンティティだよね、個人にとっても、国家にとっても。

    そして、確かに、愛とは記憶、とは言えるだろう。
    共通の記憶の集積が愛になり得るのは確か。

  • 冒頭が、とりあえず訳し方に慣れる苦痛があったというか……しんどかった。

    中盤以降、ブリテン人とサクソン人の登場人物が出揃う辺りからは、ああ成る程って読めるのだけど。
    アーサー王伝説を名前くらいしか知らない私には、読むのが早すぎたのかもしれない。
    ガヴェインとマーリン。名前は知ってるんだけど。

    忘れることの良い面と悪い面。
    憎しみや怒りを忘れてしまったから、違和は残るけれど平和は保たれた。
    けれど、あった出来事を忘れるというのは、何かに仕舞いこむようなイメージなのか。空白がぽかりと出来るイメージなのか。
    とにかく、そんな違和を抱えながら生きていくことから脱したアクセルとベアトリス。
    息子は本当に存在するのか?ずっと疑問に思っていたことが、雌竜の死によって明かされる。

    忘却というテーマで書かれた作品は多いよね。
    忘却で終わる作品だってある。
    ラストシーン、二人は無事に島へ渡ることが出来るのだろうか。
    それとも。ベアトリスは思い出してしまったのだろうか。

  •  ノーベル賞を取るちょっと前に読んだんだけど、まあ、確かにもらってもおかしくないよね(ウエメセごめんw)。
     インタビューでも答えてたけど「忘れるってことの意味」それも、個人レベルではなく、集団(国家)レベルで忘れるってことの意味が雌龍クエリグの比喩を使ってうまく表されてます。戦前の日本を忘れるとか、原発の危機を忘れるとかと通底する社会の問題ってか。
     前半のペースがイマイチだったり、最後、渡し船の比喩もわかりにくいんだけど、奥さんがずっと胸を痛がってたからってのはなるほどです。長男の行く末もよくわからなかったけど。
     イシグロさんのはこれまで「日の名残り」しか読んだことがないんだけど、次は「私を離さないで」かな。とにかく全部ジャンルが違うらしい。
     わが村上御大は「偉大なマンネリ」ですが、イシグロさんはそれとは対極にあるようなので、楽しみです。

  • 2019/02/22 読了

  •  息子に会うために旅に出た老夫婦。
     途中、戦士と少年と一緒になる。

     アーサー王亡き後のブリテンが舞台ってことで、ファンタジーっぽいです。
     が、ひょいと現代視線がはいるので、なんかネットで動画見てて、たまに言葉ぐぐってみたりしてる感じになる。
     ファンタジー要素は、老夫婦の在り方が大きいのだろう。
     とにかく仲睦まじい。夫は妻のことを「お姫様」って呼ぶんだよ。お互いをいたわって、気遣ってっていうのがすごい。
     もっとも、タイトルの意味がはっきりしたところで、ガクゼンとするのだけど。

     で、何かよくわからないけど、色々なことをどんどん忘れていっている気がする、っていうのが全体にあって、それゆえにすべてが曖昧模糊なのだ。
     旅は、戦士と少年に出会ったことで、大きく動き始める。
     そして、国の歴史というか、今まで何があったかをそれぞれの立場で語る人がいて…。

     色々な意味でふり幅が広い作品だと思った。
     一貫して、人物たちを冷静に見ている作者が感じられるので、軸はぶれなかったけどね。
     でも、相当な勢いで振り回している。

     旅の終わりに…。

     正義も悪も、幸せも不幸せも、表裏一体であり、個々の価値観とか思想とかで変わる。
     確実なものは何もない。
     そのことをどう捕らえるのか、ということを問い続けている作品だと思った。
     うーーん。
     切ない。

  • 今更ながらカズオ・イシグロ作品を初めて読みました!
    ファンタジーな世界観が意外でしたが、先が気になってぐんぐん読めました。登場人物などが昔ながらのイギリスファンタジー!という感じで、普段日本の小説しかほとんど読まないので新鮮でした。
    最後まで読み終えて、「記憶」について考えさせられます。日々生きていて忘れることや捻じ曲げることで救われている部分は大いにあり、すべてを明確に記憶できてしまったら生きていけないでしょう。また大人になればなるほど記憶の弊害を感じることも増えました。怒りや憎しみの感情はなかなか昇華しないのだなぁと感じます。小説内でも、そのネガティヴな感情・記憶が一個人にとどまらず、引き継がれようとする様子が描かれていました。
    しかしだからといって すべてが薄れ忘れられていくことが必ずしも幸せではなく、二度と繰り返したくない歴史、記憶を伝承し繋いでいくことの必要性も感じます。(もちろん素晴らしい幸福な記憶も。)

  • 靄に包まれる記憶。
    旅に出る夫婦。
    不穏な記憶、出来事の断片、物語はどんどん進んで行く。
    読んで行くと不思議な感覚に包まれ、そこに潜む意味に触れつつ、また物語に引き込まれて行く。
    読み進むに連れてどんどん引き込まれて行く。
    他の方も書いていたけど、記憶こそアイデンティティそのものなのだと気がつく。
    でもそこにとらわれ続けることの哀しさも。
    着地点は、最後はどこに行き着くのか。

    カズオ・イシグロの作品を続けて読もう。

  • 何かについての隠喩を含んでるかもしれないとかそういうことを置いといて、物語として楽しく読んだ。「パン屋の本屋」で買ったのをずっとコートのポケットに突っ込んで移動中に読んでて、読み進むほどに止まらなくなっていった。

  • これまで読んだ最良の本の一冊は『ゲド戦記』だ、と思っているわりには「ファンタジー文学は苦手」と公言している。とはいえ『ホビットの冒険』も『ライオンと魔女』も「わあ、すごい!」と読んではいる(続刊には行けないのだけど)。
    本作も分野でいえばファンタジーなのだろうか。「記憶」がテーマの作家と言われるイシグロだが、本作はもう、そのテーマがどまんなかである。
    どこまでも仲睦まじい老夫婦、しかしなぜだか村の人たちからは疎まれている。それがなぜなのか自分たちも思い出せないし、村人すらも思い出せない。どうやらみんななんらかの健忘症にかかっており、記憶がどんどん薄れていく…。なんせ、行方知れずになった子を村をあげて捜索したというのに、その子がひょっこり戻ってきたときにはみんな行方不明だったこともさっぱり忘れているんだから。
    この健忘症はどうやら村にかかる霧のせいだとわかった老夫婦は、息子の待つ村へと旅立つ途中にその謎の解明にもあたろうとする…。
    記憶、記憶と簡単にいえど、これは世代にわたる記憶ですらある。記憶をなくせばこそ、過去のことも水に流しいまという日を平和に生きられるのではないか。とはいえ、過去に犯した罪と同時に、昔の悲しみも喜びも忘れ去っていいものなのか。
    本書を読んで、まっさきに思い出したのはユーゴスラビアの内戦であったが、まさにこの内戦がイシグロがこの作品を著すきっかけとなったのだそうだ。
    6~7世紀、本作の英国では、まだ鬼も妖精も竜も跋扈する時代だったようで、人も動物的な感覚をだいぶ備えている。
    ところが、やはり人は人、記憶をいつまでも、もしかしたら先祖のものまでも、抱えて生きていくのは動物とは違う。
    はたしてどちらが幸せか。

  • ずっと気になっていた作家カズオ・イシグロさん。ノーベル文学賞受賞を機会に読んでみることにしました。この作品はファンタジーではあるけれど夢や冒険などといったお決まりのパターンなどではなくてあくまで静かで内省的。テーマは深くて重厚。謎の霧によって人々の記憶が欠落していく現象の中で生きる老夫婦が、昔離れ離れになった息子の所へ行こうと旅に出る。旅の途中で傷を負った少年、サクソン人の戦士、アーサー王に仕えた老いたかつての円卓の騎士に出会う。忘却は人に大きな喪失や混乱や不安を与えるが、時に癒しと再生の効力ももたらす。霧が晴れた時、そこにあるのは希望なのか絶望なのか…。旅を通して老夫婦の絆がどのように深まっていくのか…。彼らのたどり着くところは何処なのか…。はるか昔のブリテン島が舞台ではあるけど、現代にいきる私たちの人生航路に似ているような気もする。
    アクセルが妻ベアトリスを始終お姫様と呼ぶところが好き。
    読みにくくはないのだけれどなぜか時間がかかってしまった。

  •  アーサー王物語モチーフということで興味を持ち、手に取りました。
     物語の序盤(老夫婦の現在の生活についてだったり、旅の序盤部分)は自分にとっては少し退屈で、作風が合わないのかそれとも翻訳が合わないのかといった感じで最後まで読めるかどうか思わず心配になりました。
     しかし物語の主要人物が揃った中盤からは展開速度が急加速、特に最後の数十ページの巻き上げは圧巻の一言。面白かった。

     ファンタジー要素はあくまでも「ガワ」だけで描かれるテーマはかなり辛辣で強烈。そして恐らくそのことに対して明確な答えは出ない。後味も良くはない。魂が抜けるとまではいかないけれど、現実問題を鑑みて頭を抱える感じの話でした。
     人々から記憶を奪う息を持つ竜を退治することによりあの世界はパンドラの箱を開けてしまったようなものだけれど、「せめてあの親切なブリテン人の老夫婦だけは憎しみと復讐の対象から外しても良いはずだよね」というサクソン人の少年エドウィンの思いは箱の底に残った希望となれるか否か。

     物語のラストの解釈は読み手により様々だとは思います。記憶を取り戻した老夫婦のうち、夫は妻への愛が深いゆえに彼女を赦し切れずやがて恨みと復讐とに満ちるであろう現世に留まり、妻は夫への愛が深いゆえに彼を赦しその愛を抱いたまま息子のいるであろうアヴァロンへと船で揺られていったのだろうか。

  • カズオ・イシグロの一番新しい小説かな?ノーベル賞受賞というのことで、読んでみた。

    話は、なんと6〜7世紀のイギリス。アーサー王亡き後、と言っても、まだその甥は生きている、みたいな世界。そんな中で、竜退治にいくファンタジー小説?

    ある朝、起きてふと昔の記憶の断片が甦り、旅に出ることにした老夫婦に戦士と子供が加わり、途中から、アーサー王の円卓の騎士のガウェイン卿も関係しながら、少しづつ竜のいる穴に近づいていく、みたいな典型的な「英雄の旅」に乗っ取っている。

    途中の戦いの描写などの細かさなど、手に汗握る。誰が敵で、誰が味方なのか、見事なエンターティメント。

    が、当然、いわゆるファンタジーで終わるわけもなく、なんだか心の襞に染み入っていく切なさ。自分の人生の記憶(=アイデンティティ)をなんとか取り戻そうとする心の働きの複雑さ。

    そして、民族間の対立の絶望的なまでの根の深さ。そうした中での、生命の儚さ。

    ストーリーは比較的単純なのだが、色々なものが複雑に織り込まれている感じ。

  • 憎しみの気持ちを忘れることによって結び連れられる絆もある。ということか。

    曖昧な記憶によって紡がれたアーサー王の伝説と世界的に普遍的な竜と鬼の存在する世界を舞台にしているが、
    憎しみの代償的存在があってこそ、人は許すことを受け入れられるのかもしれない。

  • カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した直後に文庫化されるっていうので話題になっていたので読んでみた。
    舞台は6、7世紀のブリテン島で、アーサー王伝説が下敷きになっているので、そこら辺の知識に疎いのでちょっととっつきにくさは否めなかった。
    章ごとに視点が変わり、時間も進んだり戻ったりする書き方に、引き込まれるものを感じた。
    「忘れられた巨人」という何か違うものを想像しながら読んでいたけど、ちょっと、終わりがあっけない気もする。

  • もっと一気に読みたかったが通勤電車の中だけで読んでいたので読了までに1週間以上かかった。ときには電車を降りたあと、ホームで続きを読むこともあった。いまからおそらく1000年以上も前の、イギリスの風景が頭に思い描けた。後半で戦士が少年に向けたことばがとても重たく心に響く。サクソン人である戦士はどうしてそこまでブリトン人を憎むのか。民族の紛争は今も絶えない。記憶がなくなれば、うらみも消えるであろうか。忘れることで平和がもたらされるのであろうか。高校生くらいのとき、宗教の時間だったかで被差別部落の問題が取り上げられた。当時は、寝た子を起こすようなことをしなければ、次第に差別の意識がなくなるのではないかと思えた。そのような発言もしたように思う。しかし、担当の教員は、起こったことをなかったことにはできないし、きちんと知るということが大切で、そのうえで差別がなくなるよう意識を持つべきである、というようなことを言っていた。同意する部分もあるし、でもな・・・と思う部分もある。騎士も言っていたではないか。記憶がなくなることで平和が続いてきたと。雌竜を倒すことは本当に正しかったのだろうか。しかし、歴史が繰り返すことを思えば、やはり記憶にはとどめておくべきなのだろう。ところで、つれあいを「お姫様」と呼ぶのはどうなんだろう。もとの英語は、“LADY”か? なんか、ずっとしっくりいかないまま読んだ。それで、ネットでいくつか調べているうち、最後の船に乗るシーンの話に出くわした。「死」、なるほど。すっきりした。「お姫様」のことはどうでもよくなった。

  • [手に取った理由]
    2017年ノーベル文学賞を受賞したから。
    いつか読もうリストの作家。

    [主な登場人物]
    アクセル…老人
    ベアトリス…老婦人
    ウィスタン…戦士
    エドウィン…少年
    ガウェイン…騎士
    ホレス…軍馬

    [感想]
    文章は読みやすいです。ストレスを感じません。
    記憶についての謎を追いながら、淡々と物語が進みます。私も淡々と、これからの展開を考えながら読みました。

    四人での旅は終わりました。けれど、それぞれの新しい旅が始まります。決して平坦ではないでしょう。

    深いです。

  • 老人活躍空想活劇。地味だが読み続けられます。

  • 記憶を無くしていくことのメリットもあるんだなぁ。最後は?

  • たしかにーーー。そもそも正しい記憶って存在しない。記憶は必ず誰かの主観っていうフィルターを通して蓄積されていくものだから。よくも、悪くも。そのことを描いた本。

  • うーん。こんなもんか。

  • ファンタジーのようで、現代小説のようで、歴史小説のようで、冒険小説のようで、自分に遠くて近い話のようで、
    読み終わったらなんだかんだ楽しんで、余韻に浸りました。

    余韻がじわり残る文章を書く作家さんで、地味にはまっています。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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