- 早川書房 (2019年1月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784151200953
作品紹介・あらすじ
戦時中、日本精神を鼓舞する作風で名をなした画家の小野は、終戦を迎えたとたん周囲から疎んじられ……。ノーベル賞作家の出世作
感想・レビュー・書評
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戦後の日本が舞台
有名な画家の晩年
下の娘の結婚話が直前で流れてしまい・・・
そして画家は過去を語る
今の話もありますがほとんどは過去のできごと
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戦後を舞台に、戦前、戦中に画家として活躍した小野が自身の過去を語る回顧録形式の小説。
日本を破滅へと導いた軍国主義を是とし、その信念をもって数々の絵画を発表。
当時大いに受け入れられ賞賛された価値観は、敗戦後には唾棄すべきものとして扱われる。
新しい価値観を理解し、それを認め、受容すること。
それが戦後で生きていくためには必要なのだが、価値観を変容し、新たなアイデンティティを形成するのは並大抵のことではない。
軍国主義を積極的に支持していたことに対する罪悪感、後ろめたさを拭い去ろうとする心の葛藤。
小野自身とて、もともと軍国主義など信奉していなかったのだというエクスキューズや、今や自身と袂を分かった弟子たちもかつては自分の考えを大いに支持し礼賛していたということを思い出す。
一方で、自身のかつての言動のせいで、自分の娘の結婚などに悪影響が出てしまっていることを危惧し、当時の関係者に当時のことはあたかも「なかったこと」にしてくれるよう求めたことを思い出す。
新しい価値観は認める。しかしそれを認めるとなると、古い価値観をもっていた時代に行ったこと、それに費やした時間はすべて無駄であったということになってしまう。
過去をすべて否定するのか、否定せずに受け入れることができるのか。
この小説はその壮絶な葛藤を、カズオ・イシグロの長編2作目にしてはやお家芸となる「曖昧な記憶」をもって見事に描いている。
舞台設定と表現方法は前作『遠い山なみの光』にとても近い。
戦後十数年で長崎に生まれ、その後すぐに海外に移住したというやや特殊な環境も影響しているのか、戦後という時代に特別な思い入れがあるのだろう。
また、彼が興味の対象としている、「変化する価値観の受容」あるいは「アイデンティティの崩壊と再生」みたいなテーマにとって、敗戦国の戦前、戦後というのはおあつらえ向きということもあるのだろう。
前作では女性の戦後価値観変化の受容、そして今作では男性の戦後価値観変化の受容を扱っている。
変化を受容するというのは、人格的な危機である。
事象AとBがあり、今まではAが正解でBが不正解だったものを、これからはBが正解でAが不正解となる生活を強いられる。
正解の人生を歩んできたと思っていたのが、突然、自分の人生は不正解だと言われる。これは危機である。
そこで、今までの人生を否定せず、新しい価値観を受容する必要があるのだが、そんな緊急事態に際して心が行うのは、記憶の再整理である。
矛盾する価値観に対して、それが矛盾でなくなるように、うまい具合に記憶を再整理し、整合的な記憶として、新たな価値観を自然に受け入れていく作用機序が人間の心にはある。
本作では、前作以上にその心の作用機序をうまく物語に取り込んでいるように見える。
すごい作品だと思う。
すごい作品だと思うんだけどね、私、カズオ・イシグロが描く子供が生意気すぎて受け入れられないんですよね・・・
物語上で必要な役割だっていうのもわかってるんだけどね。読んでるとビンタしたくなってくる。
たまにビンタ超えて竜巻旋風脚たたきこみたくなる。
私には受容する装置がないらしい。
それでも、素晴らしい作品なのは間違いない。 -
引退した心穏やかな画家の、内面に潜む葛藤を深く鋭く描いている。
前作『遠い山なみの光』と同じく、地域や世代による認識の狭間で揺れる主人公だ。だがこの作品ではそれがより洗練されている。
これをさらにキレイに纏め、舞台をイギリスに移したものが次作の『日の名残り』と言えそうだ。
次の世代の方々との考え方の違いに、自分がどう上手に折り合いをつけていくかは、僕も常に向き合っている課題だ。
主人公はその答えを
『受け入れる柔軟性を持ちながらも、自己の本質的な考えは変えない』点に見出した。この回答は今後の僕に大きな示唆を与えてくれるだろう。
カズオ・イシグロ作品の多くに言えることだが、活字を追うこと自体に幸せを感じた。文中の単語一つ一つに込められた著者の深淵な思いとか、そういうものをあれこれ詮索しながら読むのが実に楽しいのである。 -
『「浮世の画家」でいることを許さないのです』という小野の言葉。モリさんは歓楽(耽美主義)に美しさを見出し、「浮世」を描くが、時代が進むにつれて小野は師の「浮世」への考えに対して自分の考えを表す。ただ、小野の当時の作風について改めて考えると、小野が導き出した精神主義的な作風もまた、大きく見ると「浮世」だと言える。小野自身もまた時代に翻弄された「浮世」の画家なのでは。
小野に限らず、この作品の時代背景も、紀子の縁談も、一郎の好むヒーローも、時と共に流動的に変化している。浮世の中で人々は時代に合わせて生きている。
小野の語りからは、古風かつ独善的で自己を正当化しようとする性格が滲み出ている。当時を思わせるような人物像であり、現代では批判されそうな人物だが、これも時の流転を感じさせる。
「あら、縁談もうまくいったのね?」「なんか物語の設定からしてこういう終わり方なのか…」というのが最初の感想だったけど、イシグロはその終わり方に何かを表現しているのかな?とも思う。題名『浮世の画家』の意味とか、時代や人々の考えの変化とか、多岐にわたる考察ができて、やっぱりイシグロ作品は価値がある。読むのに体力を使うけれど、その分読後の余韻は一級品。 -
画家の人生を通して、戦前から戦後の日本における価値観の変化を描いた作品。
戦中から戦後の世情の空気の移ろいを察知した画家の、過去の自分の作品が世間に与えた影響と責任を認めつつも、時代を生きたという誇りは忘れない強さを感じる。
同じような境遇で責任を感じて自ら命を絶った作曲家との対比なども印象的ではあるが、この話から思い出されるのは藤田嗣治。
彼が戦後、この作家と同じような境遇に陥り、世間から大きなバッシングを浴び逃げるようにパリに移住したことは、時代と世論の変化の残酷さをつくづく感じさせる。
そして最近のSNSを通しての、諸々の炎上騒動についても同様に考えさせる。 -
第二次大戦前から画家として活躍してきた小野が、うまくいかない娘の縁談や周囲の態度から過去を回想していく。師匠の耽美主義を離れて精神主義に傾き、戦時のプロパガンダに加担し評価され、自信を深めるが、価値観が一変した戦後の日本社会で、そのアイデンティティをどう扱ったらいいか迷い悩む。
語りの中で、小野が自分の記憶の曖昧さを何度も確かめるように表現している。話の筋そのものにはあまり関係しないが、読み手としてなぜかそこにひっかかりを感じてひきこまれる。
人が過去を振り返るときの記憶の曖昧さこそが、人間らしさであり、だからこそ生きていけるのかもと思わせる。ここに焦点を当てる語りが、著者の技の一つかもしれない。 -
翻訳モノって、それだけで忌避する方とても多いと思うんですけど、イシグロの作品はどれもこなれた訳文ですごく読みやすいですよ。中でも今作は翻訳であることを忘れそうなくらい自然な日本語に仕上がっています。英語からリライトするにあたって相当、創意工夫をされたのではないかな。文章の美しさはもちろんのこと、肝心の中身も第一級の作品です。気になってる方はぜひ。
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これを30歳そこそこで書いたのか!とまずそこに驚く。たしかに日本人ぽくない言い回しや思考回路、やりとりはあちこちに見られる。特に、一郎。理路整然と喋りすぎ。けれど、主人公である小野は明治生まれの鼻もちならないじいさん。そんな作者自身からかけ離れた人間の自分語りを、その年齢でこのレベルの作品に仕上げるのがすごいと思う。いかに彼に祖父母の記憶があるとはいえ、カケラのようなものに過ぎないはず。そこからこのサイズの図を描きおこす筆力を、若くしてすでにもってたんだなぁ。
功罪という言葉があるけれど、功績の大きさを認めると罪の大きさも同時に認めざるを得なくて、そうすれば必然的に罰を受けていない今の自分を否定しなければならなくなる。それができない人間の弱さ、が描かれていると感じた。
戦時の芸術家は難しい立場に立たされる。世の趨勢を読むか読まないか、その読みが正しいのか。小野の挫折を私たちは歴史の必然として知ってはいるけれど、それは後世の人間だから「必然」と断定できるもの。その歴史の途上に点として配置された人間が「見えた!」と思って描いた世界が、ピンホールから覗いた世界に過ぎないことを知っているのも、後世の人間だから。出来事が歴史の1ページにピン留めされた後なら、いくらでも非難できる。
ピン留めされる前の「浮」いて動く「世」界を「画家」として切り取るには、覚悟がいる。画家だけではなく、小説家や詩人達もそうだろう。ノーベル賞をもらった小説家が、後になって非難を浴びた例もある。その中で、功と罪を一身に引き受けて物を言う覚悟はあるか?
それを作者は自らに問うているのかもしれないと思った。 -
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重たかったし、普段読む感じではなかったけれど、面白かった。画家なのがよかった。
前書きの最後の方の文章が、すごく同意した。 -
主人公の思い出した通りに(時間軸が飛び飛びに)話が進んでいくので、少々読みづらく感じることもあったが、挫折することなく読み終えることができて良かった。次はメモをとりながら読み返そうと思った。
本の内容とは全く関係ないが、この本を読み終わってから「無言館」に行った時に、絵で成功し、立場(階級、地位)を得たために、おそらく戦地に行くことはなかった主人公と、絵で生きていきたいという夢を持ちながらも戦地に行き、帰らぬ人となった若者たち。この2つを通して、戦争と芸術の関係は何だろうかと考えることができて、それも良かったと思う。 -
語り手の小野によって戦前・戦後の様子が語られていて、序盤はつらつらと読んでいたけど、途中から「ん?」という内容が増えてきて、どんどん「ん?え?ん?」となり、ページをめくる手が止まらなくなりました。面白かったです!
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時代の流れの中で、持て囃されたり、批判されたりするものは一変する。戦前戦後は特に激変する中、迎合したり、反省して死すら選ぶ人も描かれている中、自分の信念を貫いたと信じ切ることの悲哀が、回りくどい会話や微妙な人との邂逅によってぼんやりと浮かび上がってくる。変化し続けることが重要、という無意識に根ざされた価値観を揺さぶられる体験となった。
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時代の流れの中で、持て囃されたり、批判されたりするものは一変する。戦前戦後は特に激変する中、迎合したり、反省して死すら選ぶ人も描かれている中、自分の信念を貫いたと信じ切ることの悲哀が、回りくどい会話や微妙な人との邂逅によってぼんやりと浮かび上がってくる。変化し続けることが重要、という無意識に根ざされた価値観を揺さぶられる体験となった。
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以前からちょっと気になる作家だった。ちょうど図書館前の「自由にお持ち帰りください」コーナーで見つけ、手に取った1冊。長崎県出身、イギリスの作家で、2017年にはノーベル文学賞を受賞した。
この作品は、老画家の回顧録のようなもの。戦時中に、戦意高揚のため、日本精神を鼓舞し名をなした主人公小野は、終戦を迎えた途端、周囲から冷たい目を向けられるようになる。戦中戦後と価値観が180度変わる大きな混乱期を人々は生きぬいてきた。「自殺」した仲間もいる。父親としての責任から、二女の結婚を何とか成就することをきっかけに、貫いてきた自らの信念と新しい価値観の間で葛藤する。舞台が、戦後間もない時代であるが、孫「一郎」に対する接し方などにも、海外ならではの個人主義的な価値観を感じる。大きなお屋敷の中で、ロッキングチェアに揺られながら昔語りを聞くような、静かな作品である。 -
戦争前後の人間関係を回想を交えて語る一人称小説です。これまで築き上げた自分と時代や価値観の変化にどう折り合いをつけていくか苦悩する様子が本人目線で綴られています。
主人公の記憶や印象に基づいた真実が事実であるとは限らない曖昧さに翻弄されました。過去の出来事が徐々に明らかになるにつれて、「自分が捉える自分」と「他人から見た自分」の乖離も露わになり、痛みを感じました。 -
以前「記憶というものは思い出すたびに書き換えられている」と読んだ。終戦により今まで是とされてきたことが悉く覆される中、様々な記憶があやふやになり、自分のアイデンティティもあやふやになりかける主人公。
戦時中にいわゆる大人であった人は自分自身の崩壊とその再構築に苦労しただろうと想像した。 -
よく分からなかった。ひとのレビュー見て分かった。みんな頭いいね。
著者プロフィール
カズオ・イシグロの作品
