- 早川書房 (2022年10月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784151201066
作品紹介・あらすじ
中絶手術が違法だった時代に妊娠することの葛藤を描く金獅子賞受賞映画の原作「事件」と、元恋人への盲執を描く「嫉妬」を併録。
感想・レビュー・書評
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別れた男の現在の彼女への嫉妬を描いた「嫉妬」、中絶が認められていなかった時代のフランスで中絶する「事件」2編のオートフィクション。
ものすごい解像度と赤裸々さで、感情とその流れが克明に記されていき、全て本当にあったこととしか思えない。
性愛を重視していることと、時々ある観念的な考え方はフランスっぽいなと思うが、どの国でも女の思考は共通しているところが多いな、と連帯感を覚えた。「嫉妬」なんて失恋した時に読んだら共感の嵐だと思う。
やはり衝撃的だったのは「事件」。
読んでいて自分まで下腹部が痛い気がしてくるほどだった。
中絶を禁じるって、本当に悪しき文化だと思う。胎児の命を軽視するのはもちろん良くないけど、そちらを盲目的に尊重して、産む側の人権がないがしろにされるのは、本当にいいことなんだろうか。
ていうか中絶しないといけない状況に追い込む男の方が明らかに悪くない?
中絶が成功しそうなタイミングで、主人公は自分の血と体液に濡れたパンティを見る。それで、死んだ飼い猫の血と体液の染みが自分の枕の真ん中に残されていて、学校から戻ってきたときには、猫はお腹のなかで死んだ子猫たちとともに既に埋められていたことを思い出すというエピソードが、抒情的で心に残った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
2022年〈ノーベル文学賞〉受賞のアニー・エルノーさんの「嫉妬」「事件」を合わせて文庫にした本。
「嫉妬」は、別れた年下の男が、他の女と暮らすことを知り、嫉妬に苦しむ話である。
嫉妬とは、目に見えない醜いものだと思っている。
できるなら嫉妬は、したくない。
嫉妬に狂うとなにも見えなくなる。
穏やかな日を過ごすことができなくなる。
「事件」は、1963年、中絶が違法だった時代のフランスで、大学生が妊娠してしまい、なんとか堕胎できないかと葛藤する話。
身体にも影響を及ぼすほどのかなり危険な覚悟をする彼女に驚きしかなかった。
「事件」の解説では、中絶に関する世界の状況が詳細に書かれている。
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ノーベル文学賞をアニー・エルノー氏が受賞! 早川書房より11月2日に作品集『嫉妬/事件』を刊行予定|株式会社 早川書房のプレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000015.000073162.html
嫉妬/事件 | 種類,ハヤカワepi文庫 | ハヤカワ・オンライン
https://www.hayakawa-online.co.jp/smartphone/detail.html?id=000000015270 -
ダメだった(>_<)
ノーベル文学賞受賞の大きな文字につられて、つい買ってしまったがやっぱり合わない。
死ぬまでに一度くらいノーベル文学賞作品を読んでみるのもいいかな、と思ったんだけど。
薄い本で、文字も大きくてすぐ読み終えれるだろう、と。
訳者あとがきによると、小説ではないそうだ。フィクションでもノンフィクションでもないらしい。
いわく、著者自身が引き受ける一人称の「私」の名において記述された自伝的「文章」「テクスト」である。だ、そうだ。
「オートフィクション」というらしい。
早い話が、「実体験を基にして書かれた小説」としか受け取れなかったな。
「嫉妬」は、文字通り嫉妬に陥った女性の心情がつらつらと書かれている。
「事件」は、1963年の中絶が違法だったフランスで、女子大学生がいかに苦労して中絶を行うかが描かれている。
「あのこと」というタイトルで映画にもなっているらしい。ちょうど今頃上映しているのかな。
文章は難解ではないが、ただただ著者の昔の日記を読まされてるだけの気がする。
女性の性や生理というものが中心に描かれているので、女性が読んだ方がしっくりくるのかな。
当然、娯楽作品ではないので山場も見せ場もオチもない。
これがノーベル文学賞…………。なにをどう評価してんのかさっぱりだった(笑)
川端康成さんの「雪国」でも読んでみようかな。そのうち。-
我が市立図書館はポンコツで、続巷説は蔵書無かったんです。
ところで、話は戻って、雪国の映画って、さすがに観たことないのですが、何かを誤魔化し...我が市立図書館はポンコツで、続巷説は蔵書無かったんです。
ところで、話は戻って、雪国の映画って、さすがに観たことないのですが、何かを誤魔化していますのでしょうか?2022/12/10 -
ん? 何かを誤魔化す?
意味が良く分からないけど、どういうこと?
映画の内容自体はまったくおぼえていないんだけど、やたら雪だらけの温泉街...ん? 何かを誤魔化す?
意味が良く分からないけど、どういうこと?
映画の内容自体はまったくおぼえていないんだけど、やたら雪だらけの温泉街? 湯治場? みたいな場面や、男と芸者が会ってるとこと、最初のトンネルを抜けて雪国に着くところと、あと火事のシーンとかもあったかな?
白黒の作品で誰が出てたかも分からない。
大晦日の夜中にやっていたんだよなぁ。テレビで。2022/12/10 -
2022/12/10
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2022年のノーベル賞作家。知らない作家なので、彼女の代表的作品をながめてみた。あっというまに読める中編だが、長編をながめたような読了感でとてもおもしろかった。
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6年付き合った年下の男と別れた女。その元彼に新たな女性ができた。これから一緒に暮らすことを告げられた彼女は、次第にその女のことが気になりだす(『嫉妬』)。
小説でもなく、フィクションでもなく、ノンフィクションでもない、自伝的要素を含んだ独特のオートフィクション。こってり心理描写されているのに、淡々とした筆致、端的で読みやすく、文体に迫力のある作家だ。読んでいるうちに映画をみているような気分になって引き込まれていく。
「……ある日の夜、白黒の日本映画を観ながら、私は深い悲しみの奥底へ降りていく気がした。その映画は戦後を舞台としていて、ほとんどのシーンでひっきりなしに雨が降っていた。私は思った。六カ月前なら、私はこの同じ映画を観て、自分自身は感じていない痛みの光景に深い満足を見出し、作品を楽しんだだろうと。まったくもってカタルシスは、その時点では激情に取りつかれていない者にしか働かない」
***
告げられた妊娠、望まない妊娠に呆然とする大学生。中絶のために右往左往するはめになり、タイムリミットは刻々と迫る(『事件』)。
すさまじい迫力で、ちょっと怖くて読めない人もいるかもしれない。当時のフランスは人工妊娠中絶が法律で禁止され、それを助けた者も厳しく処罰される社会だった。そのため望まない妊娠ににっちもさっちもいかない女の悲哀が漂っているのだが、これまた淡々とした筆致で、恐ろしいほど冷静な文体がさらに怖くて魅力的だ。
「中絶は悪だから禁じられているのか、禁じられているから悪なのか、決定することができないのだ。世間の人は法律によって判断するのであって、法律を判断するのではない」
末尾の解説も分かりやすくて興味深い。
『第二の性』のボーヴォワールや哲学者シモーヌ・ヴェーユといった世界的にも有名な知識人らを先頭に、多くの女性たちの運動や裁判闘争で中絶の合法化にこぎつけたのが1974年というから驚く、わずか50年前だ。
そういえば、先日はアメリカ連邦最高裁が憲法上の権利として人工妊娠中絶を認めていた50年前の判決をあっさり覆してしまった。ニュースをみて唖然とした。アメリカ国内は大混乱に陥っていて、今でもそれは続いている。ふと、好きなアメリカの作家、ジョン・アーヴィングの『サイダーハウス・ルール』を思いだした。人工妊娠中絶やリプロダクディブ・ライツの問題は、往々にして政治や党利党略が絡み、宗教や生命倫理が錯綜してなかなか一筋縄ではいかない難しさを孕んでいるようだ。
もちろんエルノーの作品は政治的見解や解説まがいの描写はない。巷の一女性の視点から描かれた心理描写がリアルで迫力がある。それがいつのまにか一女性の悲哀を超えて、当時のフランスの、数多の女たちの行き場のない苦悩を彷彿させる。それは真実性や普遍性さえ感じさせる仕上がりになっていて、いやはや、さすがだな(2024.6.6)。-
なんか、何処かで聞いた話だなぁ、と思っていたら、映画観ていました。これ、キチンと記録していなくて、これでちゃんと検索したら出て来るように入れ...なんか、何処かで聞いた話だなぁ、と思っていたら、映画観ていました。これ、キチンと記録していなくて、これでちゃんと検索したら出て来るように入れ込むことができます。ありがとうございました♪
「あのこと」
一般的に映画で、一人称は表現しにくい。かなり突発なアクションならばそれができるが、心理を描くドラマだと、どうしても一緒に描かれた俳優たちの「主観」も、絵に映り込む。
しかし、これは徹底的に一人称にこだわった。もちろん、周りの大人たちや親友や堕胎士や男友達、先生の思惑は想像はできるが、理解できないように巧妙に外して描かれる。
もうひとつ特異なのは、主人公に全然共感できないことだ。だから自分がやられたようには感じない。
それでも時計を思わす音楽が、タイムリミットの三ヶ月目指して、どうなるんだろうという焦燥感を示す。
とても上手い作品だと思う。
(解説)
法律で中絶が禁止されていた、1960年代のフランス。望まぬ妊娠をした大学生のアンヌ(アナマリア・ヴァルトロメイ)は、前途洋々だと思っていた自分の人生が思わぬ方向へ進もうとしているのではないかと狼狽する。医者に中絶を求めるも「違法行為になる」と突き放され、次第に追い詰められて孤立していくアンヌ。だが、自身が願っていた未来をかなえるためにある選択をする。第78回ベネチア国際映画祭にて金獅子賞を受賞したドラマ。監督を務めるのは『バック・ノール』などの脚本を手掛けてきたオードレイ・ディヴァン。『ヴィオレッタ』などのアナマリア・ヴァルトロメイ、『92歳のパリジェンヌ』などのサンドリーヌ・ボネールらが出演する。
2022年12月25日
シネマ・クレール
★★★★
2024/06/08 -
kuma0504さん
こんばんは、コメントいただきありがとうございます。
ここ最近、中国の神話伝説や中国古典関連をスローで読んで...kuma0504さん
こんばんは、コメントいただきありがとうございます。
ここ最近、中国の神話伝説や中国古典関連をスローで読んでいたのですが、さすがに別の味が恋しくなってこちらを読んでみました。久しぶりのレビューもひどく要領えない感じになってしまいましたが、なんとkuma0504さんの映画鑑賞の記憶の一助になったようで嬉しいです(笑)。
原作も迫力あったので、映画もおもしろく仕上がっているでしょうね。2024/06/08
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仏映画 あのこと
この原作が事件。エルノーの自伝的小説。それだけに生々しく、想像することを拒絶しそうになる。
60年代フランスはIVG 人工妊娠中絶が違法。
この時代背景でもって、彼女は苦しむ。
果たして中絶することとは、権利であるのか。
それとも。。。
あとがきが秀逸であり、本当に考えさせられた。後にフランスにおいても合法となる中絶。
実存主義的に考えるなら、人は無限に将来に向けて自分を発展させていく、まさに己が主体。そこで妊娠するとは、他者に主体を移すこと。
ボーヴォアールによれば、
子を持つことが女性にとって重荷だとすれば、
それは風習が女性に子を持つ時期の選択を許さないから。
マリークレールの裁判において、アリミ弁護士は、
子を持つとは自由な行為の最たるもの、自由の中の自由、最も根源的で本質的自由と述べた。
よって、女性がそれを行いたくないと決めたなら、誰も強制できないと。
1975年にIVGは合法となる。ヴェイユ法。
このような流れを理解することで、また考えさせられるのだ。
私に問題提起してくれた素晴らしい一冊。 -
読み友さん、読んでいた本。気になっていた。☺ 一日に没頭した2作品。あまりに、生々しくて読むのが辛かった中絶に関する【事件】 【嫉妬】、誰にでもあるかもしれないし、ここまではないかもしれないし。 久しぶりに翻訳物。やっぱりよかった。 アニー・エルノー。フランスの作家さんで、ノーベル文学賞を受賞された方です。
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嫉妬という感情に真っ向から向き合っている小説。非常に冷静に綴られているので、この醜い負の感情も、陰湿さが薄れ、人間の特権であるような高次の心情に思えてくる。すとんと腑に落ちる言葉の数々。読み手の内面を映す、鏡のような文章。
「私」は、元恋人の新しいつれあいをあれこれ想像する。関心が、元恋人からその会ったことのない女へ完全にシフトし、その女をこのようであろうと想像、創造する。ここでの嫉妬はまさに創作。ここでは、嫉妬とフィクションを書くことは相似形を成すように思われる。
嫉妬は、自分が占めていたはずの場所に、他人が入り込み奪取してしまった事実への、いわば馴らしとなっており、それとあまり違わない行為として「書くこと」がある。
もう一篇の「事件」は、中絶を扱った小説。1975年までフランスでは、中絶手術は非合法であった。作者は、女という性をもった以上書かないではいられなかったのかも。主人公の大学生が、孤独に闇の中絶手術を受ける場面、凄まじいことこの上ない。何度も読むのを中断した、辛い読書だった。 -
本作は、ノーベル文学賞受賞者のアニーエルノ著の作品で、映画化もされているみたいです。
本作品は、一人称で書かれており、実体験をもとにしたストーリー展開で、主人公の内面の葛藤を生なましく描き、とてもリアルでした。
著者の作品は、心に内在する熱い情熱が吹き出してくるような作品が多く、火傷したような読後感になります。
ぜひぜひ読んでみて下さい! -
90/100
この話は男性には理解できないんだろうなと思う
性に対して様々な多様性が進んでる中、一貫して変わらないのは妊娠するのは「身体的構造が女性」である人たちだけ。
男性には分からない生理や妊娠などの苦しさ葛藤が、心情描写が細かい訳では無いのに切々と迫ってくるものがある。状況を淡々と文字で説明しており、その状況を想像するだけで胸が苦しくなった。
男性が悪い訳では決してないけど、結局どれほどの犠牲を女性が、社会的にも、心理的にも、払わなきゃいけないのか凄く伝わってくる。
最後のあとがきを読んでより一層共感した。 -
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著者が過去の自分の手紙を読み返しながら、この小説を書いているようで、オートフィクションという特殊なこのタイプは、はじめて読みました。読みづらかったです。
嫉妬では、心の中での私と、もう一人の私と、さらにもう一人のわたしで会話しているかのようで、自走、仮想、妄想とずっと一人で、狭い部屋にいる感じです。
事件では、街の通行人とのすれ違いやカフェで隣りにいる会話などが常に主人公の孤独感を煽り、クライマックスでは、短い時間が長く感じるシーンが生々しく、罪悪感というか開放感というか複雑な場面が、R指定的です。
男性が読むほうがフェミニズムの存在が理解しやすいと思いました。
やはり事件の方が印象に残ります。 -
2022年 ノーベル文学賞受賞作品。
「嫉妬」と「事件」の2作品が収録されている。
思ったより、リアリティがあって、特に「事件」の話では流産の場面が読んでいて気分が悪くなるほどでした。
「中絶は悪だから禁じられているのか、禁じられているから悪なのか、決定することはできないのだ。世間の人は法律に従って判断するのであって、法律を判断するのではない。」
という言葉が心に残った。
中絶について意識したことが無かったため、日本と世界での中絶に関する状況が違うことに驚きました。
フランスでは毎年、出産と同じ数の中絶があるといいます。
法律では、あくまでも中絶を犯罪とみなす。
中絶は本当に犯罪なのか?考えさせられました。
解説にあった、
「産みたいときに安心して産める権利と産みたくないときには産まない権利は一体化した権利でなければならない」
「女性の自由な意思による、すべての女性に平等な妊娠中絶が望まれる」
に関して、その通りだと思いました。
あらすじ
別れた男が他の女と暮らすと知り、私はそのことしか考えられなくなる。どこに住むどんな女なのか、あらゆる手段を使って狂ったように特定しようとしたが……。
妄執に取り憑かれた自己を冷徹に描く「嫉妬」。
1963年、中絶が違法だった時代のフランスで、妊娠してしまったものの、赤ん坊を堕ろして学業を続けたい大学生の苦悩と葛藤、闇で行われていた危険な堕胎の実態を克明に描く「事件」
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「彼女たちはわたしのなかで見えない鎖を形作っていて、そこには、芸術家、作家、小説の女主人公、わたしの子供時代の女性たちが並んでいる。わたしの物語は彼女たちのなかにある、そんな気がする。」
嫉妬にまつわる詩集のような。恋にかんするjournalのような。なつかしい感情。おもいもよらない憎しみ、暴力のような悲しみと根拠のない嫉妬。わたしは わたし であったことをやめたつもりだったけれど、これらの開陳された素直な感情によって、ふたたび生かされたようにおもった。
「まったくもってカタルシスは、その時点では激情に取り憑かれていない者にしか働かない。」
そう、だからわたしはたっぷりの笑顔すらもうかべながら、彼女の激情の軌跡を辿えていたのだ(完璧なコメディーとして)。
「あのこと」は過去でなんかでなくて、現在進行形の苦しみのように(だってそうでしょう?)、重くのしかかってくる。書くことにおける葛藤。過去との対峙、そして現実社会との。丁寧に縒り合わせされた思考の糸が、ひとつの反物を形づくるように紡がれる。努力と苦労のあとのうかがえる、誠実で正直な賜物。それは ある世界 の、終わりであり始まりだった。ありがとう。
「これを握っているかぎり、この広い世界の中に放り込まれていても自分は大丈夫だ」
「「口は禍のもと」とばかり、間違っても他者がとやかく言う対象にはなりそうもないような細かなことにいたるまですべてを隠し、隙のない寡黙さを押し通す習慣。内気でありながら自尊心の強いタイプである彼は、そこから力を得ていた。」
「書くこと、これは結局、現実に対して抱く嫉妬のようなものだ。」
「なにしろ、ああした行動の真の目的は、彼が反発せざるを得ないように仕向け、そのようにして痛みに満ちた関係を維持することにあったのだから。」
「私は性的快楽に、それ自体だけでなく、すべてを期待してきた。愛、融け合い、無限、書くことへの意欲。これまでに得られたように思えるうちでも最良のものは、醒めた意識、たちまちのうちにシンプルになり感傷的から脱却した、ある種の世界ヴィジョンである。」
「わたしは生と死を同時に産みだしていた。生まれて初めて、自分が女性たちの連鎖── そこから次々と世代が発生してくる連鎖──のなかに捉えられているのを感じていた。冬の灰色の日々だった。わたしは世界の真ん中の光のなかに漂っていた。」
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2023.1.14
喉の奥に胸の奥に、後味がざらりと残る。
追体験とはこのようなことを言うのか、
と考えさせられるくらい、とめどない感情の波に呑み込まれ揺さぶられてしまう。
読者の想像力や思考力を試しているかのような、畳み掛けるような筆致が続く。
これは、遠い昔の話ではないのではなかろうか。
いま我が身に起こったばかりのような迫真さ。
中絶にまつわる世界情勢が巻末で解説されている。
この本がノーベル文学賞受賞の話題と共に世界に広まることで、女性の人権と政治と宗教を見つめ直す契機とせねばならない。
だからこその受賞ではと思い巡らせる。
邦題は「事件」だが、映画版のタイトルは「あのこと」である。
私にとっての決定的な出来事を指すならば、このタイトルの方が身に迫ってくる。
映画を観に行こうと思う。
しかし、喉元の奥に引っかかるのは、主人公の子供への思いのようなものが描かれていないと感じた点。
敢えてのこの描写なのだろうか。
それとも、「中絶は子供の命を奪うこと」「罪である」という社会通念自体(または私に刷り込まれた考え)を、その成り立ちと共に冷静に批判的目線で見つめ直した方がよいのだろうか。
女性が感じる、感じさせられる罪悪感は、社会が罪悪視していることを内面化させられているのでは。
堕胎した女性が罪の意識に苛まされてしまう世の中がおかしいのかもしれない。
この感覚は日本だからだろうか。フランスの感覚とは違うのだろうか。
流産と中絶は異なるが、水子供養のようなものは世界にもあるのだろうか。
堕胎罪は。
日本の現状や文化や慣習や法整備の歴史を辿りながら、読後の違和感の正体を考えたい。 -
そんなに難しくもなくむしろ読みやすい類であったのに時間がかかってしまったのはどうにもやりきれず気が進まなかったからだった。
読みながら「つらい」という思いが頭を占めていたのだ。特に自身の中絶のことを書いた「事件」の方。
アニー・エルノーの作品
