春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

  • 早川書房
4.07
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本棚登録 : 3293
レビュー : 426
  • Amazon.co.jp ・本 (331ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151300813

作品紹介・あらすじ

優しい夫、よき子供に恵まれ、女は理想の家庭を築き上げたことに満ち足りていた。が、娘の病気見舞いを終えてバグダッドからイギリスへ帰る途中で出会った友人との会話から、それまでの親子関係、夫婦の愛情に疑問を抱きはじめる…女の愛の迷いを冷たく見据え、繊細かつ流麗に描いたロマンチック・サスペンス。

感想・レビュー・書評

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  • 読んでいるあいだ恐ろしくて仕方なかった。そして最後のジョーンの選択は悲しかったのと同時に、心のどこかでやっぱりな……と思う私がいた。人は簡単に変われないんだ。

    結婚して子どもが生まれて。そうなった時、女性なら一度は夫のために良い妻、子どものために良い母親になりたいと願うのではないだろうか。でも、この「ために」というのが曲者になってくると私は思う。あなたの「ために」私はこれだけ頑張ってるのよ。あなたの「ために」こうすれば良いと思うよ。この「ために」が真綿で首を締めるように、じわじわと家族関係を蝕んでいく。相手のために頑張りたいと思っていた気持ちが、いつの間にか自分が良い妻、良い母親でいる「ために」と意味がすり替えられていることに気づかない。

    ジョーンが夫ロドニーに意見を通せば、彼は「じゃあいいよ。きみの好きにするさ」と呟く。
    「わたしたちのように幸せな家庭って、そうざらにあるものじゃないのに」と笑えば「きみは本当にそう思ってるのかい、ジョーン?」と問われる。
    子どもたちからも「お母さんって、誰のこともぜんぜんわかっちゃいないって気がするんだ」と言われる。
    それでもジョーンは自分は幸せだということを微塵も疑わない。そして自分が幸せなら当然、家族も幸せだと思っていると固く信じてるはず。

    ジョーンは、娘の病気見舞いを終えてバグダッドからイギリスへ帰る途中、汽車を待つ数日間をひとりで過ごすことになる。そこでロドニーとの夫婦関係、3人の子どもたちとの親子関係について振り返ることになるのだが、自分が夫や子どものことを何一つ知らなかったことに気づく。彼らの過去の言動の真相を知らずに過ごしてきたのは、こうあってほしいと思うようなことを信じて、真実に直面する苦しみを避ける方が、ずっと楽だったからだと思い知るのだ。
    ジョーンはロドニーを幸せにしてあげなかったと彼に謝りたいと切に願うのだが、結局ロドニーと再会した彼女は、今までのまま、あいかわらずのジョーンに戻ってしまう。彼女は聖者にはなれなかった。

    ロドニーはそんなジョーンを受け入れる。
    「プア・リトル・ジョーン」
    かわいそうな・リトル・ジョーン
    ひとりぼっちのリトル・ジョーン
    でも私はロドニーもひとりぼっちだと思う。彼の場合は自らその道を選んだといってもいいんじゃないだろうか。ジョーンの心のうちに踏み込むことが、実は怖かったんじゃないだろうか。

    ジョーンは幸せな生活に戻ったけれど、ロドニーは自ら幸せを手放した。もし、ロドニーが自分の望む幸せを手に入れたなら、ジョーンは幸せになれたのだろうか。
    私は何だか重い荷物を彼らから引き継いでしまったようだ。そんな、ずんと沈んだ気持ちになりながら読み終えたのだった。

    • nejidonさん
      地球っこさん、こんばんは(^^♪
      私もこの小説はしみじみと怖いのですよ。
      ホラーでもミステリーでもないのに、読んでる間も読んだ後も怖い。...
      地球っこさん、こんばんは(^^♪
      私もこの小説はしみじみと怖いのですよ。
      ホラーでもミステリーでもないのに、読んでる間も読んだ後も怖い。
      何で分からないの?・・でも自分はどうなの?ひとのこと、言えるの?
      そんなもやもやと黒いものが湧いてきて、付き纏う。いやぁ怖いです。
      クリスティの作品では異色ですが、名作ですよね。
      とても素敵なレビューです☆
      2020/01/30
    • 地球っこさん
      nejidonさん、こんばんは(*´∀`)♪

      この作品、いろんなブックガイドで紹介されているので、ずっと気になっていました。
      で、今...
      nejidonさん、こんばんは(*´∀`)♪

      この作品、いろんなブックガイドで紹介されているので、ずっと気になっていました。
      で、今回読んでみたのですけど……
      怖かった!本当に怖かったです。
      背後からヒタヒタと近づいてくる黒い影に呑み込まれそうになりました。
      まさにnejidonさんと同じような気持ちで、ジョーンのことと自分のことを思ってました。
      こんなに心を抉られるような読後感は滅多に味わえないです。
      はぁー、クリスティってすごい、そして恐ろしい作家だわ。

      コメントありがとうございました♪
      2020/01/30
  • 先日読んだ攻略本より。主婦の回想という内容なのに読む手が止まらない。解説の栗本薫さん言うところ「苦い感動」と「哀しみにみちた慰安」の物語。クリスティの上手さを実感したがこの後味悪さよりやっぱり小気味良いミステリーですっきりしたいと思った。

  • アガサ・クリスティの小説。この小説はミステリーじゃない枠ですが、ミステリーだと感じるところも。
    私にとって読み終わっていちばんミステリーだったのはロドニーの気持ち。

    いろんな違う環境、立場隔たりのある人々のなかで、ジョーンは娘の家族を見舞う旅で祈り(祈っちゃったから神さまが叶えちゃって)回心にたどりつく。

    この物語の下敷きには、シェイクスピアのソネット(14行詩)がある?この物語を暗唱したり読んで育ったふたりの言動や想いに影響を与えているんじゃないかって、ソネットをゲットしてみてやっぱりそう思います。小説を読み終わってもなんだかモヤモヤしてて、ソネットも読んでみてやっとこの小説が終わった感がある。
    この小説は、ソネットへのオマージュという風にも思えるし、その影響力への風刺という風にも思える。ソネットをもっとしっかり読むとまた違う感想があるかも。

    小説のなかの「シェイクスピアも人の子」っていう言葉がとても好き。

    結婚は契約で連帯の意図の証明という言葉も。

    それから、ジョーンの両親のお話あたりから「母のようになれば子どもは苦しむと思ったんじゃないか」と考えが変わって、ジョーンに対する私の気持ちの大切な転換点だった。

    ジョーンの女学院のギルビー先生の言葉も好き。的確な考察を贈られているからといって素直にキャッチできたら苦労はしなくて、わかっていながら逆らってしまう自分もいる。ちょっとジョーンに同情も。

    それから、誰かが一緒に歩いているような気がするけど誰もいないっていうシーンを読んで、足跡がひとつしかない、でもそれはキリストがあなたを背負って歩いていたからだっていうお話を思い出して、次の展開がわかった気がする。

    ブランチの、あなたへの借金ふみたおして気になんかするもんですか、に「ブランチ・ハガードなるほど感」が増した。そらあかん。
    最後に憧れのオリエント急行がでてきてドキドキ。出会うサーシャを最初はスパイかと思った。心情を的確にキャッチ、主人公が吐露すると彼女のイギリスをdisりはじめるから。でも、理由はその章を読んでしまうまでわからない。知ると納得することで、背景や理由も知らずに言葉の行方を決めるのは危険なことだと最後までこのお話は伝えていた。

    最後のロドニーの言葉は、ジョーンへの憐憫にとれる言葉で終えている。その彼女が回心という大きな恵みを受けたことを気付かないという真実はこの物語の肝?

    ジョーンは誰の決断も尊重しない。彼女の価値観だけが彼女のものさし。それにジョーン以外の誰もが気付いていることがなによりの救い。回心は彼女にしかできないから。補いあって保たれているこの家族に、結婚は契約という言葉がとても響く。

  • 世の中って多くのことが理不尽だし不公平だし、自分ではコントロール出来ないことばかりだから、思考を停止させて自分にとって都合の良いように世の中を解釈し続ければ手っ取り早く幸せな気分を味わえる。だけどそれはいつまでも整合性の取れるものではなく、いつの間にか常に他人と比較して見下すことでしか自分の幸せを認識できなくなり、その他人が自分と比べて不幸に違いないと自分に思い込ませるようになる。(というかジョーンの場合無意識レベルで思い込んでるんだろう…)
    現実逃避を重ねれば重ねるほど周りの大切な人のことは疎か自分のことさえ理解できず誰からも愛されない人生を送ることになるんだなぁと思った。自分の人生の空虚さにさえも目を向けずに死ぬことができたらそれはそれで幸せなのかもしれないけれど。

  • これほど読後感が重く自分の身の振り方を内省させる小説もなかなかなく、読んでいて苦しかった。ジョーンの自己中心的な様子はこれは小説だから自分とは関係ない、と逃げられないように描写しているのがクリスティーの作家としての能力の高さの現れだと思う。
    ジョーンが過去を自覚しても結局変わることができなかったというのがなによりもつらいが、それができていたらこの作品はここまで心に残るものにはならなかっただろう。ジョーン自身は悪意があったわけではないというのが余計にやるせない。
    自分の事ばかり考えずに、他の人のことを考えなさいというギルビー校長の言葉はこれだけ切り取るとありふれたものに見えるかもしれないが、この言葉が出て来るまでにそれを実践しなかったジョーンの描写を積み重ねることで説得力があるものになっている。
    しばらくは忘れることができそうにない作品だった。

  • これはある意味ホラー。
    他人事のように書いてあるから読めるけど、でもこれは他人事じゃないというのがすごくわかるからちくちく突き刺してくる。
    最後、期待を裏切ってくるところが完全にホラー。
    真実に直面するというのは思っている以上に難しい。


  • 価値観の違う他人が夫婦となって、家族を作り生きていく。
    その過程では当然自分にとって心地の良くない選択をしなければいけない時があり、その選択をする代わりに相手への暗い感情が生まれていく。そしていつしか、一緒に何十年も住んでるのに孤独になっていく…


    「結婚は鳥かごのようなものだ。かごの外の鳥はいたずらに中へ入りたがり、かごの中の鳥はいたずらに外へ出たがる。」
    ふとモンテーニュの言葉を思い出させる作品でした。

  • どこがロマンチック・サスペンスなのかさっぱり分からない;
    レビューを見ても、「悲しい」「怖い」という意見が大半。
    自分読んだ感想としては悲しくはあったが、怖いというよりも、怒りの方が強かった気がする。
    あとがきは、自分の言いたいことを書いてくれた。でも他にも言いたいのは、この主人公は自分の本当の姿に気づいたとき、誰のせいにもしなかったこと。
    夫の場合は常に妻のせいにして、本人が気づかないと思って子供の目の前で当てつけみたいに話すは、最後も上から目線がうざくて本当に最低最悪。
    矯正させなかったのも、主人公と比較された場合の、まわりの人間からの同情や仲間意識をひきたかったからではないのか?
    現実にいたらこの主人公を煙たく思い、夫の方に同情するだろうが、この本を読み、悲痛な叫びを聞いたら、つい主人公寄りになってしまう。
    「怖い」という意見がされたラストだが、これも仕方がないのではないかな、と思ってしまう。
    場所が場所だし。これが非日常的な場所で再会したらまた違った展開になったかもしれないが。
    ただ、変わらないで終わってしまったのは、主人公が逃げたせいだが、作中で「分かっていたが、分かりたくなかった」
    と書いてあることから、ただの鈍感ではなく、臭い物に蓋的な、自己防衛機能に近いのかなと思った。
    だから、もし似たようなことが起こってまた同じように自己認識した時には、今度こそ変わって欲しいと願う。
    それにしても夫以外の家族も最低だった。たしかにはた迷惑な人間だが、ここまで軽蔑して嫌う程ではないと思う。
    綺麗なタイトルからは、想像もつかないほど重い内容。読むのには少し気力がいる。

  • 帰宅途中のテル・アブ・ハミドの宿泊所で足止めされた砂漠での時間が、ジョーンの内省する時間となった。
    過去の出来事、家族との関係、交わされた言葉に秘められた意味を思い返しては、あえて考えないようにしてきたことを一つ一つ抉り出していく。理想の家庭の満たされた暮らし、満足していた自分は、果たして真実だったのか。
    その道筋は読んでいて辛かった。
    そして、ジョーンは自身の欺瞞に気付き、ロドニーへ謝罪とやり直しを決心する。

    けれど、それは実行されなかった。
    しないことを選択したのだ。
    自身の欺瞞に気付きながら、それを抱えて生きていく、変わらないことを選択した。
    エピローグで、ロドニーの弱さと欺瞞も感じた。
    もしジョーンの謝罪があったら、ロドニーはどうしただろう。結局変わらないのではないだろうか。
    ジョーンもロドニーも、双方が哀しい。
    人は多かれ少なかれこの哀しさを抱えて生きているのだろう。

  • 読後の遣る瀬なさ…。

    10代の頃に読んでいたとしたら、私のパーソナリティーがどちらかというと長女エイヴラル寄りということもあって、独善的で自己満足的なジョーンに強い憤りを感じていただろうと思う。

    ただ20代も後半戦の今読むと、見方が変わる。やっぱりジョーンは独りよがりだし自分のやり方が正しいと信じて疑わない姿勢にほとほと嫌気がさすけれど、ジョーンはきっとただただ一生懸命なのだよなぁ…。たぶん悪気はないし、夫、子供たちのことを愛しているのも本当。
    だからこそ夫ロドニーには、対話することを諦めないで欲しかった。ディスコミュニケーションの大きな一因は、ロドニーにもあると思う。ジョーンを哀れむことで自身の不全から目を逸らしているように感じた。

    ただ、実際の結婚生活で、根を詰めて相手と対話し続けられる夫婦などいるのだろうか。みんなやっぱり最後は、諦めているのではないだろうか。
    この本を読むと諦念と遣る瀬なさでいっぱいになる。読んだ人みんなでどう思うか、語り合いたくなる一冊。

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