帝国の建設者 (ボリス・ヴィアン全集)

  • 早川書房 (1982年2月24日発売)
4.00
  • (2)
  • (1)
  • (0)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 10
感想 : 2
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (280ページ) / ISBN・EAN: 9784152002587

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  生誕100年を迎へたボリス・ヴィアン(1920-1959)の戯曲集であります。ヴィアンの戯曲としては、かつて『屠殺屋入門』といふ痛快な作品を登場させた事があります。いやあ、あれは面白かつた。ヴィアンの生前に上演が実現した唯一のものでした。
     従つてこの『帝国の建設者』に収録された作品群は、全て死後の上演といふ事になります。

     表題作の「帝国の建設者」は、三幕もの。1959年12月22日、パリのミカエリ座にて初演とあります。死後半年経つて上演された訳ですな。登場人物は「父親」「母親」そして娘の「ゼノビ」、女中の「クリュシュ」、それから「隣りの男」。更に、何だか良く分からないけれど、「シュミュルツ」といふのがゐます。
     この一家は、数階建ての家のワンフロアに住んでゐる設定ですが、下から聞えるある種の「音」に怯え、逃げるやうに上の階へ移動するのであります。そして移動する度に、段段狭い家になり、人物が一人づつ消えてゆくのです。階段を下へ降りてはいけないらしい。隣の男の息子(グザヴィエ)は、ゼノビの恋人だつたやうですが、階下へ降りたがつた為に命を落したらしい。そして女中のクリュシュが自ら外へ出て行きます。
     
     次の階へ上ると、更に狭い家になり、娘のゼノビが消えます。そしてまた次の階。母親も階段を登れず(登らず?)、姿が見えなくなります。遂に最上階、部屋も一つだけ、父親一人が残されるのであります。
     ところで、「シュミュルツ」といふのは誰か。劇中ではこの名は呼ばれず、ただ家族にとつては忌まはしい存在のやうです。ト書きによると、全身包帯だらけで、ボロ布を纏ひ、片腕を斜めに吊り、もう一方の手には杖。跛で血が滲んでゐて、見るだに悍ましい人物ださうです。父親はじめ家族からは何かと殴られてゐます。わたくしが勘定したところ、第一幕だけで18回(内訳:父親10回、母親と隣の男各3回、クリュシュ2回)も暴力を受けてゐます。平手打ちだつたり、殴られたり、水をかけられたり......
     利光哲夫の解説によると、シュミュルツといふ言葉を拵へたのはヴィアンの二度目の妻で、「ドイツ語のシュメルツから来ており、散歩中に人が足で蹴とばす小石のように、一切の不用なもの、邪魔者を表わしているらしい」といふことです。
     まあとにかく面白い作品であります。舞台で見てみたいけれど、まあ難しいでせうね。

     ほかに一幕ものの「メドゥーサの首」と「最高の職業」。前者では、17年の結婚生活のうち、最初の一年を除く16年間妻に浮気をされ続けた男と、妻の浮気相手の三角関係の話。浮気相手は半年ごとに整形手術で顔を変へ、名前も変へて別人になつてゐたといふ、ホラー的な展開。
     後者の「最高の職業」は、報道記者が高名な神父に誇らし気にインタヴューするのですが、得意になる程滑稽な愚かしさを披露する、皮肉めいた作品。

     更に「スケッチ」として二編の掌編が収録されてゐます。スケッチとは、日本では「コント」に近いものださうです。「車」といふ作品の、近未来的な交通渋滞を茶化した作品は笑つてしまつた。ヴィアンは、かういふ「スケッチ」を無数に書いてゐたさうで、他のものも読みたくなります。たつた二編だけおまけで付けるのではなく、スケッチだけで一冊出して欲しい喃。

     いやいや、ヴィアンの才能の引き出しの多さを実感する一冊であります。デハまた。ご無礼します。

  • 斜め螺旋けいのものへの接近。

全2件中 1 - 2件を表示

著者プロフィール

(Boris Vian) 1920年、パリ郊外に生まれる。エンジニア、小説家、詩人、劇作家、翻訳家、作詞・作曲家、ジャズ・トランペッター、歌手、俳優、ジャズ評論家など、さまざまな分野で特異な才能を発揮した稀代のマルチ・アーチスト。第二次大戦直後、「実存主義的穴倉酒場」の流行とともに一躍パリの知的・文化的中心地となったサン=ジェルマン=デ=プレにおいて、「戦後」を体現する「華やかな同時代人」として人々の注目を集め、「サン=ジェルマン=デ=プレのプリンス」 とも称される。1946年に翻訳作品を装って発表した小説『墓に唾をかけろ』が「良俗を害する」として告発され、それ以後、正当な作家としての評価を得られぬまま、1959年6月23日、心臓発作により39歳でこの世を去る。生前に親交のあったサルトルやボーヴォワール、コクトー、クノーといった作家たちの支持もあり、死後数年してようやくその著作が再評価されはじめ、1960年代後半には若者たちの間で爆発的なヴィアン・ブームが起こる。

「2005年 『サン=ジェルマン=デ=プレ入門』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ボリス・ヴィアンの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×