虹の解体―いかにして科学は驚異への扉を開いたか

制作 : Richard Dawkins  福岡 伸一 
  • 早川書房
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レビュー : 16
  • Amazon.co.jp ・本 (430ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152083418

作品紹介・あらすじ

『利己的な遺伝子』で科学界を震撼させたドーキンスは本書において、彼のホームグラウンドである生物学・進化学から脳科学・ゲノムサイエンス・認知心理学、はては物理学・宇宙論を縦横に援用し、科学がはらむ"センス・オブ・ワンダー"をさまざまな側面から解剖する。そこに浮かびあがるのは、ヒトとは何か、どのようにして生まれたか、という最終的な問いへの答であった…天才ドーキンスにしか書き得なかった究極の科学啓蒙書、待望の邦訳。

感想・レビュー・書評

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  • サイエンス

  • ハトの迷信行動の話(第7章「神秘の解体」)と、カッコウの卵の色や模様を仮親の卵に似せる遺伝子は、雌の性染色体上にあるはずだという予言(第10章「遺伝子版死者の書」)と、人間は、脳が再構築したヴァーチャル世界に住んでいるという話(第11章「世界の再構成(リウィーヴィング)」)がおもしろかった。第8章「ロマンに満ちた巨大な空虚」で、スティーブン・ジェイ・グールドの説を批判しているが、偽科学・疑似科学と同列に並べるほどの辛辣さに驚いた。序文の「ここで私がしたいのは、科学における好奇心(センス・オブ・ワンダー)を喚起することである。」という文(8ページ)や「超自然現象を信じる心性というのは、詩的な畏敬の念(センス・オブ・ワンダー)が本来内包する感覚を踏みにじるものだといえるだろう。本当の科学がもたらすべきものはこの詩的な畏敬の念(センス・オブ・ワンダー)である。」という一節(11ページ)を読んで、センス・オブ・ワンダーといえばSFだなあなどと余計なことを考えていたら、第2章「客間にさまよいいった場違いな人間」に、「科学の衣装をまとった好奇心がもし詩人の中に生まれていたなら、さらに偉大な詩が生まれていただろう。その証拠にSF小説の世界を指摘したい。この分野は高くは評価されていない。しかしジュール・ヴェルヌ、H・G・ウエルズ、オラフ・ステープルドン、ロバート・ハインライン、アイザック・アシモフ、アーサー・C・クラーク、レイ・ブラッドベリを見たまえ。そのストーリーはしばしば古代神話にあからさまに題材を得ているとはいえ、彼らは詩的な言葉を用いて科学のもつロマンティックな面を高揚し得たではないか。」(49~50ページ)と書いてあった。第7章「神秘の解体」には、フレッド・ホイルのSF小説「暗黒星雲」の一節を借りたという記述(202ページ)もあるし、ドーキンス先生はSFをお読みになるんだねえ。「祖先の物語」の参考文献。

  • ・私の初めての著書『利己的な遺伝子』を出版してくれた外国のある編集者がいった。あの本を読んだあと、冷酷で血も涙もない論理に震撼して三日眠れなかった、と。別の複数の人間からは、毎朝気分よく目覚めることができます。

    ・両腕をいっぱいに広げる。左手の指先が生命の誕生、右手の指先が現在とする。その間が進化の歴史である。左手から中点を超えて右肩のあたりまで、バクテリア以上の生命形態は存在していなかった。多細胞の無脊椎生物が出現したのは右ひじのあたり、恐竜が現れたのは右手の手のひらのあたり、絶滅したのが指のつけねのあたりだ。人類の祖先、ホモ・エレクトスが出現し、引き続いて現在に至るホモ・サピエンスの時代はほんの爪の先。爪切りでパチンと切り取れる範囲でしかない。
    現在、記録に残っている歴史、すなわちシュメール人の時代、バビロン捕囚、ユダヤ史、ファラオたちの諸王朝、古代ローマの戦士たち、キリスト教の成立、メディアとペルシャの律法、あるいはトロイ伝説、ヘレネやアキレウス、アガメムノンの死といったギリシャ神話、ナポレオンやヒトラー、ビートルズ、あるいはクリントン…これらはすべて爪の先をやすりでひとこすりしただけで消し飛んでしまうのである。

    ・1994年7月29日のタイムズ紙のコラムで、バーナード・レヴィンは、「高尚な科学」が、私たちにもたらしたものは、携帯電話、折り畳み傘、ストライプの入った歯磨き粉である、などと軽口をたたいた後、見せかけの真面目さを装ってこう始めた。

    “クォークを食べることができますか?寒い冬に、クォークをベッドの上に広げることができますか?”

    この種の話題は、本来反論する価値もないが、ケンブリッジ大学の金属学者サー・アラン・コントレルは数日後の、「編集長への便り」に、次のような短い手紙を寄せた。

    “拝啓、編集長殿
    バーナード・レヴィン氏は、「クォークを食べることができますか?」とお尋ねになりました。私が推測するに、氏は、一日、500,000,000,000,000,000,000,000,001個のクォークを召し上がっていると思われます。 敬具”

    ・キーツは長編詩「レイミア」(1820)の中でこう書いている。

    冷ややかな学問が、ちょっと触れただけで
    すべての魅力は、消え去らないだろうか。
    かつて上天に 恐ろしい虹が現れた。
    われわれが その織模様と 織地とを知ると、
    それは ごく当たり前の 何の変哲もない目録に入れられる。
    学問は 天使の翼を切り落とし、
    定規と直線で すべての神秘を征服し、
    雲のさまよう空や 小鬼の棲む山を一掃し―
    虹の織地をほぐすだろう(アンウィーヴ・ザ・レインボウ)

    ・紫外線よりも短い光はX線であり、筋肉を透かして骨を見る時に使う。最も短いのはガンマ線であり、波長の長さは一兆分の一メートルという単位である。私たちが光と呼ぶ幅の波長には、何も特別な意味はない。ただ、私たちにはそれが見えるというだけのことだ。昆虫にとっての可視光は、スペクトル上、かなりずれた位置にある。彼らにとっては紫外線も目に見える色であり(“蜂紫色”とでもいおうか)、代わりに赤色は見えない(つまり、彼らにとってその色は「黄外線」となる)。

    ・人の耳と対照的に、昆虫の耳は気圧計ではなく、言うなれば一種の小さい風向計である。実際、それは一つの風として分子の流れを読み取っている。われわれが圧力の変化として探知している波もまた、分子の動きによって生じる一つの波である。われわれの耳には閉じた空間に鼓膜が張られているような構造をしている。どちらの場合においても、周期的にあちこち動き回る分子によって、文字どおり前後に風になびくのである。

    ・科学を検討して、「これは私たちが考えたより良いものだ。私たちの預言者がいったより、宇宙はもっと広く、もっと大きく、もっと深遠で、もっと優美である。神は私たちが夢見たより偉大であるに違いない」と結論付けた宗教は皆無である。これはいったいどういうことなのだろうか。そのかわりに彼らはいう。「いや、いや、私の神は小さい神で、私は神にそのままでいてくれといいたい」。現代科学が明らかにした宇宙の壮大さを強調すれば、新旧を問わず宗教は、在来の信仰が得られなかった尊敬や畏怖をさらに多く呼び起こすことができるかもしれないのに。
    ―『惑星へ』(1995) カール・セーガン

    ・宇宙全体の中で、物質として存在するものは、32キロの奥行きと幅と高さをもった空っぽの部屋に置かれた、一粒の砂ほどでしかない。しかもその砂粒は粉々に砕かれて10の15乗もの数の破片(宇宙に存在する星の数)になっている、というのだ。天文学が明らかにしたこのような事実を見ると、目が覚めるようだ。美しいとすら感じられよう。

    ・子どもは何でも信じるものだ。当然ではないか、他にどうしろと言うのだ?子どもはこの世界に何も知らずにやってきて、何でも知っている大人たちに囲まれている。火は燃える、ヘビは這う。炎天下で日よけをせずにいれば真っ赤に焼け、ひりひりして、さらにガンになることも知られている。大人が言うこれらのことは、正真正銘の真実なのだ。

    ・にせ科学をすみずみまでよく見てみるといい。触っていると安心できる毛布や、しゃぶってもいい親指、しがみつけるスカートなどがそこに隠れている。
    ―アイザック・アシモフ

  • 欧米の知識人はほんと碩学。
    しかし、話があっちこっちに飛躍するので論旨追うのがタイヘン。

    科学は味気ない、詩的ロマンスを壊すという意見に真っ向から挑み、科学こそは自然界にセンスオブワンダーという神秘性を見出すもの、科学万歳を唱える意欲的な逸書。

    福岡伸一の訳なので、『利己的な遺伝子』と少々ニュアンスが異なる向きもあるが、あとがきを先に読めば概要が知れる。わかりやすい。

    占星術や宗教儀式への戒告は、『神は妄想である』でも伺った論調。全部頭に入れるのは難しそうだ。

  • 中央

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784152083418

  • 主にドーキンスの専門の?動物行動学、ダーウィニズムと統計学的な観点から「科学的思考は決してイマジネーションをおとしめるものではなく、むしろその逆」ということを啓蒙する。

    「偶然の一致」に神秘性などを感じてしまう人間の傾向も、ダーウィニズムで説明しえる![p237]人間の脳はまだ石器時代ぐらいの設定で、現代社会はそのころに比べて大きな差があるということがそもそもの問題だ。

    また、誤ってはいるが聞こえのいい素晴らしい詩的な表現(それが素晴らしいものであればあるほど)が多くの誤りを拡げてしまうことにも冷静に、冷徹に言及している[p275など]。

    ドーキンスの脅威的なパラダイムシフトは、自然淘汰の単位を「個体」ではなく「遺伝子」にみたことだった。その軸から「ミーム」という人間の文化的な側面を遺伝子的なアナロジーで捉える概念も考案された。本書では最後にはこのアナロジー、類推が人類の飛躍的な発展要因であったのではないかと結ぶ。詩やアートの価値を進化論的に優位な戦略に寄与するか否かで判断しようとするのは面白いが、あくまでもひとつの側面であろう。


  • しばしば”神秘”や”奇跡”のような言葉で語られる非科学的な自然現象への解釈を批判し、同時に実際に自然の中に存在する感動的ともいえる驚異の事象を細かくほどいていく、読みごたえのある一冊です。

    ドーキンスらしく、宗教やそれを利用したものにはとことん厳しいですが、決して過激さだけではなく、あくまで科学者の書いた科学への関心を呼び起こす本です。

    特に興味深いのは動物が認識している世界が脳の働きによってもたらされている、という話。聴覚、視覚がいかに”欺いて”いるのか、という事実には驚かされます。
    DNA鑑定を中心にした、「法の世界のバーコード」も、社会と科学を繋げる興味深い話題です。

    一人の人間が書いたとは思えないほどの多種多様な話題で、文学にも精通しているのだから、本当にドーキンスは超人だと感じます。

  • 『利己的な遺伝子』は絶賛2回目の挫折中ですが、これはすいすい読み進められました(図書館で借りて期限があったせいかも?)。
    なんか分からなくても、これからポピュラ・サイエンス系をどんどん読み進めよう!って気になりました。文学だけでは分からない世界をもっと知りたいなと。
    星占いに関するあのジョークは、私もいつか言ってみたい!!

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著者プロフィール

【著者】 リチャード・ドーキンス (Richard Dawkins)
1941年ナイロビ生まれ。オックスフォード大学時代は、ノーベル賞を受賞した動物行動学者ニコ・ティンバーゲンに師事。その後、カリフォルニア大学バークレー校を経て、オックスフォード大学で講師を務めた。

1976年刊行の処女作『利己的な遺伝子』は世界的ベストセラーとなり、世界にその名を轟かせた。この本は、それ以前の30年間に進行していた、いわば「集団遺伝学と動物行動学の結婚」による学問成果を、数式を使わずにドーキンス流に提示したもので、それまでの生命観を180度転換した。

その後の社会生物学論争や進化論争においては、常に中心的な位置から刺激的かつ先導的な発言をしており、欧米で最も人気の高い生物学者の一人となる。

積極的な無神論者としても知られており、2006年に刊行した『神は妄想である』も全世界に衝撃を与え、大ベストセラーとなった。

王立協会は2017年に、一般投票による「英国史上最も影響力のある科学書」の第1位として『利己的な遺伝子』が選ばれたことを発表した。

「2018年 『利己的な遺伝子 40周年記念版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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