わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)

制作 : Kazuo Ishiguro  入江 真佐子 
  • 早川書房
3.54
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本棚登録 : 258
レビュー : 46
  • Amazon.co.jp ・本 (414ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152083425

作品紹介・あらすじ

1900年代初めに謎の失踪を遂げた両親を探し求めて、探偵は混沌と喧騒の街、上海を再訪する。現代イギリス最高峰といわれる作家が失われた過去と記憶をスリリングに描く至高の物語。

感想・レビュー・書評

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  •  大人になって子供時代のことを回想すると、誰だって少しは自分が孤児になったような気がしてしまうのでは? 子供だったころに住んでいた「いい世界」はもはや失われてしまったのだから。
     例えば、朝に眠りから覚めつつあるときの曖昧な感覚の中で、両親とともに過ごした子供のころの楽しい思い出が急に蘇ってきたとします。そんな時は失ってしまったものを取りもどしたいと願うでしょう。そういった誰にも訪れることのある自分たちが「孤児だった」ときの悲しい感覚を、この小説は巧みに掬い上げていると思います。物語の締めくくり近く(p409)で示される次の言葉が、作者の意図を余さず語っています ── わたしたちのような者にとっては、消えてしまった両親の影を何年も追いかけている孤児のように世界に立ち向かうのが運命なのだ。最後まで使命を遂行しようとしながら、最善をつくすより他ないのだ。そうするまで、わたしたちには心の平安は許されないのだから。

     ところで、これは「探偵小説」です。でも有能な探偵であるはずの主人公クリストファー・バンクスは、結局のところ自分の力で両親の失踪事件を解決してはいませんね。むしろ失踪した両親を追ううち、上海での現実離れした不思議な戦場に迷い込み、日本兵となった幼馴染みのアキラと出会い、両親がとある家に幽閉されていると信じ込んでやみくもに突き進んで、どんどん不条理な方向へ物語を引っ張っていってしまいます。この辺り、ポール・オースターのニューヨーク三部作(「ガラスの街」、「幽霊たち」、「鍵のかかった部屋」。これらの作品にも探偵が登場し、誰かを追いかけて謎を解こうとするが、一向に謎は解かれることなく逆に自らのアイデンティティーを蝕まれていく)を連想させます。
     両親が誰か、出身地がどこか、何を職業としているかといったことは、その人が何者であるかを規定する大きな要素 ── いわばアイデンティティーそのものだと思います。バンクスの場合、そのうちの両親と出身地が半ば失われたようになってしまっていて、おまけに探偵という職業もどこまで本物なのか疑わしいのです。だからオースター作品に登場する探偵と同様、バンクスもまたアイデンティティーが蝕まれた存在といえるでしょう。
     似ている点は他にもあります。オースターの場合は「作中作(物語の中に別の物語を潜り込ませる)」という手法によって本来虚構である小説の中にもう一段深い虚構の世界を築きますが、カズオ・イシグロの場合は一般に、同じことが「回想」という手法を通じて行われるようです。この作品でも、一人称で物語を語っていた主人公が実はすでに探偵としては現役を引退していることが最後に明かされ、全てが遠い日の回想であったことが分かる仕掛けです。

     カズオ・イシグロの作品はこれまで4作読みました。先ず「わたしを離さないで」を読んで、次にこの「わたしたちが孤児だったころ」を読んだのですが、実はその時点では作者の意図が十分理解できませんでした。でもその後「日の名残り」や「遠い山なみの光」を読んでから今回この「私たちが孤児だったころ」を再読したところ、作者のいわんとするところがよく理解できた気がします。「わたしを離さないで」や「日の名残り」は設計図に従って規則正しくブロックを積み上げたように、とても分かりやすく書かれているのですが、「わたしたちが孤児だったころ」にはトリックが仕掛けられていてなにが事実なのかが判然としません。「遠い山なみの光」にいたっては、話の中心部分がすっぽりと抜け落ちた形で書かれています。だからこれらの物語では、読者はいろんなことを疑ったり補ったりしながら読まねばなりません。しかし、そのことが作品の解釈の幅を広げているのだと思います。そしてそれにもかかわらず、これら4作は全て、根っこの部分ではしっかりとつながっているのだと思いました。

     それにしても、戦後のローズデイル屋敷での母との再会の場面は、とても悲しいです。

  • やはりイシグロ作品は面白いですね♪ この作品では混沌の上海で両親が相次いで消え失せてしまいロンドンで長じて念願の著名な探偵となったクリス ハンクスの言わば心の旅路の独白です。たぶんこの作品も翻訳家泣かせの箇所が少なく無かったことだろうけど上手く和訳してありますね。両親失踪の謎解きを絡めながら戦時の上海の混沌した様子も炙り出していて興味深かった。

  • ノーベル文学賞の発表があったのが、ちょうど読んでいた期間だったので、ナイスタイミング!と小躍りした(笑)。
    今作も面白かった…。
    物語の動きも大きいので他の作品以上に読みやすく、どんどん進めるのだけど、引っかかって飲み込めないところがポロポロある。
    何が想像で何が現実だったのかはわからない。
    私も、子供の頃に失った、届かなかったものを、意識の表面では忘れていたとしても、道理も理屈もへし折る強さで、どこかで求め続けているのかも知れないという切なさと空恐ろしさを覚えた。

  • イシグロ的不条理世界が忍び込むところが秀逸。戦前租界。

  • 第一次大戦前の上海疎開で育ったバンクスが、両親の失踪後イギリスで成長して探偵となり、日中戦争が勃発した時期に上海に渡って、両親を探す。疎開での友だちアキラ、成功した男を渡り歩くミス・ヘミングズ、バンクスが引き取った孤児ジェニファーなど、一癖も二癖もあるキャラたちが混乱したようにも見えるバンクスの記憶を彩っていく。

    真実は認識によって変わる。描写はキャラ視点のもの。つまり読者の側の再構成を要請する。

    これが初イシグロ。すっきりと割り切れないキャラたちの割り切れなさを、執拗に描写するその描写力が印象的。それと1937年上海の様子。疎開の外部性、貧困地区の油煙っぽさ、アヘンの浸透ぶり、共産党や蒋介石の人々との隔絶性などが、際立っている。

  •  少年クリストファーは上海の租界で安穏と暮らしていたが、突然父が失踪、次いで母までもが謎の失踪を遂げる。大人になり、ロンドンで探偵として成功を収めたクリストファーは両親を捜しに上海へ舞い戻り、失踪の謎を解く…というのがおおまかなあらすじ(かなり雑)。
     優秀な探偵とは思えないほど冷静さを欠いてるし、「両親を捜し出す」「そこ(特定の場所)に幽閉されている」と(曖昧な根拠しかないのに)信じきってやまないし、さらにたまたま出会った日本兵を幼少時仲良しだった少年アキラだと盲信しておかしな行動をとる。それもこれも彼が少年の心を持ったまま、両親を失った悲しみ・喪失感を抱えたまま大人になったんだろうなと思うと、少し切ない。

  • 2001-04-00

  • ケンブリッジを卒業したクリストファーは、将来を優れた探偵になると心に決めていた。そしてその時には、上海で行方不明となった両親を探し出すとも。子供のころ上海で、クリストファーは、おさな友達のアキラといつも一緒に遊んでいた。アキラは日本人だった。自分たちの家を行き来し毎日遊んでいた。父は商社に勤め、母はアヘンの害をしらしめる運動に熱中していた。幸せだった生活はあの時変わってしまった。父が失踪し、しばらくすると母も行方知れずになってしまったのだ。そしてクリストファーはイギリスの伯母の下で暮らした。主人公自身の記憶は変化する。事実と記憶が織りなす綾。大戦下の上海租界の猥雑な雰囲気が感じられる。

  • ノーベル賞作家カズオ・イシグロ氏が2000年に発表した作品「私が孤児だったころ」を読了。

    翻訳のせいもあるだろうが、なかなかすんなりと読み進めることができる小説ではなかった。まあ過去に読んだノベル賞作家の作品の多くが簡単にとっつけるものではなかったことを考えるとさもありなんとは思ったが。

    大きな筋はというと、時代設定は1900年代はじめイギリスの商社がアジアで闊歩し清国にアヘンを大量に輸出していたころから太平洋戦争初期までの間に物語が展開される。主人公クリストファーは商社の駐在員として上海に一緒に住んでいた父が失踪、そのあとすぐに母が続けて失踪するという事件に巻き込まれてしまい、ロンドンの叔母の元に帰ることとなる。両親の不在以外は不自由なことなく成人したクリストファーは幼少の頃からの夢だった探偵となり、成功することで社交界でも名を知られるようになが、父母の所在を確かめるべく日中戦争が勃発した上海へと舞い戻るのだった。そこで浅い恋物語もありながらも自分のちからで父母の意外な過去を知る事になるというものだ。

    アカデミー賞受賞理由のアカデミー協会のコメントの中にイシグロ氏の多くの作品に共通するテーマは記憶、歴史、自己欺瞞であると記事で読んだが、この作品においてもその三つが大きな構成要素となり物語が編み上げられているのは間違いない。

    ただ本作品では主人公クリストファーの記憶として語られる部分は現実と空想がないまぜにして語られるためにそこから作者の訴えようとするものを感じようとしても読者は迷路に入ってしまう気がする。作者の伝えたい思いは主人公んも記憶の中より、大事な登場人物たちの行動や物言いによって紡ぎだされて行っているように思われる。

    同じく孤児だが社交界でのし上がったサラに関する記述、サラと主人公との物語や上海の幼少時代に一緒に遊んだ近くに住んでいた日本人の少年アキラがかたる言葉のなかに、歴史に逆らえない人間の苦悩・ままならない人生にたいする諦観・どうしても自己欺瞞をしてしまう人間の性に対する複雑な思いなどなどが書き込まれていて、読み進むのが確かい大変だが本当にいろいろなことを考えさせてくれる作品だ。

    過去の記憶に生きることなく、新たな記憶を作ることに力を注ぎ生きなきゃだめだと思わされた作品でもありインパクトありありでした。

    そんな自分の人生で忘れるべき事は、歴史の中で忘れてはいけないことはといったことをしっかりと考えさせてくれる強い力を持った本を読むBGMに選んだのがArt Blakeyの"A night at Birdland vol 1,2 "だ。1954年のライブ録音だが上海租界でのクラブの雰囲気を少しばかり想像させてくれるアルバムだ。https://www.youtube.com/watch?v=JutaMblZXXM

  • ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロさんの著書ということで、図書館にリクエストして読みました。

    1900年代に上海で子ども時代を過ごしたイギリス人の青年が過去を語っていくように物語がすすむ。

    上海で暮らしていた時に両親が謎の失踪をし、イギリスに住む裕福な伯母のところで育つ。両親を探すために、探偵を目指し、イギリスでも有名な探偵となり上海に赴く。
    第二次世界大戦前の政情不安な上海で、両親を探し危険な目にもあったが、昔の知人に両親の失踪の真実を告げられ…

    静かなトーンで進んでいく物語ですが、探偵小説的な要素もあり、楽しめました。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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