神は妄想である―宗教との決別

  • 早川書房
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本棚登録 : 1113
レビュー : 73
  • Amazon.co.jp ・本 (578ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152088260

作品紹介・あらすじ

人はなぜ神という、ありそうもないものを信じるのか?物事は、宗教が絡むとフリーパスになることがままあるが、なぜ宗教だけが特別扱いをされるのか?「私は無神論者である」と公言することがはばかられる、たとえば現在のアメリカ社会のあり方は、おかしくはないのか…『利己的な遺伝子』の著者で、科学啓蒙にも精力的に携わっている著者は、かねてから宗教への違和感を公言していたが、9・11の「テロ」の悲劇をきっかけに、このテーマについて1冊本を書かずにはいられなくなった。「もう宗教はいいじゃないか」と。著者は科学者の立場から、あくまで論理的に考察を重ねながら、神を信仰することについてあらゆる方向から鋭い批判を加えていく。宗教が社会へ及ぼす実害のあることを訴えるために。神の存在という「仮説」を粉砕するために。-古くは創造論者、昨今ではインテリジェント・デザインを自称する、進化論を学校で教えることに反対する聖書原理主義勢力の伸張など、非合理をよしとする風潮は根強い。あえて反迷信、反・非合理主義の立場を貫き通す著者の、畳みかけるような舌鋒が冴える、発売されるや全米ベストセラーとなった超話題作。

感想・レビュー・書評

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  • まだ読んでる途中なのですが、タイトルのことを証明するために、こんなにも分厚い本を出版して抜け目なく理屈を並べ立てないとならない、ということ自体にカルチャーショックを受けています。
    私は「信仰は子供を躾けるための方便で、宗教はお祭りの口実」くらいにしか考えていません。
    あまり論理的でない主張に対して(直感的に信用しないのは簡単でも)論理的に一つづつ反論していくのって凄くしんどいし、知識と頭の回転を兼ね備えてないとできないんだなあと思いながら読んでいます。

    それにしても、中学・高校の社会科教師から「日本人は『正月と葬式のときだけ仏教徒になる』という信仰心の乏しさ故に世界で軽蔑されている」という劣等感を植え付けられてたんですが、これもこの本にあるような、無神論者であることの「カミングアウト」を躊躇わされるような価値観の亜流だったんでしょうか。

    ******
    やっと読了!

    第9章までは上記のようにわりと対岸の火事のように読んでいたのですが、《第9章 子どもの虐待と、宗教からの逃走》において「ヘルハウス」という施設で子供たちに地獄の有様をリアルに体験させて(善意で)教化してる牧師の例を読み、
    ちょっと前に日本で“地獄の絵本を子供に見せて怖がらう躾け”が流行ったことを思い出して「日本でもやっちまってるやん(しかも親は半笑いで!)」と、怖くなりました。
    しかも私も上に「信仰は子供の躾けの方便」とか書いてますし…。本書にある「『中庸』が狂信をはぐくむ」の第一歩にように思えてちょと恐怖を感じました。

    そして、一般的なプロテスタントやカトリックの信仰から離脱する体験をした人の語り口が、まるで日本にいくつかあるカルト的な宗教から脱退した人のそれとそっくりだったことも怖かったです。

    話は飛躍しますが、「日本のミュージシャンは世界では通用しない」とよく言われますが
    例えばB'zが海外進出をするために『愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない』(「信じるものしか救わない せこい神様拝むよりは」という危険な歌詞が入っている)を封印したり、そもそも作らなかったり、
    若しくは欧米進出したあげく宗教団体から批判されてライブ会場でデモとかされてしまったりするんだったら、
    日本の音楽家は“そんな世界”で通用する必要性なんて全然ないよな、と思いました。

    ******
    しかしこれ(日本語版)の初版が2007年だし、近年は欧米人がたくさん日本の寺院や神社を観光で訪れていることを考えると、幾分か改善されているのかもしれませんがどうなんでしょう。

  • 面白い本ではあります。タイトルも秀逸。
    ただ、いくつかの論点を「ごっちゃ」にしている印象が否めません。
    T・イーグルトンの「宗教とは何か」をきっかけにして、それほど話題なら読まねば、と、手に取った次第。
    私は基本的に「科学の子」なので、進化論やその他の科学的な理論、事実に関してはドーキンス氏の言うことに賛成です。(まああたりまえですが。)しかし、そこから一足飛びに「神がいる」=「進化論を否定する」という立場を作り出しているのは、どうもいただけません。あまりフェアじゃない、というのが感想です。正直に言って。
    おそらく、宗教学や神学に関する素養が欠けているか、あえて挑発しているかのどちらかでしょう。
    (無神論者って、面白いですね。というのが個人的な感想です。)

  • 「利己的な遺伝子」で有名な生物学者ドーキンスが,宗教を完全否定する本。ほんと,完膚なきまでに。
    疑問を封じ,理屈を枉げる宗教は絶対悪。科学の精神とまったく相容れない。とてもよく分かるのだけど,「宗教は現にある」というリアルをどう扱うかの視点に欠けるきらいはある。宗教は現にある。それも,相当広く根深くある。
    日本にいるとあまり意識しないけど,世界の抱える深刻な問題は,今も宗教に起因するものが多い。

    以下,雑感。
    十代のころ,死について長いこと悩んでいて結局は自己解決したのだが,マークトウェインも同様の結論に至っていたことを知った。
    「私は死を怖れない。私は生まれるまでの、何十億年ものあいだ死んでいたのであり、そのことから、ほんのわずかな不自由さえ感じたことはない」p.520
    マザー・テレサ,一般には善人っぽいイメージだけど,ドーキンスも酷評してる。
    “カルカッタのマザー・テレサは、ノーベル賞受賞講演において実際に、「妊娠中絶こそ、最大の平和破壊者です」と言った。なぜなのか?このような偏った判断力しかない女性の発言を、どんな話題についてであれ、真面目に受けとめることがどうしてできるだろう”p.427

  • 無神論についての本として紹介されることの多い本書。しかし、実際に読んでみるとこの本の主眼は神学者や宗教指導者が使う非論理的な弁証を合理主義の立場から論理的に反駁することにあると気づいた。ここでいう非論理的な弁証というのは宗教指導者に限らず、普段の生活でもよく用いられているものなので、本書の批判の対象となっているアブラハムの宗教にあまり馴染みのない日本人が読んでも合理的な思考の仕方、論理的な演繹の仕方の非常に良い見本となり、とてもためになる本だと思う。

  • 図書館で借りて読み終わるまでに一ヶ月近くかかってしまった。内容は面白かった。
    この前読んだ「聖書男」にもあったように、アメリカでは色々な宗教を色々な形で信じる人たちがいる。聖書の読み方や実践も原理主義者でさえも恣意的だ。本書の作者はそのことについて聖書をもとにした道徳の否定につなげている。
    前半は、現在の生命のありようはすべてダーウィンの進化論ですべて説明がつき、神は必要ないと言っている。
    その辺の論証も面白いが、作者が最もいいたいことは、宗教という名の下に行われる抑圧や人権侵害だろう。特に子供や弱い人への。彼からみたら神が存在する限り、そのようなことはおこり続けるのだろう。
    私も前から思っていたのだが、子供に悪いことをすると地獄に落ちるとかいって脅かすのはどうかと思っていた。ささいな悪事をとりあげて神が人を地獄に落とすなんて、そんな神様ってちょっと、なんというか、ひどすぎるというか笑えるくらい心が狭い存在だと思っていた。人への寛容や愛を教義にしている神が、一方で、自分を信じない人は地獄に落ちるっていうなんてどうよって思っていた。だから、本書で「そんな神なんていないから!科学では神はいないから!地獄だってないから!」みたいなことを情熱を持って長文で述べる作者は、結構かっこいいし、既存の宗教よりもはるかに人を救う力があるのではないだろうか。
    それに、神の存在を証明すべきは神がいるといっている側で、神を否定する側ではないよ、というのもその通りだと思う。そして、神を科学的に証明できた宗教はないのだ。だって、いないんだから。
    現代日本人の大半は神はいない、関心を持っていないという人も多いけど、そうだろうか。日本にも多くの宗教があり、それを信じる人は大勢いる。
    巻末に宗教によって苦しんでいる人のためのサポートのアドレスは、海外のサイトで、日本人には不要なので割愛した的なことが書いてあった。でも、この本を手に取る人には日本人だろうと海外のアドレスだろうと、必要なのではないだろうか。
    学問や興味としてではなく、宗教や神に疑問を持ちながら、家族や環境のしがらみの中で苦しんでいる人がこの本を手にとるケースがあるのではないだろうか。そしてその人は海外のアドレスから世界中にいる同じ苦しみを持つ人とつながることができるのではないだろうか。
    作者は、どこの国の人であれ、その人数が多かろうと少なかろうと、宗教や神というものに苦しんでいる人にこの本を届けたかったのだろう。日本でも、作者に感謝している人はいるだろう。

  • 日本人においては、仏教、キリスト教、イスラム教を問わず「敬虔な」という形容詞がつくくらいの宗教信者は少なく、新興宗教が起こした事件のおかげで「危険思想」のイメージが強く、過度に宗教的であることが忌避される文化がある。よって、著者が述べていることは至極当たり前のこととして、むしろわざわざそんなことを長々と述べなくても、、、と思ってしまう。一方で、欧米やイスラム圏においては「無神論者」であることが日本とは全く逆の捉えられ方をしているということが非常に興味深い。

    私からしてみれば、昔の人がその当時の知識や文化をベースに書いた教典を、言葉のままに鵜呑みにして今も信じるなんてバカげているとしか考えられない。しかし、一旦、教義を叩きこまれて育てられた人々が、その信仰を捨てるには、このドーキンス博士が言葉を尽くして論破するようなとてつもないプロセスと葛藤を経なくてはいけないのだろうと想像される。そういった思考のプロセスを経ずに済む日本人に生まれたことはラッキーだったのかもしれない、とこの本を読んで思った。


    文中のどこかで誰かの言葉として引用されていたけれど、
    宗教は、愚者においては信じるものであり、賢者においては否定するものであり、為政者においては利用するものである、というのが全てを物語っているんじゃないのかと思う。


    文化的な側面からも、論理的考証の実例としても、面白い1冊だった。

  • 多神教の国であり、クリスマスも正月も節操無く商業主義的に楽しんでしまう日本の場合、少々違うかもしれない。
    ドーキンス氏の言葉は、正義感の故かところどころ感情的だが概ね言っていることは正しい。

    普通に人間が考えるならばややこしいことも、神のせいにすれば正当化でき、人々を屈服させられる。そのことによる弊害はテロから児童虐待まで幅が広すぎるくらいに広い。
    つまり宗教やスピリチュアルに傾倒すると、知らぬ間に悪魔じみたことも当然と考え、平気で実行してしまう。オウム(現アーレフ)も、ものみの塔を持って歩きまわる主婦や学生もそうではないか。

    日本版では割愛されているそうだが、原著にはこの本を読んで宗教から脱会したい人のための連絡先もついているとのこと。
    問題の深さを考えさ得られる。

    結局は神やスピリチュアルのせいにせず、最後まで自分で責任を持ち、自分の頭で考えるのがまっとうなのだろう。
    そういう意味では、現代日本の精神医学もやり玉に挙げれられるべきだと思う。

  • 科学の枠組みから神が存在しないという根拠をダーウィンの「進化論」を主張の軸足として滔々と述べている。議論は宇宙の始まりと創造主の概念にまで及んでおりスケールが大きい。神という存在に対する科学的証明のみならず、宗教の起源・道徳の起源にまで考察がなされており、興味深い内容になっています。宗教という概念が希薄な日本にいるとあまり実感できませんが、キリスト教やイスラム教を信仰する国々にとって宗教は命がけのテーマであるということがよく伝わってきます。

  • 筆者の論には幾分感情的な印象があるが、ほぼ賛成。

    神が存在するかしないかという議論よりも、宗教を特別視して無批判に受け入れる風潮に対して警鐘を鳴らすことこそが本書の重要な意義だと思う。キリスト教圏の人間である筆者がここまで書くのには日本に住む私には想像もつかないほどの勇気がいるだろうと推察する。その点だけでも敬意を表したい。

    ただ、総じてアブラハムの宗教、一神教に対する批判に終始しているように感じられたので、星マイナス一。あとwebの引用が多いかな。

    この問題についてはもう少し勉強して考えてみたい。レビュー・評価も後で書き直すかもしれない。

  • 聖書のお話が文字通り事実起こったことだという考えを荒唐無稽というのは難しくないだろうが、神がいるかいないかはいずれも証明困難だから、ドーキンスのこの本での話は結局「神がいる」方に賭けることの有害性が中心になっている。ドーキンスは、異なる宗教を信じる者同士でも多元性を認めて仲良くやっていけよというのではなく、問題は多元性を認められない原理主義的宗教ではなくて宗教そのものなのだ、と考えている点が、寛容な宗教は結局欺瞞ではないかと私が感じている問題意識に合致して共感(とりあえず考え方の構造への共感であって結論への共感ではない。)。何れにしても、これは人格神否定の本であって、日本的な「人を超えた何か大きなもの」が存在すると信じることと無神論との違いについては特に掘り下げられていないので、ここまで言葉を尽くして否定しなければならないドーキンスの努力を頭では理解しても感覚的には掴めないのが正直なところ。

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著者プロフィール

【著者】 リチャード・ドーキンス (Richard Dawkins)
1941年ナイロビ生まれ。オックスフォード大学時代は、ノーベル賞を受賞した動物行動学者ニコ・ティンバーゲンに師事。その後、カリフォルニア大学バークレー校を経て、オックスフォード大学で講師を務めた。

1976年刊行の処女作『利己的な遺伝子』は世界的ベストセラーとなり、世界にその名を轟かせた。この本は、それ以前の30年間に進行していた、いわば「集団遺伝学と動物行動学の結婚」による学問成果を、数式を使わずにドーキンス流に提示したもので、それまでの生命観を180度転換した。

その後の社会生物学論争や進化論争においては、常に中心的な位置から刺激的かつ先導的な発言をしており、欧米で最も人気の高い生物学者の一人となる。

積極的な無神論者としても知られており、2006年に刊行した『神は妄想である』も全世界に衝撃を与え、大ベストセラーとなった。

王立協会は2017年に、一般投票による「英国史上最も影響力のある科学書」の第1位として『利己的な遺伝子』が選ばれたことを発表した。

「2018年 『利己的な遺伝子 40周年記念版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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