本泥棒

  • 早川書房
4.10
  • (61)
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  • (3)
  • (1)
本棚登録 : 427
感想 : 60
  • Amazon.co.jp ・本 (692ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152088352

作品紹介・あらすじ

わたしは死神。自己紹介はさして必要ではない。好むと好まざるとにかかわらず、いつの日か、あなたの魂はわたしの腕にゆだねられることになるのだから。これからあなたに聞かせる話は、ナチス政権下のドイツの小さな町に暮らす少女リーゼルの物語だ。彼女は一風変わった里親と暮らし、隣の少年と友情をはぐくみ、匿ったユダヤ人青年と心を通わせることになる。リーゼルが抵抗できないもの、それは書物の魅力だった。墓地で、焚書の山から、町長の書斎から、リーゼルは書物を盗み、書物をよりどころとして自身の世界を変えていくのだった…。『アンネの日記』+『スローターハウス5』と評され、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどで異例のベストセラーを記録した、新たな物語文学の傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 「よかったらわたしと一緒に来てほしい。あなたに物語を聞かせよう。
    いいものを見せてあげる」

    そんな死神の誘い文句で始まる圧巻の長編大作。
    舞台はナチス政権化のドイツ。
    正気を保つのも容易ではない時代の波の中で、盗んだ一冊の本から言葉を学び、言葉に魅せられ、言葉の可能性を信じて生きた少女の物語。

    主人公の少女・リーゼルは、養子先に向かう汽車の中で6歳の弟を亡くす。
    母と別れ、新しい家族の仲間入りを果たすがそう順調にはいかない。
    口は悪いが心根の温かい養母ローザ。
    養父はペンキ塗りとアコーディオン弾きで日銭を稼ぐハンス。
    彼の手ほどきで少しずつ文字を覚えていく。教室は地下室で黒板は壁。
    リーゼルは全くの文盲だったのだ。
    テキストになったのは、弟の墓所で拾った「墓堀り人の手引書」。

    ここにクラスメイトや近隣の人々、町長夫人、家族で匿ったユダヤ人の青年・マックスなどが加わり、リーゼルは愛と信頼を学んでいく。
    と書くのは簡単だが、ことはそう上手く運ばない。
    理不尽な死と別れ、空襲警報におびえ、貧困はいつもつきまとう。
    そしてリーゼルは、奪われたものを奪い返すように本泥棒を繰り返す。
    二度目はあの悪名高い「焚書」の山から。あるいは町長宅の図書室から。
    いつも傍らにいたのは淡い初恋の相手・ルディだった。

    死神がいつも話の先を提示するので心の準備は出来ているはずなのに、たびたび胸が引き裂かれそうな場面が登場する。
    どの人もみなひと癖もふた癖もあるのに、たまらなく愛おしい。
    「ねえ、キスしてくれる?」
    いつもリーゼルにねだっていたルディ。
    早くそうすれば良かった。いつもひとは、失ってから気が付く。
    本のおかげで命を救われたリーゼルも、一度は本を憎みさえした。
    1943年夏「言葉なんか何の役に立つのか」と嘆きながら、マックスから贈られた本を散り散りに破り捨てた。彼女が養父母の家にいたのは、実質4年間しかなかったのだ。

    残酷きわまりない世界も、死神の眼から見ることで深い奥行きをもたらしている。
    淡々とした語り口は、応援するでもなく批判するわけでもない。
    それでも最後に「私は人間にとりつかれている」と語る。
    リーゼルの生き方に死神までが魅了されていた。

    1975年生まれという著者はYA小説の作家さん。
    構成力の素晴らしさと、人間を見つめる眼差しの豊かさに最大級の賛辞を送りたい。
    終盤に向けて涙がとめどもなく流れた。
    どんなに言葉を尽くしても、読後の気持ちは伝えられそうもない。
    生きているうちに、もう一度読みたい本だ。
    高らかに反戦を掲げ、本と文字と言葉を全力をあげて肯定する本。
    すべての方にお薦めです。

    • nejidonさん
      夜型さん♪
      リストには入っていなかったように思います。
      でも夜型さんがご存じだったということが偶然でも嬉しいな!
      レビュー数55という...
      夜型さん♪
      リストには入っていなかったように思います。
      でも夜型さんがご存じだったということが偶然でも嬉しいな!
      レビュー数55というと、私が読む本としてはかなり多い方です。
      もっと多くなってくれると良いですよね。
      フィクションであることを忘れるほど、心に訴える作品でした。
      寒暖差が激しいですね。
      もう一枚着込みます(*^^*)
      2021/01/17
    • 淳水堂さん
      nejidonさんこんにちは。
      nejidonさん本棚からこちらの本を手に取りました。
      全く知りませんでしたが、レビュー数がかなり多いし...
      nejidonさんこんにちは。
      nejidonさん本棚からこちらの本を手に取りました。
      全く知りませんでしたが、レビュー数がかなり多いし映画化もされている有名作品だったんですね。

      過酷な状況ですが、登場人物たちはかなり逞しく、ときには罵詈雑言や拳を使ってでも生き抜こうとする姿勢が良かったです。
      やはり言葉、書物の場面は印象的な物が多いですね。
      別の本でも、一人きりで閉じこもった人間が壁に言葉を書き連ねてゆくという場面があったのですが、人間は言葉を出さないと生きていけないのでしょうかね。

      しかしこれ児童書(ヤングアダルト)扱いですか…。この分量と重いテーマに苦しい状況ですが、たしかに同年代の青少年たちにとって同感できるかもしれませんね。

      これからもよろしくおねがいします。
      2021/02/14
    • nejidonさん
      淳水堂さん♪
      読まれたようでとても嬉しいです!
      ありがとうございます!
      「本にまつわる本」の中では小説がどうしても少ないのですよ。
      ...
      淳水堂さん♪
      読まれたようでとても嬉しいです!
      ありがとうございます!
      「本にまつわる本」の中では小説がどうしても少ないのですよ。
      そうでなくても少ないんですけど(笑)
      たまたま読んだこの本が感動作でホッとしました。
      たまに読んで外れるともうガックリですもんね。そういうのはレビューも載せません(+_+)
      私は映画の方から先に入りました。
      そちらも良かったのですが、淳水堂さんの言われる通り細かな部分の描写では本に敵いません。
      ページ数の多さも忘れるくらい、読みふけってしまいませんでした?
      お返事を書いていると、またぞろ読みたくなりました。ああ困った。。。
      これからも読み応えのある良書に出会っていきたいですね。
      2021/02/14
  •  <「おやすみ、本泥棒」
     リーゼルが本泥棒と呼ばれたのはこのときが最初だった。この呼名がひどく気に入ったことを彼女は隠すことができなかった。わたしたちがすでに知っているように、彼女はこれ以前にも本を盗んできた。だが1941年の10月下旬、それが正式なものになった。その夜、リーゼル・メミンガーは名実ともに本泥棒になったのだ。P365>

    この物語の語り手は死神だ。
    人の死も戦争も死神の望みではない。この時代は、戦争という上司に「ほらもっと働け働け」と言われているようなものなんだ。わたしが誰に似ているかって?ちょっと本をめくる手を止めて鏡を見てみるといい。
    死神は人々の最期の目を見る。その周りの人々を見る。人の歩んだ人生を、その考えを、そして人間の辿ってきた歴史を見る。
    そう、死神であるわたしは人間に取り憑かれているのだ。
    そして私の手元にある1冊の本。私はこの本の持ち主の人生を知っている。いつかわたしが彼女を迎えに行くときに彼女と話をしたいと思った。美しさとむごたらしさについて。同じ物事や言葉であっても醜くも輝かしくもなるのはなぜなのか。


    ミュンヘン郊外の夫妻の元に里子として預けられる電車の中で、9歳のリーゼル・メミンガーの6歳の弟のヴェルナーが死んだ。
    ヴェルナーが埋葬された墓地の雪の上に墓掘り人が落とした本、「墓掘り人の手引書」。これが彼女の最初の本泥棒だった。字を読めない彼女が欲しかったのは、本ではなく、突然目の前で死んだ弟と、もう会いに来ない母との繋がりだったのだ。
    リーゼルが知らない父は、共産主義者だと言われていた。母はリーゼルとヴェルナーを里子に出して守ろうとしたのだ。

    里親は、ペンキ職人兼アコーディオン弾きのハンス・フーバーマン、四六時中悪態をついている妻のローザ・フーバーマン夫妻だ。
    隣の家のシュタイナー家は6人の子供がいて、リーゼルと同じ年のルディ・シュタイナーとは親友になった。その友情は、肩を組み合い「うすのろ」「大ばか者!」と言い合ったり、腹をすかせて一緒に泥棒をしたり、気に入らない相手と殴り合いの大喧嘩をしたりするようなものだが、10歳の少年少女なら親愛の情だろう。

     <ルディは全身を黒く塗り、世界を打ち負かしたいかれた少年だった。
     リーゼルは言葉を持たない本泥棒だった。
     だが、わたしの言うことを信じてほしい。言葉は彼女のほうに向かってやってくる途中だったのだ。
     そして言葉がやってきたとき、リーゼルはそれを雲のように両手にしっかりと捕まえ、雲から雨が生まれるようにそれをぎゅっと絞り出すことになる。P100>

    ハンス父さんは、破壊されたユダヤ人の家に修復のペンキを塗ったことでナチスへの入党を却下されていた。彼は第一次世界大戦で共に戦って自分の代わりに死んだユダヤ人兵士のエリック・ヴァンデンブルグのことを忘れられなかったのだ。そしてエリックの妻から彼が遺したアコーディオンを譲り受けた。
    穏やかなハンス父さんは、リーゼルが盗んだ本を読むために読み書きを教える。そしてリーゼルはゆっくり、ゆっくりと文字を覚えてゆく。
    こうして文字は、書物は、リーゼルが生きるための拠り所となった。
    洗濯婦のローザ母さんは、一瞬でも黙らずに悪態をつき続けリーゼルへの鉄拳制裁も行うのだが、彼女はそれでも情が深くハンスとリーゼルと心から愛していた。
    そしてローザの洗濯の客である町長夫人は、リーゼルが本が好きだと知り、彼女を書斎に案内する。大量の本!息も留まるような空間!
    しかしナチス党によるユダヤ人迫害、そしてヨーロッパ諸国との戦争も激化するばかりだ。
    ハンスとローザの仕事はどんどん減ってゆく。

    そして1940年、エリック・ヴァンデンの息子、マックス・ヴァンデンブルクが訪ねてくる。
    「あなたはまだアコーディオンを弾きますか?」
    マックスのその問いは、「あなたはユダヤ人である僕を助けてくれますか?」という問いだった。
    そしてハンスとローザは地下室にユダヤ人青年のマックスを匿うのだった。
     <「あたしはこの人が死ぬのを見るためにこの家に引き受けたんじゃないよ。わかったね?」P393>

    ユダヤ人青年のマックスは、本来戦う性質だった。
    子供時代は仲間とのボクシングに明け暮れた。
    父の死後引き取ってくれた叔父さんが病で死を受け入れた姿を見て、「自分は死を受け入れたりはしない。戦う。踏ん張る意思を持ち続ける」と誓った。
     <「死神が俺を捕まえに来たら、やつの顔にパンチをお見舞いしてやる」少年は誓った。
     個人的にはわたしはこのような態度がひどく気に入っている。このような愚かな勇ましさが。P236>
    そんなマックスは、母やいとこたちを危険に残し、自分を匿ってくれた親友のヴィクターを危険にさらしてハンスを頼って旅をしてきた。
     <生きるためだ。
     生きていかなければならないのだ。
     その代償は後ろめたさと恥の意識だ。P262>

    ハンスとローザとリーゼルは交代で地下室のマックスのもとを訪れて世話をした。
    リーゼルはマックスに本を読む。1年以上も外を見られないマックスには言葉も大事な栄養だったのだ。
    リーゼルとマックスは二人で地下室の壁にペンキで言葉を書く。マックスはリーゼルから毎日の天気を聞き、焦がれる思いで太陽とそれに向かってロープを渡る自分たちを描く。
    そしてマックスは、リーゼルに手作りの本を送った。

    「うちの地下室にユダヤ人がいます」
    これは決して誰にも話してはいけない秘密だった。リーゼルは親友のルディにもそれを黙り通した。
    ルディはまるで天からもらったバカさ加減を試すかのように、自分を破壊するように、盗みを行いナチス青少年の党でも反骨精神を示す。
    もちろん親友のリーゼルはいつも一緒だった。肩を組み悪態を付き合い、ともに盗みを重ねて行った。

    ユダヤ人が強制収容に送られる行進が続く。ある時ハンスは、とっさに倒れたユダヤ人にパンを差し出した。感謝の眼差しを送るユダヤ人とハンスはともに兵士で鞭で打たれる。だがそれよりももっと痛恨のミスを犯してしまった。もともとユダヤ人贔屓と目をつけられていたハンスのこの行為はナチス党員から疑われるに違いない。きっとゲシュタルトが家に来る。地下室で匿っているマックスが見つかってしまう!

    ハンスとローザは、マックスを守るために家から出すしかなかった。
    だがゲシュタポは家に来なかった。
    その代わりにハンスに召集令状が届いた。

    ルディの父親、アレックス・シュタイナーにも召集令状が届いた。
    シュタイナー夫妻は、ルディを純粋なナチス親衛隊を育てるための学校に入れることを拒否していた。
    困っているユダヤ人を助けたり、自分の息子を危険から守ろうとした父親は戦争に行くしかなかったのだ。

    残されたリーゼルは、ユダヤ人収容者達の行列があると必ず見に行った。
    マックスはいる?少なくとも生きている?私はここにいると伝えたい。
    ユダヤ人たちに彼女は伝えたかった。私はあなた達の一人を地下室に匿っていた!一緒に地下室で絵を書いた!一緒に地下室で雪だるまを作った!彼が病気のときは、枕元でずっと話をしていた!
    リーゼルとルディは、ユダヤ人が通る道にちぎったパンをおいておいた。
    目をつけられるって?ハンス父さんにはできたじゃない。兵士に捕まるって?逃げればいいじゃないか。
     <まもなく兵士とユダヤ人たちがやってきた。
     木の陰でリーゼルはルディを見つめていた。果実を盗んでいた彼がパンを人に与えるだなんて、よくこれだけ変わったものだ。(…略…)ルディのお腹が鳴るのが聞こえた。それなのに彼は人々にパンを与えているのだ。
     これがドイツだろうか?
     これがナチス・ドイツなのだろうか?P552>

    リーゼルたちの住むミュンヘン郊外の町にも空襲が行われた。
    近所の人達が逃げ込む防空壕にリーゼルは本を持っていった。
    最初は自分のためだけに読んでいたその声は、やがて防空壕唯一の声となる。
    人々は、生きるよすがとして13歳の少女の朗読に聞き入っていたのだ。
    それからは防空壕に籠もるたびにリーゼルは本を朗読した。
    リーゼルの朗読は、息子が死んで依頼図書室を閉じ心を閉じていた町長夫人の歩みを蘇らせ、ローザ母さんの罵り合い友達のフラウ・ホルツアプフェルも息子が戦争に取られた心の支えとして物語を望むようになる。

    13歳の少女にとって世界は残酷だった。
     わたしはいったい何度さよならをいわなければならないの?もうなにも望むのはいや。彼らが無事に生きていますようにって祈りたくない。だってこの世界は彼らに値しないもの。
    あまりの絶望と腹立ちに、リーゼルは1冊の本をばらばらにした。どうして言葉などというものが存在するのだろう?それがなければ総統も囚人もなかったのに。言葉を殺してしまわないと彼女は壊れてしまっただろう。大好きで、かつ憎んでいる言葉というものが。

    本を読んできたリーゼルは、かつてマックスがいた地下室で、自分の物語を書くことにした。
    今まで入ってきた言葉たちを今度は出すのだ。
     <『本泥棒』
     わたしは言葉を憎み、言葉を愛してきた。
     その言葉を正しく使えていればいいのだけれど。P659より抜粋>

    死神であるわたしは、人の魂を集めながら人の眼差しを見て、周りの人々をみて、彼らの人生をみる。その中にはわたしの気を晴らしてくれるような話もある。わたしはそんな話を記憶に留めようとしている。
    わたしは人間に取り憑かれている。
    リーゼルの話はそんな話の中の一つだ。

     <本泥棒。
     よかったら私と一緒に来てほしい。あなたに物語を聞かせよう。
     いいものを見せてあげる。(P20)>

  • 鋭敏かつどこか人間的な感性を持つ一人の「死神」が語る、ナチス政権下のドイツの小さな町で里親と暮らした少女・リーゼルの物語です。

    10歳の時のある悲しい体験を契機として、リーゼルは書物の魅力にとり憑かれ、それ以来、彼女は「必要な時」に本を盗むようになります。言葉を堪能するだけでなく、本を盗むという行為それ自体が、彼女にとって自分を奮い立たせるおまじないのようなものなのです。
    リーゼルは、盗んだ本と言葉、風変わりだけど優しい里親、数奇ともいえる縁によってかくまう事になるユダヤ人青年・マックスとの交流、隣家の少年との無邪気なやりとりなどに囲まれて、貧しくも充実した日々を過ごしていきますが、抗えない時代の流れは、彼女や彼女を取り巻く人々に残酷な運命を用意していました・・・。

    少女の体験する孤独や渇望や小さな充足感、ナチス支配と戦争がばらまいた異常さや容赦ない残虐さ、捻じ曲げられる多くの運命、次々と失われる身近な人の生命などが、子供でも十分理解できる平易な言葉で書かれていることで、却って生々しく、ひどく身に迫ってきます。
    特に、ラストのリーゼルの姿には、胸を締め付けられるような思いがしました。

    しかし、濃密な内容はもちろんのこと、この物語の最大の特徴は、語り手が「死神」である、という点ではないかと思いました。
    「死神」という、超人間・超時間的な存在が印象に残った少女とその周囲の人間の人生を回想しながら語る、という手法が、大きく前後し入り組んだ時間軸や絶妙な伏線を生みだして読者を惹きつけ、次へ次へと読ませるだけでなく、人の一生の数奇さや、運命の重さなどを感じさせる奥深さをも与えていました。

    人の人生や生命の尊さを痛感させるだけでなく、「死神」という装置によって文体と展開の相互作用が完璧に機能している、見事な作品でした。

  •  この作品を手にしたのは二〇一八年一二月の暮れ、ネットで本を物色していた時、面白そうなタイトルがヒットしたので購入した。当時読んでいたのはマリアVスナイダーの『毒見師イレーナ』だった。
    実際に頁を開いて少しだけ読んで内容を確認し本を閉じた。
    何だか魅力的な本の予感がして、取り敢えず本棚に入れた。他にも読みたい本が満載していたにもかかわらず、にんまりと所有することが出来た喜びに心が弾んだ。その後、ずいぶん積読になっていたのは、自宅の建替えのため、仮住居に居たから、本が行方不明になっていたのです。理由はともあれ、今頃になって読了することが出来た喜びは一入です。

     物語は第一次世界大戦、ヒトラー政権下のドイツで、イギリス・フランスが宣戦布告、強硬路線でドイツの政治を掌握し押進め、国民の九割がナチ党を指示していたと本書に書いていたが本当にそうなのかは不明だと思う。彼は、反共産主義と反ユダヤ主義を主張していたのだ。

     冒頭語り部は、死神であることを明かしておもしろい設定だ。その時代の小説なら、なんとなく作品の雰囲気が読めた。しかし、さらっとネット上を検索してみると「泣ける小説」「悲しい小説」というカテゴリーに入っていたように思うが、その手の作品なら途中で頁を閉じる覚悟はありました。

     読了後、前述した「泣ける小説・悲しい…」云々のカテゴリーから外して頂きたいと思う。心に「悲しい」より「苦しい」という思いが伸し掛かったからだ。本当に悲痛な惨状を目の当たりにした時に、泣けるかというと、泣ける方もいらっしゃるが、僕は絶句しました。

     著者の両親はドイツとオーストリアからオーストラリアに移住し、幼い頃から大戦の話を聞かされていたが、本人はヤングアダルト向けの小説家である。図書の分類で、児童書と一般書の中間にあるものだそうです。

     前置きが長くなりましたが、本題に入ります。主人公は、九歳の女の子リーゼル・メミンガーと弟のはずだった。父は行方不明、母は共産主義者で、里子に出され移動中の列車の中、弟のヴェルナーが目を開いたまま鼻から血を流し死んだ。途中下車して弟を葬った。その時に拾った本が、一番目に盗んだ本です。そして里親に引き取られることになる。

     里親の母は、ローザといい口汚く罵る癖があるけれど本当は優しい母である。父はハンス・フーバーマン、目は銀色、ちょっとおちゃめな性格。本業は、煙草が好きなペンキ屋でアコーディオンを演奏できる愛すべき人だった。

     リーゼルは、なかなか家庭には慣れなかったが、初日の夜から就寝中の午前二時頃、うなされおねしょをして目が覚めた。ハンスは静かにリーゼルの寝室に行き、ベッドに座って泣いていた横に座り肩を優しく抱き、気が済むまで慰め色々な話をしたのです。やがて心を開き父さんを頼るようになります。ハンスはリーゼルが本を抱いて寝ていたのに気づき、タイトルを見て驚きます。『墓掘り人の手引書』だった。
    リーゼルにタイトルを見せて何と書いているのか知っているかと問うたが知らなかった。彼女は、字が読めないし書くことも出来ない。リーゼルにとってこの本は、弟の形見として持っていただけで、その本に弟の写真を挟んでいたのだ。学校に通うようになり、自宅の隣に住むルディ・シュタイナーという男の子と友達になったが、学校での自己紹介で先生から自分の名前を黒板に書くように言われ、書くことが出来なかったため多くの生徒に虐められた。
    ある夜リーゼルは、この本に何が書いているのと聞いた。ハンスは、「お父さんも、あまり得意じゃない」と言い、一緒にこの本を読もうと提案して二人三脚で勉強しハンスは、地下室に勉強部屋を作り、壁にペンキを塗り字が書き込めるようにしてアルファベットの暗唱から始めたのです。リーゼルの実力は、メキメキと向上し次第に本の言葉を覚えることに魅力を感じ大好きになります。ルディとは親友になりました。それからの里親との関係や、子供達とのエピソードは、決して陰気な話ではありません。寧ろ戦時下という状況にありながら子供達は、毎日を楽しく懸命に生きている様子は微笑ましく感じます。リーゼルの平凡な日常が煌めいてさえいるのです。ただ最終の章は悲惨、死神は非情だが、心ある語りをしているのは救いがある。

     物語の後半に効いてくる言葉は、「ルディはリーゼルに警告した。『リーゼル、いつかお前は死ぬほどおれにキスしたいと思うようになるからな!』」でしょうか。
      実におもしろい。

  • 談話室で泣ける本として紹介されていたので気になって読みました。
    第二次世界大戦中、ナチス政権下のドイツに生きる「本泥棒」の少女リーゼルが、色々な人と関わりながらも成長していく様子がゆっくりと丁寧に綴られる。その幸せな生活の裏にじわじわと忍び寄る戦争の影。700ページ弱のボリュームで、ちょっとした大河ドラマを見たような気分です。
    この物語の語り手は、死んだ人の魂を天に送り届ける「死神」なのですが、この死神が妙に人間味のあるキャラクターで面白かった。戦争や災害が起こるとそりゃ死神も大忙しですよね、と妙なところで納得してしまった。
    リーゼルの父親が、連行されるユダヤ人にパンを与えたことでゲシュタポに目を付けられ後悔するシーン、リーゼルの「父さんは人間だっただけだよ」という台詞が印象に残りました。当時を生きていたとしたら、果たして私は「人間」になれただろうか?生命の危険に脅かされることなく、好きな本を読めて、ぬくぬくと生活できるということは、なんと幸せなんだろうと思った。

  • E.M.レマルク以来の魂を揺さぶる感動大作。泣けます、泣かせます。

  • 物語の語り手は「死神」。彼は随所で登場人物の死や災難を予言し、つねに不穏な気配を漂わせています。しかも舞台は、ナチス政権下のドイツです。どう転んでも楽しい展開は望めない物語ですが、憂鬱になりきれない不思議な明るさをたたえているのは、主人公の少女・リーゼルの、無骨なたくましさにもよるものでしょう。彼女は字がほとんど読めませんでした。が、弟の葬儀で拾った一冊の本をきっかけに、彼女は書物の魅力にとりつかれ、さまざまな場所で本を盗み、それをよりどころとして自分の世界を変えていきます。風変わりですが愛情深い養父母、地下室のユダヤ人青年、リーゼルに不器用な愛情を寄せる隣家の少年…
    改めて考えてみると、本の分厚さのわりに、それほど登場人物は多くなかったです。しかし彼らの人生が相互に影響しあって織りなす「本泥棒」という物語は、素晴らしいの一言でした。

  • 語り手が異色だ。人格化された「死」、死神なのだ。死神は人の魂を運び去るという己の務めに倦みつつ、世界の時々刻々を彩る印象的な色の数々に心慰めている。色の他にも死神の気を晴らしてくれるいくつかの物語がある。そのひとつとして、 「本泥棒」だった一人の少女の話が語られる。それは白・黒・赤の三色に象徴される物語だ。
    舞台はナチ政権下のドイツ。「本泥棒」の名前はリーゼルという。彼女は弟と一緒に里子に出されるが、途上で弟が亡くなる。
    墓地に落ちていた本をリーゼルは拾い、自分のものにする。それは家族を思い出すためのよすがだった。里親の「父さん」ハンス・フーバーマンに読み書きを習い、リーゼルは言葉への扉を開かれる。彼女は憑かれたように本を求め始める。時には盗んででも。死神は、リーゼルと彼女を取り巻く人間たちを温かく描き出す。溌剌とした親友ルディ。怖いが根は優しい「母さん」ローザ。フーバーマン家に匿われるユダヤ人マックスとリーゼルの共鳴、いつも悲しげな町長夫人との友情。登場人物はみな魅力的だが、中でもリーゼルを心底慈しむ「父さん」ハンスが素晴らしい。音楽と煙草を愛し、約束を必ず守る、著者の人間賛歌が結晶したような人物。彼の目に湛えられた「とろけるようなやわらかい銀」は読む者すべての心に残るだろう。
    白・黒・赤はナチスの党旗の色であると同時に、リーゼルの弟が眠る墓地を包む雪、鉤十字の署名、人々が絨毯爆撃に曝された日の空の色でもある。赤い色の空の日の件では、溢れる涙を禁じえない。
    段落の合間には多くの断章が挿入され、登場人物の運命について種明かししてしまうことも。物語の筋が分断されるように思えるが、それらは語り手の性質を反映した、シニカルながら優しい配慮のある予備知識なのだ。
    人情味溢れるこの死神、世間一般に知られる「大鎌を持った髑髏の姿」はしていない。その姿についてのヒントは作品中にわかりやすく記されている。
    著者は一九七五年生まれ。ナチス政権下に生きていたわけではない。戦後世代が想像力と資料を基に戦禍を描いた作品としては、こうの史代の漫画『夕凪の街 桜の国』が記憶に新しい。こうした書き手と、読み手の想像力がひとつになったとき、真の戦争抑止力が生まれるのだろう。

  • 第二次世界大戦下のドイツの何の変哲もない街で起こる、一人の少女のドラマ。
    里子に出された彼女は13歳で読み書きもまともにできない少女だったが、ふとしたきっかけで手にした本の影響で、徐々に本の魅力に憑かれていく。。。

    タイトルからするとあまり想像できないが、泥棒稼業をメインに書いた話では全くない。
    戦時下に繰り広げられる、一人の少女の青春であり悲劇である。
    本書の最大の魅力は、人物描写の丁寧さにあると思う。
    主人公・リーゼルは勿論、少なくともその里親のハンスとローザ、学友のルディ、運命の人物マックス、それと町長夫人と言った主要人物に関しては、もう本を読み切るころには、すっかりこれらの人物が自分の隣人として存在するかのように身近に感じられる「人間性」を持っている。
    そして、色々な個性あふれる登場人物ばかりではあるが、共通して言えるのは「心の奥底ではみんな優しい」。限りなく、人間味のある人物たちとの、文字や本を通して紡ぎだされる貧しくも幸せな日々が心地よく流れる。

    だから、ここまで丁寧に書いているから、
    通常悲劇として盛り上げるべき最期の場面も、最低限の文章で構わない。
    ただもう、全てが失われるという事実だけで10章は涙なしには読めない。(エピローグである程度救済されるが)
    何でこの人たちがこんな目に遭わねばならないのか・・・と真剣に嘆息してしまった。

    とは言え本書は、ヘビーなテーマも内包するが、全体的には、限りなく人間への希望に満ちた優しい物語だと思う。

    本書末尾の一文が、著者の本作へのスタンスを全て語っているように思う。
    「わたしは人間にとりつかれている。」
    人間のことを、信じてやまないのだ。

  • わ~~~~~こういう話だったか・・
    どういう話か全くわからなかったのでびっくりした。
    最初はたいへんだったー
    独特すぎる構成で、予備知識がなさすぎたせいで、
    ファンタジーだかほんとの話だか設定や世界観がわからなくてなかなか入り込めなかったけど
    だんだんわかってきたらもう一気読みだった(厚かったけど)

    ルディ少年がすきすぎた
    マックスも、描いてた絵はこわかったけど><いい青年で、
    お父さんも、ひやひやするくらいいい人で、
    なんて時代だったんだろうと涙が出た

    アンネの日記(完全版)と(覚えてないので)あの頃はフリードリヒがいたと
    走れ、走って逃げろ を
    読まないといけないかな。。と思いました
    読みたいだけなんだけどね

    いい話だった。
    泣ける・・・

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