ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

著者 :
  • 早川書房
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レビュー : 253
  • Amazon.co.jp ・本 (354ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152089922

感想・レビュー・書評

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  •  <大災禍>と呼ばれる世界的な混乱の後、世界は医療経済を核とした福祉厚生社会を目指していた。政府というものは既に力を持たず、国では無く生府が人々を統括している。メディモルによって病を駆除し、風邪や頭痛などの苦痛が排除された世界。
     13年前、御冷ミァハはそんな世界に抵抗するために、トァン、キアンと共に自殺を図る。結果、死んだのはミァハだけ。残されたトァンはミァハに感化された思考で、煙草を吸い、アルコールを摂取し、できる限り世界に抵抗する。そして起こったすべての人類を巻き込む事件、その影にあったのは死んだはずのミァハの姿だった。

     意志というものは「選択」であるということ。報酬系にもたらされる快楽や痛み、それらの一瞬のせめぎ合いから決定されたことが意志と呼ばれるものであり、しかしそれは遺伝子にプログラミングされた要素の衝突でしかない。意識というものは遺伝子に組み込まれたものに過ぎず、意識に個性などない。

     意識は進化の過程で必要とみなされ、形質として組み込まれた。でもそれはそのときに必要だっただけであって、現在に於いても同じように必要である根拠はない。意識がなければあらゆる抗争は、暴力は無くなり、平和になる。だから人間という生物と世界に、意識が介在する必要などないし、意識がなくなったところで繁殖がとまるわけでもない。

     喜びはなんのためにある感情なのかわからない、と書いてあったけれど、タナトスへの反抗なんじゃないかと思う。喜びや楽しみ、それらが死の欲動に対してはたらくことで人々は生に執着を抱く。死にたいと思ったとき、死のうとしたとき、もしかするとこれから先あのとき味わった幸福を、喜楽を再び味わうことができるかもしれない。その期待が死から生物を遠ざける。過去を思い出すことができるのもまた、このせいなんじゃないかと考える。

     伊藤計劃の作品の終わり方がすき。虐殺器官のジョン・ポールのように、ミァハも世界を愛していた。世界を愛するが故に犯し、殺され、しかしその罪そのものは人類をある意味で救うためには必要なもの。そして主人公はそれを全うし、世界は混沌に混沌を織り交ぜ、混沌から救われる。希望があるからこそそれは絶望に思える、すべての終焉に思える。しかしその終わりこそ人類の終着点であり、真の幸福であるように思う。

     人類が遺伝子を持つのに、過去の名残がいつまでも残っているのは気持ち悪いことであるように思った。都合のいい進化だけでない、例えば意識であるとかが人間を苛んでいる。生物としての営みを邪魔する。ほんとうなら何もかも不必要なのに、モラルとか常識とか、理性とか道徳を唱えて妨害する。遺伝子のプログラムに依っているに過ぎないのに、自分の言い分が自分の所有物であるように錯覚している。

     ひとを殺してはいけない、物を盗ってはいけない。例えばそれらが何故禁止されるかと考えると、道徳だとかに辿り着く。でもそういう個人的なフィルターを通して物を考えること、そのフィルターは果たして何に依ったものなのか、正しさに基準がないのに、空気だったそれはやがて常識になる。ほんとうに意識のない世界だったら人類は生物として生きることができる。

     意識のあることは人類が負った可哀想な運命だと思った。それがあるせいで醜くも死にたくないと喚き、永遠を求める。ほかの生物のように生殖し、繁栄し、一瞬の苦痛のみで死んでいくことができない。恰もそれが素晴らしいことのように唱える大人は、すべては、やばいと思う。やばい。神がすべてを決定した時代と違う、個人個人が異なった(しかし本質的には全く同じパターンの)意志を持つ現代に於いて、それに抵抗する術って何だろうと思った。死ぬことも生まれることも同じくらい他人に影響を与えることに抵抗する術を。

  • etml形式が良い、最後の最後で、「ああ、これを読まされていたのかあ!」ってなるその気持ちよさ!

    2013/8/18 再読。

  • ちょっとネタバレ。

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    この世界は息苦しい、違和感ばかりだ、という実感があったとき、革命諦観逃避洗脳等々さまざまな対処法が挙げられますが、今作においては、「この世界がディストピアだと思うなら、そう思う「自分」を変えればいいじゃん」という発想と、それを文字通り可能にするアイディアとが、驚くようなスケールで出てきます。

    自分も世界も等価な変革対象と見なせれば選択できる幅は大きく広がりますが、代償に手放すもののあまりの巨大さ。それは手放していいものなのか。忌避反応を克服し、新たな地平に向かうことこそが幸福なのか。

    最後の決定を個人に委ね人類全体を無視するところがかなり極悪ですが、だからこそ訪れた地球規模の永遠の静寂を想像するに、それが心やすらぐ風景であることは否定できない。彼らがすでに認識できないであろう平穏の世界を、読者の私が代わりに思い描きましょう。ハレルヤハレルヤ。

  • 『ルーガルー』+『No.6』って感じ。
    盛り上がりが遅かったので、途中で飽きていたのがようやく読めた。

  • ユートピア=ディストピア
    SFによくある設定なんだろうけれど、健康第一がスローガンの全体主義…作中では生命主義と言ってる…というのは面白いな~と思って読み始めた。でもなんだか将来ありそうで不気味。
    そんなに難解なわけでもなく、回想と現在が行き来するストーリーも起伏があって面白くて、生命主義を世界に押し付けているような組織の一員になりながらもタバコやコーヒーやワインに惹かれている霧慧トァンに入れ込みつつ読み進めた。ピンクの装甲車とか軍服とか、ビジュアルも面白いし。
    そしたら後半に重たい荷物が仕込まれてた。人体の境界とか、意識とか、意思とか、無意識とか、言葉とか、魂とか、そんな難解なものをずっしり持たせられたという読後感。
    この本を読んだ後で、神林長平「いま集合的無意識を、」をもう一回読んだら、ますます脳みそがオーバーヒートしてるみたいな感じになった。うなされそうだ。

  • 久々に本を読んだ。
    人間に対しても身体に対しても度を超えた優しさが起こす歪み。潔癖社会の生み出した意識のない人間。
    煙草などの不健康なものに対して過敏になりつつある今の日本が、より潔癖になるとどうなるのか考えさせられた。
    静かな作品。おもしろかった。

  •  起こっている出来事は大々的なのに、どうしてこんなにも静かなのだろう。
     この静謐さは「虐殺器官」でも感じた。

  • 「わたし」、トァンは大規模な事件のさいに、13年前に死んだ友人、ミァハの影を見る。

    お互いがお互いを思いやる、真綿で首を絞め殺すようなやさしい社会。
    アルコールや煙草はもちろん、カフェインも駆逐されつつある世界で、「わたし」とミァハ、そしてキアンは自殺を試みる。
    「わたし」は生き残り、ミァハは死んだ。

    やさしい社会に生きるのに、この「意識」が、「わたし」という魂が邪魔だとしたら――。

    最後の、意識を想起させるためのタグのところは正直ぞっとした。
    しかし、そんな完全調和のとれた世界に憧れているのもまた事実。
    WatchMeを入れていない少数派の人たちはこのことに気づいているのかなあ?

  • 間違いなく傑作だとおもいます。虐殺器官もよかったですが、より完成度もたかくなっていて、もっと彼の描く世界に浸ってみたかったとおもえる1冊でした。本当に著者の死が悔やまれますが、すばらしいものを残してもらえたことに感謝したいとおもいます。

  • 医療技術の発展によって死ぬまで病気にかからなくなった肉体的安全、個人情報の徹底的な開示と管理による社会的安全。理想的な全体主義社会が実現した未来。そして極限まで高められていく末は…?

    欲望と理想で人間は幸せになれるのか?
    自由意志とは人を幸せに出来るものなのか?
    思考や感覚を失う事が生物として幸せなのかもしれない。
    けれど単純でとてもつまらないものだなと私は思う。

    虐殺器官と対を成し、リンクする続編みたいなお話。

    行き過ぎた調和への違和感と現代に通じるテーマに、現実離れしている世界だけれどリアリティを感じる作品。
    人の思考をこんなにも科学的に書いた作品は無いと思う。

    おもしろかった*

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著者プロフィール

1974年東京都生れ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』でデビュー。『ハーモニー』発表直後の09年、34歳の若さで死去。没後、同作で日本SF大賞、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞。

「2014年 『屍者の帝国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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