あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

著者 :
  • 早川書房
3.86
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本棚登録 : 274
感想 : 41
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  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152090621

作品紹介・あらすじ

西暦2083年、ニューロロジカル社の共同経営者にして研究者のサマンサ・ウォーカーは、脳内に疑似神経を形成することで経験や感情を直接伝達する言語-ITP(Image Transfer Protocol)を開発していた。ITP使用者が創造性をも兼ね備えることを証明すべく、サマンサはITPテキストによる仮想人格"wanna be"を誕生させ、創造性試験体として小説の執筆に従事させていた。そんな矢先、自らも脳内にITP移植したサマンサは、その検査で余命半年であることが判明する。残された日々を、ITP商品化への障壁である"感覚の平板化"の解決に捧げようとするサマンサ。いっぽう"wanna be"は、徐々に彼女のための物語を語りはじめるが…『円環少女』の人気作家が挑む本格SFの野心作。

感想・レビュー・書評

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  • 感想を書くのに苦労する話でした。
    たいていの本は一回読めばそのまま感想を書けるのですが、この本は都合三回読みました。最初に何も考えずに読み、暫く期間をおいて再読して、そして感想を書くために読みました。それでも何を書くべきか悩んでいます。
    面白いか面白くないかで言えば面白いのですが、何が面白いかと尋ねられると言葉に窮します。

    この本は死をテーマにした物語です。
    死の物語は読者の関心を強く引きます。それは死が万人にとって不可避なものであり、その事柄に一種の陶酔と憐憫を呼び起こさせるからです。
    ですが本著はそれだけでは終わりません。

    主人公であるサマンサは過去の栄光や道徳を投げ捨てて、自らの病気から逃避するために足掻き、その必死の抵抗とは裏腹に病気は淡々と肉体を蝕み続けていきます。
    本著では激痛を伴いながら死へと近づいていく様子と必死に悪あがきを繰り返す主人公の様子が淡々と描写されています。
    それらに陶酔や憐憫を一切なく、それ故に闘病系の物語でありながら、ありきたりな感動や同情が皆無です。
    むしろ自らが打ち立てたカタストロフを自分で打ち崩していく事で、意図的に「感動した。泣けた」だけで終わらせる事を拒んでいるように見受けられました。あるいは、美化された死にまとわり付く甘美な陶酔を完膚なく破壊したがっているような。

    「そして、サマンサ・ウォーカーは、動物のように尊厳なく死んだ」

    物語を締めくくる最後のこの一文に、本著のすべてが凝縮しています。死という終焉を前に、主人公の努力は一切何も報われません。
    そしてその結末が、物語中で仮想人格“wanna be”がサマンサに対して言ったように「言語から解放される一瞬」を作り出して居る事に成功しています。


    表題とは裏腹に、残酷な話でした。

  • 余命の限られた中で死に向かってひたすら執拗にあがく物語
    死とはなにか人間とはなにか物語とはなにかについて
    物語の好かれる配列よりサイエンスフィクション的に追及した様式だが
    書きたいように書いているわけではなく
    死とは違ってきちんと完結している
    何しろSFという狭いジャンルにはいくらでも先駆の読みづらい
    なんといってもイーガンが本作から連想される
    がいるので
    『円環少女』同様の会話文に地の文がのるこの作者文すら可読性は高い
    どうしても『円環』の長谷せんせの作という先入観は拭えないが
    それでも本格(=マニアは喜ぶがあんま売れない)系を
    書ける実力を示したのは大きいのでなかろうかマニア的に

  • 感想まとまらないからITPテキストで書き出したい…。「あなた」が誰かによって見かたが変わるとこがおもしろかった。

  • 田舎の農場で極貧時代を過ごし、シアトルで大成功を収めて誰もがうらやむ富を手に入れた科学者サマンサ。
    順風満帆に見えた彼女はある日治療不可能の病に倒れ、余命宣告される。
    地位も研究も取り上げられ「一定の敬意は払われるものの会社には不要なもの」となったサマンサは禁断の実験に手を出す。
    物語はサマンサの残酷で壮絶な死亡シーンから始まるので、読者はサマンサがいずれ死ぬことは知っている。
    ただ、それまでに彼女がどんな日々を送り、誰と話し、何を理解したか、誰にでも訪れる死の瞬間までのサマンサの過ごし方はいろいろと考えさせられる。

  • 2084年、NIP(Neuron Interface Protocol)=ナノサイズの微細なロボットを連結して脳内に疑似神経回路を作る技術、及びITP(Image Transfer Protocol)=神経の発火を模倣し、意思や意味を脳内で作り出す言語(他人の知識や経験を移植することができる技術)の開発者の一人、サマンサの研究チームは、量子コンピュータ上に、疑似神経技術を使って仮想の人工神経だけで構成された脳《wanna be》を作り上げた。サマンサは、《wanna be》に小説を書かせて創造性を検証する実験を開始したが、突然余命半年の不治の病に冒されてしまい…。

    著者はおそらく、サマンサの自問自答を通して、また肉体を持つ生身の人間とデータ化した仮想人格の意識のせめぎあいを通して、生命とは、意識とは、人格とは、人工知能とは、という哲学的命題を思索をしたかったんじゃないかな。

    それにしても、気が強く意固地で反抗心旺盛な研究者サマンサが、不治の病に冒され、激痛に耐えて孤独に研究を続ける姿は痛々し過ぎる。自らの運命を呪い、研究室に籠って《wanna be》に毒を吐き、醜悪な姿を晒して激痛にのたうち回るサマンサの姿を延々と冗長に描写しているのには参った。そして、所々に禅問答のように難解な会話も。

    という訳で、評判の書だったが、その面白さはよく分からなかった。

    そう言えば、丁度読んだばかりのアーサー・C・クラークの「楽園の泉」が出てきてびっくり。「アーサー王宮廷のヤンキー」や「火星年代記」も登場する。

  • ガジェット重視ではなくヒューマンドラマ志向のSF。技術が進歩した社会を描いてはいるが、どちらかというこの話が着目しているのはずっと変わらないものの方。
    無価値であり続ける人の死、ずっと変わらない田舎の暮らし、人間の倫理観。主人公の性格や動機づけが一貫しており、それが死ぬその時まで「自分を曲げられない」ことに繋がっている。科学万能ではない、リアリティを感じさせる作品。

  • 肉体を持たず意味と感情で構成された知性にとって、恋をしてひとりであることをやめるとは、個体を失うことと同義だったのだ。恋とみずからの消失とは、《彼》にとっては、今日よりずっと前から結ばれていた。
    (P.267)

  • 優しそうなタイトルとは裏腹のハードなSFでした

    余命宣告された女性科学者が、自らが研究する人工知能を通し、迫りくる死と向き合う物語。人工知能に「物語を書かせる」という実験が物語に通底し、さまざまなイマジネーションをふくらまさせてくれる。
    自らの脳を人工知能に移して永遠の命を画策する主人公の姿を通し、結局は人間とは「身体」あっての「生」であることを痛感させる。そして、それゆえに「死とは何か」を描き出したこの物語は、読み進める辛さを感じさせながらも、「人間の生の素晴らしさ」を教えてくれているような気がします。

  • 割と天才な女性の死までの内的な葛藤がほとんど。SFなんだけど純文学的な。
    読んでから何年経っても忘れられない本になっていた。
    その点で5点に付け替え。

  • サマンサは絶対的な死を前に物わかりよく悟ったりはしない。
    恨み、怯え、怒り、あらゆる醜態を晒し続けます。
    救いの手を拒み、無垢な愛情を受け入れられず、どこまでも孤独。
    ここには『尊厳ある死』などという幻想は存在しません。
    一匹の虫の死と変わらない、ひとつの命の終焉です。
    サマンサの死からジョブズの死を連想してしまいました。
    『灰色』に侵蝕されるとき、カリスマは何を思ったのか。
    少し知りたいと思いました。

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著者プロフィール

「戦略拠点32098 楽園」にて第6回スニーカー大賞金賞を受賞。同レーベルにて「円環少女」シリーズ(角川書店)を刊行。「あなたのための物語」(早川書房)が第30回日本SF大賞と第41回星雲賞に、「allo,toi,toi」が第42回星雲賞短編部門にそれぞれノミネートされた。

「2018年 『BEATLESS 上』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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