幼女と煙草

  • 早川書房
3.75
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本棚登録 : 335
感想 : 35
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  • Amazon.co.jp ・本 (202ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152090737

作品紹介・あらすじ

死刑を目前に控えた囚人は、最後の一服を要求した。しかし、刑務所の所長は完全禁煙の規則を盾にそれを拒否。事態は、煙草会社、法曹界、政治家を巻き込んで、奇妙な混乱へと陥っていく…。はたして、囚人は最後の一服を許されるのか?一方、禁煙の市庁舎のトイレで煙草をくゆらせていた職員は、幼い女の子に現場を発見される。威嚇して追い払ったものの、職員には告発の手が伸びる。やがて、囚人と職員の人生は、皮肉な形で交差する-注目の作家が放つブラック・コメディ。

感想・レビュー・書評

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  • 「"大人であること"は僕らの目指す将来、僕らの理想だった。子どもたちは厳しい規則の数々に従っていた。あの長過ぎる年月のあいだ、僕らは釈放を待つ囚人のように生きていた。」

    この「幼女と煙草」という本が、ある種のユーモアを図って書かれているのだと認識しつつ読んだのだけれども、自分はそれを掴み損ねてしまったらしい。自分自身、公の場ではシニカルな発言をする確率が高いと自覚してはいるけれど、何故かこの本の笑いは共鳴を喚起しない。この本が近未来的架空の設定のSFで、現代社会の何かを強烈にあてこすっているのだと強く思えば、ムカムカとする気分は少しだけましにはなるけれど。

    シニカルなユーモアは、飽くまで現在時間の中で注意喚起をする必要があるという思いに急かされてのことあって、未来まで投げ出してしまう皮肉は、笑えない。しかもここに描かれていることは、余りに現実の世界に起こっていることにそっくり過ぎて、冷静さを保つことが難しい。それは実は本のせいではなく、何かとてつもなく正しくないことが、正しさの仮面をつけて無理を押しつけてくると感じる気分を、どうしようもないと現実の世界では諦めて静めているというのに、わざわざ本の中で解りきったことを一々言われたくない、という自分の狭量さが問題なのであるけれど。

    自分は、誰かが声高に正義を口にする時、そこに魔女狩りと同質の構図が見え隠れする時、たとえ主張されていることに是があったとしても、素直に従うことができない。そういう調子で世の中が煙草を吸うことをやめろと言うならば、決して煙草はやめないし、それと同じ感情で(そう、理屈じゃなくて感情的な話です)コンプライアンスを押しつけてくる人々に対して唾棄したい気分を偽ることができない。

    もちろん、著者がそういう自分も抱えている感情的な部分(それはかつて、いずれは弱者と言う立場から釈放されて少しは自分の自由意思を発揮することが許されると信じて長いトンネルを抜けてきた少なからぬ数の、ポリティカリーコレクトネスの犠牲者に共有されるもの)をこの本の中で取り上げている、しかも共感を持って取り上げているというのは理解しているし、彼の捻じれた皮肉も理解はできる。それでもこの幕切れは見たくなかった。もちろんそれが、このブラックな本の結末として十分予想された、ある意味でふさわしい結末であるとは解っているのだけれど。

    この性質の悪い餓鬼共に一矢も報いずに終わってしまっていいのか、と、まさにこの本で描かれる、四〇代の、今や世間的には最も守られていない一方で他の世代には過去と未来において多大な奉仕を強いられている世代の者として、ムカムカとしてしまうのである。

    しかし問題の本質はことさらさように根深いのである。我々には解決の手段はない。恐らく、何かにしがみつくということを止められなければ。だから、そこを書いて欲しかったんだよなあ、砂漠の真ん中で、ざまあみろ、と叫ぶ主人公を見たかったんだよなあ。

  • 秀逸なブラックコメディ
    巻末のル・ポワン誌の書評「ページをめくるにつれて笑いが絶望に変わっていく・・・・・・著者の描く世界は架空ではあるが幻想 ではない」が全てを表してる

  • 感想
    タバコ。モラルとルール。いつも中心にいる。子供。無邪気。だが本心はわからない。誰かがコントロールできるものでも無い。いつ何が起きるか。

  • 不愉快な要素も多かったが、一つの風刺としては面白かった。

  • 煙草一本で大逆転を起こした男と、煙草一本で人生が転落した男の話。
    転落人生に幼女、というか子供がかかわってくる。

    子供は平気で嘘をつくし、親に言われればその通りに話したり
    自己判断できずに怖い大人の言いなりになることもある。
    つまり子供の証言だけを信用するのは難しいものである。

    しかし、この世界では何より子供が尊重されていて
    子供に与えられる自由も大きい。
    つまり、子供を敵にまわすと社会的に終わってしまうような世界。

    ある種のディストピア的な世界感の中で
    煙草を吸った人間に対する救いがあるのかないのか・・・ 

    必要以上に喫煙者が嫌悪されたり差別的な扱いを受けている
    国や時代に対する皮肉も含まれているのだろう。

    とにかく本の表紙のデザインセンスが凄い。
    本棚に並べたい本。

  • 自分が圧倒的マイノリティに立たされた時に受ける糾弾は自分の無力さや物事のばかばかしさを感じる。大人数が一度でも正義や正当性を盾に決めつけたことは、なかなかブレることはない(そこに断固たる証拠がなかったとしても)。例えば、昨今でも子供に対する必要以上の過保護や中年男性に対する差別意識がよく見られる。多くの人は博愛や自己犠牲などの理想を共通した常識だと他人に求め、利益などを最優先に働く人間を非難する。でも大体の人は心の底から自分を一番愛し、都合の良い時だけ声を大にして理想を掲げるものだ。主人公はそんな人間の弱いところを見出していたんだけど、認めるものは最後までいなかった。皮肉の混じった序盤のストーリーから崩れ落ちていく悲劇がたまらなく面白かった。

  • 幼女と煙草

  •  本の裏表紙から粗筋を引用するとこうなる。
    「死刑を目前に控えた囚人は、最後の一服を要求した。しかし、刑務所の所長は完全禁煙の規則を盾にそれを拒否。事態は、煙草会社、法曹界、政治家を巻き込んで、奇妙な混乱へと陥っていく……。はたして、囚人は最後の一服を許されるのか?」
    「一方、禁煙の市庁舎のトイレで煙草をくゆらせていた職員は、幼い女の子に現場を発見される。威嚇して追い払ったものの、職員には告白の手が伸びる」
    「やがて、囚人と職員の人生は、皮肉な形で交差する……注目の作家が放つブラック・コメディ」
     となるのだけれど、これ、ブラック・コメディ?
     確かにきつい皮肉とデフォルメされた人間模様は滑稽ではあるけれど、僕には笑うことは出来なかった。
     とにかく、胸糞がとんでもなく悪い作品だった。
     何故なら僕らが今現実として生きている世界を(かなりデフォルメされているとはいえ)鏡のように情け容赦なく暴いて、目の前に晒しているからだ。
     それに、「善人」が一人も出てこないし。
     前出の粗筋のような内容ではないですよ。
     幼女とか煙草とか死刑囚とか市の職員とか、そんなのは単なる表面上のアイテムに過ぎず、本当のテーマはもっともっと深くて辛辣で悲惨。
     確かにこの粗筋のように物事は進むのだけれど、この粗筋を読んで「面白そうだな」と軽い気持ちで本書を手にとらないほうがいいかと思います。
     少なくとも「ブラックなコメディだから笑えるのかな」なんて思わないほうがいいかと思います(いやいや、笑える人もいるかも知れないけれど……)。
     くどいようだけれど、僕の読後の感想としては、とにかく胸糞が悪く、救いがまったくなく、神経を思い切り逆なでされた、って感じ。
     好き嫌いは別として、強烈に印象に残った作品なので、星は五つ。

  •  面白かった!世間に広まる禁煙の波と少子化により少なくなっていく貴重な子どもへの手厚い保護、どちらも始まりは善意や正義感なのに、それらの度が過ぎて暴力性や理不尽さを帯びていく。本作は誇張されて書かれてはいるものの、今の日本であり得ないこともない世界が描かれていると思った。悪意からくる暴力性よりも、絶対的に自分が正しいと思っていてそこに何の疑いも持っていない人たち(もしくはそのような世論)の暴力性の方が、なかなか手の施しようがないし人々も飲み込まれやすそうで怖かった。

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